控訴理由書

第二 原判決の根本的な誤り

一 憲法的視点の欠落

 原判決には、以下で述べるようにその根本的な誤りとして、憲法的視点すなわち人権保障の視点が全く欠落しており、これがために明らかに誤った法解釈をなし、誤った結論に到達している。

1 財産権保障と土地改良法

 まず、本件で問題となっているのは、土地改良法に基づく国営事業の計画変更手続であり、これが適法とされるためには、いわゆる三条資格者の三分の二以上の同意取得が必要とされている。問題は、この手続が、憲法的に見て、特に人権保障という観点からして、いかなる意味を持つのかということである。

 本件土地改良事業は、仮にこれが実行されれば、対象となる土地すなわち受益地について、土地の形状の変更、利用状況(現況)の変更、水の利用状況の変更、事業費の負担等が必要になる。本来、こうした財産権の制限は、その処分主体となる権利者本人の意思に基づいてなされるべきものであり、国家権力が強制することは許されない。それこそが財産権を憲法で保障した理由であり、これに違反すれば、違憲・違法となる。

 そこで問題となるのは、土地改良法による土地改良事業による個人財産に関する制約は、事業に反対していた者についても、強制的に負荷されるということである。すなわち、事業に参加したくない者にとって見れば、土地改良事業の実施は、自分の財産権に対する侵害以外のなにものでもない。これが公共の福祉による制限として適法とされる根拠はどこにあるのか。

 まず、三条資格者の三分の二以上の同意が要件という時、これは事業への参加・不参加の意思確認ではなく、反対者がいた場合、その反対者の財産権を制限してもなお、事業を実行するための最低必要条件として、多数者の利益(主観的必要性)を要件としたものなのである(事業の農業政策的・客観的必要性は別に問題とされなければならない)。

 したがって、客観的必要性を前提としつつ、さらに対象農家の三分の二以上の同意があれば、その主観的必要性については要件を充足していると言えることになる。しかし、その同意があるがゆえに直ちに事業の実施が適法になるというものではない。いかに公共の福祉、多数の利益のためとは言え、これを適法とするには、常に少数者の財産権侵害を合理化・適法化するための理由の検討が必要となる。これは結局、行政手続における適正手続保障、すなわちその根幹は、制限される人権の主体となる者に対する告知と聴聞の機会を実質的に保障することに他ならないのである。憲法三一条が行政手続に適用されるか否かについては学説上議論のあるところではあるが、少なくともその趣旨は行政手続にも適用されることは争いのないことである。最高裁判例によっても、行政目的の緊急性等を理由に、その保障が必ずしも絶対条件でなくなることはあり得るとしても、告知・聴聞の機会を行政手続において保障すべきとする点については争いないことである。してみると、本件は、何ら緊急性のない公共事業の実施であり(少なくともその趣旨の主張・立証は被控訴人側からなされていない)、告知・聴聞の機会を奪うことを正当化できる理由はない。

 この意味で、土地改良法には事業遂行が適法となるための手続を定めているところ、それはまさに適正手続に関する規定と言えるのであり、その中身は、できるだけ権利者本人の同意を得るようにしつつ、同意しない人については、その財産権侵害が違法と言えないようにするための、まさに告知と聴聞の機会を実質的に保障する手続を定めていると解されるのであるから、この手続の遵守こそが行政に求められるのである。そして、行政がこの手続を遵守すれば、適正手続に従ったものとして実質的にも適法性が推定されるが、逆にこの手続を遵守しなかった場合には、むしろ少数者の財産権を違法に侵害するものとして、違法性が推定されると考えるべきものである。結果として三分の二以上の同意があれば良いということでは、少数者の人権は保障されない。

 本件事業によって財産権を制限されることになるのは、たまたま対象地域に農地を持って農業を営んでいるだけの人たちであり、何か特別の目的や利益のために集合した集団ないし団体ではない。事業の客観的必要性すなわち一定の客観的利益を押し付けるのではなく、また多数人の意思で少数者を押さえつけるのではなく、一人ひとりの人権を保障することこそがまさに重要な意味を持つのである。

 多数決原理がはたらく民主主義社会においては、司法の役割としては、かかる少数者の人権保障の最後の砦として機能することこそが求められるのである。さらに本件では、そもそも三分の二以上という多数者の存在自体に疑問が投げかけられた裁判であり、その意味では、対象地域全体について、不必要な事業による壮大な人権侵害が行われようとしているものであって、これを司法が見過ごしてはならない。

2 土地改良法の解釈のあり方

究極的には個人の財産そのものを奪ってしまうことのできる土地収用に関する手続を定めた土地収用法には、極めて厳格な手続が規定され、またその運用についても厳格になされなければならいことは衆目の一致するところである。

 これが土地改良法についてはどうであろうか。

 土地改良法では、三分の二以上の同意があれば、不同意者も含めた土地改良事業が実施される。すなわち、不同意者にとってみれば、いわば意に反する財産の利用制限が強制的に行われるわけであり、その本質は、土地収用法における収用手続と異なる点はないのである。

 この点について、例えば、土地改良法に基づく換地に関し、「要説土地改良換地」(森田勝著・平成四年七月一日、株式会社ぎょうせい発行)には、「土地改良法による換地処分制度においては、土地の権利者三分の二以上の議決で従前の土地とみなす土地(換地)を定めることができるとされていますが、この仕組は三分の一の権利者の意に反する換地が定められることも予定しているということであって、このことと財産権不可侵の原則とは両立するのかという問題もあります。こういった重大な問題にかかわっていますので、土地改良法における換地処分制度にあっては、その運用によって憲法上の問題が生ずることのないよう、制度の適用範囲、換地計画の内容及び換地計画の決定や換地処分等に関する一連の手続についてその根幹を法律で規定し、さらに制度運用についてはその節目節目で国が関与、監督を行うというように制度が仕組まれています。このような法的枠組みのなかに憲法の財産権不可侵の原則がとけ込んでいるといえましょう。」(三〜四頁)と総論的に述べられている。その上で、手続について、「土地改良法は換地計画の作成からその決定を経て換地処分、精算金の徴収、支払(中略)に至るまで、厳格な手続を定めています。そして、法律で定める換地計画決定手続を踏み外したりしたときは、換地計画について知事の認可が受けられないなどということになり、こうして手続面からも財産権不可侵を確保する措置が高じられています。」(五頁)とし、「事業の適正かつ円滑な実施という目的は、財産権不可侵の要請との調和の下で立法化されており、それは制度の適用範囲、換地計画の内容及び換地計画の決定や換地処分等に関する一連の手続についてその根幹を法律で規定し、更に効力の発生を国の関与、監督の下に置くという仕組みとなってあらわれています。」(六頁)と述べる(森田勝氏は、平成元年から農林水産省構造改善局農政部管理課課長補佐の肩書を持つ者として、この本を執筆している)。

 まさに、土地改良法に規定された諸々の手続は、財産権不可侵の原則との調和点として適正手続の原則に則って規定されたものであることは明らかである。しかも、後述(第三及び第四)のとおり控訴人が指摘する各手続規定は、被控訴人においてこれを遵守することは、可能かつ容易なものばかりである。例えば、同意署名簿に国営川辺川土地土地改良事業変更計画概要書を添付すること(土地改良法施行規則六一条の九、九条二項)は、まさに添付するだけというもので、何ら困難を伴うことはない。それを、その運用において法を踏み外すことを事後的に司法が容認することは許されないと言うべきである。すなわち、法を踏み外せば、財産権不可侵の原則を侵害した違法な行政作用との推定が働くということなのである。

 本件に即して土地改良法の解釈のあり方について言えば、まずそもそも公共の福祉に基づく財産権制約というからには、事業自体の必要性についての厳密な審査が必要である。そこでは、農業政策における国民的視点からの客観的必要性とともに、当該対象地域で農業を営む農民自身の必要性が前提となる。後者は、まさに三分の二以上の同意の要件にかかわる問題であるが、その「同意」が真意であることが重要である。すなわち錯誤による同意は事業の必要性を肯定するものとはなり得ないということである。こうした必要性については、被控訴人において積極的に立証すべきものである。

 次に適正手続、すなわち告知と聴聞の機会を実質的に与えるという点について言えば、対象者である三条資格者が誰であるかは、それが同意を得るべき財産権の主体なのであるから、厳格に特定していなければならない。同意取得手続から外された者にとってみれば、まさに告知と聴聞の機会を奪われることになるからである。そして、真意に基づく同意を得るための条件として、必要な添付書類を添付する等の形式的側面を整備するとともに、実質的にも十分な事業内容の説明をしなければならない。逆に、こうした形式的・実質的条件を満たしていれば、そこで得られた同意署名は真意によるものとの推定が働くことにもなろうが、満たしていなければ、その同意が真意に出たものであるか否かは不明となり、むしろ実質的に告知聴聞の機会を奪われたものとして真意によるものではないと推定され、被控訴人においてそれが真意であるとの立証をすべきことになると解される。

 かかる解釈態度こそ、法の趣旨に合致するものであって、司法審査にあっては、行政裁量と無関係の手続的正義をこそ厳密に検討されたい。

 

二 取消訴訟における「違法」とは何か

1 手続的保障の意味

 行政訴訟における違法をどのように捉えるべきであろうか。取消訴訟においては一般的に、主体に関する違法事由、内容に関する違法事由、手続に関する違法事由などに分類されるようである。その中で、手続に関する違法事由は、まさに行政庁が守るべき手続を自ら無視したものであって、これは内容の如何を問わず、また担当者の主観を問わず違法と評価されるものである。

 例えば、審査請求人から口頭での意見陳述の申立がなされたときには、必ず意見を述べる機会を与えなければならないが、これに違反した場合にはその理由がどのようなものであれ違法たるを免れ得ない。たまたま担当者がうっかり見落としていたとか、悪意はなかったなどという主観的なことは問題にならず、あくまで客観的に法律で定められた手続が遵守されたかどうかで、違法性の有無が判断される。

 土地改良法は、要するに土地改良事業を行おうとする際に遵守すべき手続を定めたものと言って過言ではない。法は、一定の手続をもって、その要件を充足すればたとえ個人の権利でも制限できると規定しており、本件で言えば、三条資格者の三分の二以上の同意があれば、たとえ反対者が存在していたとしても、いわばそれを無視して土地改良事業を強行することができることになっている。

 こうして個人の私権を制限してまでも実施する手続きを定めているわけであるからこそ、その厳格な遵守が求められるわけであり、法も土地改良事業を実施しようとする者に対して、その手続きを遵守してこそ、初めて私権の制限を含めて事業の遂行を許容している。従って手続的保障は同法の根幹をなすものといえるのであって、いささかも疎かにはできないものである。

2 原判決の判示

 しかし、原判決はこの点を看過していると言わざるを得ない。例えば、原判決は次の通り判示している。

@ 「三条資格者の中に同意署名簿に記載されず三条資格者として把握されていなかった者がいたとしても、それだけで直ちに変更計画を違法として取り消すべきものとするのは相当ではないというベきである。真実の三条資格者の総数を基準としてもなお三条資格者の三分の二以上の同意の要件を充足する場合において、手続的瑕疵があることを理由に変更計画を取り消すべきとするのは、被告が三条資格者を確認した方法、三条資格者であるにもかかわらず三条資格者として把握されなかった者が生じた事情等にかんがみ、前述した法八七条の三第一項の趣旨に照らして著しく適正を害しその趣旨を没却すると認められるような瑕疵がある場合に限られるものと解するのが相当である。」(一三一頁)

A 「被告が‥‥関係市町村における確認作業が的確に行われるための方策も採っていること、関係市町村における三条資格者の確認方法は、各市町村によって異なるが、多くは、農地基本台帳、土地登記簿、土地課税台帳等の基本的、客観的資料に基づいて確認作業がされているのであるから、同意の対象となる三条資格者の総数が極めて多数に上る本件変更計画において、戸籍や住民票で死亡者の確認をしていなかったり、対象土地の現況を把握するために現地に赴いて調査するなどしなかったからといって、その方法が法八七条の三第一項の趣旨に照らして許容し得ないものであるとまではいえないこと、‥‥三条資格者の変動の把握漏れが大半であって、主として同一農家内の新旧の経営者の把握が十分でなかったことによるもので、その瑕疵の程度は大きいとはいえず、それ以外の事情によるものはわずかであり、恣意的に特定の者を三条資格者から除外しようとしたような形跡はうかがわれないこと‥‥、この点を手続的瑕疵として取り上げることは必ずしも相当ではない」(一四〇頁)

3 原判決の誤り

 しかし、右判示は法が定めている手続的保障の意味を把握しないまま、「多少三条資格者を除外していたとしても、全体として三分の二以上あれば良いではないか」「多少の瑕疵があろうとも故意にやったのではないから良いではないか」に等しい論述である。これでは手続的保障は全く意味をなさなくなってしまい、ひいては何のために法が手続を定めたかの意味すら没却しかねないものである。

 一体、三条資格者は誰で何人存在するのか、そうするとその三分の二とは何人であるのか、これらはまさに客観的に定めうるものであり、またそうしなければならないものである。誰を三条資格者に入れるか入れないかをめぐって担当者の主観が入る余地はないのであり、万一担当者の個人的主観によって三条資格者であったりそうでなかったりすれば、法の執行はそれこそ滅茶苦茶になってしまう。

 例えば、事業の必要性、費用対効果の問題などは一定の評価が加わるものであるから、判断するものによって分かれることはあり得る。しかし、三条資格者は誰で何人存在するのか等という問題は、担当者の主観によって分かれるような問題ではない。これはたとえ人数が多かろうと、時間がかかろうと、一定の判断基準を明確にして、また使用する資料なども明確に特定して実施すれば、誰が行っても同じ結論になるはずである。そしてこの点こそ、本件事業執行の出発点となるべき事柄であるから、まさに誤ってはならない重大な点なのである。

 原判決は「手続的瑕疵があることを理由に変更計画を取り消すべきとするのは、被告が三条資格者を確認した方法、三条資格者であるにもかかわらず三条資格者として把握されなかった者が生じた事情等にかんがみ、前述した法八七条の三第一項の趣旨に照らして著しく適正を害しその趣旨を没却すると認められるような瑕疵がある場合に限られる」としているが、まさに右の重大な点を看過したものであり、とうてい容認できない。

 法の定める手続からすれば、一人の三条資格者でも除外して良いことにはならない。原判決では、多少、三条資格者を除外してしまっていたとしても、少人数であれば構わないではないかというようにも読める。しかし、それでは一体どれほどの割合、あるいはどのほどの人数の除外であれば構わないというのであろうか。法が定めている手続的保障の意味からすれば、一人でも逃してはならないという他はないし、現に行政当局自身もこれを認めている(甲一〇九)。本来ならば司法手続きでは行政手続きよりもいっそう厳しく判断されるべきであるが、これがむしろ逆になってしまっている。

 原判決が指摘するように「同意の対象となる三条資格者の総数が極めて多数に上る本件変更計画において、戸籍や住民票で死亡者の確認をしていなかったり、対象土地の現況を把握するために現地に赴いて調査するなどしなかったからといって、その方法が法八七条の三第一項の趣旨に照らして許容し得ないものであるとまではいえない」というのもおかしなものである。

 死亡者の確認は、それこそ戸籍や住民票で確認すべき事柄であるし、ましてや実際の担当者は役場職員であったというのであるから、それこそ容易に判断できることであろう。そうした簡単なことすら実施していないのに「その方法が法八七条の三第一項の趣旨に照らして許容し得ないものであるとまではいえない」とはまさに不可解である。

 また「恣意的に特定の者を三条資格者から除外しようとしたような形跡はうかがわれない」ということは、まさに主観を問題にしていることになる。しかし、担当者の主観によって手続が有効になったり無効になったりすること自体、本来おかしいことである。本件で法が定めている手続は、まさに徹底して客観的に判断すべきものであり、担当者の主観を問題にする余地はないはずである。この手続的保障の意味を考えれば、客観的に法令の遵守がなされていなかったときには、その理由を問わず違法になると単純化して考察しなければ、手続的保障は貫徹されない。

 そもそも法は、担当者の恣意など主観を入ると適切な行政行為の執行にならないことをおそれて、まさに客観的に判断するよう求めているわけであるから、原判決のように「恣意的」にやっているわけではないから多少の瑕疵も救済するということは根本的に誤っていると言う他はない。

 国賠訴訟で国側に対して損害賠償を請求するというのであれば、当然、違法性の他に故意、過失といった主観的な要素が考慮されるわけであるが、本件では国賠訴訟ではなく行政訴訟のうちの取消訴訟である。違法な行政処分の取消を求めているわけであって、担当者の主観を問題にしているわけでもない。行政処分の違法の有無はまさに客観的事実から判断することであって、担当者の主観は問題にならないという基本的な命題すら原判決では無視している。

 

三 本件国営土地改良事業及び関連事業における受益者負担について

1 原判決の要旨

原判決は、この点に関連して次のように述べているが、いずれも誤った理解や判断に基づくもので、後に詳しく述べるように原判決は取り消されるべきである。

@ 「本件事業の用排水事業の費用」について、「公告された書面である『国営川辺川土地改良事業(農業用用排水・農地造成・区画整理)における事業費の負担区分の予定及び地元負担の予定基準』と題する書面(乙三一)には、本件事業の用排水事業の三条資格者の負担がないことが明示されている以上、法九〇条の規定による負担金の納入方法について、『関係市町村は、同条五項の規定により、熊本県が三条資格者に対する負担金に代えて当該市町村にこれに相当する額として負担させる金額を、熊本県に対し負担する』旨定められているのであるから、本件変更計画を前提とするかぎり、熊本県が直接に三条資格者から負担金の徴収をする余地はないというべきである」(一六九、一七〇頁)

A 「本件変更計画の段階では(県営、団体営等の)関連事業における費用負担についての問題はまだ決まってなかった」のであり、関連事業の同意取得手続きは本件事業とは別個に採られ、三条資格者としてはその中で関連事業による費用負担については賛否を表明することができるから、関連事業による費用負担は基本的には関連事業の手続きにおいて説明されるべき事項であり、本件手続きで関連事業の具体的な説明をしなかったからといって「関連事業も含めた一切の費用負担がないとの誤解を与えるような不適切な説明であったとまではいうことはできない」(一六五ないし一六七頁)

B 「本件事業によって新設される施設の維持管理費は、本件事業とは別個の土地改良事業として、後に設立予定の土地改良区によって行なわれることになっているのであるから・・・」前記Aと同様問題はない(一六七、一六八頁)。

C 「川辺川ダム建設の事業費の受益者負担」について、「特定多目的ダム法一〇条は、多目的ダムによる流水の貯留を利用して流水をかんがいの用に供するものは、多目的ダムの建設に要する費用のうちの一定の額の負担金を負担しなければならず、右負担金は、都道府県知事が徴収すると定めている」として・・・ダム建設事業は特定多目的ダム法に基づいて建設大臣により実施されるもので本件事業とは別個のもので、この負担金は本件事業に参加することによって必然的に生ずるものではなく、関連事業を経て負担者となるかどうかが決まるというべきであるから、「被告が説明するにしても負担者となる可能性があるにとどまるのであって、ダム建設事業の施行者でも負担金の徴収者でもない被告が本件変更計画の手続きにおいて、右負担金の説明をしていなかったからといって本件同意取得手続きに違法があるとはいえない」(一六八、一六九頁)

2 本体事業の用排水事業の受益者負担金がないとの原判決の判断の誤り

原判決は、つまるところ熊本県は本件変更計画を前提とするかぎり三条資格者から負担金を徴収する余地はないと断定しているが、次のとおり何ら根拠のない判断にすぎない。

   (一) ところで、『国営川辺川土地改良事業(農業用用排水・農地造成・区画整理)における事業費の負担区分の予定及び地元負担の予定基準』と題する書面(乙三一)には、確かにその二頁の「3土地改良法第九〇条の規定による負担金の納入方法」に原判決が指摘する文言が存在する。しかし、だからといって原判決のいうように「本件変更計画を前提とするかぎり、熊本県が直接に三条資格者から負担金の徴収をする余地はないというべきである」(一七〇頁)ということは、原判決の論理からしても、次のとおり全く無理であると言わざるを得ない。

   (二) すなわち、原判決も厳しく指摘するように本件変更計画は被控訴人すなわち農水大臣の計画であって熊本県の計画ではない。したがって、熊本県がこれに縛られる根拠は法規上全く存在しない。こうした理解からすれば、原判決が「本件変更計画を前提とするかぎり」と言ったからといって熊本県がこれに法規上拘束されることがないことは明明白白である。

(三) したがって、問題は本件変更計画通りであるというためには、原判決のいう法九〇条五項のとおりの処理がなされるということが同意取得手続きの前に予め決まっていたかどうかである。

そのためには、まず第一に、熊本県が法九〇条五項により関係七市町村に三条資格者に対する負担金に相当する部分の負担金を負担させる意思が予め示されていること、第二に、これに対し当該市町村が法九〇条五項の「あらかじめの同意」をしていること、第三に、当該市町村が法九〇条六項に基づく徴収をしない意思を予め表明していること、の三つが必要である。

しかし、そのような事実は全く存在しないし、被控訴人は主張・立証すらしていないのである。したがって、被控訴人は根拠もないのに用排水事業に関し三条資格者に「受益者負担はない」「水代はタダ」と言っていたことになるのである。

すなわち、土地改良法九〇条に関して被控訴人が単独で確実に言えることは、同条一項で政令の定めるところにより熊本県に対し「その事業に要する費用の一部を負担させる」かどうかだけである。それ以上のこと、すなわち熊本県がどうするかは熊本県の問題であり、関係市町村の問題である。したがって、熊本県や関係市町村がどのような態度を取っていたかは、被控訴人の要証事実であった。しかし、原審で控訴人はなんどもこれを明らかにするよう迫ったが、被控訴人はついにこれを裏付ける証拠を提出しなかったのである。

(四) ところで、被控訴人は、原審において控訴人の度重なる要求の前に本件変更計画の受益者負担金に関連して乙号証を提出した。しかしながら、これらの書面は逆に、熊本県らが被控訴人の主張とは別の手続きをしていることを裏付けたのである。

すなわち、熊本県知事が被控訴人(農水大臣)または九州農政局長あてに提出した書面(乙第一二五号証、一二六号証、一二七号証)はいずれも、熊本県知事が法九〇条二項により三条資格者から徴収するとした負担金に関するもので、法九〇条五項によるものではないのである。

また、関係市町村の首長、議会の議決(乙第一二八号証一ないし一四)は根拠法条を欠くか法九〇条九項、一〇項に関するものである。法九〇条九項一〇項は「国営土地改良事業によって利益を受ける市町村に対し、その利益を受ける利益を限度として」法九〇条一項の負担金(都道府県負担分)の一部を負担させるものであって、三条資格者の負担金(法九〇条五項)を負担させるものではないのである。したがって、これをもって法九〇条五項による三条資格者の負担部分相当額を負担する関係市町村の意思に替えることはできない。

加えて、そもそも熊本県は法九〇条九項による請求を行なう意思を予め表明していないし、熊本県議会も法九〇条一〇項に定める決議を行なっていないのである。

 要するに、右の各証拠によれば、本件変更計画の熊本県の負担する法九〇条一項の負担金の処理をめぐっては、同意取得手続き当時、被控訴人、熊本県、関係市町村の間で重大な見解の相違が、存在したのである。

 すなわち、熊本県はあくまでも法九〇条二項により三条資格者から負担金を徴収する立場を取り、関係市町村は法九〇条九項により独自の費用として支払う意思を明らかにしていたが、被控訴人は法九〇条五項による処理を根拠も無く本件変更計画の中に入れて打ち出していたのである。

(五) 以上のとおり、本件変更計画同意取得手続きの段階で土地改良法上、本件変更計画のいう用排水事業についての三条資格者の受益者負担がないという被控訴人の主張は、客観的裏付けを欠くものであり、これを何らの根拠もなしに認めた原判決には理由不備の違法があり直ちに取り消されるべきである。

3 関連事業(県営、団体営)における費用負担

(一) 原判決は、関連事業の同意取得手続きは本件事業とは別個に採られ、かつ関連事業における費用負担の程度も考慮に入れて賛否を表明することができるのであるから、関連事業の費用負担はについては基本的には関連事業において負担すべきものとした上で、本件事業の同意取得手続きの段階で関連事業についての問題が決まっていなかったのであるから、これについて具体的な説明をしなかったとしても違法性の問題はないとしている。

しかしながら、右の原判決の右判断は、形式論理を積み重ねた何ら根拠のないものに過ぎず直ちに取り消されるべきものと言わざるを得ない。以下その理由を述べる。

(二) 本件訴訟で問題になっているのは、被控訴人は本件事業、関連事業なども含めて三条資格者が負担すべき金額を明らかにした上で同意徴集手続きをすべきであったかどうかである。関連事業の費用負担が本件事業の同意の対象になるかどうか、あるいは、関連事業の費用負担が決まっていないときに関連事業の費用の具体的な説明をすべきであるかどうか、ということが問題になるのではないのである。

すなわち、三条資格者は、本件事業の中で関連事業の費用も含めたことが分からなければ、自らの農業経営を考える上で必要な経費計算をできないからそもそも同意・不同意の態度を決めること自体が不可能であり、したがって、三条資格者が本件事業だけの費用負担を説明されたのでは同意・不同意の態度表明ができないのは当然である。

したがって、本来はこの本件事業及び関連事業など一切の費用負担を明らかにしないかぎり、三条資格者としては同意できるはずのないものである。

控訴人は、関連事業の費用負担は基本的には関連事業の手続きで決めるのこと、関連事業の費用負担が決まっていない段階ではその具体的説明ができないことは当然であり、だから本件事業、関連事業を通じた費用負担につき一切の説明ができる段階で全体に関係する本件事業について同意を採るべきであると主張し、そうした段階に達していない本件の同意徴集手続きが違法であるとしているのである。

(三) 例えば、パソコンに趣味のあるユーザーが本体機器や周辺機器を自分で揃える場合に、現在売り出されているのは本体機器だけで周辺機器の発売は将来の予定で費用も不明という場合と、本件が似ていなくはない。

このユーザーは、本体機器も含めた機器一式の購入費用がメーカーのサービスでタダだと言われて受け取ることに同意して契約書に署名した。しかし、後になってサブメーカーが周辺機器は別売品だとして法外な値段で売り出したときには、どうせタダで貰った本体機器なのだから、周辺機器を買わなければ問題ないのではないか。

また、通信接続をする別の会社からあなたが受け取った機器を当社の通信サービス機器に接続するときは別売のアダプターを買わなければ駄目ですとか、機器一式を動かす電気代は自分の費用で支払ってください、と言われたときは、使わなければいいのではないか。

というふうに考えれば、本件ではそのユーザーにとって何ら問題にすべき不利益はないと言えるのかも知れない。

しかし、本件はそういう個人的な問題ではないのである。費用負担するのは営利企業ではなく、国民の税金を主な源資とする国の財政である。国が農民の営利事業である農業経営の改善のために貴重な資金を出すのは食料の確保という国民全体の利益があるからである。だからこそ、土地改良法は三条資格者の三分の二以上の同意を前提にしているのである。

さらに、この事業に関与しているのは、個々の会社企業ではなく、国の機関である建設省が特定多目的ダム法という法律をもとに計画をたて、用排水部門を被控訴人が受け持ち、関連事業の最重要部門を熊本県が受け持っているのである。そして、その費用負担については関係市町村も関与しているのである。そして、被控訴人は全国各地で土地改良事業を手懸けており、当然本件のごとき関連事業の場合におよそどの程度の費用が見込まれるか計算し得る立場にある。

そこで本体、関連事業全体の費用が判明すれば、その次に発生する受益者負担問題は、国と三条資格者間に生じるのではなく、熊本県と三条資格者間に生じる問題であるということである。

したがって、問題は、熊本県が本件事業の熊本県負担部分を三条資格者から徴収するのかどうか、関連事業たる県営事業につき三条資格者に受益者負担金を徴収するのかどうかにかかっていると言える。

したがって、被控訴人はこれらを事前に関係機関と整理した上で、全体としての費用をもとに個々の三条資格者にどの程度の負担がかかるかを具体的に説明できる段階で同意取得手続きをすべきであり、それが出来ない段階であれば、説明義務の前提が欠けているのであるから、そもそも説明義務違反になるのである。

(四) あえて言えば、現実には被控訴人は用排水事業の本件事業・関連事業の費用をほぼ明らかにしていたが、三条資格者に対する受益者負担金問題が明らかでない段階、すなわち熊本県の態度が明確でない段階で、見切り発車をしたのである。

しかしながら、熊本県は、深刻な財政危機にありむしろ受益者負担金を求めるという立場であり、結局、被控訴人は積極的に三条資格者を欺くために本件事業についての同意徴集手続きが違法であると知りながら、これを強行したのである。以上、原判決の誤りは明白である

4 本件事業によって新設される施設の維持管理費の負担について

原判決は、「本件事業によって新設される施設の維持管理費の負担」について「本件事業とは別個の土地改良事業として、後に設立予定の土地改良区によって行なわれることになっているのであるから・・・」として、関連事業と同様問題がないとした。

しかし、この点についても、前記第3と同様の批判が妥当するもので原判決の誤りは明らかで取り消されるべきである。

5 川辺川ダム建設の事業費の受益者負担について

(一) 原判決は、「川辺川ダム建設の事業費の受益者負担」について、「特定多目的ダム法一〇条は、多目的ダムによる流水の貯留を利用して流水をかんがい用に供するものは、多目的ダムの建設に要する費用のうちの一定の額の負担金を負担しなければならず、右負担金は、都道府県知事が徴収すると定めている」として・・ダム建設事業は特定多目的ダム法に基づいて建設大臣により実施されるもので本件事業とは別個のもので、この負担金は本件事業に参加することによって必然的に生ずるものではなく、関連事業を経て負担者となるかどうかが決まるというべきであるから、「被告が説明するにしても負担者となる可能性があるにとどまるのであって、ダム建設事業の施行者でも負担金の徴収者でもない被告が本件変更計画の手続きにおいて、右負担金の説明をしていなかったからといって本件同意取得手続きに違法があるとはいえない」としている。

しかしながら、右の判断は明らかに誤っており、取り消されるべきであることは明らかである。

(二) この問題についても、前記第3のBで述べた批判が基本的には妥当するがさらに、原審での最終準備書面第一、二、3(二)Cでも指摘したとおり、この負担金は特定多目的ダム法第一〇条一項、二項、同法施行令第一四条二項の規定、本件変更計画概要書(農業用用排水・乙二七ー一)一一頁の費用の概要の項に「(参考)関連事業」「その他」(川辺川ダム負担金)に全体で三一億五五〇〇万円(用排水三〇億一〇〇〇万円)という記載があるところから、被控訴人においては明らかな事実であった。

したがって、河川の流水とは別にダムから取水する本件事業・関連事業の最終利用者である三条資格者がダム建設費用の受益者負担金を負担することを被控訴人は当然知っていたのである。

問題は、この負担金の存在を被控訴人は知っていながら三条資格者に説明しなかったのである。原判決は、徴収するのは熊本県だからとした上で、わざわざ新聞記事(甲二三三ないし二三五)を引いて熊本県が徴収するかどうか態度を決めてなかったということをあげている。

しかし、特定多目的ダム法第一〇条二項は「前項の負担金は都道府県知事が徴収する」とあるとおり、熊本県知事には裁量権一切ないのである。にもかかわらず熊本県のごまかしのポーズを原判決までが法律上正しいものであるかのように免罪しているのである。

(三) 以上、被控訴人は、熊本県がダム建設費用についての受益者負担金を三条資格者から徴収する義務があることを知っていたのであるから、当然これを説明すべきであった。

6 右に述べたとおり、本件変更計画の同意徴集手続きの段階では、本体工事や関連工事、施設の維持費、ダム建設費用につき三条資格者の費用負担があるということは明らかであり、さらに熊本県がこれを徴集する立場にあることも明白であった。

にもかかわらず被控訴人は右の事実を隠して「水代はタダ」と誤った説明をしたのである。

 

四 立証責任について

 1 被控訴人には立証責任がある

  被控訴人は、本件変更計画の実施に当たって土地改良法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意があることを立証しなければならないことはいうまでもないし、この点は被控訴人も争わないと思われる。つまり、被控訴人としては法律に基づいて適切に行政行為を行ったことを立証しなければならないわけである。特に国民の自由や権利を制限する行政行為の取消訴訟においては、つねに行政庁がその行為の適法なことを立証する責任がある。そして手続に関しては、当然のことながら適正手続の遵守が謳われているわけであるから、これに違反した手続をしていたとすれば、違法との推定も働く。

 もちろん原判決もこの立場に立ったうえでの判断を下しているはずであろうが、実際にはあたかも控訴人側において、被控訴人の違法性や法で定めている要件を充足していないことを逆に立証しなければならないかのように考えて判断を下しているきらいがある。

 例えば原判決は、次のように判示している。

 @ 「三条資格者の同意は、‥‥三条資格者の一部に対し同意するかどうかを聴取しなかったからといって、他の三条資格者がした同意の効力に影響を与える性質のものではない上、事業規模が大きく三条資格者も相当多数になることが予想される国営土地改良事業において、すべての三条資格者を把握するための手続が法的に整備されていない現在の状況の中で、これを漏れなく正確に把握することは必ずしも容易ではないのであるから、真実の三条資格者の総数を基準とし、現実に同意をしたと認められる三条資格者の人数が三条資格者の三分の二以上となるという実態を備えている以上、三条資格者の中に同意署名簿に記載されず三条資格者として把握されていなかった者がいたとしても、それだけで直ちに変更計画を違法として取り消すべきものとするのは相当ではないというベきである。真実の三条資格者の総数を基準としてもなお三条資格者の三分の二以上の同意の要件を充足する場合において、手続的瑕疵があることを理由に変更計画を取り消すべきとするのは、被告が三条資格者を確認した方法、三条資格者であるにもかかわらず三条資格者として把握されなかった者が生じた事情等にかんがみ、前述した法八七条の三第一項の趣旨に照らして著しく適正を害しその趣旨を没却すると認められるような瑕疵がある場合に限られるものと解するのが相当である。」(一二九頁)

   A 「法八七条の三第一項は、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重要な部分を変更するに当たり、三条資格者の意思を尊重しようとしたものである。このような同条項の趣旨からすれば、変更計画が決定されるまでの間は、同意の意思表示をした者は、これを撤回することもできるが、逆に、同意を撤回した者は、右撤回を取り下げる旨の意思表示をすることにより、再び同意者に加わることもできるというべきであって、この場合、改めて同意署名簿に同意の署名押印をする方法による必要はないと解すべきである。

 原告らは、遺言の撤回の撤回に関する民法一〇二五条や、解除の意思表示の撤回に関する同法五四〇条二項、さらには、行政処分の異議申立ての取下げの撤回に関する裁判例等を挙げて、三条資格者の同意についても、撤回は許されても撤回の撤回は許されるべきではないと主張するが、原告らが指摘する法律の規定や裁判例は、土地改良法上の三条資格者の同意の場合とは全く異なる場合についてのものであって、本件に妥当しないことはいうまでもない。」(二二三頁)

 これらの判示からすると、原判決では事実上、立証責任を転換して、控訴人側において積極的に同意の無効性や違法性を立証しない限り、被控訴人の行った行政行為を有効であると決めつけてしまっているに等しい。

 原判決は「国営土地改良事業において、‥‥これを漏れなく正確に把握することは必ずしも容易ではないのであるから、真実の三条資格者の総数を基準とし、現実に同意をしたと認められる三条資格者の人数が三条資格者の三分の二以上となるという実態を備えている以上、三条資格者の中に同意署名簿に記載されず三条資格者として把握されていなかった者がいたとしても、それだけで直ちに変更計画を違法として取り消すべきものとするのは相当ではない」としている点などは、明らかに多少の違法があっても容認する姿勢を示していると言わざるを得ないし、これでは逆に控訴人において、真実の三条資格者の総数を明確にしたうえで同意していない者が三分の一以上存在することを立証しなければ、違法と判断しないということになってしまうであろう。

 要するに、被控訴人において十分な説明をしていなくとも、また同意署名簿の記載の仕方について問題点が存在していても、「同意署名簿の一部又は全部が無効になるとか、本件変更計画が違法となるとはいえない」ということであろう。この判示の表現方法からしても「無効ではない、違法ではない」ということになっていて、必ずしも積極的に「有効である」とまでは記されていない。

 しかし、法律に基づいた行政行為がなされたことを被控訴人は積極的に立証しなければならないはずであり、こうした判断内容からしても、原判決は理屈のうえでは分かっていても実際の判断は、多少の問題点があっても、また多少有効性に問題があっても実際には目をつぶって無効あるいは違法とまでは言えないということにしてしまっているようである。この点、原判決は立証責任の考え方を根本から誤っているといわざるを得ない。

 本件は言うまでもなく棄却決定の取消を請求した訴訟であり、国賠訴訟ではない。国賠訴訟であれば、訴える側において国側の担当者の違法行為を特定したうえでそれを立証しなければならない。しかし本件ではそうではなく、訴える側において国側の違法行為を立証しなければならないというものではない。あくまで被控訴人において、積極的に有効適切な行政行為がなされたことを立証しなければならないのであって、原判決はどうも国賠訴訟と混同しているのではないかという疑いを払拭しきれない。

2 被控訴人は何を立証しなければならないか

(一) 被控訴人の立証すべきこと

 被控訴人としては法律に基づいて適切に行政行為を行ったことを立証しなければならないことは明らかであり、これは単に三分の二以上の同意がなされたことだけにとどまらず、控訴人らが指摘した全ての面にわたって法令に適応した有効かつ適切な行政行為がなされたことを立証しなければならない。

 しかし原審の審理では、被控訴人はとうてい法律に基づいた有効適切な行政行為を行ったことは立証されていない。この点では、まず第一に本件事業そのものにかかわる事業の必要性、費用対効果及び受益面積が基準面積を下回る点、第二に本件公告手続における問題点、第三に同意取得手続における問題点など全て被控訴人においてその有効性を立証しなければならない。

  (二) 事業の必要性など

 ところが、まず第一に本件事業そのものにかかわる事業の必要性、費用対効果については原判決は次のとおりに判示している。

 「原告らは、基本的要件の一つである事業の必要性がないことを理由に本件変更計画が違法であると主張しているところ、国営又は都道府県営の土地改良事業において当該事業の必要性があるかどうかの判断は、当該事業の施行に係る地域の自然的、社会的及び経済的諸条件を基に、当該事業による効用を多角的に評価しながら総合的見地より決すべきものであり、専門技術的かつ政策的なものであるから、行政庁の広範な裁量に任されているものといわざるを得ない。

 したがって、裁判所は、この点に関する行政庁の判断が全く事実の基礎を欠くとか社会通念上著しく妥当を欠くなどその裁量権の範囲を超え又はその濫用があったと認められる場合に限って違法と判断すべきものというべきである。」(一一〇頁)

 しかしこれでは、被控訴人が積極的に行政行為の有効性を立証したということではなく、行政行為の有効性は事実上推認されているものと評価されよう。確かに、事業の必要性や費用対効果などの問題点は、「専門技術的かつ政策的なもの」である側面もないわけではなかろうが、それ程大きな比重はないし、それによって被控訴人の立証責任が軽減されるとか、事実上有効性が推認されるというものではない。あくまで立証責任の観点からして、他の問題点と同様に十分な立証をすべきであろう。しかし、被控訴人は、通り一遍の調査報告書(乙三六)に依拠するだけであって、とうていまともな立証を尽くしたとは言いがたい。

(三) 公告手続

 第二に本件公告手続における問題点でも同様である。原判決は「証拠(乙三四)及び弁論の全趣旨によれば、同条のとおりの公告手続がなされたことが認められる。」(一二七頁)とするのみである。控訴人らが指摘した問題点はほとんど顧慮されていないといって過言ではない。控訴人らが指摘した本件公告手続の違法な点は、ここでは原判決は単に「同条のとおり」としている。他方、控訴人らが指摘した三条資格者の問題点では、法令に違反していることは認定しながらも、結局は違法ではないとしている。これでは、要するに法令に従ってもまた従わなくても違法ではないというに等しいものであって、いかに原判決が、行政当局に甘い判断となっているかが分かる。

   (四) 同意取得手続

 第三に同意取得手続における問題点でも同様である。

  三条資格者の特定は法に定める土地改良事業を遂行するに当たって最も重要かつ手続の出発点ともいうべきものである。従って、この点は被控訴人においても慎重かつ適切な対処が必要であることは言うまでもないし、この点において不十分な措置しかとれていなかったというのであれば、極めて違反の程度は重大である。ところが原判決は、最終的な三条資格者の数すら特定していない。

 つまり原判決は、三つの事業ごとに一定の資格者の数を挙げながらも、そうした数に「若干上回る程度」というのであって、これでは正確な人数すら特定しないことになるし、原判決はそれでよいと考えているようである。しかし、三条資格者の数の特定は、まさに本変更計画の有効無効を論じるに当たって出発点ともなるべきものであり、被控訴人において、明確に立証しなければならないことである。ところが実際にはそれすら行われていない有様であって、これでは被控訴人の立証責任も果たさないでよいというに等しい。

 原判決はそうしたことの理由として「三条資格者の変動の把握漏れが生じた要因としては、錦町及び須恵村以外において、新土地原簿を作成する際に、戸籍や住民票により死亡者の有無を確認していなかったこと‥‥、人吉市の除外地並びに山江村の継続地及び除外地については、新土地原簿を作成する際に、当初計画以降の三条資格者の変動を念頭に置いた確認作業が行われていなかったこと、新土地原簿を作成する際に経営移譲や権利移転の有無を十分に把握し得ていなかったこと、三条資格者の確認作業がおおむね終了した平成五年三月ころから同意取得手続を開始するまでに約一一か月が経過しており、この間にも三条資格者の変動があったと考えられることなどが挙げられる。」としている。

 しかし、これらはまさに理由にならない理由である。本当にやむを得ない理由によって三条資格者の把握ができなかったというのであればともかく、原判決が指摘したような理由は、行政当局からすればさほど困難を強いるものではないし、現に原判決も認めているとおり錦町や須恵村では遺漏もなかったということであるから、他の市町村でできないはずはない。

 つまり、原判決は理由にもならないような理由を挙げて行政当局の不始末や不備を許容してしまい、その不利益は控訴人らに及ぼしているわけである。

   (五) 同意者の特定

 肝心の同意者の特定、人数についても同様である。被控訴人は、三条資格者を明確に特定したうえで、その三分の二以上の者の同意があることを積極的に立証しなければならない。このことは、控訴人らにおいて三分の一以上が不同意であることを立証しなければならないことを意味するものではなく、あくまで三分の二以上の同意が被控訴人における立証責任である。

 ところがこの点も原判決では事実上立証責任の転換が行われているに等しい。本来、同意署名簿のうち控訴人らが積極的に認否をしていない者についても、被控訴人において同意があったことを立証しなければならない。しかし、この点は被控訴人はいうなれば同意署名簿を書証として提出したばかりで、ほとんど立証はされていないと言って良い。ところが原判決は、これについてはそのまま同意があったものとして判断してしまっている。

 原審では四七名の原告についてのみ本人尋問を行ったのであるが、原判決ではその中でも、一人ずつ同意の有無を検討して判断しており、原告だからといって一律に不同意として判断しているわけではない。そうすると、本人尋問をしていない者の中には、実は同意署名簿に署名押印の形跡があって同意者として取り扱われてはいても、真実同意していない者も存在することが十分考えられる。

 それにもかかわらず、その他の者は一律に同意者として判断してしまったことは、事実上、立証責任を転換してしまったものである。同意署名簿に署名や押印の形跡があったとしても、それだけでは決して同意として扱ってはならないのであり、この点、原判決は重大な誤りを犯している。