睡魔のいる夏 

―(C)筒井康隆 集英社文庫「あるいは酒でいっぱいの海」より―

その2

※「彼」がしばらく歩いていると、「白く塗装した木造の家」を発見する。
それは、先のビヤホールの主人である「老人」の家であった。中では「老人」がビールを
飲んでいた。不意に訪ねて来た「彼」に優しく問いかける「老人」と、それに答える「彼」。

「外は暑くありませんか?」「暑いです。ここは涼しいですね」
「ここにいればいいですよ」「お邪魔じゃありませんか?」
「ビールを飲みますか?」「いや、結構です」

―中略―
「それじゃ、寝たらどうですか?とても眠たそうですよ」
老人はベッドを指した。
「いいんですか?」「いいですとも、その、壁に近い側がいいでしょう。
私もすぐ寝ます」

私は、もうそれ以上起きていられないほど眠かった。
―中略―
「何人死ぬのかな。知りたいな」そう呟いた。
私は毛布の上に横になった。寝たままでネクタイをとり、
ワイシャツの一番上のボタンをはずした。

「何人死ぬのかな」
そう言って老人は立ちあがり、こちらへやってきた。

「何人死ぬのかな」と呟いてから「じゃ、おやすみなさい」といった。
「おやすみなさい」
すぐに老人は、健康そうな規則正しい寝息をつきはじめた。
私も目を閉じた。
次第に薄れていく意識の中で、私は妻のことを考えた。
しばらく考えてから、死んだ母親のことを、少しだけ
考えた。そしてまた妻のことを考えた。

 

 

それから眠りに落ちた。
            -了-

 

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