そもそも分類できるからには、理由がある
わらし:さて、さっきの話の続きなんだがー。そもそもなんで生き物を分類できると思うかね?
ミラ:えっ? 知らないよそんなこと。
わらし:じゃあ、生物がまったくデタラメなものだったら分類できるかね?
ミラ:できるわけないでしょ。
わらし:できないだろうなあ。でも実際には分類できているだな。
ミラ:分類できているわね。
わらし:なぜに?
ミラ:そりゃあ・・・・生物の有り様がデタラメじゃないからでしょ? つまり、なんだ。デタラメの反対。ようするに秩序があるわけね。
わらし:生物に秩序を与えるもの。それが進化の歴史、いわゆる生命の樹ってやつだな。
ミラ:つまり、生物が進化してきたから分類ができるってわけ?
わらし:そうだろうな。生物って同じ祖先から枝分かれして進化してきたわけだよな。そういう体系が背後にあるから生物に秩序があるわけだよ。
ミラ:だから分類できるのだと?
わらし:だから分類できるのだな。
ミラ:でも先のアリストテレスうんぬんの話からすれば分類学って進化を探る学問じゃないわけよね? それなのに進化があるからこそ分類できるってどういうことよ。
わらし:天動説は地球は不動である。つまり地球が動くとは考えてなかった理論だよな。
ミラ:はあ、そうですけど。
わらし:でも地上から見る天体の動きは地球が動いているから生じるものも多いよな。
ミラ:というか、お天道様からしてそうですし、圧倒的に多いと思いますけどね。
わらし:妙だと思わないかね? 地球が動くことで生じる天体の動き、それを説明する理論である以上、”地球は不動であるという天動説”は地球の動きで生じる現象を説明する理論であったことになる。
ミラ:あう? ああ、、まあ、そうねえ。
わらし:進化を知らなくても、理論に進化という概念を組み込んでいなくても、分類学者は進化の結果生じた秩序に基づいて生物を分類することができるずらよ。
ミラ:じゃあ何。例えばリンネもアリストテレスも進化は知らなかったけど、背景に進化がひそむ生物界の秩序を見て、それを分類していたわけ?
わらし:そうなるだな。アリストテレスの作った有節類って今の節足動物と同じようなものだけど、節足動物は同じ祖先から進化した生物の集団だよな? ほれほれ、進化を知らないアリストテレスが”進化の結果うまれた系統群”を認識して分類したずら。
ミラ:じゃあ・・・・分類学で入れ子なグループを作るっていうのは・・・。
わらし:進化が枝分かれして起こるからそうなるだな。
ミラ:じゃあ、分類学って進化があるってことも知らないままに、枝分かれする生物の系譜を発見していたわけ?
わらし:自覚がないってさ、時々思うけども、怖いよな。
ミラ:じゃあ分岐学と分類学は同じことをしているの?
わらし:それは違うだな。例えばパズルに絵が描かれているって知らないまま、パズルのピースを色の違いで整理整頓するのと、パズルには絵が描かれているだろうと予測してパズルを組み立てるのって同じ動作じゃないよな。
ミラ:ああ、そうねえ。パズルがどいうものなのか知らないままに、模様からピースを整理分類するのが分類学ってことね。
わらし:少なくともアリストテレスさんとかリンネさんとか、ダーウィン以前の人はそうしていたわけだな。
ミラ:ダーウィンさんは?
わらし:これってパズルになってるじゃん、と気がついた人。
ミラ:ああ、そういう。
わらし:ダーウィンさん以後の世界では、ピースをつなげると絵ができると分かったうえでパズルを組み立てているわけだな。少なくとも系統学者はね。
ミラ:すると、分類学と系統学は同じものを見ているけど別のことをしている。そういうこと?
わらし:背景にあるものは同じだからな。だけど天体の運行の背景にあるのは同じ地球の運動であるからといって、天動説と地動説は同じかね?
ミラ:違うわねえ。
わらし:入れ子を作るという一見似た動作でも分類学と系統学(分岐学を含む)はまったく別ものだなあ。
ミラ:具体的には?
わらし:ではその違いを見てみよう。
*分類学のつくる入れ子が、じつは生物の枝分かれする進化を反映したものだ、それに気がついたのはダーウィンでした。「種の起源 岩波版」(下)pp170 を参考のこと。さらにダーウィンさんは、私たちは進化の歴史と生物の系譜に基づいて分類を作ればいいのだとも主張しました。
そりゃあそうですよね。進化の歴史、生物の織り成す血縁関係、それこそが生物に秩序を与えた本体なんですから。自然に沿った体系を把握したいのなら系統関係を見ればよい。
分岐学と分類学がどちらも入れ子になった体系を作るので、同じことをしているのでは? とよく勘違いされますが、それは正しい理解ではないでしょう。