不滅の花 04




 こちらに遅れる事約2週間、居並ぶ兵士達の前に一目でそれと解る人影が現れた。やや遠くて性別は不明。髪をなびかせていたとしても女性とは限らない。現にルルの姿は遠目にはシュナと変わらないだろう。
「やっとお出ましね」
「ご存知なのですか?」
 戦場を一望できる丘の上で、彼女は敵陣を睥睨する。正しくは敵の攻属魔法士を、だろうか。あちらも同様のようで、こちらを見上げている様子だ。
 隣に立つ彼女から、気負いや不安さは伺えない。
 彼女の戦歴はシュナよりはるかに豊富だ。余裕なのか、場数を踏んでいるという自信がそうさせているのか。
「あの人を知ってるんじゃなくて、魔法士を出してきたってのが。普通なら、敵に魔法士が配備されたなら直ぐに同じようにするものよ。だって居るのと居ないのとじゃ、戦力は全然変わるでしょう。早いとこ調達しないと、負けるわ」
「それは、そうですね」
「だからこんなにかかるのは珍しいな、って」
「直ぐ呼べる魔法士が居る場所が遠かったのでは?」
「ああ、そっか。そうかもね」
 兎にも角にも、条件は同じになった。
 味方の完全有利は無くなり、魔法士に任せて悠長に構えていられなくなったわけだ。
「抗う相手が現れて、怖くはありませんか?」
「仕事だから」
 戦いが仕事。それはシュナを始め、一般兵も同じだ。この戦場に居る者で、例外は無い。基地で庶務を請け負ったり食堂で料理をしたりする内勤者でさえも。
 だが彼女ほど割り切れてはいないと思う。口に出さないだけ。戦場で怖じ気づこうものなら刑罰ものだ。
「シュナは魔法士が怖い?」
「自分に魔法は使えません。そういう意味では怖い――怖かったですね」
 率直に言ってもこの上司は叱らないだろう。
「過去形なんだ」
「軍曹殿にお会いしましたから。今でも魔法は理解の範疇外ですが、魔法士は怖くはなくなりました」
 魔法士とは言え生身の人間である事に変わりはない。
 魔法を使う事で武器と同等の扱いをされていると言った方が近い。武器は扱い次第で化けるものであり、武器を扱うのは人間であるとするなら、貴重な存在と言いながら先ず魔法士を矢面に立たせる、単なる人間の方が寧ろ怖いだろう。
「あの魔法士は初対面でしょ?」
「精一杯抗います」
「此処に居たら真っ先に狙われるよ。貴方が犠牲になる事はない」
 下がってて、と言われてシュナは1歩半、下がる。振られる杖の邪魔にならない位置に。そして剣を抜く。
 彼女は首を巡らせてシュナを見る。
「貴女を守るのが自分の役目です」
 魔法には太刀打ちできなくても。
 攻属魔法士は、少しだけ、苦笑するような顔をした。



 出撃命令は届いていない。
 こうして対峙している以上、いつ戦端が切り開かれてもおかしくは無い。両軍とも動かないのは様子見をしているからだろうか。
 ちらりと振り返ると、総指揮官の頭が見えた。
「確認しますか」
「うーん、……あ、向こうから仕掛けてくるみたい。じゃ、こっちも遠慮なく」
 杖を構える。
 魔力の欠片も無いシュナには描かれる魔法陣は視えず、場の雰囲気が変化したのだけ感じ取れた。
「悪いけど、あたしは負けないわ」
 独白のように呟かれたそれに、シュナは思わず彼女を見る。
 台詞に反して、その表情の何処にも敵愾心などは見られない。
 何を思って魔法を使っているのか、戦っているのか、機会があったら訊いてみたいと思った。









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