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 竜姫(プリンセス・ドラゴン)

 朝陽(あさひ)は空を飛ぶ。
 突然変異種で、新人類で、『ドラゴン』だから。

 世界は電磁の海に沈んでいる。
 強い磁気を帯びた《雲》に満たされ、磁場の強弱は海抜や標高によって縞模様のように異なり、地上も地下も関係なく外へ出られない。人々は密閉されたドームシティに住まう。
 唯一、太陽光を浴びられるのはシティの最上階層、駅《ステーション》の待合室。
『ドラゴン』で良かったと、この瞬間、彼女は思う。人は待合室の硝子越しにしか空を見られないけれど、朝陽は硝子の向こう側へ行ける。
 他の『ドラゴン』が空身で飛ぶのに対して、朝陽は好みで道具を使う(使わなくても勿論飛べる)。
 遺跡から発掘された、板状の物。昔の人はこれで海の上や雪の上を走ったらしい。朝陽の知っている海は雲の海で、雪は知っているけれど、『ドラゴン』でもなくて自走機能も付いてないのに、どうやって走っていたのか不思議だ。
 朝陽の職業は運び屋。同業者は多いけれど、人類に比べて『ドラゴン』の絶対数は少ないから需要は結構ある。時間の決められたパケットに乗せなくてもダイレクトに届けられる、それは便利だったから。
 仕事の合間に、気侭に空を翔く。
 足下には白い雲海。遮るもののない、広漠とした濃い青紫色。これ以上の高所は宇宙。いくら『ドラゴン』でも真空は無理だから行けるのはココまで。
 深呼吸。腹腔に力を込めて。抜いて。
 そしてダイブ。

 地上に戻ると、通りかかったステーションの一角が慌しかった。
「…足りない?」
「回収し忘れたんだ」
 どうやら何かトラブルらしい。
「乗せる予定のパケットは?」
「たった今出ちまったよ」
 パケットは磁力の反発を利用しているから、次のステーションに着くまで停止不可。
「…君、運び屋か?」
「え、あ、はい」
 立ち止まっていたら横から声をかけられた。室内の者達が一斉に振り返る。
「『ドラゴン』?」
「彼女に――でも…」
 躊躇うのは当然、と思う。朝陽は部外者だ。
「君――」
 室内のざわめきに構わず男は続ける。
「恥ずかしながら回収ミスを起こした。手隙の『ドラゴン』が居ない。申し訳ないのだが、貴女に頼めるだろうか…」
 雲海には標が幾つも浮かんでいる。
 目印以外にも様々に利用される。例えば、配達物を入れた袋を括り付け、揚げる。専属の回収屋に連絡され、回収される――のだが。
 無関係だからと立ち去れない。朝陽は『ドラゴン』だから。
「此処にあたししか居ないのなら。行きます」

 青い背景に、赤い浮標。直ぐに見つかった。
 括り付けられた郵便袋。
 ボードを浮標のエッジに着け、袋を掴む。解除コードを入れて中身を取り出す。薄茶色の封筒。鞄に入れる。
 迷わず雲海に突っ込む。

 ステーションや、空から見る純白の美しさは、雲海の内部には無い。薄暗闇と、荒れ狂う電流と稲妻。常に不規則に雲は流動して上下感覚を失わせる。
 髪に静電気を纏わりつかせながら朝陽はマップを表示させる。電磁波のごく薄い隙間を、針に糸を通すようにパケットは運行している。ガイドがなければ無駄に彷徨う羽目に陥る。
 直ぐ傍を疾る稲妻。コイルターンで躱す。
『ドラゴン』の生まれた理由は解らない。実験の産物だとも、磁場の影響だとも。解るのは飛べる事。人の住めない世界に身を曝して平気な事。

 ――見えた。
 濃灰色に浮かぶ明るいオレンジの光。
 慣性でパケットと並走する。硝子の向こうで、朝陽に気づいた乗客が瞠目するのが見える。制動をかけて後方へと転じる。走行中のパケットは完全密封。一箇所だけインターフォン付きのエアロックがある。『ドラゴン』用の扉。ボタンを押す。
「至急のお届けに参りました」

Fin

あとがきモドキの言い訳へ

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