不滅の花 07
「伏せて!」
後頭部をわし掴みにされてシュナは地面に押し倒される。思いもよらない握力と腕力に一瞬反応できない。されるがままに地に伏せ、泥塗れになりながら目線だけを上げる。
地面が爆ぜた。小さく舞う霜の結晶。
礫だ。
どこから。
弾道から方向を探る。
基地の方向ではない。後ろ――6時と8時の間。人数は不明。
「軍曹は、空を飛べますか?」
「準備があれば」
その答えは、杖はあっても今は『飛べない』と言う意味か。
礫が届かない高度を飛翔しての逃走は不可。解ってはいた選択肢を1つ消す。
走るしかない。
懐から簡易火筒を取り出す。狙われるのを承知で上体を起こし、点火して信号弾を打ち上げる。
雲ひとつない青空を、甲高い音とともにひとすじの煙が貫く。
「走って下さい!」
止まっていては恰好の的だ。
彼女の手を掴み、一目散に戻る。
足元が爆ぜる。
弾けた小石が頬を掠める。矢が霜の立つ地面に突き刺さる。
「数多集え大気の中の火種!」
マントで礫を弾きながら呪文を紡ぐ。早口過ぎて聞き取れない。この4ヶ月で、呪文を幾つか聞き覚えた。戦場では――戦場でも余裕で聞けていたのに。彼女は本気ではなかったという事か。
目標も定めずに撃った所為か空しいほど不発だ。威力はハンパではないが、当たらなければ意味が無い。
魔法はただ思っただけでは発動せず、言葉と、僅かであっても精神集中が必要らしい。幾ら杖を携えていても走りながらでは焦点がブレてしまうようだ。それでも彼女は連発する。数撃ちゃ当たるの道理だろうか。
そのうちにも礫と矢は飛んでくる。
「――万雷!」
晴れた早朝の天から落雷。
爆音の隙間に叫喚が聞こえる。
振り返って速度の落ちる彼女の、二の腕を掴んで引き戻す勢いでシュナは駆ける。加減なしに掴まれている腕は痛かろうが。
多分これで良い。
先導してくれる者がいるから彼女は魔法行使に集中していられる。
背後から押し寄せる爆風に、シュナは思わず首を捻って見やる。
爆炎と土煙で霞む視界。
それらを縫うように魔法の焔の矢が次々と地に突き立つ。
術者本人の顔は、窺えない。炎のように広がる赤茶色の髪。
荒地は延々と続くように思えた。
基地だ。
着いた。
声が聞こえた。
「軍曹!!」
「伍長!」
自分も呼んで貰えた、などと喜んでいる場合ではない。
開かれた門が見える。
あと一息。
どうして気づけたのか解らない。
勘だ、としか言いようが無い。
振り返るのと同時に腕を振り上げた。
視認した時にはそれはもう、至近距離だった。上げた腕を下ろしている余裕は無かった。下ろせば確実に攻属魔法士を貫く。
それはあってはならない。
何故なら。
シュナはその為に居るからだ。
今までに無い衝撃が。腕を。
「シュナ?!」
後で抜けば良い。今はもっとやるべき事がある。
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