不滅の花 01




 その日は朝から快晴だった。
 雲ひとつ無い澄んだ蒼穹、地に落ちる光、微風が通り過ぎ雑草を揺らす。
 珍しく小鳥が囀り、野兎などの小動物もいて、その姿は兵士達の心を和ませた。3日戦闘がないだけで動物が現れるのは珍しい。
 爽やかな初夏。

 平和的に過ぎたそんな日の夕暮れ、基地を訪れる人があった。

 風除け兼防寒用のマント――緯度が高い為に夏でも半袖姿は殆ど見られない。朝晩は結構冷える――と、足元は革の編み上げ靴。小さなトランクと細長い包みを手に、1人で歩いていた。
 ちょっとそこまで旅行に、といった雰囲気だ。
 出迎えたシュナは、軽く驚いていた。
 もっと恐ろしげな風体を想像していたからだ。
 莫迦だ。
 御伽噺の魔女ではないのだ。
 目の前に現れた人物とはあまり身長差はなく、173センチのシュナと目線は殆ど同じ。一見、その辺の村娘と大差ない。顎の辺りで切られた髪は、癖っ毛なのか寝癖なのか判別が難しい。それでも、一目置かれる存在だ。

 そう、彼女は魔法を使う。

「ギルフォード軍曹殿でありますか? お迎えに参上致しました!」
 シュナはきっちり見本のような敬礼をした。つもりだった。
「……」
 が、いつまで経っても返礼がない。ないとシュナは敬礼を続けるしかない。
 好い加減、鍛えている筈の二の腕がつらくなってきた。
 もしかして、嫌がらせだろうか。
 根性を試されているのだろうか。
「あ、そうか、御免ね」
 小さく呟いて、ようやく彼女は手を掲げた。
 どうやら忘れていただけだったらしい。
 また1つ、想像が外れた。
 シュナは改めて敬礼する。
「ようこそ! 我々は貴女を歓迎致します」

* * *

 兵舎の食堂に集合した兵士達の前に、彼女は詰襟をかっちりと止めて突っ立っていた。
 女性兵士は後方勤務が多いからスカートが主だが、彼女は細身のスラックスだ。磨かれた長靴。勤務中であっても勲章を着けている者が多い中、そして幾つも持っている筈だが、胸元には階級章しかなかった。
 今日は戦闘もなく、始まる気配もなく、集められた者達は全員非番とは言え、いつ命を落とすか解らないのだからそれなりに緊張感を漂わせている。
 彼女には何ら臆した様子もなかった。
 ここは前線だ。
 命の遣り取りが行われる場所。
 両手を後ろで組み、きっちり両踵を付け、真っ直ぐ前を見ている。
 ――視線の先は定かではなかった。
 無表情で、と言えば聞こえは良いが、つまりちょっとボンヤリしているようにも、見える。
「本日付けで配属されました、ギルフォード攻属魔法士です。よろしくお願い致します」
 基地まで単身やって来た彼女は、にこりともせずに挨拶した。
 簡潔で簡素。解りやすい。
 彼女は有名人だ。
 本名、ルル・ギルフォード。攻属魔法士。階級は軍曹。もう1つの名を灼熱のルル。初陣は12歳で、現在20歳そこそこ。
 おそらく基地内の兵士全員が知っている。
 攻属魔法士とは軍属の魔法使いの総称だ。世間一般の魔法使いと特に何も違わず、志願もしくはギルドから派遣されて入隊する。応募に資格はなく、ただ実戦に向いているか否か。系統は問われない。
 彼女の得意魔法は炎・爆砕系。
 その実力は、歴代の攻属魔法士の上位にランクされるという。
 攻属魔法士は一般兵士に比べて絶対数が少なく、彼女のように基地を点々とする。
 この基地に、実際に彼女の魔法を見た者は居ない。
 魔法士が来たのすら初めてだった。









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