「38.2度」
お師匠様は高らかに宣言し、体温計をぶんぶん振って水銀を下げる。
「しっかし、皆が治った頃に罹るんだから、流行に乗れない男ね」
「…乗れなくても構いません」
反論するも、イマイチ勢いがない。のは熱の所為だ。
「ま、寝てなさい。後で熱冷まし持ってくるからね」
「…はい」
この冬、村で大流行した風邪がようやく収まったのは先週のこと。
体力自慢のお師匠様までもが罹り、僕は薬草を抱え、村中を奔走した。
熱に火照る息を吐き出す。
魔法使いが病気で寝込んでたら、商売上がったりだよね。
お師匠様も元気になったし、大丈夫かな。
うん、店の主はお師匠様で、僕は単なる見習いなんだから、心配する必要はないんだ。
薬作りだって僕が携われるのは採取と選り分け。だってまだ無免許だもん。
……
お師匠様、薬草の選り分け、キライなんだよね……
面倒クサイって。
うんでも自分自身の商売だし。
信用落とすような事、よもやしないだろうし。
ああ、計量もヘタクソだっけ。
折角計ったのに、ひっくり返したりしなければ良いけれど……
――ちょっと眠っていたらしい。
朦朧と目を開ける。
いつのまにか額に氷嚢が乗っていた。
そして見計らっていたかのように呼び声。
「卯月ー。ほらほらアイスー。こっちは熱冷まし」
冬場でもこの地方は暖かいから氷菓子も普通に売っている。
でも村の雑貨屋さんだってつい先日まで臥せっていた。必要最低限の物資だけを仕入れて何とか営業していた。氷菓子のストック分は売り切ってしまっていた筈だ。
馬で飛ばして片道一時間。えっと日の傾き具合から。
……街まで買いに行ってくれたのか、な。
「ありがとう、ございます……」
「なぁに言ってンのよ。病人なんだから気にしないの!」
アイスの入った容器を右手に、薬湯の入ったカップを左手に持って、お師匠様は豪快に笑う。
「夕飯、お粥が良いよね。入れるの何が良い?」
「卵が良いです」
「オッケー。とびっきりのを作って来るからね!」
自信たっぷりにお師匠様は部屋から出て行った。
きっと大量に作り過ぎて、3日間くらいは卵粥だろうな。
慌てる姿が目に浮かぶ。
それでも良い。
身を起こして枕元に置かれた熱冷ましを取って、一気に流し込む。……に、苦っ。
口を抑えて悶える。
ちょ、これ、計り間違えたんじゃ……
涙目になりつつ、カップを置いて、アイスを手にする。
スプーンで掬って、口に入れる。冷えたクリームが、とろりと舌の上で溶ける。
美味しい。
熱冷ましの苦味が、すぅっと消える。
魔法にかかったみたいだ。
たまにはこんな日も、良いかな。
熱冷ましとアイスクリーム
『魔女とその弟子のお話』−第3話−
(第1話は、『閉じ込められた魔女』(『空耳少女』お題)
(第2話は、『森の村』様(master:森村直也様)の処に有ります)
インフルエンザに罹った時に思いついた話。
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