第十四試合

a07741_icon_26.jpgマイアー 対 ヒエンa05183_icon_30.jpg

『死に征く貴方に花束を』

担当MS:チアキ

−プレイング−

    ―にっかつロマン・マイアー(a07741)のプレイング―

    【因縁編】
    夢を見ていた。
    またあの夢である。
    女に殺される夢だ。
    美しい女がわたしに馬乗りになっている
    其の豊満な乳、尻、太ももに手を伸ばしたいところではあるが、生憎わたしの四肢は鋭い刃物によって床と一体化しており、それすら叶わぬ
    嗚呼、しかしながら乳尻太ももとは何と甘美な響きであろう
    ちちしりふともも、ちちしりふともも
    言葉がセイレーンの歌声のごとくわたしの脳裏を支配するのだ。
    其のような甘美な夢想に耽っていると
    ずぶりずぶりと鋭い刃物がわたしの腹に突き刺さる
    そして激しい痛みとそれにも勝るえも言われぬ快感がわたしの身体を駆け巡るのだ。
    ずぶり、肩に。ずぶり、胸に。ずぶり、首に。
    ずぶり止めてくれずぶり之以上はずぶり快感で気がずぶり狂いそうだ
    叫ぼうとするが喉には刃が突き刺さっており声が出ない

    女の顔を見る
    笑ってゐる
    女の瞳に映るわたしの顔も笑っていた―

    またあの夢だ…
    夢の中で彼女に殺されている夢
    年に何度かだったのだが、月に1度、週に1度
    最近では3日に1度は見るようになった
    感覚が短くなっているのだ
    …このままでは僕は夢に支配されてしまう
    そうなる前に
    気が狂う前に

    僕は彼女を殺さなければならない

    【試合】
    必殺技:『妄想転生』
    妄想を開放し、妄想の境地に身を置くことにより
    相手が予想もできぬ攻撃を繰り出す
    今回のお題は『女教師』
    ただし、多用しすぎると戻ってこれなくなる危険な技である。


    ―五鏡銀尾の・ヒエン(a05183)のプレイング―

    目の前に座る妙齢の女性は眼鏡に手を添えた。
    どうと言う事も無いただの癖のようだ、
    しかしその仕草が妙に艶めかしく見えたのは気のせいだろうか…。
    「彼−マイヤー君はとても良い生徒でした。そう、あの日までは」
    ヒエンと名乗った女教師は数年前、自分が受け持った生徒の事をそう切出した。

    「ヒエン・ナギリ。職業:教師 年齢:29歳」

    あれは忘れもしない、高校2年の新学期でした。
    満場一致で生徒会長に選出されたマイヤー君は、就任挨拶でこう言ったのです。
    「私には私のやり方が有る!私の校則(まつりごと)があり申す!」
    恐怖政権の始りでした。
    「全校生徒は眼鏡属性、冥土属性、獣属性の何れかを義務付ける」
    「購買でのヤキソバパンの販売を禁ず」
    「生徒会室を櫓風塗籠土蔵へ」
    …校内はたちまち魔界へと姿を変えました。

    私は校内に風紀を取り戻す為、彼と戦う事を決意しました。
    舞亜七本槍との激戦のすえマイアー君と対峙した時…
    彼は言いました。
    「先生は、眼鏡属性に冥土(長)属性。しかも獣属性も持ち合せている逸材ですね」
    「誉めても何も出ませんよ。最後通告です、学校を元に戻しなさい」
    私の言葉など耳に届かない、といった風で彼は自分の台詞を続けました。
    とても冷静に、残酷な言葉を。
    「逸材なのに…萌えません。やはり20代後半で3属性保有は無謀ですね」
    その後の事は覚えていません、思い出したくもありません。

    そう、彼に言うべき言葉はただ一つ。
    「先生、許しません」

−リプレイ−

 十一月二十五日。
 午前十時四十分。

 マイアー・オクスタンの敗北が決定した。

 試合開始時刻より十分の経過した現在、試合会場の白砂は依然その白薄さを保ったまま。
 だが、それでも。
 マイアー・オクスタンの敗北は決定された。

 観客たる百旅団長たちも、突然の通達に動揺を隠せなかった。
 試合による敗北ならば解る。しかし当の試合はまだ行われていない。それどころか両選手がまだ試合会場に見えていないというのに。
 第十四試合は終わりを迎えてしまった。

 果たして第十四試合前に何が起きたのか。
 何故、マイアーは負けねばならなかったのか。
 その謎を紐解くには数日前に遡る必要がある。


◆担当女教師の証言 その1◆
「彼――マイヤー君はとても良い生徒でした。そう、あの日までは・・・」


●学舎狂華
 彼女に会ったのは2年に進級した時だった。
 この学園に新しく赴任してきた教師として、僕のいる教室に配属されて。
 新規配属されてきた教師が、受験を控えた2年生の担任に配属されるのはおかしいと考える人もいる事だが、この学園の特色を考えればそうでもなかった。

 この学園はやる気が無かった。
 生徒全てが、である。
 生徒たちには向上心という物が無く、今やっている事が出来ていれば良し、と考える者が大多数だった。
 その後の進路に付いても、今の自分が行ける無難なところを目指すという者が大半を占めていた。
 それでいて学校全体の成績レベルも低くもないのだからタチが悪い。
 向上心が無い空間にいると人はどうなるか。
 答えは簡単。心が死んでいくのだ。
 その空気は生徒たちではなく、やがて教師にも広まっていく。
 最初は80年代ドラマよろしく、熱血に溢れる教師などが現れて生徒たちと交流を深めようとしたが、逆にやる気の無い生徒に感化され、教師たちも次第に何も言わなくなった。

 成績は悪くない。素行も悪くない。就職率も進学率もそこそこの数値を出している。
 だが、やる気がない。
 そんな特色を持った学園だった。

 そんなのだから新任教師が現れる事も珍しくない。
 学園側の目論見として性根を入れ替えるため、2年生を担当させると言う事もこの学園ならばこそだった。
 教師の入れ替えなど何度もあった。
 今回の教師も同じだろうと僕は心の中で思った。
 だから、その教師が挨拶をしていても、僕は机に突っ伏して寝たままでいた。
 教師が自己紹介しているがそんなもの意味はない。
 どうせこの教師もやる気溢れているのは、今だけなのだから。
 くだらない自己紹介をBGMに、心地よい惰眠が僕の身体を犯していた。その快楽に身を任せ、僕は深い眠りへと落ちていく。

 と、そのとき子守歌が急に止まった。
 眠りに落ちる直前での寸止めだったので、僕は少しばかり不機嫌になった。
 だがどうでもいい。ここまで来たのならばあとは自分だけで眠れる。意識を更に落とそうとしたとき、僕の頭は持ち上げられた。

 パンッ!!

 甲高い音が教室に響いた。
 僕には何が起こったのか解らなかった。その内、ジンジンと左頬が痺れていく感覚に、左頬が打たれたのだと理解した。
 その女は振りきった右手を腰にあて、微笑んだ。

「先生の話はちゃんと聞きましょうね」

 それが、僕とヒエン先生の出会いだった。


 叩かれた頬も張りつめた空気もそのままに、僕は教室を出て街を歩いていた。
 目的はない。ただ、あの教室に居るべきではない、と感じたのだ。
 叩かれた音が響いた瞬間のクラスメイトの顔が滑稽だった。
 普段大人しい僕だが、実は結構武闘派で通っていたりする。
 ムカつく奴はそれこそ血の海に沈めたし、二度と街を歩けなくした奴も数え切れないほどいる。
 クラスメイトたちはそれを知っていたからこそ、あの教師の行動と、それから起こるであろう惨劇を想像したのだろう。
 だが、僕は何もせずに教室を出た。
 だからクラスメイトたちはまるでハトが豆鉄砲を喰らった様な顔をしていたのだ。

 しかしその行動が何より意外と思っていたのは他でもない、僕だった。
 今までは手を出されたなら女子供問わず、人生を後悔させてきた。
 例え先輩でも遠慮無くボッコしてきた。

 でも、僕は何もしなかった。
 腹が立たなかった。
 その代わり、胸の奥が詰まったように圧迫されて気持ち悪い。
 こんな事は初めてで、自分でもこの感覚が良くわからなかった。だから、教室を出た。気持ちを整理するために。

 目的もなく街をぶらついてみたが特に進展も無し。
 それもそうだろう。考えも無しに歩いたところでこの気持ちが解るわけもない。
 太陽が真上に昇ろうとした時、普段は来ない街の広場まで来てしまっていた。
 休み無く歩いて疲れていた事もあり、僕は広場のベンチに座り込む。

 喧騒が響く広場を行き交う人をぼうっと見つめる。
 何が楽しいのかニコニコしている人。手品の腕前を見せるピエロ。歌を歌う女。屋台を出す熟女。
 客も店も様々な人が行き交うそれを見ても、どうとも思わない。いつも通りだ。

 つまり、先の女教師と会った時に感じた不思議な感覚。
 アレは特に、僕の考えが変わった為に発生したものと言う事は無いわけだ。
 益々わからない。僕はどうしたんだろう?
 椅子に座ったまま太陽を直視しないよう、天を仰ぐ。
 胸の奥だけ、詰まったような感覚のままだ。

「お兄さん、一曲いかが?」

 不意に、僕に声をかけてきた女がいた。
 先程歌っていた女だろうか?天を仰いでいた僕はその女の方を見るのも面倒なので、そのままの姿勢で答えた。
「いや、別にいい」
 ぶっきらぼうに、だが声質だけは低く。ドスが聞いた声。大抵の人はこの声を聞いただけでそそくさと逃げ出していく。断りの上等な手段だ。面倒な事はしたくない。
「そう言わずに。ね、一曲どう?」
 予想外な事に女は立ち去らなかった。それどころか尚もセールスしてくる。
 僕はもう何も答えなかった。そうすれば女は勝手に去るだろう。
「ね、一曲どう?・・・んー、わかったわ。私もここで歌い始めたばかりだし、お兄さんには一曲サービスしてあげる!」
 そう言うと僕の返事も待たずに女は勝手に歌い出した。
 立ち去ろうかとも思ったが、この女の為に動くのも面倒臭い。僕は天を仰いだまま目を閉じた。歌いたいなら勝手に歌わせれば良い。そんな思いで。
 熱心に聴くわけでも頑なに聴かないわけでもなく、僕は女の歌に耳を傾けていた。
 女の歌は何処か他の地方の歌なのだろうか。
 聞いた事も無いメロディで、楽しげで、寂しげで、どことなく・・・儚かった。
 女の歌を聴きながら何故か僕の脳裏には、あの女教師の顔が思い出されていた。


 春を迎えたばかりの風が、痺れた頬にツンと滲みた。



◆担当女教師の証言 その2◆
「でも、決して根っからの悪、と言うわけではないんですよ。クラスメイトの事を真剣に考えていますし・・・それに、私が勧めたクラス委員も率先して務めていました。だから本当は、良い子なのかも知れません・・・」


●狂気
 クラス委員の仕事は嫌いだった。
 クラスメイトなんてどうでもいいし、このクラスがどうなろうと僕には関係ない。内申点がついて進学に便利だから。だからやっていたに過ぎない。
 決してあの女教師の勧めだから、ではなく。

 4月の赴任以来、女教師―――ヒエン先生は何かと僕に接するようにしてきていた。
 それは端から見ても明らかで、クラスメイトも「遂に目をつけられたか」的な目で僕を見てきた。
 それもそうだろう。
 発言は殆ど無いが、このクラスは僕を中心に動いている。誰もが僕の機嫌を伺い、僕の言葉一つでみんなが動く。まさに僕はクラスの頭だった。
 ヒエン先生はそれを突き止めた。今まで他の教師が全く検討も付かなかったというのに。
 みんなからしてみればヒエン先生の行動は、クラスの頭をマークする行動に見えただろう。
 まぁそれも含んでいるだろうか・・・実際の所、ヒエン先生は押さえつけるような事はしなかった。
 僕にクラス委員にならないかと持ちかけ、僕も内申点を得るために承諾。ヒエン先生は様々な手伝いを僕にさせる。そして僕はそれに答える事により、内申点を得る。
 唯単に、二人の利害が一致しただけだ。

 それ以外には、何も、無い。


 ある日、ヒエン先生が新しい話を持ちかけてきた。
「マイヤー君、生徒会に興味ないかしら?」
「・・・生徒会、ですか。さぁ、どうでしょう」
 正直僕にはどうでも良かった。生徒会なんて。
「先生ね、マイヤー君にはピッタリだと思うの。責任感あるし、包容力もある。何より・・・上に立つ者の気品もあるしね」
 先生は嬉しそうに語った。なんだか僕まで気恥ずかしくなる気がする。
「先生、マイヤー君を生徒会長に推薦しようと思うんだけど、どうかしら?」
 生徒会長に推薦。つまり彼女は、この学校を統治しろ、と。この、学園、を。
「いいんじゃないですか?」
 僕は二つ返事で答えた。他人事の様に。
 でも先生はとても喜んでいた。
「マイヤー君ならきっと生徒会長になれるわ。きっと、この学園を変えられる気がするの!」

先生は、とてもとても、喜んでいた。



 僕は街の広場にいた。
 ヒエン先生と初めて会ったあの日以来、先生との仕事を終えた後はこのベンチでゆっくりする事が習慣となっていた。
 天を仰ぎながら先生の言った言葉を反芻する。
 先生は言った。「生徒会長に推薦しようと思う」と。
 この、僕に。先生が。
 頬が歪む。鋭く歪に。
 ヒエン先生の言葉が頭の中を駆け回り、渦巻き、解け染み込む。
 先生の言葉が僕の中を満たしていた。

「お兄さん、一曲いかが?」

 不意に声をかけられた。その声には聞き覚えがあった。ヒエン先生と会ったあの日、この広場で頼みもしないのに歌を歌ったあの歌売り。
「お兄さん、今日は良い事会ったみたいね。ちょっと微笑んでるみたいに見えるわ」
「微笑んでいる?」
 言われて気付く。この頬の歪み、胸の奥から沸き上がる感覚。これが・・・微笑んでいる、なのか
「ああ、そうか。そうだね」
 僕は、微笑んでいるんだ。
 何故微笑んでいるのだろう。ヒエン先生にあんな事を言われたから?先生に、生徒会長に推薦されたから?
 ・・・そうかもしれない。
 だからきっと、僕は微笑んでいるんだ。

 ・・・僕の心とは裏腹に。

 どうしてこんな事を考えるようになったのだろう。去年の今頃はこんな事を考えなかった。
 一体僕にどんな変化があったというのか。今年に入ってからの僕はおかしい。今まで決して感情を出さず、昆虫の様に生きてきたのに。
 変化の要因はヒエン先生だろうか。彼女に会ってから、僕の心に変化があったと思う。
 きっと、ヒエン先生が僕の心を・・・。

「そう。じゃあお祝いに一曲、プレゼントしてあげる」

 思考の海に潜っていた僕は、歌売りから話しかけられていた事も忘れていたらしい。
 彼女は僕にお祝いだと、歌を歌い出した。
 ヒエン先生と初めて会ったあの日に、聞いた歌を。
 あの後調べてみても結局なんの歌か解らなかったこの歌。
 聞いた事も無いメロディで、楽しげで、寂しげで、どことなく・・・儚い歌。
 歌に身体を預けていると、またもやヒエン先生の事が思い出された。

 ヒエン先生の事が思い出されたから、僕はようやくわかったんだ。この心の変化の原因を。
 ヒエン先生に会ったのは発端に過ぎない。
 先生に会った後、あの歌を聴いた時に、それまでの僕の心はうち砕かれたんだ。

 あの歌を聴いて―――

 それから僕の中で、ヒエン先生の事が渦巻いているんだ。
 いつもいつも。先生が渦巻いているんだ。

 怒る姿が美しい先生。スラリとした肢体が輝いている先生。仄かに、はにかむ笑顔が可愛らしい先生。
 様々な先生の姿が、彼女の歌に乗り思い出され―――いや、引き出される。心の奥から。
 そして僕は反芻する。先生への感情を。想いを。欲求を。


 ああ、そうか。
 だから僕は  たいんだ。

 頭の中を先生が駆け回る。意味はわからない。考えられない。
 聴こえてくる歌に身を任せすぎて、思考がはっきりしなくなっている。
 どうしてだろう?良くわからないや。
 でもこの身を任せる感覚は、とてもとても気持ちが良い。
 頭を駆け回る言葉も気にならなくなるくらい。この言葉が僕の心に喰らいつき、浸食してこようとも気にならない。
 だから僕は、今このとき、敢えてどうでも良い事を歌う彼女へ問いかけた。

「そう言えば、君はまだここで歌っていたんだね」
「私はいつでも、何処でも歌っているわ。だって・・・私は何処にでも居て、何処にも居ないのですから」

 急に声のトーンが鋭くなった気がした。
 その急な変化に僕の心は驚いた・・・気がするが、もうどうでも良かった。
 この歌を聴いているだけで。心が洗われて、全く違う自分が現れる様な感じがしているのだから。
 心の奥底の、僕の原初とも言うべき。素晴らしい自分が。

 彼女の歌は古い僕を粉微塵にうち砕き、新しい僕を引き出してくれた。
 純粋でどす黒い、僕を。


 その夜 僕は   先生の夢を見た。



◆担当女教師の証言 その3◆
「本当に、本当に良い子だったんです。でも、あの日を境に彼は変わってしまいました。あの当選の日から・・・」
●感謝
 生徒会選挙は、マイアーの圧倒的得票数で幕を閉じた。
 教師という立場上、公平で居なければならないヒエンだったが、この時ばかりは自分事の様に喜んだ。
 彼女の祝福の言葉に、マイアーは初めて喜びの表情を彼女に見せた。

「先生、ありがとうございました。僕は先生がいたから、ここまで来れたんです」

 ヒエンに対する感謝の言葉と共に。
 ヒエンは嬉しいような、ちょっと恥ずかしいような感情に囚われて、マイアーの顔をまともに見られなくなっていた。
 今彼を直視してしまったら、きっと自分は教師として失格になってしまう。だから、見ない。見れない。
 マイアーもそんな彼女をからかうように、今まで見せた事もない微笑みを浮かべていた。

 其処だけは確かに、別空間だった。


 マイアーの当選後、ヒエンは生徒会担当顧問となる。
 しかし仕事始め初日にて、ヒエンは実家より呼び戻しの連絡が入ってしまった。
 地元の大地主たる実家でのゴタゴタが巧く行っていないのだ。
 仕方なしにヒエンは一週間の休暇を取り、実家へと帰る事となった。


・・・それが悪夢の始まりだとも知らずに。



 一週間後、ヒエンが帰ってきた時。学園はイカれていた。


●独裁学園
 一週間ぶりの出勤したヒエンはまず、自分の目を疑った。

 気高かった校門は瓦礫と化していた。
 校舎までの桜並木は燃やされ、炭と化していた。
 校舎には卑猥な落書き、ガラスは割られ、所々穴が空いていた。
 四季に応じて美しい花を咲かせていた花壇には、何故か生徒たちが首深くまで埋められていた。

「これは・・・一体・・・」

 当然の反応だろう。あの美しかった学園が、たった一週間で見る影も無くなったのだから。
 晴天に照らされた学園の上空にはどす黒い雲が駐留し、時には威嚇するように雷音が聞こえてきた。
 何があったのだ。一体何が・・・。
 ヒエンは現状を把握するため、花壇に埋められていた生徒を掘り出した。
「貴方、一体どうしたのです。何故こんな事に。この学園は一体、どうしてしまったのです?」
 あくまで優しく、落ち着かせる様に話しかける。
 しかし生徒の顔は恐怖に震え、何も喋る事が出来ない。
 恐慌状態の者に何を言っても無駄。ヒエンは判断し、取り敢えずこの生徒たちを保健室に運ぼうとした。
 その時、遠くからバギーを走らせる音が聞こえた。

 重流な呻き声を上げながらバギーはヒエンと生徒たちの元へ駆けてきた。乗っているのは到底学生に見えないモヒカンに鋲が付いた服装の筋肉漢が二人と、白肌リザードマンの、如何にも悪漢という風貌の者たち。
 彼らはバギーを滑らせヒエンの前に止まると、妙に甲高い声を張り上げた。
「ひゃっは〜〜!テメェなにしてんだぁ〜〜!?」
「・・・見ればわかるでしょう。保健室に連れて行くんです」
 当然、と言わんばかりにヒエンは言い切り、埋まっていた生徒を担ぎ上げてモヒカンAの横を通り過ぎようとする。だがモヒカンAはヒエンの前に立ちふさがった。
「おお〜〜っと、ここは通さねぇぜ〜〜!!」
 相変わらず気に障る甲高い声だ。どんな発声練習をしたらこんな声を出せるのだろう?
「貴方達と遊んでいる暇はありません!さっさと退きなさい!大体なんですか貴方達は!学生の身分にも関わらず、校内で車を乗り回して!!生徒会長のマイヤー君はこの事を知っているのですか!」
 ヒエンが怒りを込めてモヒカンたちを怒鳴る。
 そうだ、生徒会長のマイヤーは何をしているのだ。こんな事態にさせてしまうなんて。もしかしたら彼は自分が休暇を取った直後、病気になってしまったのかもしれない。彼が在学中ならばこんな事態になるわけがない。なんという悲運な偶然か。ヒエンはこの学園の幸薄さを嘆いた。
 マイアーさえ健在ならば。彼らが如何に脳を使わず筋肉で動いていようとも、希代の生徒会長の事くらいは知っているだろう。威圧を込めてマイアーの名前を出した。
 だが。モヒカンたちはキョトンとした目をヒエンに向け、沈黙五秒。直後に大爆笑していた。
「げ〜〜〜っひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
 意図的に笑おうとしても難しそうな笑い方をする。しかしその笑い方が余計ヒエンの神経を逆撫でにした。
「何がおかしいのですか!」
 激昂するヒエンに、モヒカンBは楽しくてしょうがないと言わんばかりに言い放った。

「おかしいに決まってるだろ!生徒たちに好き勝手暴れる様に指示したのは、この学園を暴力が支配する様にしたのは、あのマイアー生徒会長なんだからよ!!」

 今度はヒエンの思考が止まる番だった。



「マイヤー君が・・・そんな事ありません!彼は真面目で、この学園の事を真剣に考えていた生徒です!何故そんな嘘をつくんですか!」
 ヒエンの激昂に、モヒカンたちの後ろでふんぞり返っていた白リザードマンが答えた。
「嘘なモンかい。・・・よし、姉ちゃん。よぉく考えてみるんじゃな。この学園に、ココまで変えられる者がマイアー生徒会長以外におるかえ?」
 白リザードマンはゲシャシャシャシャ!とイヤらしい笑いを浮かべる。それに続きモヒカンたちも笑い出した。
 思考がグルグル回る。天も地も回っているような気がする。立ちくらみと目眩がヒエンを襲った。
 マイヤー君が。こんな事を?本当に?ならば何故・・・?どうして?あのとき二人で、この学園をより良くしようと語り合ったのに・・・。
 一頻り笑ったモヒカンたちは、馴れ馴れしくヒエンの腰に手を回す。
「姉ちゃん、こんな所に女一人でいるとどうなるかわかってんだろ?ん、ん〜〜?」
「おいおい兄弟(ブロウ)。何考えてんだい?」
「お前と同じことさ!(ぐっ)」
「全く、お主らモヒカン兄弟はいつもそうじゃのぅ。ぐふふ、このえっちめ」
「いやぁ、隊長には負けますよ」
 下世話な話が聞こえる。動きを止めたヒエンを囲むように。
「じゃあ誰からご奉仕してもらうかは、ジャンケンと言う事で。お主らグーとチョキ禁止ね。コレ隊長命令」
「隊長ずるい!またそーやって一番乗りでご奉仕して貰おうとしてる!たまには俺たちに属性セレクトさせてくださいよ!なぁ、弟!お前もそう思うだろ!?」
 モヒカンAがBに向かって魂の問いかけをする。だがしかしモヒカンBは答えなかった。
「おい、弟。どうした・・・って何そのオデコのオサレアクセサリ。どこで買ったの?カッコイイじゃないか!」
「ふむぅ、確かにカッコエエ!鋭利的で先鋭的!どことなくチョークを連想させるそのスタイリッシュなデザインは暴力を連想させる・・・というかそれ、もろチョークじゃない?」
 白リザードマンが言うや否や、Bは「クペペ・・・」と謎の呻き声を上げながら仰向けに倒れた。
「お、弟ー!!」
 Aが叫んだと同時にAの額にもオサレアクセサリがサックリ。
「モヒカン兄弟ぃー!!」
 白リザードマンが叫んd以下略。
 チョークは全てヒエンの手から放たれた物だった。
 動かす手すら目視させずに、チョークは敵を穿つ死報となりて。
 暴漢の呻き声すらヒエンにはもう聞こえない。
 彼女の心には余分な思考は無し。

 マイアーに会い、真意を問いただす。
 その決意のみだった。



●舞亜七本槍
 学舎内は異界と化していた。
 外見以上にあの美しかった学舎の痕跡は無く、大凡この世の考えられる限りの悪意のみが犇めきあっていた。
 そんな中を一人の女教師が歩く。
 かつて廊下と呼ばれた腐海の如き廊下を、一歩一歩。踏みしめる様に。
 途中物陰から物盗りが現れたが、一撃の元すべて朽ち果てた。それもそうだろう。戦力差は蟻と巨象以上ある。物盗りたちは一遍の悔いも、怒りも、悲しみさえも感じる間もなく。
 女教師が奏でる歩は目的地を明確にし、愚直なほど真っ直ぐに進み行く。
 生徒会室を目指して。

 一番変化を見せていたのは生徒会室では無かろうか?
 三階の生徒会室への道である会談を登りながら、ヒエンはそんな事を思った。
 かつて清潔な白き壁を誇っていた生徒会室への道すがらの壁は、おどろおどろしい赤紫色をしている。
 仄かに香ったジャスミンの香りは腐った煮卵を清浄にした様な、そんな奇妙な空間となっていた。
「待てぃ!ここから先は許可なき者は通さないでござるYO!」
 階段の一歩目を踏んだ時。そんな声が聞こえてきた。
「誰の許可を取れば宜しいのでしょう?」
「決まってます。学園の支配者たるマイアー様の許可ですよ」
「ではその許可を取るのでマイヤーくんに会わせて下さい」
「マイアー様は今日とても忙しいから会えないなぁ。明日も明後日もその後もずーっと」
「・・・ではどうやって許可を取るのですか?」
「さぁ、許可した事ないでござるから。ゲシャシャシャシャ!!」
 ヒトノソリンが下卑た笑い声を上げる。
「まぁそんな事よりぼくらと良い事をしましょうよ。例えば僕を踏むとか(ハァハァ)」
 変態じみた相手の要求を無視し、ヒエンは凍り付くような声で告げる。
「貴方達の戯れ言を聴いている暇はありません。いいから其処を退きなさい。さもなくば・・・力ずくで押し通ります!」
 ヒエンの眼孔が更に鋭くなる。氷の様な殺気を放ち刃向かう者全て斬り裂くモードへと移行している。服の袖からはチョークの清浄の白が覗いていた。いつでも外敵を射抜けるように。
 向けられた殺気をフラリと避けるように、金髪の少年が話し出した。如何にもシャバ憎っぽい外見に比べ、どことなく紳士的な声で。
「ふふふ・・・力ずく、ですか。貴女は僕らを良くわかっていないと思われる。良いでしょう、教えてあげます・・・僕ら7人!この学園を支配するマイアー様に仕える最強の7人!」
 シャバ憎の声に合わせて次々と現れる謎の影!

 巨大なノソリンを3匹も連れたヒトノソ忍者!
 顔に踏まれ痕のある美形!
 金髪のシャバ憎!
 自分の蜘蛛糸に絡まってるヘタレ忍者!
 全身鎧で機動音のする槍使い!
 金髪の剣鬼!シャバ憎と外見が似ているが突っ込んではダメだ!

「我ら最強の7人、その名も舞亜7本槍!!」
 揃って声を上げる舞亜7本槍。
「・・・5人しか居ませんが」
「いやいや、居ますよ」
 金髪剣鬼が大急ぎでその場を離れ、シャバ憎がやってくる。まぁその辺は細かく突っ込んではいけないのだろう。
「それを含めても6人ですが」
「なにぃ!?」
「ば、馬鹿な!・・・確かに6人しかいない。チクショウ、白トカゲの鎌使い逃げやがったな!これじゃ舞亜7本槍必殺のフォーメーションが出来ないじゃないか!」
「実際の人数は6人じゃないですか」
 至極当然のヒエンのツッコミもアホ連中には通じない。彼らは依然として攻撃手段をどうするか叫んでいた。
 白トカゲ、というと。先程バキーに乗っていた奴だろう。一撃で絶命していたが。
「奴の出番を無くせば6人でも華麗なフォーメーションが決まるのは?」
「おお、名案!では奴の分を狭めると言う事で」
「そうしよう」
「そうしよう」
 そうなった。

 緊張感がすっかり無くなり、冷えた目で見つめるヒエンを無視するかのように、舞亜7本槍(実質5人)はヒエンを取り囲むように展開する。
「ふはははは!マイアー様に逆らう者には死を!」
 何が根拠なのだろう。連中の自信は底知れぬ。もしやそのフォーメーションとやらは、本当に恐ろしい攻撃なのかも知れない。全神経を周囲に展開しヒエンが攻撃に備える。いつでも反応できるように。
 空間と一体化し動く空気を把握する。チョークを持つ手に力が入る。焦らぬよう落ち着くよう呼吸をするが、自然と荒くなっていた。
 そこを―――狙われた。
 呼吸を吐ききった一瞬のタイミングを見計らって舞亜7本槍が跳躍した!
 完全にタイミングを見計っていた!一瞬の判断が遅れたヒエンに向かって舞亜7本槍が―――

「死(ち)ねぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!!!」

 ・・・がに股で飛んできた。
 5人同時に。不格好に手を広げて。土煙を上げながら。放物線を描きゆっくりと。

 そのゆっくりとした跳躍を見たヒエンは、急に吸い込んだ息をため息と同時に吐きながら、手を振るった。
「ガ!」「ギ!」「グ!」「ゲ!」「ゴ!!!」
 宙舞う7本槍全員の額に、キレイにチョークが突き刺さっていた。そして全員、同じタイミングで着地と同時に膝から崩れ落ちた。(余談だがシャバ憎だけ2本突き刺さっていた)
 ヒエンはため息を一つつくと、障害物の無くなった生徒会室へと歩み寄るのだった。



●素晴らしい悪夢
 夢を見ていた。
 またあの夢である。
 女に殺される夢だ。
 美しい女が私に馬乗りになっている。
其の豊満な乳、尻、太ももに手を伸ばしたいところではあるが、生憎私の四肢は鋭い刃物によって床と一体化しており、それすら叶わぬ。
 嗚呼、しかしながら乳尻太ももとは何と甘美な響きであろう。
 ちちしりふともも、ちちしりふともも。
 言葉がセイレーンの歌声のごとく私の脳裏を支配するのだ。
 其のような甘美な夢想に耽っていると、
ずぶりずぶりと鋭い刃物が私の腹に突き刺さる。
 そして激しい痛みとそれにも勝る、えも言わぬ快感が私の身体を駆け巡るのだ。
 ずぶり、肩に。
 ずぶり、胸に。
 ずぶり、首に。
ずぶり
          止めてくれ
      ずぶり
                         之以上は
   ずぶり
                                 快感で気が
                             ずぶり
                  狂いそうだ。
 叫ぼうとするが喉には刃が突き刺さっており声が出ない。

 女の顔を見る。
 笑ってゐる。
 女の瞳に移る私の顔も笑っていた―――


 そこで僕は目が覚めた。
 また・・・あの夢だ・・・。
 夢の中で彼女に殺される夢。
 初めて見たのは確か、ヒエン先生と会ったあの日の晩。
 同じ夢を繰り返し繰り返し、見ている。
 月に一度、週に一度・・・最近では三日に一度は見るようになった。
 間隔が短くなっているのだ。
 ・・・このままでは僕は夢に支配されてしまう。
 そうなる前に
 気が狂う前に

 僕は彼女を―――殺さなければならない。


 部屋の戸が、乱暴にノックされた。



●邪悪なる力
 ヒエンは生徒会室の扉の前に立つと、その戸を乱暴にノックした。
 いや、その力は既にノックというレベルではない。殴り飛ばしたと言った方が正しい。
 現にドアはヒエンの一撃に耐え切れず、へし曲がって生徒会室の中へと飛ばされていった。
「随分と乱暴な入出ですね。・・・とても、あのおしとやかだった先生とは思えません」
 部屋の中に座る人物が口を開く。この学園を狂わせた元凶―――マイアー・オクスタン。
 その悪の権化に向かい、ヒエンは冷徹な声を叩きつけた。
「マイヤー君、貴方の野望はもうおしまいです。早く学園を元に戻しなさい」
 クイッとメガネをあげる仕草をするヒエンに対し、マイアーは至極平然と答える。
「おしまい?先生、おしまい、ですって?ふふ・・・確かに先生に察知されたのは予想外ですが、その事象とておしまいには程遠い。むしろこれからが・・・始まりですよ!」
「!!まだこれ以上、何かするつもりなのですか!!」
 マイアーの宣言にヒエンが狼狽する。これ以上の地獄を展開しようと言うのか。
「僕には僕の校則(まつりごと)があります!」
 マイアーはキラリ、とメガネを光らせた。
「全校生徒は眼鏡属性、冥土属性、獣属性の何れかを義務付ける!そして購買部ではヤキソバパンの廃止!生徒会室を櫓風塗籠土蔵へ!!・・・ああ、最後は既に完成してましたね」
 そういうとマイアーは己の牙城・生徒会室を見渡す。その姿はかつての清純さは無く、暗黒と混沌とエロスが支配していた。まさに山風。
 他にもマイアーの恐怖政治宣言は続く。
 曰く、女生徒全員幼馴染or委員長or仔犬の様に自分を慕う後輩に振り分ける。
 曰く、女生徒全員オレに惚れろ。
 曰く、外見年齢14歳・実年齢65歳・処女(グビッ)←ビール飲んだ音

 マイアーの出す奇天烈な発想はどれもこれも、常軌を逸していた。
 ・・・狂っている、そう断言しても差し支えないくらい。
 熱く熱弁するマイアーに対し、ヒエンはチョークを構え冷徹に言い放った。
「貴方の妄言に付き合っている暇はありません。誰も気づかなければその野望も達成できたでしょう。・・・ですが、私が気づきました。だからその野望ももうおしまいです」
 ヒエンの言にマイアーは眼鏡を外し、それを胸ポケットへ入れ・・・静かに下を向く。
「・・・確かに。今回の野望は失敗しました。後6時間、先生が気づかなければ・・・いやぁ惜しかった。あと少しだったんですけどねぇ・・・」
 心底残念そうに呟くマイアー。長い金髪が顔にかかり表情は伺えない。
「ですが・・・何事にも経過による成果もある。完全では無いですが・・・僕はある程度の力を手に入れることが・・・出来ました!!」
 髪に隠れていた貌から蒼い眼光が覗いた。

 狂気を 孕んだ 眼光   が。

 ヒエンが危機を感じその蒼眼へとチョークを投げたときには既に遅し。
 マイアーは飛び掛ってきていた。
 疾い。ヒエンは素直にそう思った。
 人間にこのような動きが可能なのだろうか?しかし現に動いている者がいる。ならば可能なのだろう。
 混乱の余り思考が混雑する。その全てを彼方へと追いやり、一つの事に集中する。
 つまり―――マイアーを殺す。
 ヒエンは袖から取り出した四十ものチョークを同時に投げ放つ。空中では避けようが無い。尚且つその全てが寸分違わず急所へと狙いを定めていた。
 だがその正確な狙いさえも、今のマイアーには通用しなかった。
 獣の如き―――いや、獣に例えるのすら滸がましい。それくらい異常な動きでマイアーはそのチョークを避けた。
「空中で・・・避けた!?」
 驚いた分反応が遅れた。その場から動く前にヒエンは、マイアーに首を掴まれ持ち上げられた。片手で。まるでバーベルでも持ち上げるかのように意とも簡単に。
「ぐっ・・・!」
 急に襲われた喉の閉塞感に呼吸が荒くなる。まさにチェックメイト寸前だった。
「それが・・・その動きが、学園を陥れてまで手に入れた・・・力ですか・・・」
 絞まる喉の感覚を堪えながら口を開く。マイアーはニヤリと笑い口を歪ませながら答えた。
「そう、これが『妄想転生』です。妄想を展開し、妄想の境地に身を置くことにより相手が予想も出来ぬ攻撃を繰り出す人外の荒業―――いや、人外というのはおかしいですね。妄想すれば強くなる。人故に妄想する。だから人外というのは合わない・・・流石ヒエン先生。物知りです」
 自分で発言し、自分で間違いに気づき訂正する。自己完結の極みだが・・・ヒエンは戦慄した。何故なら『人外の荒業』と聞いた瞬間、確かに自分は訂正したのだ。
 『妄想するのは人の特権ならば人外という言葉はおかしい』と。
「・・・まさか!!」
「そう、ご明察です。妄想転生はお題を決め、その境地に置く事に真価を発揮する。今回のお題は言うまでもなく・・・」
「『女教師』」
 ニヤリと笑うマイアー。
 失策だ。ヒエンは心の中でそう呟いた。今回の戦闘は完全な奇襲のつもりだったが、相手にそんな技があるならば奇襲になどならない。いつ誰に攻め込まれようとも対策が打てる。それも、瞬時に。自分の攻撃が全て当たらないのも・・・わかる。
「まぁしかし、これでも70%しか出せていません。・・・ヒエン先生のおかげでね。あとちょっとで完成したのですが・・・まぁそれは悔んでも仕方がありませんし。ヒエン先生を倒すくらいなら、この力で十分。貴方を倒した後、ゆっくりと儀式を完成させてもらいますよ」
 完全な勝利宣言。確かに首を掴まれて宙吊りの状態では逆転は難しかろう。
 そう思われた。

 だからこそ、其処に逆転の余地はあるのだ。

 ヒエンの手からチョークが落ちる。
 その代わり手には薄暗い刃が握られていた。
 マイアーがその輝きに気づき避けようとした時には自らの手首を切り裂かれていた。
「ぐおぉっ!!」
 右手首から夥しい量の出血。クナイによる一閃であった。
 危機から脱する手は一つだけであった。
 妄想転生で予測されるならば、モードを変えればよい。
 『女教師』から『くのいち』へと。
「そうか、その手があったか・・・ふははっ!やっぱり完全じゃない技ではどうしようもありませんね!」
 致死量とも思える出血を手首から垂れ流しながらもマイアーは笑う。地に膝を着きながらも高らかに。
「マイヤー君、形勢逆転です。投降しなさい。今ならまだ、治療すれば助かります」
 クナイとチョークを構えたヒエンが宣言する。
「貴方の妄想転生。恐らくは属性合併は無理なのでしょう?そこまで複雑な情報は読み込めない・・・何故なら完成していないから。違いますか?」
「ふふ・・・ヒエン先生、やはり貴方は素敵だ。そう、その通りです。完成し得なかった残り30%の部分は『複合』の要素です。これを手に入れてさえいれば・・・『クノイチ教師』というのも可能だったんですけどね」
 マイアーの貌には既には最初の頃の健康さは無い。出血が酷いためだ。
「投降しなさいマイヤー君。これが最終通達です」
 その問いに対しマイアーは、まるで聞こえていないかのように立ち上がり、口を開いた。
「先生は眼鏡属性に冥土長属性。更に獣属性も持ち合わせている逸材ですよね」
 この場に全く関係ない話だ。何のことかわからないヒエンは少しだけ、混乱した。
「なにを・・・こんなときに。誉めても何も出ませんよ。」
「逸材なのに、萌えません。やはり20代後半で3属性保有は無謀ですね」
「私を怒らせたいのですか!!」
「いえ、そんなつもりは毛頭ありません。先生は3属性保有で・・・そして萌えない。そしてそんな先生を僕は殺したい」
 はっきりと、マイアーが殺意を述べた。
「でもこの『殺したい』は無謀だから、という訳ではありません。確かに僕は、自分でキャラ作りしてる勘違い共をボッコにした事は何度もあります。意図的じゃなくても、生まれ着いてのものでも、似合っていないのなら遠慮なく」
 それは―――独白。
「でも3属性保有にも関わらず似合わない先生には一度もそう思いませんでした。ただ、ただ、思ったんです。「ああ、この女を   殺したい」  と」
 世界のすれ違いを体感してしまったが故に苦悩する、悲しいまでの―――愛の独白。
「きっかけが何だったかは忘れました。初めて会ったその日か、授業中か、推薦されたあの日か・・・それともあの歌を聴いたのが原因か。でももう、どうだって良いんです。先生。僕の中を占める感情はただ一つだけ。貴女を殺すと言う、感情だけなんです。僕はそのために生きているんです」
 今までで最も落ち着いて透き通った声でマイアーは話し続ける。
「だから先生、わかるでしょう?」
「私にはわかりません。だって、教師ですから」
 そう言いきるヒエンに、マイアーはクスリと笑い。
「ああ、先生ならそう言ってくれると思ってました。先生は理解してはいけないんです。この狂った思いは、あくまで『殺す側の意志』ですから。殺される側に理解されちゃ叶いません。ですから・・・ここでお別れです」

 言うや否や、大振動が学園を揺るがした。


「これは・・・!?」
 烈風、熱風、振動、連動、爆発音、破壊音。
 学園のあちこちから聞こえてくる。
「万が一の為に仕掛けておきました」
 手のひらのスイッチを見せる。あれで学園に仕掛けた爆薬が一斉に炸裂したのだろう。
「くっ・・・なんて事を!とにかく避難しますよ!」
「先生、残念ですが先ほど言ったでしょう?「お別れです」と」
 マイアーはそのまま後ろに飛び、窓枠へしゃがむ様に座る。
「!!逃がしません!」
 気づいたヒエンが飛び掛ったが、反応はマイアーの方が早かった。
「先生、またいつか会いましょう。ふははははははははっ!!!!」
 ヒエンが窓枠に駆け寄ったとき、マイアーは燃え盛るの炎の中へと堕ちて征った。
「マイヤー君・・・先生、許しません」

 連鎖する爆発の炎はまるで、赤い赤い花束のようだった。



◆担当女教師の証言 その4◆
「・・・それが、あの事件の真相です」
 目の前の女教師・・・いや、元・女教師がそう締めくくった。
 私が聞いていたのは3年前に謎の爆発により崩壊した学園の事件、通称『青春学園封鎖事件』の話だった。
 あの事件は謎が多い。他の事件に比べ物にならないくらい。
 生存者、死亡者数もさることながら、行方不明者すら発表されないという、前代未聞の事件だった。その後、魔素が濃くなり報道規制がひかれ、同盟執行部主体の元、完全封鎖が決定。有耶無耶の内に時間だけが過ぎ、記事に取り上げられることが無くなった。これだけ謎が残っていると言うのに。第一生徒教師含めて649名の所在が知られないと言うのに、何故もっと深く公表されないのか!これはもう、同盟上層部により封鎖されているとしか思えない事件だ。
 会社もこの事件は追うな、と言っている。だが、私の記者魂が告げるのだ。この事件には何かある、と。
 気になったら止まらない性格の私はそのまま会社に退職届を出した。その後は情報屋として馴染みにしていた探偵事務所に転がり込んで・・・そこの所長が爺さんだったこともあり私に技術を叩き込んで引退。そのまま事務所を引き継いだのだ。
 普段の探偵業務をしている間、情報も集め続けた。その間手に入った耳寄りな情報が二つ。早速その一つ、当時青春学園に勤めていた教師に取材を申し込んだと言うわけだ。
「・・・なるほど。貴重な体験談をありがとうございました。もしこの話が・・・なら・・・これは世を転覆させる大スクープですよ!」
 私はつい興奮気味に言ってしまった。だってそうだろう?こんな大規模で猟奇的な一介の生徒によるクーデター染みた事があったというのに、同盟上層部は世間に公表しないのか?
 つまり上層部が絡んでいるからだ。
 これが大スクープでなくてなんだと言うのだろう?危険は付きまとうがそれなんて些細なものだ。真実を暴くことに比べれば。
「情報ありがとうございました。ええと、それで報酬なんですが・・・ここです」
 彼女に連絡を取ったとき、私は少なからず報酬についてビクついていた。こんな重大な情報を齎すのだから、法外な金額は当然だと覚悟していたのだ。だが、彼女が要求してきたのは意外なものだった。
 それがもう一つ手に入れた情報。『もう一人の生存者の所在』だった。
 マイアー・オクスタン。彼女の証言が正しければ『青春学園封鎖事件』の首謀者だ。
 話を聞いた後では、本当の所在地を教えるか迷った。彼女が復讐に行くだろうから。
 嘘を教えることも可能だろう。・・・だが私は敢えて、本当のことを伝えた。
「確かに彼はこの場所にいます。・・・クズノハ忍法帖にね」
 彼女は「そうですか」と頷くとそのまま住所が書かれているメモを見つめ続けた。
 私はこの後仕事が入っていたので先に席を立った。彼女の心情は気になるが、生活には代えられない。最後に彼女に挨拶をして別れる。
「何か御用の際は、私、チャーリー・ライトカウントまでご連絡ください。きっと役に立ってみせますよ」
 さて、仕事に向かうか。人物調査の仕事は張り込みが命だ。対象は霊査士だからこの時間帯には酒場にいるが、あと60分で離れちまうしな!



●歌
 十一月二十五日。
 円卓の間前にて、凡そこの世のものとは思えない阿鼻叫喚の御前試合が展開されていた。
 特設会場として円卓前に用意された白砂は、もう幾度交換されたか。
 真剣を持って戦うその儀にて、若者たちがもう幾度命を散らしたことか。
 常人には想像し難き事態であった。

「ふひ〜、漸く十四試合目か」
 司会進行であるチアキの呟きが洩れる。
 彼は今回選手として登録はされていない代わりに、審判として業務をこなしていた。故に一番近くから、選手たちの死を見てきた。
 まぁ、彼自身もとばっちりで何度かこの世とあの世を行ったりきたりしているのだが。
 さておき。
 いよいよ試合は残すところ二試合となった。
 次なる試合、十四試合目が開催されるまであと十五分。この待ち時間というのは何度経験しても・・・永遠のように長い。
「まるで時間が狂っているようじゃなぁ」
 そんなことはありえないが、なんとなく呟いてみた。
 取るに足らない戯言である。次に戦う二人が特に因縁も無いと思っていたのに戦いたい、と言ってきたことが、多少影響しているかもしれない。
 ヒエンとマイアー。入団したときは互いに初顔合わせだと思っていたが・・・いやはや、因縁があろうとは。
 詳しくは聞いていないが恐らく、深いのだろう。あの冷静沈着なヒエンがああも恐ろしい目つきをするなんて。
 ともあれ、旅団屈指の実力者たる二人の戦いがもうすぐ始まるのだ。あと十三分で。

「少々、席を外します」

 そんな事を考えていたものだから、円卓の主たるユリシアの言に即反応する事が出来なかった。
「ん、ああ。ん?もうすぐ試合じゃが・・・どちらへ?」
 問う、チアキ。
「頭領さんダメですよ!レディにそーゆーこと聞いたら!こんなときは大抵アレってきまってるじゃないですか!もう、デリカシーが無いなぁ」
 そーゆーことを大声で言ってしまっている段階で気遣いは台無しなのだが、その事に気づかないリオンは得意げな顔でいる。
 取り敢えず突如現れた鎖に二人とも吹っ飛ばされた。
 肉塊と化した二人に一瞥もせぬまま、ユリシアは席を離れて何処かへ歩いていってしまった。



 選手控え室において、マイアーは自己を高めるイメージトレーニングを行っていた。
 妹、姉、幼馴染、従兄妹、従姉弟、隣に住むお姉さん・キャリアウーマン系・ダメ姉さん系、先輩、後輩、ロボ娘、妖精、魔法使い・・・数多数の自己の妄想を膨らまし、魂を強化する。
 ここ数年、クズノハで自己の修行によりマイアーは妄想転生を己が物としていた。
 今の彼ならば三属性、いや四属性融合くらいは楽にこなす。もしかしたら五属性はいけるかもしれない。
 マイアーの頬が歪む。
 ああ、楽しみだ。僕は公衆の面前でヒエン先生を殺すことが出来るんだ。
 刃物で・・・そう、あの日彼女に斬り付けられたクナイで。僕が逆に切り刻んであげよう。
 そしてあのときから、ずっと伝えたかったあの言葉を・・・言うんだ。


 そのとき、マイアーの耳に微かながら、歌が聞こえてきた。
 聞いた事も無いメロディで、楽しげで、寂しげで、どことなく・・・儚い歌。
 ああ、この歌は確か。あの広場で   の広場     場   
     場      広    ば     ひろ        ひろ
   広場で聞いた
 心が  乱され     る  平 穏が取    れな   。
 感      情が消え るのはた 一つ 欲求の    
 この歌は  い  心が き回さ  ま で火箸で脳をグル  グル掻き回   ような感 。
 記   憶が  うすれ    い 
 思 出せ   殺 だけ


 彼女を―――殺  し  たい



 選手控え室からの天を貫く様な悲鳴が放たれた。
 何事かと御前試合運営者たちが悲鳴の聞こえた場所に辿り着くと其処はヒエンの控え室。
 恐る恐る室内に踏み込むと・・・其処には仰向けに倒れ周囲を血に染めているヒエンと、半狂乱に彼女へ刃を落とすマイアーの姿があった。
 振り子のように大きく振りかぶり、刃を落とす。それはヒエンの喉に、胸に、太ももに突き刺さっては振り上げられ、突き刺さっては振り上げられていた。
 踏み込んだ者たちは一概に動くことが出来ずにいた。
 やがてマイアーがその振りかぶった勢いに負けて、後ろに倒れるまで。

 結果としてその後マイアーは取り押さえられた。
 抵抗するかと思われたが意外にも大人しく・・・というより、心神喪失していたと言った方が正しい。
 彼の心は遠くへと征っていた。
 ただ、

「・・・の名前はマイアーです・・・・僕の名前はマイアーです・・・僕の名前はマイアーです・・・僕の」

 とだけ、呟いていたという。



 まさかの試合中止という失策を起こしたチアキは、本日何度目かの死を覚悟した。
 だが意外なことに御大ことユリシアは特に罰則を出すことなく許しを出した。
「キジ撃ちの最中何か良い事あったんじゃろうか?」
「頭領さん、それ大きいほう!せめて花摘みにしときましょうよ!」

 肉塊が二つ増えたことに変わりなし。




◆第十四試合・調査報告書用メモ◆
 第十四試合において不振な結末を迎えた事に対して。
 1P.選手募集、及び朝のメディカルチェックではマイアー氏における調査項目は全て【正常値】を出していた。
 2P.第十四試合が行われる直前、マイアーの控え室付近で歌を聞いたものあり(ファナティックソングと放蕩の宴を混ぜ合わしたもの?)
  大至急調べたし(ただしこれについては専門的吟遊詩人の意見で「ファナティックソングや放蕩の宴でも、あれ程の狂気は起こせない」との意見取得済)
 3P.あの時刻現場に近寄った者を早急に洗い出せ。一人残らず!(当時、金髪のエルフが現場にいたと目撃証言あり。ウラを取れ!)
 4P.尚、当然の事ながらこの調査は極秘とする。
 5P.
 6P.
 7P.
 8P.
 9P.音    が うるさ い

        〜私立探偵チャーリー・ライトカウントの事務所に残されたメモより〜



―終―

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