不滅の花 02




「本日より軍曹殿直属を拝命致しました、ウイユ伍長であります」
 兵舎の一室で、シュナは挨拶した。
 自分の事を説明する言葉は殆ど無い。外見もパッとしない。ごくフツーの兵卒である。
 家があまり裕福でなくて――有り体に言ってしまえば貧しくて、他に選択肢がなくて募兵に応じた。軍隊は金がかからず金をくれる組織だからだ。衣食住が約束されて日用品も支給されて、尚且つ田舎に送金できる。
 軍務は厳しいし、命の保証は全くない職業だが。
 よく生き残ってこられたと、我ながら不思議だ。どういう訳か、戦いに出る度に生還できた。
「……先刻、会ったよね?」
 上着を脱いでシャツとスラックス姿の彼女は、椅子に行儀良く腰掛けて尋ねた。
 新任の軍曹に充てがわれた部屋は個室だが、簡易ベッドに小さい机、狭い収納のみ。壁は見た目は薄い板で、実際も単なる薄い板だ。1つの部屋を、真ん中で半分に仕切っただけ。カーテンを捲れば室内は丸見えだ。本来の廊下へ出る扉は隣室と共同。
「は。覚えていて戴き、光栄です」
 心拍数が上昇する。攻属魔法士を見るのは初めてだ。見世物扱いするつもりはないが、好奇心には勝てなかった。
「こちらこそ、よろしく」
「自分の部屋は隣ですので、何かあったらお呼びください」
 頷いて、彼女は壁を2、3回ノックした。
 ……叩いても、今は応答する人間、目の前に居ます。出かかった言葉を飲み込む。
 どうも、思っていたよりも変わっている。
「ファースト・ネームは何て言うの?」
「は、シュナ、です」
「じゃあシュナって呼んで良い?」
「え、あ、か、構いませんが……」
 途惑いつつ答える。
 軍隊では上司部下間では階級か階級付きで姓を呼び合うのが普通で、親しい友人同士を除いて、あまり名を呼ぶ習慣はない。
「堅苦しいの、苦手なの。あたしの事も名前で呼んで欲しいんだけれど」
 呼べる訳がない。
 階級は軍曹でも、基地司令官と同じくらい重要人物だ。攻属魔法士1人居るか居ないかで戦局が決まる。
 当然ながら狙われ易い。その為に、たかだか『軍曹』に護衛が付く。とは言え小規模な基地で人員を回せず、シュナだけ。
 つまり命懸けで守れと言う事。

* * *

 戦場における攻属魔法士の役割は、尖兵。戦端を切り開く。その魔力でもって味方の士気を鼓舞し、敵の意気を消沈させる。
 本番は兵士達の仕事。実剣を使う攻属魔法士も居ないではないが、大抵は混戦になれば出番はなくなる。

 彼女の力を目の当たりにする機会は、すぐに訪れた。

 ――杖の先端が弧を描く。
 杖は焦点にして支点、魔法使い達の必需品――と聞き及んでいる。
 荒野で彼女は、自身の身長ほどもある長杖を振っていた。
 周囲には展開した自軍。前方には敵軍。見慣れた風景。彼女だけが新しいパーツとして視界に組み込まれていた。
「数多集え、大気の中の」
 唱えられる魔法語が後方に控えるシュナにも聞こえたが意味は解らない。
 杖を地面に突き立てる。
「火種」
 真正面を見据える。
 彼女の姿がブレた。裾が翻る。
 陽炎の中に溶けこむように。
「弾けろ」
 歪んだ。

 次の瞬間、耳を劈く爆音が轟いた。


 ――灰色とも薄青色ともつかない煙が周囲を漂い包む。
 徐々に視界が晴れていく。

 荒野は更に焦げていた。
 目前で対峙していた、敵兵の姿が、激減していた。
 撤退したのではない。
 焚殺、されたのだ。
 点在する、黒焦げの、塊。
 杖を両手で握り立ち尽くす彼女の後ろ姿を、シュナはただただ呆然と見つめるしか出来なかった。おそらくは自軍も。振り返る余裕も無かった。
 それほど数が居たわけではない。どちらが勝つにしても、30分も戦えばケリが着いただろう。
 5秒かからなかった。
 静寂のなか吹き抜ける風が、空恐ろしかった。









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