NOVECENTO Un monologo 「海の上のピアニスト」
原作/アレッサンドロ・パリッコ 演出/青井陽治
出演/市村正親 作曲・ピアノ/稲本 響 美術/朝倉 摂 照明/沢田祐二

早めに劇場に行くと、なんと市村正親は劇場前のロビーでリラックスしていた。
「今日は補助席ないの。さっき椅子を運び出してたから」
公演前に明るくこのような言葉を口にする時は調子がいい時だ。
彼は常に自分のテンションを自分で維持しようとする。役者だ。

静かに奏でられるピアノ、そして一人の男のモノローグ。
切ない感動で大ヒットした映画「海の上のピアニスト」の原作は、
イタリアでは伝説の舞台といわれる一人芝居の戯曲。
稲本響によるオリジナル楽曲のピアノの調べとともに、
市村正親が海の上のピアニストの鮮烈な生涯を物語る。これはチラシの文章だ。
芝居は何人で演じようと下手な役者では様にならない。
また、配役を見ただけで芝居の中味が想像できるのも見る気がしない。
市村のはそれがないから魅力的だ。
何十年見続けてきただろうか?彼の舞台を。

この舞台はチラシにもあるようにモノローグ舞台というのがわかりやすい。
舞台は下手にピアノ、
中央から上手にかけて船のタラップに模したスティールの階段が
その場に合うように移動していく、そこに照明が雰囲気を作り上げる。
想定は大海原だろう。
ノベチェントを演じる市村は冒頭から高いトーンのまま始める。
彼独自の演技計算だ。
このリズムを間違えると1時間50分の芝居も狂ってくる。
そこを考えて演じる市村の舞台は見ていて興味が出てくるのだ。
それが彼の魅力かもしれない。
作曲・ピアノの稲本は1977年生まれ、
京都市立堀川高校音楽科卒で18歳で海外に留学という経歴だが、
彼が舞台下手で派手目に弾くピアノも曲も
市村のモノローグにひとつも邪魔にならないのは相互関係がいいからだろう。
あたかも歌舞伎の浄瑠璃三味線の音のような関係と感じた。
つまり音と演技がうまくはまり込んでいるということだ。
そうだとすると、稲本も市村の心を、演技を読みながらピアノを弾いたということだ。
稲本自体が将来どのような生き方をするかも興味が湧いた。
市村はその昔、日下武史の芝居に魅せられていた時代があった。
その頃の市村には、そうした感触が感じられたが、
何時の日かそこから脱して市村の演技が出来上がっていた。
海の上のピアニストを見ていて彼が過去に演じたエクウス、
コーラスラインの足を怪我してしまう男、キャッツ、Mバタフライなど
時代に会得したものがここで生かされていると感じた。
台詞の中でも例えば、鳩のくそというが、フンがいいかとか、
中盤で若干メリハリが不足かと思わすところもあるが、
陸から来た名ピアニストとの対決場面で
市村の喋りの演技がそれを吹き飛ばしてしまう。
楽屋で観客のアンケートを熱心に読み、客の心を何時も考える市村だけに
それが演技にも反映されるのだ。

ふと、ブロードウェイの「屋根の上のバイオリン弾き」のトポルのことを思い出した。
大阪公演の時、東京で日本語字幕が客の反応と食い違うので、
懇切丁寧に舞台の台詞と字幕がずれないように自分でチェックした。
その結果大成功を収めたことを。
以前に「山崎陽子の世界4」で、この朗読ミュージカルを絶賛した。
一人の演者が語り歌い演技して魅せくる面白さに、
今のイミテーションの芝居を見せている劇団はなんだと。
市村のモノローグももう少し間がいるかなと思いつつ、
それが逆効果で結果オーライと感じたのも彼の自信のたまものか?
元来、彼は人の意見には耳を傾けつつ自分の信念で生きていく。
役者には大切なことだ。
まだまだ未来を秘めているし、舞台に映し出される心は美しい。
沢田の照明も隠れた素晴らしい成果を見せている。
全体に白っぽい明かりの中にシルバー色の美しい照明を見せている。
沢田独自のものだ。
これがノビチェントの心を表す結果につながるのだ。
陸に上がるのを止めた後のタラップに残る白色のサスが印象的。
朝倉摂のタラップ構成も役者の動きに自由さを与えているから見事だ。
写実性の強い装置が多い朝倉の構図の中から
こうした発想が出てくることが才能だろう。
舞台装置を勉強している人にはいい手本と言える。
私はロンドンで数年前にウテレンパの「シカゴ」を見て、
日本人の演じる外国物は見るのを止めた。
市村は今、外国物ができる最後の役者だとは思っているが、
国定忠治みたいな日本物をしてほしいと常々話している。
いつか日本のミュージカル、それも昭和のミュージカルを演じてくれると
彼の持ち味総てが表現できると考えている。
見終わっても私の椅子は少しも熱くなっていなかった。

  2003年6月18日 大阪シアタードラマシティーで観劇
  入場料7500円 6列30番で ちゅー太
     
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