閉じ込められた魔女
魔女の看板を出しているのに、『魔法』を一切売ってないなんて詐欺だと思う。
「あ、くっそ、下落しやがった。ちょっと卯月、駄ァ目だわコリャ。大損」
「そんな方法で金儲けしようとするからですよ」
「だって確実って、絶対儲かるって言われたのにィ。そのスジからの情報なんだもんさァ、信じちゃうじゃない。卯月どうしようコレどうやって補填しよう」
「護符を描いて下さい」
「…どうしてアンタってそんな地道なのかしら。誰に教わってそんなんなったのかしら」
師匠が浮き草だからです。
そうは言わずに僕は、紙の束をお師匠様の前に置く。インクとペンも揃えて。
「在庫がないんで。お願いします」
「…はァい」
ここは小さな村の片隅の、小さな魔法屋。
本来ならば『魔法』を売る。
しかし主が魔法を使えない為に、現在売られているのは護符や呪符、ルーンを刻んだ小石、各種の薬など。街の薬局と大差ない。
僕は卯月。魔法使いの一番弟子。事務能力皆無のお師匠様に代わり、店の経営を一手に引き受けている。魔力の補助をしたりもする。特殊な紙やインクの作成とか。以前のお師匠様なら、広告の切れっ端に悪戯書きしたって絶大な力を持ったけれど今は無理だから。
細々と護符を売り、博打に頼って(コレはお師匠様一個人の趣味)糊口を凌いでいる。
「あ、お師匠様、村長さんから依頼が来てたんです」
「…何?」
「水源を探して欲しいんだそうです。草原に。水飲み場を作りたいから」
「え――メンドくさ――」
「報酬、結構良いですよ」
「おっし卯月さくさく出発」
切り替えと変わり身の速さは天下一品。
二人して草原を彷徨う。
「卯月、家で待ってて良いのよ?」
「いえ」
僕は実際必要ないけれど、お師匠様を一人で歩かすなんて出来ない。
…魔力を閉じられてるっていうのは、中空に浮いた格子の匣の中にいるような気分なんだそうだ。足元も覚束ない。隙間風は通るけれども、中に居るお師匠様は出られない。
説明されても僕には解らない。
でも、そんな不安定な状態でいるのに放っとけないでしょ。
前に、苦しいか、訊いた事がある。
「んーちょっとはねー。まーでも仕方ないわねー」
自らに科した枷だから、と。
お師匠様は笑って答えた。
不意にお師匠様は振り返る。
「――見つけたぞ、ルル!」
濁声が草原中に響き渡る。髭面の大男が一人。
「…ぅはァ…」
お師匠様がヘンな声を出す。――この大男、魔法使いだ。僕は思わず身構える。そんな僕の肩にお師匠様は手を乗せて、一歩踏み出す。仰いだ彼女の横顔は、髪に隠れて僅かに鼻梁しか見えない。
「ここで会ったが百年目! 今こそ積年の恨みを晴らす!」
「シツコイ男はモテなくてよ?」
「余計な世話だ! 覚悟!」
大男は片手の杖を回転させ、空中に魔法陣を描き出す。
「ちょっとォ、丸腰の相手に何する気?」
「丸腰でも油断ならん! 全力で行かせて戴く!」
「嫁入り前の体に傷でもついたらどうしてくれんのよ」
「安心しろ、貴様など誰も貰わん!」
…うわ。禁句を。
僕は目を反らした。
「っさいわね! 銀の星、銀の矢、銀の珠! 来たれ我が元に!」
轟音!
…半瞬後。
草原のど真ん中に、巨大なクレーターが穿たれた。
外縁で尻餅をついた大男は呟く。
「貴様、魔力を封じられてんじゃ…」
「格子の隙間から指くらいは出せるでしょ」
それでこの威力。
「お師匠様、素晴らしいですっ!」
「今頃気づいたの、盆暗弟子」
「…酷い…」
そんなだから行かず後家呼ばわりされるんだ。
「卯月、も少し下がって」
促されて、ある程度遠ざかる。
「…何の音だ?」
大男の怪訝そうな声。
僕も耳を澄ます。…シューッて聞こえる。
置き去りの大男の目の前。
水が噴出した。
驟雨のように降り注ぐ。陽光を反射して虹を作る。草葉から瑞々しく雫が零れ、クレーターに見る間に水が満たされる。
「深い所は煉瓦で囲って、周囲に浅瀬を整えれば動物達も入れるでしょう」
井戸だ。依頼の。かなり豪快だけど。
お師匠様は掌に握り込んでいた、水晶のペンデュラムを僕に渡す。
「?」
「拾っといてね。1コでも貴重なんだから」
先刻降らせたのは隕石でも何でもなく――パチンコ玉。上空に放り投げ、落下させた。あんな小さな物でも高度から落とせば相当な威力を生み出す。
「ええっ、だって水が…」
埋まってるか噴出されたかも解んないのに。
「宜しく〜」
踵を返してしまう。そして振り返らずに。
「言っとくけど先刻の呪文、使おうなんて思わないでよ。そのドテッ腹に風穴開くからね」
「…はぁい」
来たれ我が元に。