こうして、物語にようやく主人公が登場する。
夫が遍歴の騎士であったこと、戦いに死んだこと、それが母親であるヘルツェロイデの心を苦しめた。いつか、息子も夫と同じ道を歩むのではないか、また自分のもとから去ってしまうのではないか、と恐れたのだ。
かくて彼女は、 一人息子を愛するあまり、国を捨て、人里離れたゾルターネの森に住むことを選び、幼い息子が、騎士というものに触れないように、また、俗世の苦しみに出会わないようにと厳しく監視する。その思いはあまりに強く、息子の心を誘惑する小鳥たちを皆殺しにしようとさえする。夫・ガハムレトを裁判でもぎ取っただけある、すさまじい激情の母である。
(パルチヴァールの旅立ちは後で罪のひとつに数えられているというのに、奇妙なことに、この母の異常なまでの愛は罪にはならないらしい…。)
パルチヴァールは、何も知らずに成長する。自分の父のこと、母のこと、自分の名前すら知らない。ある時、彼は母に問う。「神とはなんですか?」と。母は答える、神は昼の光より明るく、人と同じ顔をしている。困った時は神に縋るのだ、と。
これを聞いたパルチヴァール少年は、言葉をすなおに受け取ってしまう。
後日、彼は、森の端で見たこともない人々に出会う。それは、きらびやかな甲冑に身を包んだ騎士たちだった。
はじめて見る、全身が輝くような立派な出で立ちの人々を見て、少年は、これこそ"神"というものだと思い込み話しかける。話しかけられた人々は、自分たちは騎士というものだと答え、彼に憧れを抱かせるのである。
運命とは皮肉なもの、これが、母ヘルツェロイデが心を砕いて出会わせるまいとしていた騎士たちとの出会いであった。
森で出会った騎士たちからアルトゥース王の名を知ったパルチヴァールは、王の城へ行って騎士になりたいと言い出す。息子が出会ってはならないものと出会い、騎士に憧れを持ってしまったことを知った母は、卒倒せんばかりに驚くが、やはり運命は変えられなかったのだと諦める。
哀しみのうちに、彼女は息子の旅立ちの仕度をととのえた。
しかし、それは、息子が皆に笑われ、嘲られて自分のもとに帰ってくるようにと、滑稽でみすぼらしい道化師のものだったのだ。
普通、子供の旅立ちには晴れ着くらい着せてやるだろうに…。
そんなことは知らないパルチヴァールは、母の用意した滑稽な出で立ちで勇んで旅に出る。だがヘルツェロイデは、息子が二度と自分のもとに戻らないことを予感して、間もなくして哀しみのために息絶えてしまうのだった。
このとき、ヘルツェロイデの治めていた二つの国、ヴァーレイスとノルガールスは、レヘリーンによって奪われていた。偶然にも、彼が最初に出会ったのは、そのレヘリーンの弟…オリルス公の妻であった。オリルスは、かつてアンショウヴェの王であったガーローエス(パルチヴァールの叔父)を一騎打ちで倒した人物である。
そのオリルスの夫人の名は、エシューテ。うとうとと眠っていた彼女の姿を見つけたとき、パルチヴァールは、母の教えてくれた4つの教えのひとつを思い出す。
すなわち、「立派な婦人の指輪と挨拶が貰える場合には、それを受け取りなさい。」と、いうものだ。…これは騎士の婦人奉仕のことを指しているのであるが、そんなことは全く知らないパルチヴァールは、言葉の言葉のまんま理解してしまい、エシューテ夫人に襲い掛かる。目を覚ました夫人はびっくりして抵抗しようとするが、少年の力に押さえつけられ、ついに力づくでブローチと指輪を奪われてしまう。また、少年によって天幕の中は荒らされ、周囲の草も踏み荒らされてしまった。
しかし、このときのパルチヴァールは、それが大変失礼なことだとは気がついていなかった。
やがて戻ってきたエシューテの夫・オリルスは、自分のいない間に、誰かが妻のもとに来ていたことにすぐさま気づく。オリルスはひどく短気で、乱暴な男だった。彼は妻が指輪を無くしたことを責めたて、浮気をしたと罵って折檻する。
オリルスは妻をひきつれ、パルチヴァールを追いかけるのだが、少年のほうは、そんなことには全く気がつかないまま先を急ぐのだった。
パルチヴァールが次に出会ったのは、死せる騎士を胸に抱いた若い女性だった。死んでいるのは騎士シーアーナトゥランダー。それを掻き抱くのは、哀しみに打ち沈むジグーネ。彼女は、パルチヴァールの従姉妹でもあった。
相手が親戚であることを知った彼女は、語りだした。自分の恋人、騎士シーアーナトゥランダーは、レヘリーンに奪われた二つの国を守るために、また、自分が彼の求愛を拒んだために死んだこと。パルチヴァールの名前と生まれのこと。オリルス公が、彼の叔父ガーローエスと、このシーアーナトゥランダーを殺したのだということ。
これを聞いたパルチヴァールは、かならず仇を討つと勇敢に言う。しかし、まだ戦い方も知らないこの少年がオリルスと戦えば殺されてしまうかもしれないと思ったジグーネは、彼に、オリルスの行くであろう道とは違った道を指し示す。
こうして、自分では知らぬうちにオリルスの追撃を逃れたパルチヴァールは、いよいよ、アルトゥース(アーサー)王の住まう、ナンテスの町へと辿り付くのだった。
さて、城の前までやって来たパルチヴァールはそこで、甲冑も盾も馬飾りも、全てが赤い騎士…ククーメルラントの王、イテールと出会う。イテールはアルトゥースと揉めており、たったいま円卓から飛び出してきたばかり。何もしらないパルチヴァールは、イテールからの伝言を受け取ってアルトゥースの城へ向かう。
イテールが大衆の面前で無礼を働いて飛び出したことで、城は騒ぎになっていた。だが人々は、突然あらわれたこの少年を追い返すことはしなかった。母に着せられた滑稽な服があっても、彼の生まれのよさを隠すことは出来なかったからだ。
パルチヴァールはどさくさに紛れてアルトゥースに会い、イテールの伝言を伝え、騎士にして欲しいと頼む。アルトゥースも、この少年が誰だかは知らずとも、何か感じるところはあったのだろう。(※アルトゥースとパルチヴァールは親戚同士)騎士にはしてやる、だが今はその前にやらねばならぬことがある、と、彼に待つよう言う。
しかし「きらめく甲冑を身に付け、馬に乗ること=騎士になること」だと勘違いしているパルチヴァールは、一刻も早く騎士にしてもらいたかった。子供のように駄々をこねる彼に、意地悪な宮内卿・ケイエ(ケイ卿のこと)は言う。イテールを倒して鎧を奪えばよい、と。それを聞いて、パルチヴァールは喜び勇んでイテールの待つ野に向かう。
このとき、城のバルコニーから、彼の動向を見守っていた人々の中に、クンネヴァーレという乙女がいた。彼女は、さきに出てきたオリルスとレヘリーンの妹姫で、誉れ高い騎士を見るまでは笑わない、という誓いを立て、それまでどんな立派な騎士が宮廷を訪れたときにも、決して笑おうとはしなかった。その彼女が、滑稽な格好をしたパルチヴァールを見たとき、自然に口元をほころばせたのだ。それを見たケイエは、あんな道化を優れた騎士と評価するのか、と怒って彼女を激しく叩き、ために、ケイエは後々までパルチヴァールに恨まれることになるのだった。
かくてパルチヴァールは、生まれてはじめての一騎打ちに挑む。
しかし彼は騎士ではなく、鎧も、馬もない。ふいをつかれたイテールは、騎士の武器ではなく、獣を仕留めるための農民の槍によって刺し殺され、無邪気な少年にその赤い鎧と盾を奪われた。追って来た、アルトゥースの妃・ギノヴェーアの小姓、イヴァーネトは、少年がイテールを倒したことを知ると、さっそく彼にイテールの鎧を着せ、騎士としての格好を整えてやる。
パルチヴァールはイヴァーネトに礼を言うと、アーサー王の宮廷を去って行く。彼は騎士にしてもらうためにアーサー王の宮廷に来たのであり、王に仕えることも、宮廷で栄誉を得ることも望んでいなかったためだ。
…そして、この時から、彼は近隣諸国に名高い、「赤い騎士」と呼ばれることになる。
どこへともなく旅に出たパルチヴァールは、「老人に教えを乞うべし」という母の教えに従い、老人グルネマンツと出会う。彼の最初の師にして、本当の騎士の礼儀や基礎知識を与えてくれた人物だ。
グルネマンツは、グラーハルツに都をかまえる領主で、3人の息子を、クラーミデー王とキングルーンによって殺されていた。この老人は、パルチヴァールを4人めの息子と思って慈しみ、様々なことを教えてくれる。パルチヴァールが誤解していた母の教えについても、忠告を与える。
グルネマンツは、彼が、自分に残されたたった1人の娘リアーセと結婚して、いつまでも留まってくれることを望んでいた。
しかし、旅立つものの心をつなぎとめることは、美しい女性にも出来はしない。かつて、彼の父・ガハムレトがそうであったように。
パルチヴァールは、老人の哀しみを後に、グラーハルツの都からも旅立っていく。
なお、このときグルネマンツによって与えられた新たな教え、「みだりに人にものを尋ねるのは失礼である」との新しい教えは、のちに、聖杯城で彼の運命に大きく関わることになるのだった。