第二章 阪大生協事件の経過と内容

    第五節 事件の焦点その二
                ─外販活動、地域化問題に関する生協労組の考え方─

 去る昭和四十一年七月、地域的に隣接する大阪大学生協、大阪経済大学生協、関西大学生協の合同研修会が行われた。それは三つの大学生協の理事、組織部員、従業員(中堅幹部以上の)をいれての大がかりな研修会であって、これを境にして三単協の基本方針が実質的にでたといわれている。阪大生協からも専従の役職員は勿論、後に解雇提案に賛成した学生理事も参加した。当時はまだデ学同によると排除の組織決定がなされておらず、従って学生理事は地域化問題にも若干の関心はしめしていたのである。(前節、クズノ学生常任理事のレジュメ参照)
 以下の文はそこで討議、確認された基調報告(生活協同組合をめぐる理論的諸問題)から引用したものである。これは必ずしも労組側の考え方としてとりあつかえない文献であるが(というのはこれは事件の起こる一年六ヶ月も前に書かれたものであり、従って、当然労組を支持する目的で書かれたのでもないからである)、労組は「外販活動」がここでの基調報告の結集するところのものである、ともいっているので、ここに記載する次第である。

A、単位大学生協論について
 職域生協が職域の壁をやぶり、大学が、大学の壁をこえ、大学生協の壁をこえて前進しなければならないことは、すでに現実のすう勢となっている。大学生協が、いわゆる単位大学生協としての壁を破り、縦横の連絡と結合をとおして、何らかの、より大きな、より新しい運動を探しもとめていくことは、現在、色々な形で現れている。
 一、大学生協連合会活動の重要性が年々重きをなしてきており、またこの連合会本部と、日協連、事業連の合同問題が、いわゆる大学生協運動のトップの段階で、ここ数年最も中心的な問題としてとりあげられてきた。それは大学生協の現状を乗りこえた、新しい運動のありかたをさがしもとめている事をしめしている。
 二、また、単位大学生協の段階においても、それがどのような意味をもたらされているかは別としても、横の単位大学生協間の結合と、統合をめざした運動が進められている。これは最も最小の単位において、単位大学生協の壁をやぶろうとしている試みである。
 この様に、一、全国的な、二、各個別的な分野において、「大学を超克」し、「単位大学生協を超克」しようとする動きがみられている。然し、この「超克」が、大学生協運動の悲劇としてあるのか、それとも、何らかの輝かしい運動の発展を約束するものであるかは現在の段階においては今だギモンにふされている。もし、仮に、この「超克」が、運動のより新しい必然性にもとづいたものであるとするならば、全学協を中心として進められている全国的な、運動的な、組織問題である。日協連、事業連との合同問題が、各個別的な分野で進められている同盟化や地域別地域化の問題をも包摂した問題として提起されておらねばならないし、運動の必然性からの「超克」であるならば、日協連、事業連合同問題をこの様に、各単位大学生協の問題として提起されたはずである。現実は、この合同問題は、各単協段階における必然性としては充分に提起されず、むしろ一般論と、形式的問題としてしか認識されていないのが実情である。
「超克」は運動の必然性としてよりも、むしろ現実の必要性から生まれて来ているように思われる。
 「超克」が、運動や指導をこえた、現実の必要性から生まれているとすれば、それは非常に危険な、大学生協の悲劇を内包していると言わねばならない。何故ならば、運動や指導をのりこえた、現実の必要性とは、非常に主観的な、個々の利益と結びついた、資本主義的、経営的な内容が中心になりがちであるからである。これは「超克」の悲劇であろう。

 一、日協連、事業連と大学生協連の合同問題
 二、各単位大学生協間の同盟化や地域化

 この二つの問題は、運動的に考えた場合にはそれは一つの問題である。即ち、「合同」「同盟化」「地域化」とは、いずれも、単位大学内における生協運動をどの様に「超克」するのか、という事であり、連合会活動といえどもこの点では変わりはないのである。
 現在、提起されている最も根本的な問題は、単位大学生協の壁をどのように破ることが出来るのか、破らねばならないのか、という事にかかっているのである。そして現在、あいまいとされていることは、単位大学生協の本質と性格を、まず何よりももう一度明らかにする事によって、その中から、単位大学生協を内的にのりこえる運動論を抽出する事である。

B、大学生協が当面している問題について
 一、国家権力、文部省、大学当局の生協運動に関する態度
 生協法における二面性について。現在の生協法は、商法、民法の二面的性格をもっている事は昨年度(四十年)の生協法改定によって出て来た新しい性格である。
(1)建物使用料斗争から、水道光熱費斗争(いずれも大学人等学内施設利用者の支払分撤廃運動)への過程で明らかになっているのは受益者負担の原則が出てきた、企業内厚生機関としての生協に対する基本的な考え方が変更されてきた、そして学内における文部省、大学当局の態度は、この様に企業内厚生機関としての位置づけから、商行為としての位置づけに変わって来た、ことである。生協を業者として取扱うこの態度は、すでに民法的性格から、商法的性格へと変化していることを意味している。
(2)然し、大学間共同仕入、同盟化、または、大学生協と地域生協化に対する学校当局、文部省の態度は、あくまでも生協を、企業内厚生機関としての位置づけと態度をとっている。学内における受益者原理(業者あつかい)とこの企業内厚生機関とは、まったく矛盾したものである。
(3)だから、大学当局、文部省の生協に対する態度、対応は、それ自身矛盾しているにもかかわらず、この矛盾した、二面性から出てくる二面攻撃を行っている。この二面攻撃に生協が十分に対応出来ていない事こそ問題なのである。国家権力又は大学当局のこのような態度に我々がどのようなかたちでかかわりあうか、この事が現在生協が当面している最も重要な問題なのである。
 二、事業体として生協が当面している二つの問題(独占価格及び中間利潤について)
 生協が、物価値上げ反対運動に依拠して、独占価格に反対し中間利潤を排除しようとしている時、政府が、この中間利潤排除にのり出してきた場合、どうするのか。そして、政府が、単なる中間利潤排除を、たんなる排除としてではなく、政府独自の消費者層を組織しようとして、生活必需品の価格統制が政府の政策として出されてくる場合、生協は、単に、中間利潤の排除、観念的な独占価格反対では、その生協としての存在基盤を失っていく。生協が、消費者を組織するとしても、この政府の政策のもとで行うわけであり、生協が社会的にはたしてきた民主的、進歩的な役割はどのようになるのかという問題はきわめて重要になってきている。
 三、生協が当面している問題
(1)権力、文部省、大学当局、又生協法が当面もっているところの二面攻撃と、(2)中間利潤、独占価格をめぐる政府の消費者政策に生協がどのように、これと対応するかと言う事は、極めて重要な問題をなげかけている。現在、生協、中でも、大学生協が当面しているところの問題は、この生協法の二面的規制と政府の独占価格擁護にもとづく、「生活必需品の価格統制」としての中間利潤排除に対して、現在どの様に対応し、今後どの様に対応していくのかと言う事にある。
 生協法、及び価格をめぐる問題を、生協が、生協運動としてどの様に解決していくのかを決定的に解決しなければならない。

C、北大阪「大学生協同盟化」と「地域生協化」について
 生協運動の最も有力な存在基盤は消費者の組織である。生協が、他の商社や、焦点よりも有利な、力強いものとして存在しているのは、消費者を組織し消費者によって運営されていると言う事であり、消費者自らが、自らの消費を満足させるためにつくり上げたというところにある。この事は「地域生協」にしても、「大学生協」にしてもかわりはない。だから、「最強の経済地域」と「厖大な消費地域」にはさまれた…生協が、もし発展する事がゆるされるとするならば、この生協の本質である、消費者の組織としてしかその発展の展望はない。
 例えば、京都における大学生協が、京都の業界に、大きな発言権を持ち得ると言う事は一方で京都の大学生協が、消費者を多く組織していると言う事と、京都の業界の中では、それなりに大きな経済力、消費力を持っているという事である。この場合、大阪の大学生協が、組織する消費力と大阪の業界の力とをくらべてみる場合、それは京都とは比較にならないものがあるわけである。京都の業界の中にしめる大学生協の経済力と大阪の業界の中でしめる、大阪の大学生協の経済力とはおよそくらべものにならないほどのひらきがある。大阪の業界はあまりにも我々にくらべて大きすぎるのである。
 このように考える時、三単協生協のとるべき長期的展望の構想は、あくまでも、大学相互の協力、助け合いによる、単一化による、経済力の集中と同時に、住宅地帯にむかっての地域生協化構想とがダブツクかたちで現れざるを得ない。一方における巨大な経済力の存在と、他方における厖大な組織活動の可能性はこれを同時に持つ事によって、一大生協を生みだしうる客観的、地理的、経済的、組織的必要条件があることを物語っている。この「経済力」と「組織力」とを統合する事によって大学生協は、「消費者運動」として、大学の域をのりこえて、大学相互の協力と結合ばかりでなく、地域住人を消費者として組織し、「大学生協」と「地域生協」が一体となって発展していく可能性があるし、又この様な方向以外に、「大学生協」それ自体の発展もありえないのである。だから、「大学生協」は「大学生協」としてばかりではなく、「大学生協」は「地域生協」としても発展しなければならない。…
 現実の問題としては、大学生協も地域生協も、消費者を組織すると言う点において同一のものである。供給高、取扱商品の拡大と言う事と、組織活動の拡大と言う事とは、生協の本質から言えば、同一の問題なのである。地域生協への拡大と言う事、又、大学の壁をのりこえた同盟化と言う事が、一方において大学内部における消費者としての学生の意見を高める事ともなり、又その事は同時に、学生の経済的利益ともなるのである。だから我々は単協間における、又、大学生協と地域生協との経済的、組織的統一点を出来るだけ拡大し、ひろいあげていく活動を一かんとして展開して行かなくてはならない。例えば教員、職員、生協従業員、学生を学内において組織すると同時に、地域的分布を同時に見て行く事によって、学内における組織化と、地域における組織化を同時的に行って行く必要がある。そしてこれを一単協だけで行なうのではなく、三単協で同時に行なう事によって、より強固な組織活動が展開できるのである。この様な組織活動を行うためには、日常の業務活動における統一を三単協ごとに統一して行っていく必要がある。
「同盟化」と「地域化」を実質的に押し進めるためには、それにみあう一、物質的、二、人事的、三、賃金的な条件がととのわなければならない。これを各単協ごとに、統一的に行なう事が必要である。そのためには一、各単協から一名ずつの事務員を出し、統一的な給料収集、整理を行なう必要がある。二、又、各大学内部において、地域生協化のための組織活動を準備するために、統一した様式にもとずく「外販活動」を行ない、地域活動家を育成する必要がある。即ち、「単一同盟化」と「地域生協化」とを結合するための現実的な、物質的な基盤として、一、「事務局」を設け、事務処理を行わしめる事、二、「外販活動」を学内によって行なう事によって活動家を育成し、教職員の生協との結びつきを行ない、その事によって同時に地域生協への関心を高める。この一と二を保障する事によって、当面の大学生協と地域生協との基本的な条件を各単協において準備する事である。 (生協企画 bU 一九六六年八月八日発行)

 それでは阪大生協労組自身は、この事件の焦点となった「外販問題」についてどう考えていたのであろうか。もっとも、労組はこれが事件の焦点であるとは決して考えてはいないのであるが、いきさつ上、労組としての見解を出さざるをえなくなり、労組発行の「阪大生協問題」(発行日付なし)において、次のようにしめされることとなった。

 一、外販活動の経過について
 団地の生鮮販売に特徴づけられる外販活動は単に一従業員の個人的行為と見るのは誤っており、消費者運動を推進する生協運動の社会的経済的要請に対する具体的回答と見るべきであろう。
 近年の流通部門における機構変化は、消費者の利益擁護のために斗う生協の経済的基盤をもおびやかす結果となり、生協は各地で規模の縮小、解散のうきめにあった。その中にあって大学生協は特殊的に有利な状況にあって、飛躍的発展をとげていた。その事実をより発展的にとらえ、大学生協が主体となって広く生協運動を推進する考え方を是とする方向が生じた。それには、地域の消費者との連帯が、迫りくる大学生協の危機を救い、ひいては、大学生協の将来的な発展を約束するとの考え方も共存していた。かかる観点から、同志社大学生協の洛北生協、北海道大学生協の札幌市民生協の育成がなされ、大阪においてもその機運が生まれていた。阪大生協は、大学生協運動のそういった渦中にあったのである。
 こういった運動の方向性に対して、阪大生協の一従業員が個人的、独断的に対応するということが許されるであろうか。以下、われわれはいわゆる理事会側の資料をも使ってそれをあきらかにしてみよう。
 S41年7月、阪軽大、関大、阪大の三単協の合同研修会、会議がもたれ、三単協の共同仕入、北大阪ブロックにおける地域化の問題について討議された。そこで、その執行機関としてきた大阪ブロック中央企画室(各単協の専務理事段階で構成)の存在意義が確認された。これには、阪大生協の専従役職員、学生理事、組織部員も出席していたのである。(もっとも、後になって、学生理事等の参加した事実について、それは不良従業員の監視のためであったということにされたが)
 S41年10月、食堂部、中央市場での生鮮物仕入を開始した。担当はK(仕入係)となる。彼は学生理事に対して「ここ当分は阪大生協食堂部のみの仕入として行なうが、7月の三単協合同会議における確認事項に基づき、将来的には他へも発展させていく」旨の発言した。そのとき彼らは全く賛同していたのである。
 S41年11月、総代会。ここで承認された議案書の中の共同仕入、同盟化の項より必要な部分を抜きがきしてみよう。
 「…41年2月、千里山生協(地域生協)からの支援依頼がきたのを契機に北大阪ブロックにおける地域化の問題について討議された。…高度成長経済の破たん、流通機構再編成という経済情勢の中で、生協、とりわけ大学生協が重要な転機に来ているということ、そして、単協の自然成長的な伸びが止る前に克服しなければならない課題として、共同仕入、同盟化、地域化が語られだしたのである。(以上、事実報告)
 …大学生協が大学の壁を破るというのは、事務的な意味での拡大と合理化のみを目的 とするのではなく、各大学別の福利施設としての限界をはねかえし、消費者運動として 横の連帯と運動の統一をはかることではないか。(以上、問題点として指摘)」
  S42年5月、総代会。同じく承認された議案書の中の共同仕入、同盟化の項を抜きがきすれば、次のごとくなっている。
「北大阪ブロックにおいて41年度本格的に取りくみだした共同仕入活動も…当面の課題として業務レベルにおける連帯活動から進められており、その範囲内においては一定の成果は今後も期待されるが、方向としては、組織的にも連帯を目指した同盟化への活動と地域的な連帯活動を通じてより強力な消費者組織の確立を目指していかねばならないだろう。」
 同時期、三単協中央企画室より、地域生協設立を目的にした広域生協理論が生みだされた。しかしながら、現行生協法上の制約があるため、長期的展望の上にたってねばり強く法律改正にむけての斗争をする一方、その布石として、各単協の特殊性を生かした独自の運動を展開していくべきだとの見地から、阪経大では冷凍食の開発、関大では千里山生協における牛乳、クリーニング事業のてこ入れ、そして阪大においては生鮮物を中心とする販売活動が当面の活動の基軸とされた。そしてこれらのことが大学生協の枠をはみでる行為であると判定されたとしても、それに対しては各大学生協の理事会の積極的な参画が要請されたのだった。そこで阪大生協にあっても、上記総代会及び三単協中央企画室の基本的方針を具体化すべき任務をもつ専従理事より担当者K(仕入係)は次の指令をあたえられた。
 一、生鮮仕入は阪大生協にのみならず、他の単協に対しても行なう方向でやる。
 二、納入に際し、若干のマージンをかけてもよい。その際は中央市場仕入に要する一切の経費は食堂部負担としない。そして利益が出た場合、阪大生協業務の利益金に計上する。
 同年7月(夏休み)に入り、生鮮物の腐敗しやすい時期になったのを契機に、団地での販売を開始する。しかし、この時は総代会方針の具体化ということと同時に、商品ロスの防止といった観点もあった。この事実を理事長に伝え、了承を求めたところ「いいことだ」と答えた。しかし、それはすでに員外利用という問題に触れることから、業務段階では
 一、現在の団地販売は地域化推進に向けての調査、研究にすぎないこと、
 二、この調査、研究に体制的保証を与えるため、地域化委員会を設け、担当者K(仕入係)を中心に発展させていくこと。
を確認し、理事会に了承を求めてもらうことにした。そして、外販の将来的展望としては 
 一、目的が地域生協設立であるところから、。阪大生協は地域住民に対して事業活動を直接的に行なうのではなく、住民の自主的な行動に協力していくという姿勢で行なうこと。
 二、そのため、地域住民による「生協設立準備委員会」を設けてもらい、それと阪大生協との協力関係を結ぶ。
 三、それまで販売活動の用意は阪大生協が代行し、生じた利益については阪大生協の雑収入とする。
という考え方がうちだされた。
 同年9月、生鮮の団地販売が各新聞に報道されたのを機に、専従理事は同月の常任理事会(工学部にて開催)に事情報告、了承を求めた。学生常任理事より異議の意思表示もなく、承認されたものとして、以後団地販売を継続した。三ヶ月経過後、学生理事は外販の責任問題を云々しだした。
 同年11月30日の常任理事会にて、専従理事は学生理事のあげる問題点を整理して、専従理事自身の最終的な見解として次の二点、即ち、
 一、自動車購入の事実は専従理事があらかじめ知っていたこと、マージン率の設定は前述の観点で専従理事が指示したこと、
 二、外販が形式をととのえられなかった状況は理解すべきであり、その責任を問う場合、常任理事会自身の自己批判として、常任理事(全員でないとしたら専従理事)の範囲に留めること
を伝えた。学生常任理事はこの時も無反応であり、専従理事は了承してもらったものとして翌日の理事会の原案報告にはいった。
 同年12月1日、問題の理事会にて、学生理事、突如として議題外の解雇提案を提出。担当者K(仕入係)の解雇決定がなされた。労働組合はこの解雇が不当であるとして争議行為に入ったわけであるが、争議解決のためには外販は一時中止した方がよいとの教職員理事のすすめに従いやめた。その間、中止命令無視云々のうわさがあるが、住民との関係から急に廃止するわけにはいかず、一部理事の承認をえて残務を行ったことを指している。尚、外販の経理は九月三十日までは作成されているが、それ以後については四十三年一月二十四日デ学同系の学生が大挙して生協事務所を襲い、伝票等を一方的に強奪し、ロックアウトと称して事務所への立ち入りを禁じて以来、今にいたるまで伝票等が返却されていないので、出来ない状態にある。(注・常任理事会、理事会の話は専従理事より聞いた話をもとにしている。)

二、外販活動における労組の見解について
 争議の要因の一つが外販活動であることは事実である。しかし争議行為が生協組合員に迷惑をかけたから悪いという偏見から、その要因である外販が悪の根元だとする誤りをおかしてはならない。「外販活動そのものはいいことだが、K(仕入係)がやったから外販活動はいけない」と一人の学生理事がいみじくもいったように、外販問題を名目にした個人の排除の目的そのものがこの争議の要なのである。このことは他の学生理事は言うに及ばず、生協とは直接的には無関係な大阪大学自治会連合の学生諸君までが「彼はトロツキストなんだから追いだすのだ」と公然と発言するようになってきたのを見てもわかることである。ところで外販活動であるが、前述の「経過」にもあるように、総代会、理事会の問題としてとりあげるべき内容のものである。その直接的担当責任者が専従理事であり学生理事でなかったからといって独断であるとするのは自己の責任放棄もはなはだしい。専従理事の話にも耳を貸さず、三ヶ月も黙認してきたのは、実はある人達を、是が非でも、排除したいがために、大義名分(?)探しに、団地に、自治会に、あるいは法律専門家に奔走していたという。そして彼らは解雇理由を見つけたとばかりに、十二月一日、突如として解雇提案をした。即ち生協法、定款違反、そして無理を承知の就業規則、業務命令違反。それは解雇のための解雇理由としてしかうけとれない理由のこじつけであった。(その具体例は生協組織部ニュース、阪自連情報、デモクラット等々を見よ)このように外販問題は政治セクトの圧力によって色めがねでもって見られている。彼らは、外販問題─不正─解雇の三段論法で意識的に宣伝を行っているが、真理に対する公正さをもつわれわれはこの不正キャンペーンにまどわされることなく、外販問題と解雇問題とを判断し、それの間に横たわる悪質な意図を察知するだろう。それは公認会計士の調査によって証明された阪大生協の適正な経理状態の事実、及び理事長が当初「外販問題をなんとか合法的に処理したい」といった意向がいかに巧妙にわい曲されていったかを見れば一層判明することなのである。


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