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成 2 8 年 ( 2 0 1 6 )

新年明けましてお でとうござい ます

本年もよろしくお願 いいたします



No.150  「2016年我が家の食器」  '16. 1. 1 up 価格   円 

〜  昨年はほぼ一年間かけて我家の食器をすべて自作に切り替えようと全力を挙げて作陶してきました。
                                                まず素地となる粘土ですが、今まで比較的作陶成形がたやすく焼成でも失敗の少ない信楽粘土を使ってきました。
                                                  そしてそれらは街の粘土屋さんで購入していたのですが、プロの指導する志野土に変え直接岐阜県の業者をあたって購入することにしました。
                                                 これは成形しにくいし、乾燥段階で既に失敗作が2〜3割、焼成時には残りの5割ほどがとんでもないことになったりしたことも幾度かありました。
                                                    しかしその反面気持ちを引き付けるような作品にもめぐりあうことができるようになりました。

これからの課題としましては今までとにかく数を揃えることに集中してきました。これからは当然質を上げると同時に成功する歩留まりを上げていかなくてはなりません。

食器はその用を足すことができれば十分、と思わず常にその機能性の持つ形の美しさをさらに追求する努力を追い続ける気持ちを忘れないように今後共精進していくつもりです。



次回の更新は 2月 1日です


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[No.149] ビールジョッキーその2 価格  各2,000円 '15.12. 1 up

       ( 14 cm x H 7.5 cm 350ml )


画家と陶芸・・の結びつきって幾人もの作家さんが連想されます。


元々、陶芸の多くは生活用品として発展してきた流れと全く真逆な芸術性や装飾性だけを追求してきたものに大別されるでしょう。

そして画家の陶芸品にはどちらかというとその両者を併せ持つ性格があり手にしてみるとそのどっちつかずのお気楽性に心和む作品が多いように思われます。

御多分に漏れずわたしも端くれとしてどっちつかずのお気楽作品に自身を慰めています。


陶器製のビールジョッキーはガラス製のそれと比して表面に出る泡はきめ細かく香りを楽しむビール派にとっては堪らない器であることは間違いありません。

このジョッキー、容量は350mlと、私にとっては市販の缶ビールがちょうど入る量を目安にしました。

以前にも陶器のジョッキーはご紹介しましたがあまりゴテゴテ装飾しないほうが日常的・・として単純明快にしてみました。

この手もほかの酒器同様、今後もああでもない、こうでもない・・と御託を並べては変わっていくのでしょう。

次回の更新は 1月 1日となります


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[No.148] ご飯茶碗 価格  2,000円 '15.11. 1 up

       ( 14 cm x H 7 cm )


日常使う食器、幾度も幾度も使い勝手の良さを追求するとキリがありません。

しかし、そこには追求する楽しみ、苦しみがあってしっくりとしたものに巡り会えると喜びも倍加しようというものです。


人間、歳をとってくると日常に対して非常にルーズになるタイプと何かに付け意義をつけてキッチリとしないと気がすまないタイプに分けられるでしょうか。

その点、わたしはどちらかというとエッ!?、と思われるかもしれませんが後者に属する方かと自己分析します。


では全てにおいてそうかと申しますとそうではなくそれらを補ってくれる趣味の分野でかなりずぼらなことをしても許されることがあるから助かっているのかもしれません。

大たいすべからく趣味全般においては浅く広く、そして決してこんを詰めない。

よく他人から「趣味が広くていいですね・・」とからかわれてもそのまま素直に「いいですね・・」としか捉えないことでしょう。

絵を描いていても大雑把なところでやめてしまう、その先はごらんの方の想像力に委ねさせて頂く。スポーツをしていても楽しめる範囲のところでやめておく、誰にも迷惑は掛けないから許してもらう。

反面、キッチンのデジタル秤できっちり230gのご飯を盛り、その上に野菜炒めや焼き魚などを乗せ概ねどんぶり形式の朝食になる。さてこの茶碗の満足度は・・・

次回の更新は 12月 1日となります


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[No.147] てしょうとめいめい皿 価格 セット 2,000円 '15.10. 1 up

       (巾 12 cm と 17 cm )


私はいわゆるIT依存性ですが、日常のお付き合いはまあ年寄りの念仏講・・みたいなものでお相手はほとんどが同年輩。

毎朝の無線交信でも若い人とお話することなんてここ4〜5年ありません。若者・・小中学生のことですがその彼らも既に無線に興味のある子は絶滅してしまいました。


回りくどい説明になってしまいましたが、今回の作品に「てしょう」が出てきました。陶芸の品物には古来から受け継がれてきた名称があります。

時代の変遷とともにもう使われなくなった器、例えば「片口」がその代表例ですがそれは致し方ないことでしょう。しかし、てしょう・・は日本の和食文化になくてはならないものなのに理不尽です。


私の母は現在99歳、長野で生まれた私は子供の頃から食卓で母の言う「そこの、おてしょ、取って・・」と言うように日常語として使っていました。

てしょ、は「手塩皿」のことで「おてしお」は女性語といいます。おてしょう、おてしょ・・などは同義語なのです。

プラスティックや使い捨ての食器を使うようになった現代では本来使われていた食器の名前すら打ち捨てて「No,5サイズ皿」とか。こりゃあ、まずいぜ!!。

以前にもこの欄でお伝えしたかと思いますが我が家の陶器食器は全て自作品で賄うことになりました。お客様はもとより、子供たちにもしっかりと器の名前は教育しなくては・・?

残念、子供たちはもうみんな成人して我が家はブツブツ小言爺さんのみになってしまいました。

次回の更新は 11月 1日となります


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[No.146] 楢灰釉・コーヒー茶碗 価格 セット 3,000円 '15. 9. 1 up

       (H 6 X 8.5 cm )


我が家のアトリエには薪ストーブがあります。このストーブの焚付けには紙や雑木枝葉などは一切使用せず、ひたすら楢・クヌギ・・の細割などを使っています。

紙などに匹敵する着火性を高めるため長さ45cm、重さ1.3kg平均の薪は更に細割し、50〜100g・・つまり1本の薪を20分割までにして焚付けに使うのです。

それでも着火させるためにはバーナーの助けを借りなければ火は起こせません。その結果一冬このアトリエで燃やした純粋な楢薪の灰は約2kgほどにもなります。

こうして得られた灰は一旦バケツの中で水簸させて完全燃焼していなかった炭などを除いて綺麗な灰溶液とさせました。


伝統的な陶器は古窯で焼かれたものですが、古くは穴窯であったり近代では登り窯であったりしますが概ね一週間から10日ほどは薪を燃やし続けます。

焚口に近いところの作品は熱と共に燃焼カスである灰をかなり被ります。この灰の多くは Na 分ですから素地の主成分 SiO と反応してガラス質の被膜(ケイ酸ソーダ)を形成します。

これがいわゆる灰被り・・と言ってその風情を珍重したものでした。しかし私の窯では最終壇では灯油燃焼でありそう幾日も燃やすことも不可能です。

そこであらかじめ薪ストーブで得られた灰溶液を素地に掛けて焼いてみました。

古窯にみられる釉の流れなどは見えませんがシッカリとガラス質が素地を包んでそしてわずかな不純物質がえも知れない素朴さを漂わせてくれます。アッパレな楢灰釉のカップです。

次回の更新は 10月 1日となります


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[No.145] 張り合わせ大花瓶 価格 5,000円 '15. 8. 1 up

       (H 35 X 15 cm )


このところ・・・と言うか今年度は食器が主体のための粘土を購入し昨秋に土練機で練り上げた土を今年一年使っています。

焼きあがった器は素地の密度が粗いため作品の仕上がりは軽く手の上での扱いは良好です。

しかし、以前にも書きましたがこの土の粘性の低さは成形にも往生し、乾燥でも、素焼きでもその歩留まりは悪く大皿に至ってはほぼ六割が製品にまで至りません。


我が家の溜池・・(失敗作を叩き割って埋める穴)もこのところ急速にほぼ満杯状態になってきてしまいました。


わずかに花を活けても水漏れせず何とか使えそうな花瓶が残りました。

残念ながら発色の予定ではなだらかな縦の曲線の縁取りは織部の緑色で縁どられて思い通りに行けば5万円にするところでした。

陶芸は私みたいに片手間に楽しむ人間にそうたやすく微笑んではくれません。素敵な彼女に一蹴された気分でしょうか。

だから陶芸ってホントウに素晴らしい。あっ!、先月もそんなことを悔し紛れに書きましたね。

ホントウ、に惜しかった・・、織部の緑が出ていたら5万円・・(笑)

次回の更新は 9月 1日となります


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[No.144] 手びねり角皿 価格 非売品 '15. 7. 1 up

       (22 X 30 cm )


前回は手びねりのお皿・・丸型のご紹介でしたが今回は凝りもせず引き続いて角皿の顛末と言うところです。

陶芸の見本市などでよく”陶板”というものが売られているのを目にします。しかも他のものと比べて高価なものが多いようです。


一概には比較的手を入れない楽な作品だと思うこともあります。単に粘土を平たく伸ばして四角に切ったもの・・ととらえがちです。

どうなんでしょう・・、実際に挑戦してみると四角に粘土を加工することまでは楽勝・・です。


所がこれを乾燥し、素焼きをし、高温の本焼きと作業を進めていくうちにその難しさが嫌!と言うほど見にしみて判ってくるのです。

まあ”粘土”と、ひと口で言いますがその種類もまた実に多くその性質により多岐にわたって分類されるのです。

信楽の粘度は耐火度もあり極端な造形の要求による失敗も少なく学童工作用として使われることに適しています。

しかし、本来言ってみれば陶芸が最高の道楽としての位置づけでは焼き上がりの風情や手触りなどに趣を求めそしてわずかに用途が残る程度でいいのです。

私の望む志野土や備前土、益子土などは相当な覚悟をもって挑戦しないと歪み、ひび割れ、破損・・など手酷い仕打ちが待っているのです。

ああ、陶芸ってホンットウニ・・苦しいですが楽しいものですね。それではまた、サヨウナラ。

次回の更新は 8月 1日となります


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[No.143] 手びねり大皿 価格 非売品 '15. 6. 1 up

       (径 27 cm )


お正月のご挨拶でも少し触れましたが「我が家の食器・総入れ替え」で奮闘しています。

あまりにも壮絶な戦いなので実況中継することすら叶いません。つまり、その戦いの中にはあまりにも戦傷、戦死器の多さに滅入っているのです。


私たちが何気なく使っている食器ですが結構、お皿の類は多いのです。私はそのお皿のロクロ作業と言うのはほとんどしてこなかった。

改めて轆轤によるお皿の成形を習得しようとしても一朝一夕で身につくものではありません。然らば手びねりで作ってみよう・・としましたがこれも中々大変なことです。


そもそもお皿の形状とは大きな庇を空間に出っ張らせる事が必要です。粘性が弱い粘土ではその庇が垂れさがってしまう、かと言って垂れないようある程度縁を持ちあげようとすると 乾燥するにしたがってお皿ではなくなってお椀の形状になってしまうのです。

また、窯の中においても広い面積を占有する。従って幾段にも窯の中を仕切って詰め込まないと燃料効率が極端に悪くなってしまうのです。

お皿についてはこれからも粘土の種類選びに始まってまだまだ学ばなくてはいけないことだらけです。暫くの間、我が家で食事する方がおりましたらどうかお皿については温かい目で見守っていてください。

次回の更新は 7月 1日となります


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[No.142] 壁掛け花瓶 価格 3000円(箱なし送料別) '15. 5. 1 up

       ( H 19.5 cm x 6.5 cm )


以前にもご紹介したこの手の花瓶・・・いわゆる壁掛けの花瓶ですがまた作ってみました。

壁でもよし、柱でもよしと言う具合で使ってみて大変便利なのでこのスタイルも気に行っています。


とかく花屋さんに売っている花は一輪一輪それぞれ結構個性が強くしっかりした花瓶に活けてあげないと見栄えがしません。

人間って・・わたしも含めかなり心には多くの余裕があって気持ち次第では道端の名も知らない花でもそれを愛でる気持ちの持ち合わせがあります。


そしてそんな時、チョット茶碗でもいいですから水をくんで浮かばせてあげただけで心が和むものです。

今までいくつか作ったこの手ですが今回はゴテゴテせずにシンプルに仕上げてみました。

草花みたいなものでもそれなりに意外と個性を主張するんですね。

次回の更新は 6月 1日となります


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[No.141] 茶碗「爛漫の春」 価格 3000円(箱なし送料別) '15. 4. 6 up

       ( H 8.0 cm x 9.0 cm )


陶器の器を作る人たちのことを私たちは陶芸家と呼んでいますがそう呼ばれることを嫌うかたもいるようです。

しかもよく聞いてみるとそう言う方たちが意外と多いのに驚くのです。


その方たち自身は本当に遜って「陶工」と呼ばれることに気をよくしているのです。

今でこそ食器に使う器は金型でガッタンコ・・と同じものが瞬時に幾つもできてしまったり、ニュー・シュッポン・・と成形機でプラスティック容器ができてしまうこの頃です。


むかし陶工と言われる方たちは家族総出で石を砕く作業やそれを水簸して土にし、轆轤を引いて形をそろえ、取っ手、急須や片口など接着作業など膨大な仕事をこなしていました。

同じものを、来る日も来る日もただ無心に作り続けているのです。その姿を見るととても陶芸家・・などというよりも陶工・・と言うことに尊敬の念さえ感じてくるのです。

恥ずかしながら私もその神髄に触れたくて無心に同じものを作り続けることもあります。

そんな気持ちを持ち続けながら轆轤に向かえる格好の材料はやはり茶碗ではないでしょうか。そこは人の手の作業です、一つ一つに微妙な違いもあり好みも出てくるのです。


次回の更新は 5月 1日となります


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