「夢のアイランドは向こう側」をサイトへの掲載にあたり

「宝塚大劇場の強い照明に映える青黛を使った宝塚歌劇独特の化粧、
端正な甘い顔の伝統的男役、宝塚独特の甘い愛をテーマにした物語、
パープルピンクの照明が照らし出すフェアリーさを感じさすトップスター、
そこに流れる甘い切ない宝塚メロディー」
こんな宝塚の舞台がいつしか消えかかっている。
白井鐵造、高木史郎らが築いた宝塚の宝は創立70周年を過ぎる頃から磨り減り始めていた。
スタッフも定年で去ったり亡くなったりして、気付いた時は宝塚歌劇という大切なノウハウが
継承されないまま次の時代に突入していた。
最近はメディアでも稽古場に入れないという。
かつては演出家もプロデューサーも皆が稽古場を見て欲しいと言い、
生徒、そして皆でいい舞台を創ろうという気運が漂っていた。
私も長い間テレビのニュース番組で宝塚を取り上げてきた。
稽古場の風景、本通し、舞台稽古、稽古場からの生中継、初舞台生のロケット、音楽学校合格発表、
入学式、卒業式、予科生の掃除風景と。
私はその総てを取材を通して目撃してきた。
それが今は何か遠い彼方の出来事になってしまったようだ。
もうほとんどの人が以前の稽古場の雰囲気すら知らない時代になっている。
もちろん生徒の気質も変わり始めた。
一番に変わったことはタカラジェンヌ風が無くなったこと、
普段の姿を見ているとこの人は男役なのか女役なのか判らない姿をしていることだ。
たぶん宝塚音楽学校の生徒だけが極秘に決めた、親にも話さない10カ条の決まりごとも
あまいご存知ある方はいないと思う。
そこでその昔、そんな昔でもないが、私が稽古場等で見たり聞いたりした事実を
率直に知ってもらい、宝塚とはこんな夢のような所だったということを検証できればということだ。

鳳蘭、安奈淳、榛名由梨、汀夏子のトップ時代、初風諄が引退直前から
一路真輝、涼風真世、麻路さきのトップ時代までだ。
私の手元に「白い本」と名付けた本がある。
本といっても中味は真っ白で、そこに稽古場で気心知れた生徒に
「貴女にとって宝塚は何?」という問いに各々の思いを書いてもらった。
その白い本がなけれえば「夢のアイランドは向こう側」は文字通り、夢があったところに
夢がなくなり、夢は何処か向こう側に去ってしまったという意味だ。
これを読んで少しでも昔の良き時代を感じてもらえれば、過去にテレビを通して
宝塚歌劇を世の中に伝えて来た者としては嬉しい限りだ。

今は亡き内海重典さんには万国博ニュースに出演を、
高木史郎さんは取材を、寺田瀧雄さんにはポートピア80の番組で
弾いたメロディが譜面になって出てくるピアノで演奏をお願いした。
振付の喜多弘さんは初舞台生のロケットの稽古場で取材を、
朱里みさをさんにはインタビューを、
岡 正躬さんは稽古場で細かく解説を、
黒瀧月紀夫さんは稽古場でボヤキを聞き、
そうそう天津乙女さんは芸歴60年のパーティをテレビで生中継した。
市川安男理事長は人の話をよく聞く方だった。
今日の宝塚を築いた貴重な方々だった。走馬灯のように想い出される。
尚、文中の敬称は省かせていただく。
                             宮田達夫

        「白い本」 

   
     

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