不滅の花 08




「逆巻く風、束ね、ひとすじの道、開け」
 無傷な方の腕を引かれる。
 何、と訊く暇はなかった。不意に足が地を離れる。転んだのではない、不可思議な浮遊感。
 あっと思った次には肩で地面を滑っていた。
「弓手!」
 怒声と共に空を切り裂く音。シュナ達が敷地内に入ったので遠慮なく反撃が開始された。移動式の弩級が引き出され、幾つもの分隊が走り出して行く。
 肩の鈍い痛みを堪えながらシュナは身を起こす。
 壁の向こうから聞こえる、敵兵らしき叫び声。
 残兵はどれくらいだろう。
 基地から然程離れていない距離で、こちらの支配地域内だ。敵はこちらの陣地深くに分け入ってきた事になる。自軍は全力で叩き潰すだろう。

 ふと疑問に思う。
 何処でバレたのだろう。
 謡は昨夜の就寝間際に決めたのだから、敵方に洩れる時間は無かった。
 待ち伏せか。
 ご苦労な事だと、頭の片隅で感心すらする。いつ出てくるかも解らない1人の人間を、どれだけの気力があれば待ち続けられるだろう。しかも敵陣のど真ん中で。
 そして結局、無駄死にだ。
 それを出しても良いほど、この攻属魔法士は脅威なのか。
 準備がなければ出来ないと言ったくせに、短距離とはいえ無理矢理に行使できる力の持ち主。
 味方だから驚くだけで済んでいるのか。
 敵方にとってはそうではなく。
 何が何でも抹殺せしと――
「シュナ!」
 至近距離に顔があった。
「――うわっ、は、はい!」
 思わずシュナは仰け反る。寄せられた双眸は綺麗な紅茶色だった。
 あれだけ魔法を連発したというのに、僅かに息は弾んでいるものの、普段とそれほど変わった様子はなかった。
 情けない。
 暗澹とした気持ちで俯く。
 何をしているのだろう。彼女を危険に曝して。
「怪我を見せて!」
 言われて思い出す。左の二の腕には矢が刺さったままだ。
 貫通して、反対側から鏃が切り裂かれた布地の隙間から見えている。
「止血を」
 駆け寄ってきた救護兵が、腕の上部を袖ごと包帯で縛り上げる。
 鏃を折って引き抜く。
「あ、あの、軍曹こそお怪我は」
「ありません。貴方が庇ってくれたから。先刻も」
 そう言えば着地の瞬間、抱き込んだような感覚がある。無我夢中だったのでおぼろげだが。
「ここも血が出てる」
 指摘されて顔を擦ると、甲に赤い跡が付いた。
 戦場にいればいつのまにか出来ているようなありふれた擦過傷だ。
「これくらい、何でもありません」
「ダメ。ちゃんと消毒。ここにはその為の道具があるでしょ。ちゃんとやるの」
「……はい」
 子供のように諭され、シュナは恥ずかしくて顔を上げられない。
「御免ね。迷惑かけちゃった」
「――っ、そんな事ありません! きっと今日は運が悪かったんです!」
 シュナは思わず叫んでいた。
 彼女は目を丸くしてシュナを見つめる。
 横で救護兵もビックリしたような顔をしていた。知るものか。
 ふっと彼女の表情が緩む。
「ありがと」
 彼女はシュナよりもはるかに多く戦場を渡り歩いてきた。
 己の立場を誰よりも理解している。
「待ってて。ちょっと片付けてくるわ」
 シュナの応えを待たず立ち上がる。片手に杖を携えた攻属魔法士は、マントを翻す。









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