睡魔のいる夏

―(C)筒井康隆 集英社文庫「あるいは酒でいっぱいの海」より―


(※=概略)2人の男が工場から表へと出て、ビアホールへと繰り出す。部長と工場長。
その道中・・・・

「何でしょう?」工場長が空を指した。
そこには濃紺のインクに白い絵具を一滴落としたような形で、
煙がぽっかりと浮かんでいた。
「花火でも打ち上げたんだろう」

※日の光で噴水が躍り、風が心地よい午後、「目の中に笑みを称えた友人」でもある工場長と
談笑しながらビールを飲むひと時・・・夜になるまでまだ三時間以上もある・・・
しかし「異変」は徐々に2人に、そして周囲に忍び寄ってきていた。

でも眠かった。工場長も同様らしかった。
「眠いね」「そうですね」
笑った。

※やがて、周囲では「眠るように死んでいる」人達が目に付くようになる。そこで2人は
先程の「一筋の煙」が実は「新型(催眠ガス系)の爆弾」であることに気づく。
2人にも「眠気」が襲ってくる。その中で互いを思いやる言動を交わす2人・・・。


「君はすぐ、家へ帰りたまえ」彼も私同様、新婚だった。
「あなたは?」「僕はいい。家が遠いからとても帰るまで
持ちやしないさ」「でも・・・」
彼は何か言いたそうにして私を見つめた。
それから俯向いた。しばらく俯向いていて、また顔を上げ、
私を見つめながら手を出した。
「じゃ・・・」広場の西の端で、私たちは握手をした。

※「彼=部長」には、「軍需工場地帯」である「この町」が最初に狙われる
覚悟があった。
「眠気」を感じながら、家にいる(であろう)妻のことを考えながら歩いていると、
ジュース自販機の前で、1人の少女と会う。その姿を見て「彼」は「妻の小さい頃の姿」を
思った。

妻はどうしているだろう。
もう、寝ただろうか?

 

「ジュースが飲みたいの?」
彼女はうなずいた。小さな声を出した。
「のどが、かわいてるの」
私は硬貨を2枚、穴に入れた。彼女は緑色のジュースを
紙コップに受けて飲んだ。白いノドが小さく動いて、
ひと息に飲んでしまった。
それからほっと息をつくと、安心したように自動販売機に
もたれかかった。販売機の表面は冷たく、一面に
水玉がくっついていた。その赤く塗られた鉄板に、
彼女は白い額を押しあてた。クスクスと笑った。
眠いのが、おかしくてたまらない様子だった。
額に少し汗をかいていた。やがてゆっくりと、地面に
くずれるように倒れた。私は彼女を抱いてテラスへ
あがり、空いたデッキチェア―に寝かせた。
もう、冷たくなってしまっていた。

「その2」へ。