ごほうびは秘密の扉
いつの頃からか、伝説のように語られる星があった。
肉眼での目視は勿論、レーダにも引っかからない。レーザ光の照射による表面反射も無効。ある程度の距離まで接近すると逸れてしまうという。
幽霊星。
そう呼ばれる不可視の惑星。
広くはない――有り体に言ってしまえば狭いブリッジに乗員が2人。
「ディーン、座標は?」
「問題ない」
ディーンと呼ばれ、返答した乗員は…どう見ても犬だった。オペレータ席に行儀良く座っている。
「万里、推定地点まで20Km」
「了解」
機長席に座るもう1人の乗員、万里は乗り出すように前面のスクリーンを睨む。大人用の座席は、まだ少年の彼には少し大きい。
何度も操縦桿を万里は握り直す。手動で操縦しなければならない緊張もあるし、やっと見つけた座標を見失いたくもない。
「シンクロ開始」
「了…」
最後まで言えなかった。視界がブレる。乗り物酔いにも似た。
視界はすぐにクリアになり――三次元の座標軸が無限に続く。ディーンの超感覚で視る景色。真ん中に球形の空洞。
座標面をチェス盤に見立て、キングが2つ出現する。手前が自分達の宇宙船。奥が目標。
「前へ」
脳内にディーンの声が響く。
頷く。声を出したら吐きそうだ。
操縦桿を緩やかに倒す。
敵のキングが――球形の空洞が徐々に接近する。やがて視界一杯に広がる。
ディーンが呟く。
「――チェック」
誘導トラクターは当然の如く発信されなかったから、宙港のど真ん中に降りた。他に離着陸する宇宙船の1艘もない、閑散とした港。徒歩で横切る。
周囲は全くの無人。
「…罠かな?」
「それはないな」
ディーンの超感覚で感知しないなら万里に回避のしようはない。先を歩く彼の後を大人しく付いて行く。
「人いるんだよな」
「生体反応は多数確認されるが、知的生命体と思われる個体は我々を含めて今現在3人だ」
つまり、この星の総人口は1名。
上空から目視した限りでは、人工物が極端に少なかった。宙港と付近に建物、その周辺に幾つかのプラント。大人数を収容できる施設は見当たらなかった。
入出国管理局らしき建物を抜けると、中庭があった。植木や芝生もきちんと整えられて、明らかに定期的に人の手が入っている。庭を挟んで1階建ての建物。
唯一人の住人はそこに居ると、ディーンは告げた。
突然現れた少年と大型長毛種の犬のコンビにも、男に驚いた様子はなかった。
「何方ですか?」
「賞金稼ぎ。あんたは?」
「単なる居候兼留守番です」
男は柔和に笑う。年齢は…幾つくらいなのだろう。若くも老いても見える。長袖のシャツに綿パンという簡素な服装。足元はなんと雪駄だ。
「…えっと。来といて聞くのもなんだけど、ここ何?」
「昔に建てられた研究施設です。現在は閉鎖されていますが」
「何で誰も居ないんだ?」
「皆さん、お亡くなりに」
「…あんた何かの生き残り?」
「いえ、最年少だっただけです。…あぁどうぞ座ってください。何か飲みますか。ここの紅茶は美味しいですよ」
男は椅子を勧め、お茶の支度を始める。
何だか調子が狂う。果てしなく自分達が闖入者に思える。武器を携帯しているのが莫迦らしいほど。
「俺ら、宝を探しに来たんだけど…」
「申し訳ありませんけれど、お金になるようなものは…。探せば何らかの地下資源は見つかるかもしれません。手付かずのままですから」
無駄足だったかも。
溜め息を吐く万里の前に、カップが出される。
受け取ったものの、万里はチラリとディーンを見下ろす。答えは否。毒は入っていない。けれど口をつける気にはなれない。
男は椅子に座り――ふと思い出したように尋ねてきた。
「ところで、貴方がたはどうやって入ってきたのですか?」
「…えーっと」
それはディーンの超感覚のおかげだが…。
「この星へは、簡単に入れないようになっているのは…お解りですよね。光の屈折率と反射作用を調整して、さらに空間歪曲を作動させています。侵入されたのは、僕がここに来てからの30年で貴方がたが初めてです」
「誰が制御してんの?」
「ホスト・コンピュータですね。詳しくは解りません」
「解る人は…亡くなってんだっけか」
「はい」
「…そっか…」
素直に帰るか仕方ない。
往復分の燃料費に食費、帰ったら船をメンテに出して…。
支出ばっかりだ。大損…。
「『宝』は、あると思いますよ」
「――は?」
「これを差し上げましょう」
渡されたのは、一本の鍵だった。
「何これ?」
「この世で唯一枚の扉だけに合う鍵です」
「…フツウ鍵ってそうじゃねぇの?」
男は一瞬呆けて、自重気味に笑った。
「駄目ですね、人と会話しないと、誰も彼も知っているものと喋ってしまって。…ええと。扉は鍵がなくても開けられる場合があるでしょう? この鍵で開ける扉は、絶対にピッキング出来ない、転位魔道も効かない、そういう意味に使われる魔道用語です」
「へえ」
「この星を見えなくしている制御室の扉の鍵です」
「これが? …ってか良いのかよんなもん」
「決めていたんです。この星を訪れた人に、星のシールドを破れた人に差し上げようと」
「…俺らが悪人だったら? 賞金稼ぎって言ったろ」
「宝を探しに来られたのでしょう?」
「うんまあ」
最新のレーダにも感知されない惑星がある、と。きっと凄いお宝が隠されているのだと思っていた。未開発の惑星なら何らかの資源が発見される可能性はある…が。
「システムは、無理に開けようとすれば制御室ごと爆破するよう、設定しているようです」
男は笑って言った。カップを片手に、世間話をしているかのように。
笑い事ではないような気がする。
「物騒だなぁ。この鍵があれば無事に入れんの?」
「はい」
「あんたどうすんだよ。ここから追い出されるかもしんないだろ」
「そうなったら仕方がありませんね」
男は穏やかに答える。
「この星で一生を全うするつもりでしたが、その時はまた隠れられそうな場所を見つけます」
ここに至って万里は何だか変だと気づく。
「…あんた何? マトモな一般人じゃないだろ」
「僕は魔道師です。除籍されていますが」
「うっそマジで?」
この冴えなさそうな風体の男が。いや恰好は関係ないか。
「初めて見た」
「30年前でも既に希少種でしたからねぇ」
男は腕を組んで頷く。ちっとも深刻そうに見えない。
横でディーンが呆れているのが伝わる。
「ああ、僕を協会に突き出せば賞金が出るかもしれませんよ?」
ナイスなアイディアを思いついたかのように言う。
「…俺さ、賞金首には興味ないんだよね。金はあればそれに越したことは無いけど、面白い事に出会えたらばそれはそれで満足なわけ。あんた面白いよな」
「誉め言葉ですか?」
「そうそう誉めてんの。自分の命がヤバイかもしんないのに結構悠長だよな。何したんだか知んないけどこんな面白いの、他人になんか渡したくないね」
お尋ね者はお互い様。
にっと笑う。
「鍵は取り敢えず預かっとくよ」
男は宙港まで見送りに出てくれた。
「また遊びに来ても良いかな?」
「歓迎します。今度は、是非そちらの方ともお喋りしたいですね」
驚く万里に、男は邪気の無い笑みを見せた。
そう言えば最初から『貴方がた』と複数形で呼ばれていた。
ディーンは尻尾だけ振って船内へ入る。
魔法の鍵を持った宇宙船が飛び立つ。
* * *
――放浪の末、見つけた。
深淵の暗闇に沈む、閉ざされた星。
隠遁の地はありがたかった。
受け入れてくれた研究員達も亡くなり、長い間、男は独りだった。
このまま朽ちて果てるだけ。
侵入者を感知しても特に迎撃はしなかった。もし殺されるのならば、それでも良いとすら思った。
離れて久しい、星の外からの訪れ。
独りには飽いたのかもしれない。
開け放たれたのは秘密の扉。
破られたのは昨日と同じ平穏。
醒まされたのは虚しい夢。
開けたら。
その先には何がある?
多分、未来が。