さしのべられた腕 〜儚き夢〜 第一部サマルドゥーン陥落 1

 世界にこれほど肌の色が違う人間が集う場所は無い。
自治都市サマルドゥーン。
カストヴァール大陸北部に位置するこの土地は、かつてヴレード帝国領であった。
しかし商人達が独自に形成していた諸国貿易組合は結束力が強く、ヴレード皇帝の圧政に反発して他国と秘密裏に「紅の同盟」を結んだのだ。
その結果、組合が正義の神アヴァンクーザーを国教とする大国ソリヴァーサを背後に構えたことによって独立戦争に勝利した。今から168年程前の事である。これが自治都市サマルドゥーンの始まりであり、またヴレードとの因縁の始まりであった。
 サマルドゥーン第一公共広場の噴水前で吟遊詩人が竪琴を奏でながら謳う内容は、町の歴史そのものだ。
『港を開く地形に恵まれなかったヴレード帝国唯一の良港であったアラードを奪回すべく、しつこくて間抜けな皇帝達はサマルドゥーンに何度も攻め入ったが、神々は我々に一人の英雄をお遣わしになった。彼の名はレフィリム。彼はヴレードを裏切り、我らに自由を勝ち取らせた。彼は港に寄った船のようであり、己の血を残すと新たな港へと旅立った。彼のおかげで市場は今日もいつもと変わらない賑わいを見せている。運命は常に、自由を勝ち取ろうとする者達に味方していた時代であった』と、慨すればそんなところである。
途中途中大げさな戦闘状況や英雄について美辞麗句が使われていたりするのだが、そういった歌がサマルドゥーン市民には最も人気があった。
自由の為に戦い続けながらも繁栄を極めた町の歌に聞き入った者は、詩人が用意した子袋の中に小銭を放り込んで行く。
その小銭の多さは、詩人がどのようにして英雄の最後を締めくくっているかによる。
英雄レフィリムは子をもうけた後に突然と姿を消し、ヴレードの刺客にやられたとか、他の国を救うために旅立った等様々な憶測が飛交っているからだ。
 吟遊詩人達は静かで風情のあるセル・セアの森近隣の第一公共広場に集まるが、サマルドゥーンで最も賑やかな場所はアラード港前の第三公共広場だ。
南国から運ばれた果実の熟した香りと磯の香り、様々な香辛料。その市場を通り抜けるものは実に多種多様な匂い知るに違いない。
三月の今時分は春風が吹く季節である。
強風に煽られ船の発着が出来なかった先日の埋め合わせをするように、ある人はせわしく物を買い求め、ある人は声を張り上げて客を呼び寄せる。
値踏みの交渉をする者、採れたての魚をいち早く露店に届けようと急ぐ者。人々は店がひしめくその中を、縫うように通っている。
黄金の産地で有名なオフィラーダの装飾品を売る店は若い娘に人気が高い。また、伝統工芸品として世界中で高く評価されている絨毯は嫁入り道具の一つとして飛ぶように売れている。
肥沃な土地で知られるフェスティーヴからは穀物と野菜、シェ・ランからは島に咲き誇る花々が店に並ぶ。
邪教の国として忌み嫌われているはずのカルディア帝国から来た商人は、脂質の多い家畜の肉を店の前にぶら下げて愛想良く試食品を振舞う。
市場に集まるほとんどの商品が、海を越えて他大陸から運ばれてきたものだった。
人々は歯を見せて笑い、子供達は整備された石畳の上を走り抜けている。こうしたお祭り騒ぎが毎日続いても、人々は決して飽きる事は無い。
それが自治都市サマルドゥーンであった。
 酒場から漏れ聞こえる笑い声がかき消されるほどの賑わいを見せるアラード港前の第三公共市場ではあるが、鐘の音を聞き逃した者はいない。それはサマルドゥーンにいる者にとって時を知らせる生活の基盤なのである。
市街地セル・セア湖畔にあるアヴァンクーザー神殿の鐘の音は、森林地帯を抜けて公共広場まで響き渡り、ざわつく町の中をまるで制するかのように通り過ぎていった。



 象牙色をした神殿の窓全てから、一瞬だけ淡い光が漏れた。
一階にある聖堂内は海の中から炎を見ているような、揺らめく光に包まれている。
部屋の右隅には巨大な赤い結晶体『アストラル』が奉られていた。邪悪な獣や妖術を跳ね除ける力を持つ、神からの贈り物とされているものだ。天井と床から伸びている柱に挟まれるようにして奉られている。
聖堂に掲げられたアヴァンクーザー丸十字の神紋を背にして、青年が一人立っていた。年は二十代前半の、長身の男だ。
アストラルの光を近くで浴びている為、青年の純白の外套が染まっている。天窓から差し込む幾筋もの陽光は彼の波打つ黄金の髪を際立たせ、眩しく輝かす。
彼は五人がけの簡素な木製の長椅子に座って自分を見つめ続ける、礼拝者達に向かって一礼した。
凛々しい弓形の眉の下にある若葉色の瞳が礼拝者達に微笑むと、聖堂にため息と感嘆のどよめきが起こった。
 礼拝所の中央には赤い絨毯が敷かれている。それを挟むようにして両脇に七客ずつ縦に並べられている椅子はどこも満席で、壁にそって立ったまま祈りを奉げている者すらいた。商人風の男が何人か見えるが、礼拝者の殆どが女性であった。服装に貧富の差はさほど無い。
「皆にアヴァンクーザーの祝福を」
発音がしっかりしていなければ聞き取れないほど、細身の体つきに似合わず低い声をしていた。だが温かみのある声だ。
彼が聖典を閉じると、それを見計らったかのように紅の光が結晶体の中に吸い込まれて消えていった。
「では皆さん、夕刻の礼拝にてまたお会いできる事を楽しみにしています」
彼はそう言って段差を降りた。同時に、静かだった礼拝室がにわかに賑やかになる。男達は仕事に戻る為に急いで部屋を後にするが、女達は聖堂内に留まって談笑に興じるのだ。
 彼は満足そうにその様子を見渡してからアストラル結晶体の後ろにある、私室に直結している階段を一段上がった。
「カールヴラット司祭長様」
呼び止められた彼のすぐ後ろから、様々な香りが襲った。
(うぁ、きっつい!)
飲み込まれるかのようにして、カールは仕方なく振り向いた。
嗅覚が鈍ってしまう程の強烈な香りに吐き気を催しつつ、顔には笑みを浮かべて。
「カール様、この間の宴の件、夫がとても残念だと申しておりました」
「そうですわ、私だって楽しみにしていましたのよ」
大粒の宝石を首から提げ、胸の開いた原色のドレスを着込んだ五人の女性たちが、カールを取り囲んだ。
年は中年にさしかかった頃であろうが、肌には手入れがされていて娘のように艶やかである。
「ベルナール夫人、お誘いは嬉しいのですが……職務もありますし、私は華やかな場所は苦手で」
苦笑いをするカールの腕を、二重顎のベルナール夫人は自分の腕にからめとった。
「私のお茶会に来られる夫人方は皆カール様のお説教を聞きたいと申しておりますの。そうそう、週末のお茶会にはミストからの珍しい鳥が……」
女の話がいたずらに長く続くのはいつもの事である。カールは彼女達の図々しさにいつも翻弄されていた。
媚びる女はうんざりだとカールは内心思いながら、笑顔だけは絶やさずに聞いているそぶりだけして視線は別の方に泳がせていた。
 豪奢に飾り立てている取り巻きの女性達の外側に、距離を置いて一人立つ婦人がいた。
幅広の帽子のつばが顔をほとんど隠しているものの、顔に憂愁の色が浮かんでどこか冴えない。
「お顔の色がすぐれぬようですが、おかげんでも?」
カールと目が合った婦人はうつむいて、青い羽扇子を顔に寄せた。
「カ、カールヴラット司祭様……実は主人からの伝言が……」
か細い声を聞いて、周りの女たちの顔がはっとなった。
自分の夫より位の高い男を配偶者にもつこの夫人を、女達は苦々しい目つきでねめわしながら道をあける。
「……では職務がありますので、皆さんまた」
カールは射殺すような視線を背後に感じながら、婦人を伴って私室への階段と反対側にある個室へ向かった。
(やれやれ…これでご婦人方の噂話にまた一つ話題を提供したようなものだ)
カールは扉に鍵を掛けようとして、やめた。
この女性は礼拝の時間は欠かさず毎日参拝に来る。彼女の視線は聖堂の神紋やアストラルではなく、終始自分に向けられている事もカールは知っていた。
 机と椅子二つの他に家具は無く、くり貫かれた窓が一つあるだけの正方形の部屋である。
カールは椅子に座るよう手振りで促したが、婦人は物思いにふけっているのか下を向いたままでそれに気付かない。
仕方なくカールも立ったままにすることにし、聖典を机の上に置いた。
「私は……」
「存じております。礼拝にはかかさずおいでですね、フェテル監査官の奥方様」
彼女はサマルドゥーンの貿易に重要な役割を果たすフェテル監査官の妻である。その噂はカールの耳にも入っていた。教養がある上に清麗な物腰は、驕奢を極めた生活を送る役人の妻でいるよりは女神官に相応しいのではないかと。
女性の噂話の中には本当の事もあるものだと、目の前で彼女を見たカールは感心した。
 彼女は緑色の帽子を机の上に置いた。
年はカールより一回りも上だというのに、はにかんだその様子はまるで少女のそれである。
「あぁカール様……神は全てをお見通しでしょう。主人からの伝言などとは嘘。懺悔を聞いていただくて」
同じような文句を聞き飽きるほど他の女性から聞いていたカールではあったが、それでも同情するように優しく微笑んだ。……彼女から一歩体を引いて。
「あまりご自分をお責めにならないように。人は生きている限り何かしらの制限を受け、それに抗って罪を犯すものです」
カールが離れたことを知った夫人は一歩、また一歩と近付く。
「ええ、まことにその通り……私は夫のある身で……一人の男性を愛してしまったのです」
「そ、それはまた……」
「苦しいのです、カール様。想えば想うほど……でも私には夫が」
悲愴な面持ちの彼女に対して、カールの眉が上に釣り上がった。
(最近こういう懺悔が多い気がするな……)
比較的、議員等の重職に就く男性やその伴侶に多い懺悔だ。
いつの間にか神殿は神への祈りを奉げる場所だけではなく、人々の精神的な苦痛を和らげる役割も担う事になっていた。
 カールはため息を殺して穏やかに言った。
「それで、貴女にとって何が罪だとお思いなのですか、夫人。ご主人を欺いているという罪悪感ですか? それとも…」
「いいえ…こうして想いを遂げようとしている私の心があさましくて!」
夫人は扇子を手から落とし、カールに抱きついた。
「フェテル夫人!」
呆気にとられたカールの体は棒立ちとなった。道理をわきまえた見識高い女性の筈ではなかったのかと。
「あぁ私はなんと罪深い……ッ!」
彼女の様子は一変して、聖堂でカールを取り囲んだ婦人達と何ら変わらなくなっていた。
「あ、あの、どうかお気を……」
「あぁっ、もう我慢できませんわッ! カール様、私をお抱きになってェッ!」
麗しい目ですがるように夫人は訴えた。
(が、我慢って、おい……)
このような懺悔に見せかけた告白は、週に一度はある。だが、彼女のように積極的な女性は初めてであった。
 突然訪れたものに対して瞬時に対応するのは、理性ではなく本能である。
カールは一瞬、己が神官である事も彼女が人妻である事も忘れ、彼女の腰に手を当てた。
腕に抱かれている者は、ただの女だった。
「お願いでございます……どうかこの罪をお救い下さい。どうか私を一度でもいいから……」
夫人がカールの頬に手を伸ばした時である。男女が体を密着させている前で、扉が開いた。
「カール様ここにいらしたんですか……ぁあッ?!」
語尾が思わず上ずってしまった黒髪の少年は、驚きのあまり両腕を広げて壁に張り付いた。
「セリウス、今懺悔の途中だぞ」
カールは咳払いを一つして、平然を装うとセリウスに言った。
(い、いかん手が勝手に!)
カールは自分の手が彼女の細い腰に当ててある事を知り、焦って手を引っ込めた。
「エ、エルゼリア大陸から、バカロ商人がッ」
どもりながらそう言った少年は、今にも泣き出しそうな情け無い顔をしていた。
「そうか、いらしたか。後で私の部屋に来るように伝えてくれ」
「し、失礼しましたッ!」
もういてもたってもいられない、といった様子で、セリウスはカールの言葉を最後まで聞かずに部屋を出て行った。
閉め忘れたのか、扉は開いたままである。
「カール様私は……」
回廊から二人の姿は丸見えとなっている。人気は無いが、夫人は人目も気にしていないようでカールから離れないようしっかりとしがみついていた。
 若い娘には無い、洗練という名の経験を積み重ねてきた肌の重み。
その心地良さを感じながら、カールは体の緊張を解いてなだめるような笑みを浮かべた。
それは父親が幼い娘を遠くから見守る笑みにも似ていた。
カールは夫人の両肩にそっと触れ、自分からゆっくりと離した。
「夫人、貴女のお気持ちは嬉しい。苦しい胸の内を告白してくださるなんて、貴女は美しいだけではなく勇気をお持ちなのですね」
カールは夫人の帽子を手に取って黒髪に乗せると、片手を胸に当てて一礼した。
「……ですが、恥ずかしながら私には貴女の想いに応えるだけの度量はありません。どうかご容赦を。私にはこの道が全てなのです。神を求める人々が集う家を守る、この道が」
フェテル夫人は涙を浮かべ、目を伏せた。
神を愛する高貴な神官が一介の人間に執着するはずは無い。彼女には周知の事だった。
「貴女の想いは私を快くさせてくれるもの。決して罪ではありません。どうか悲しまないで下さい。そして罪と思わないで下さい、夫人」
彼女の懺悔に対する説教はそれだけで十分であった。
諦める為に想いを遂げさせるより彼女にとっては最も有効な手段、改めて事実を突きつける事だけでいい。それで彼女は道を正すだろうと思いながら、カールは夫人の横を通って部屋を出て行った。
懺悔室に残ったのは、淡白な返事を受けて涙が止まらぬ女一人だった。



 カールヴラットの私室は神殿最上階である三階にあり、潮風が強く吹き込む部屋だ。
その窓辺で、若い神官がやや興奮気味に何やら語っている。
先ほど懺悔室を訪れたセリウスである。
愛くるしいその黒い目が、実年齢である十六歳よりも五歳以上は若く見えさせていた。要するに、童顔なのだ。
彼は大きな目をいっそう大きくしながら言った。
「レグス!まただよ、また! 今度は監査官の奥さんがッ……」
レグスと呼ばれた青年は机に持っていた巻物を置きながらため息をついた。顔にはり付いていた彼の軽やかな茶色の髪が揺れた。
「またか……セリウス」
レグスは師の机の上を片付けながら言った。彼の細い一重の目は卓上の書類に向けられたままだ。
 レグスはセリウスよりも二歳年上だが、口数が少ない上に年の割には落ち着いているせいで老けて見られる事が多い。
二人はカールヴラットの弟子であり、血の繋がらない家族でもあった。
「ご婦人方は一体何しに神殿に来てるんですかね! カール様だってお忙しいというのに」
セリウスは口を尖らせた。
腕を組んで壁にもたれるセリウスを脇目に、レグスはぶ厚い本の題名を確認しながら定位置に重ねていく。そして師が眼を通すべき巻物を机の真ん中に開いて置き、筆を添えた。
「カール様に近付きたくなる気持ちも解るが……礼拝の度に付きまとわれてはカール様だって迷惑だろうに」
レグスが手を止めて頬を膨らましてすねているセリウスを見た時、背後から豪快な笑い声が聞こえた。
「いやはや何度来ても飽きない展開ですな、師匠に近寄るご婦人に嫉妬している弟子諸君?」
両開きの扉が開け放たれた入り口から、二人がいる部屋に向かって回廊を歩く男が見えた。
 彼は口と顎に生やしている黒い髭を撫で、四角い顔を歪ませて笑いをこらえていた。
「ダメですよバカロ様、楽しんでちゃ」
頭に褐色の布を何回も巻きつけているその男を見るや否や、セリウスは首を横に向けて眼をそらした。
セリウスは小太りしたこの中年の男があまり好きではなかった。オフィラーダに住むこの商人さえも師に近寄ろうとする者の一人だからだ。
「すまんすまん、君達にとっては深刻な話題だったな」
口でそうは言うものの、バカロの目元は緩んでいる。
「しかし……あの貞節で教養のあるフェテル夫人がねぇ…恋愛について神は自由を説いているが、カール様もよくご婦人方を狂わせるお人だ」
「罪なお人ですね」
セリウスの言葉に二人が何度も頷いた。
「だ〜れが罪人だって!」
レグスが整理していた机の後ろの壁にある扉が開き、カールが現れた。女性たちを振り払い、聖堂からの階段を上がって私室に戻ってきたのである。
「カール様ッ」
師の登場に驚いたセリウスは反射的に姿勢を正した。
 不愉快さながらに、カールは大きな音を立てて扉を閉めた。
「ずいぶんと手の早い奥さんもいたもんですね。何人目ですか?」
レグスは机から離れ、セリウスの隣に立った。二人並ぶと身長差がよく解る。レグスの方が頭二個分セリウスより高く、細かった。
「人聞きの悪い事を言うな、レグス」
両手を腰にあて、カールは弟子たちの前に立った。
「俺達だって心配なんですよ。もしカール様が誘惑に負けて泥沼になったら、俺は一体どちらにつけばいいか……」
「レグス! そんな心配するな!」
目を閉じ本気で悩む弟子に、カールは慌てて言う。
「そうだよレグス! カール様はたとえ誘惑に負けても泥沼にはしないよ。賢く聡明なカール様のこと、きっと美味しいとこ取りでうまく終わらせますよ」
うっとりと輝いているセリウスの黒い目が自分に向けられた事を察知したカールは、げんなりと首を傾けて苦笑した。
セリウスが自分に対して誇大妄想を始めると、引き戻す事が難しい事は最近知ったばかりだった。
「そうですねぇ、人妻ではなく未婚の若い娘なら問題ないですよ」
バカロは手を口元にやって、品定めするように考えるそぶりを見せる。
「バカロ殿も論点がずれてますよ!」
バカロがこの状況を楽しんでいる事にカールはがっくりと肩を落とし、部屋の隅に置かれた台座に歩み寄った。
「ハハハ、カール様、貴方の噂は聖女サーラ様のお噂と並ぶくらいオフィラーダ国の神殿では有名ですよ。人妻殺しの異名をとる神官がサマルドゥーンにいるってね」
カールは台座から酒瓶を取って栓を抜き、グラスに注いだ。赤い液体が半分ほどグラスを満たした所で、カールはそれを一気に飲み干した。
「どいつもこいつも物騒な事を……変な噂を立てないでもらいたいね。オレは真面目に使命を全うしているだけだ。この神殿の責任者として迷える子羊を……」
「でも僕は構いません!」
グラスを片手に語ろうとしたカールの言葉を遮ったのは、羨望の眼差しで熱っぽく語るセリウスだった。
「サマルドゥーンをヴレードの侵略から守った英雄の孫が、たとえ人妻殺しの神官だと何だろうと、僕はカール様のように愛し愛される神官を目指します!」
セリウスは意気込んで一歩進み出た。そんな彼の肩を軽く叩いて手を載せ、レグスが頷く。
「あぁ、俺もカール様の肩書きを尊敬しているワケでも無いしな。同感だセリウス」
「お、お前らには付き合ってられん。バカロ殿も一杯どうですか」
カールが再びグラスに酒を注いでバカロの方に見せると、すかさずレグスが言った。
「カール様、昼間から酒だなんて……」
「お前達は聖堂の掃除、聖水の儀式の準備!今日の当番だろ」
カールが二人を煙たそうに手で払うと、言い足りなさそうな顔をして弟子たちは部屋を後にした。
扉が閉じられると、廊下へ吹き抜けていた風が止んだ。

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