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 99番目の空耳

 ――衝撃。

 暗闇。声が聞こえる。誰かの声。複数の。知っている。ずっと聴いていた。

「排水完了」
「肺呼吸、開始」

 やめて

「直ちに第三段階へ移行」

 嫌だ

「モニタリング開始」
「了解」

 出たくない
 出た な
 い

 ――意識が飛んでる。
 寝てた。眠らされていた、のかも。

「脳波は?」
「異常なし」
 また声が。
 目を閉じたまま思考する。目を開けるのは億劫だった。
 音声が直接に鼓膜を震わす。
 何かが押し付けられ、呼吸が急に楽になった。直に空気に曝されて、肺が悲鳴をあげていた。少し湿った酸素は柔らかい。
 背中が冷たい。何かに押し付けられている。逆に反対側は剥き出しのよう。
 少しぬめりのある、あの温かな感触が無い。
 寒い
 そう訴えたくても言葉が出ない。声帯、舌、唇が動かない。頑張って。そう、口角を上げて。ゆっくり。ゆっくり――
「おい」
「何だ?」
「笑ってるぞ」

 突然、騒がしくなった。大勢が行き交う足音。声。衣擦れ。物のぶつかり合う音。機械音。
 寒い
 訴えは、届かない。

「瞳孔」
「反応無し」

 だって、目が開かないのに。

「眩しく、ないんだな…」

 あの中。
 温かだった、あの中。
 戻して。帰して。

 ここは嫌

 腕が持ち上げられる。
 くにゃり、と曲がる。
 ああ、どうして? どうして力が入らない?
 腕に、肌に、皮膚に、圧力。ぬるりと何かが伝う。熱い。
「反応は?」
「無いな」
「…駄目か」

 違う!

「外部への反応皆無…」
「植物状態か」
「笑うのも夢を見ているのと同じだ」

 やめて

「報告を?」
「覚醒を待つか?」
 暫しの沈黙。
「…実験結果は充分に得られたと判断する」
「目覚めるのを待つよりも、か」

 やめて

「次の胚を」

 意識は、ある。
 ほら、笑っているでしょう?

 出したのは   誰
 どうし て
 嫌だ
 ったの
 に

 腕に圧力。何かが侵入する感覚。細くて長い。そこから何かが流れ込む。血管を伝わる。気持ち悪い。
「モニタ」
「カウント開始」
 入り込んだ何かが全身を緩やかに巡る。心臓の動きに押し出されながら。末梢まで。
 嫌だ
 願いは、届かない。

 寒い

「99体目、ロスト」


Fin

あとがきモドキの言い訳へ

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