2. 自分史執筆のために
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2.3 『部分史』のススメ
平岡 俊佑
講師 特別寄稿
自分史に取り組むにあたって、最初に頭を悩ませるのは、「自分史とは、『日本史』や『世界史』の教科書のように、出生から今日までを忠実に書くものなのだろうか」ということです。
戦前の歴史教育を学んだ人なら、神武天皇からはじまって歴代の天皇の名を暗唱できるまでに覚え込むことが課題だったことを思い出すでしょう。
これにならえば、「わが家のルーツ(家系、家業など)」「父母のこと」「誕生から年代別に今日までの自分の歩み」などを延々と書きつづる──それが「自分史」なのか、という思いが湧いてきます。
出生から今日までを、なるべく忠実に書く──これを『通史』と名づけてみましょう。結論から先に言えば、のちのちの子孫のために『通史』を書き残しておきたいという思いを否定するものではありません。
しかし、『通史』には、次のような問題がつきまといます。
*忠実に『通史』を書き上げようと思ったら、何十年とかかる。
*他人が読んだ場合、あまりおもしろくない。
私たち春日井市自分史友の会では、『通史』に対して、『部分史』という考え方で書く人が多いようです。
『部分史』とは、
*これまでの人生の中で、印象深いエピソードを中心に書く。
ということです。
いわば、「人生を振り返っての『つまみ食い』」です。これらは、
忘れられないOO
で要約することが出来ます。
*忘れられない、自分自身の心の引っ掻き傷
*忘れられない「経験」「人」「事物」「出来事」「ことば」などなどです。
たとえば、「忘れられない食べ物」としてみましょう。こういうテーマを自分自身に与えれば、「戦中・戦後の苦しかった食料難時代のこと」「こんなおいしいものがあったのかと、初めて認識したあの時の、あの食べ物のこと」「恋人と初デートした時の食事のこと」などが、次から次へと心に浮かんでくるでしょう。
こうした『部分史』には、
*比較的、テーマをみつけやすいし、書きやすい。
*読む側にも共感する部分が多い。
という特長があります。
こうした『部分史』を、仮にl話を原稿用紙8枚でまとめるとして、30話も出来上がれば、立派に単行本l冊分ぐらいの内容が出来上がります。
自分史を苦労せず、楽しみながら書き進める手だてとして、『部分史』をおすすめします。
2.2 魅力ある自分史を書くために
平岡 俊佑
講師 特別寄稿
自分史は、一定の読者を想定して書くものです。そして、
せっかく書くからには、読者の感動や共感を得ることが必要となってくるでしょう。
「読みたくなる」「ついつい引き込まれてしまう」──そんな自分史を書くため
のコツを考えてみたいものです。
★独りよがりにならない──常に読者を意識する
「自分のためにだけ書く」というのであれば、それは日記や家計簿で充分です。
自分史の第一の読者は、作者自身であるかもしれませんが、そのほかに、子や孫た
ち、サークルの仲間、友人たちなど、自分以外の人たちにも読んでもらいたいとい
う気持ちを大切にしたいものです。そのためには、あくまでも「独りよがりになら
ない」ことを意識しなければならないと思います。
★タイトルは作品の半分の価値
本屋で書棚を眺める場合を考えてみましょう。「なんだか面白そうだ」「この本
の中身は、どんなことが書かれているのだろう」など、私たちはまずタイトルに惹
かれて本を手にします。
「タイトルには、作品全体の半分の価値があると考えて、タイトル付けを工夫す
る」といった作家がいますが、なるほど、もっともです。
自分史でも、ぜひタイトルに工夫をこらしたいものです。
戦後の引き揚げ体験を書いた、自分史の先駆けともいえる作品に、
『流れる星は生きている』(藤原てい著)
があり、
最近亡くなった作家・畑山博の作品に、
『いつか汽笛を鳴らして』
がありました。
タイトルを見ただけで、ついつい読んでみたくなる──そんな気がしませんか。
ちなみに、愛知県春日井市にある日本自分史センターに寄贈された自分史作品の
中で、ダントツに多いタイトルは『あしあと』『我が道』『○○の半世紀』などだ
そうです。
★文章をわかりやすくするコツ
(1)具体論でせまる
「貧乏だった」「とても悲しかった」など、いくら繰り返しても、読者に気持ちが伝わる
とは 限りません。
「どう貧乏だったのか」「どんなとき、どんな出来事があって、どのように悲しかった
(楽 しかった)」かを、より具体的に書く必要があります。
福沢諭吉は、明治政府が褒章を贈りたいという申し出をしたとき、次のような言
葉で、これを辞退したといいます。
「車屋は車をひき、豆腐屋は豆腐をこしらえ、書生は書を読む。人間当然の仕事
をしているのだ。政府が誉めるというなら、まず隣の豆腐屋から誉めてもらわな
ければならぬ」
これ以上ないような、わかりやすい具体的な論旨です。
(2)相手の立場に立って書く
英文学者の中野好夫氏は、教室で学生たちに口癖のように言っていたそうです。
「あんたのおばあさんが聞いてもわかるように、ちゃんと訳してくれ」
わが子ならわが子、孫なら孫の顔を思い浮かべて、
「こういう言い回しなら、わかってもらえるだろうか」
と工夫に工夫を重ねること、それがわかりやすい文章を書く基本ではないでしう
か。
★常用漢字と現代仮名遣いについて
公用文や報道関係などに使うべき文字の目安として『常用漢字と現代仮名遣い』
が内閣告示として定められています。また、学校教育における文字遣いも、これに
従っています。
私たちが書く自分史は、個人的な文章ですから、必ずしもこれに従う必要はあり
ませんが、「若い世代にも読んでもらいたい」「より広い層の人達に読んでもらおう」
という意識があるならば、基本的には『常用漢字と現代仮名遣い』を用いるべきで
しょう。
ただし、
(常用漢字) (旧漢字)
沈殿 沈澱
脳裏 脳裡
敬謙 敬虔
急きょ 急遽
遮へい 遮蔽
痙れん 痙攣
などのように、「常用漢字では、本来の意味から外れるのではないか」という疑問が
残るものもあります。
そのような場合は、旧漢字にこだわって書くのも自由ではないでしょうか。
ただし、「若い世代では読めない」というおそれがある漢字や、特殊な読み方をす
る人名、地名などにはルビをふる必要があるでしょう。
★自分史の文章は、寿司屋と同じ。ネタ次第でうまくもまずくも……
お寿司屋さんが出すものは、フランス料理のように何日も手間ひまかけて作るものでありません。それだけに、ネタ(素材)そのものが新鮮でおいしいという条件が第一となります。
★わかりやすく興味深い短編を書いてみる
これまでの長い人生の中の出来事を延々とくわしく書いても、読む方にはちっとも面白くない場合があります。とりわけ、どんな人にも共通の、たとえば職場の苦労話などは、それにあたるでしょう。
ユニークな体験、ぜひ書き残しておきたい出来事などを、最低で原稿用紙5〜6枚、ときには20枚ぐらいまでの短編で書いて、よく推考してみる──こんな繰り返しをしていけば、わりあいラクに一冊の本ぐらいは書けるでしょう。
※ただし、他人にはくだらんという細かなことでも、記録としては価値あるもの、
歴史的資
料となるものもあります。こうしたものを一概に「くだらん」と否定
するのは考えもの。
ただし、今回のテーマ「魅力ある自分史」とは別の次元のことです。
2.1 自分史を書く姿勢 ──春日井市自分史講座より ──
・ 謙虚であること
・ 誠実さが大切
・ 人間性の問題
(1) 己に厳しく、他人に寛容に。
◇ 自己弁護は決してしない。
◇ 他人は絶対に誹謗するな。
(2)
常に自己批判をし、反省が必要。
(3) むやみに苦労話は書かない。
◇
苦労したと口にする人が、自分史を書いても意味がない。
◇
苦労をかけたと、心の底で思っている人の書く自分史が本物で、感動を
呼ぶのだ。
◇ これが価値のある遺産になる。
◇
「苦労したと」と平気で言う人は、殆んどが実力がなかった人たちだ。
◇
苦労は、苦しさを労うと書くのだから、こちらから向こうに言って然るべき言葉だ。
だから、自分で言うのはおかしいことで逆なのだ。
◇
自分史の主眼点は、どういう時代の中を、如何にして生きて来たかなのだ。
◇
読んだ人に一種の共感と、さわやかさを与え、それが一服の清涼剤となり、
勇気づけする動機となるよう心掛けるべきだ。
──
気をつけること、禁句 ──
(1) 自慢話は書くな。→鼻つまみになる。
◇ 一種のマスターベーションだ。
◇ 読んでもつまらない。
(2) 野心に燃えて、ギラギラしているときはやめるべきだ。
◇ 機、未だ熟さず。
(3)
自分を素直にさらけ出すこと。
◇
そうすると楽になって、スラスラ書ける。
◇
他人の失敗談は、興味あるものだ。
(4)
いい子(ブリッ子)になろうという気持ちがあると書けない。
◇
書けたとしても、その作品はつまらない。
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