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 ケサラン・パサラン

 外は、はっきり言って見るものは無い。いつも薄暗いし、魚も殆ど来ない。つまんないって友達は言う。映画を観る方がずっと楽しいって。
 だから誰も窓には近寄らない。

 その日もヒカルは外を眺めていた。
 水流はとても穏やかだ。今朝の天気予報では、そう言えば弱だった。砂吹きもなくて視界良好。
 縞だったり渦を巻いたり、水の流れは同じには絶対ならない。面白い。何時間でも見飽きない。
 『将来の夢は何?』
 学校の課題で質問された時、天気予報士と答えた。地味だし、小学生がなりたがる職業ではあんまりない。憧れるなら映画俳優や娯楽系が圧倒的多数。
 でもそんなのヒカルは気にしない。

 不意に過ぎる白い物。反射的に目で追ったけれど見失う。
「魚?」
 バブルの照明を反射して、鱗が光ったのかも。
「あ。また」
 白くて丸くて――
 違う。魚じゃない。
 緩やかな水流に乗って、ぽよぽよと埃みたいなのが。
「…綿毛?」
 映画の中で見た。一面の蒲公英。黄色い花は次第に萎んで、やがて、真っ白い綿毛になるのだ。綿毛はとても軽くて、少しの《風》でフワフワと漂う。
 信じられない。バブルで《風》なんて吹かない。ましてや海中を綿毛が漂うなんて。
 窓に顔を押し付けて確かめる。綿毛は、《上》から落ちてくるみたいだった。
「《上》…」
 周囲の青暗さに比べて少しだけ明るいけれど見通せるほどではない。白い綿毛は青黒の空からぽこぽこ生まれるように現れる。
 何で?
 理由なんか考えつかない。不思議な物が現れた、それで充分。

 それから、水流の弱い夕方に時々見た。大量に現れてあっという間に消えたり、少しずつ延々と流れたり。
 ニュースを毎日検索したけれど何処にも載っていない。
 あれを見ないなんて勿体無い。学校の友達は駄目。一日悩んで決めたのは、五歳下の妹。
 夕食前に、時間を見計らって妹を家から連れ出す。小さい妹は背が窓に届かないから、抱っこしてやる。重いけれど我慢。
 綿毛の群れは直ぐに現れてくれた。
 妹は、思いも寄らない光景に目を輝かせる。
「うわぁ。おねえちゃん、すごいねぇ、すごいねぇ」
「でしょ。あたしが見つけたんだから」
 特大の事件を言えて、得意になる。
「いーい、誰にもヒミツだよ? 約束だよ?」
「うん!」
 …あっさり破られたのは、その日の夜。

「ヒカル。あなた何して遊んでるの? 空想遊びも良いけれど、あんまり嘘は駄目よ。カオルはまだ小さいんだから何でも信じちゃうのよ」
 何の事か最初は解らなかった。理解しても信じられなくて立ち尽くした。
 ヒミツって言ったのに。
「海中を綿毛が飛ぶなんて、そんなの有り得ないのよ。…嫌ぁねぇ、もう。外なんかに興味を持って…。どこで覚えたのかしら」
 母親の後半の台詞は殆ど聞いてなかった。妹を捜して忙しなく視線を転じる。
 扉の隙間から覗いているのを、直ぐに見つける。
「カオル!」
 扉を開ける。妹は吃驚眼で一歩も動けずにいた。
「どうして言っちゃうの? ヒミツって言ったのに! 約束だって!」
「…だってぇ。うえぇん」
 泣き出した妹が、心底憎たらしかった。泣けば良いと思ってるのだ。約束を破った事を何とも思ってないのだ。
「ヒカル! 妹に怒鳴るなんて。お姉ちゃんでしょ」
「――カオルもお母さんもキライ!」
「ヒカル!」
 自室に駆け込んで、頭から布団を被って丸くなる。

 綿毛は、ヒカルだけのヒミツ。
 誰にも喋るもんか。もう絶対に。

 ――だけれど。

 綿毛は来なかった。
 毎日待ったのに、それからもずっと。
 ずっと。

 あれは、本物の綿毛だったのだと信じている。
 陸の夢が、本物になって零れた。
 だって綿毛は、《上》から流れ落ちていたのだから。

 夢は、壊れてしまった。


Fin

あとがきモドキの言い訳へ

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