春は わかれ
   2005/4/10 new
3月28日 早朝
ランランが亡くなりました。



市内津軽石川にて   伊香さまの作品です


シェットランドシープドッグのランランが、我が家にやってきたのは13年前、
乳離れしたばかりの頃でした。 ペルシャ猫のミューミューも又、同時に
同じ年齢でやってきました。ふたりは兄弟のように仲良く育ちました。
別々のかごを準備しましたが、ひとつのかごに二匹はくっついて眠りました。
猫のミューミューが階段を駆け上ると、犬のランランも負けずに駆け上るの
でした。ミューミューは最上段の手すりの上で居眠りをするのですが、それ
だけはまねをしませんでした。やはり自信がなかったのでしょう。

ランランの散歩はもっぱら夫の役目でしたが、2000年の春、夫が出家を
しましたので私の役目になりました。朝6時、目覚ましが鳴ります。本当は
寝坊の私は音楽をかけてウォーミングアップをして、6時半ごろ起き出し
ます。音楽はバッハのチェロ曲だったり、ピアソラのタンゴの曲だったり
します。 音楽が鳴るや否や、ランランが駆け上がってきます。ドアに体当
たりをして、「お母さん、入れて、入れて!」と大騒ぎです。
やがてジャンパーにスニーカー姿になり、ランランの首紐を取り付けると、
「さあ、出発だ」と得意げに、鼻をフンフンさせるのでした。
コースは山口川に沿って下ります。時間がたっぷりあるときは裁判所で左に
折れてドーナツ屋さんを過ぎ、ガソリンスタンドで又左に折れます。山田線
の上にかかった出会い橋をわたります。時に第一中学や、宮古高校の生徒
さんたちとすれ違います。「ウワー可愛い!ラッシーみたい!」と口々に
誉めるのでした。ランランは誉められるのが大好き、得意げに首をすっと
立てるのでした。それから宮古駅にでて、そこでも売店のおばさんに誉めら
ます。末広町に出てその後は和見町を通って、山口川に出ます。そこでは
カモ達にえさをやっているお豆腐屋さんと立ち話をして、自宅に到着するの
でした。家の前にはミューミューが待っています。そしてふたりはくっつきなが
ら石段を上がって玄関の前でチュ-をして、セレモニーは終了するのでした。
  2001/9/16

2003年の夏、ミューミューが家出をして戻ってきませんでした。その頃から
ランランは元気がなくなりました。食欲も落ちました。そして2004年夏ごろ
には「もしかしたら、そろそろお別れかな」と予感めいたけはいがありました。
大好きだった、朝・夕の散歩を嫌がるようになっていました。
このお正月、宮古には珍しい大雪の朝、イヤイヤをして5mも歩かず
「じゃー帰る?」と言うとさっと振り向いてすたすたと帰ってきたのでした。
目は白内障が徐々に進行して、2mあたりでは見えないらしく、私を探して
います。以前は玄関前のいしだたみを歩く私の靴音がすると、さっと玄関まで
出てきてスフィンクスの姿で待っていたものです。この頃から耳も遠くなったら
しくソファーに寝そべったままになりました。臭いはまだわかるようでした。
2000/12/31

散歩好きなのに、歩けないのはかわいそうと思って、いろいろ考えました。
ペット用の本で乳母車を探しました。小型犬用のは沢山ありましたが10kg
のランランがくつろいで乗れる物は見つかりませんでした。3月16日、中古品
のお店で人間の赤ちゃん用の乳母車を買いました。とても立派でした。
その上に大きなバスタオルを敷いてランランをのせました。ランランにぴったり
のサイズでした。早速に山口川に沿って上ります。下校する山口小学校の
子ども達とすれ違いました。すると「キャーッ」と女の子達が走って戻ってき
ました。「人間の赤ちゃんだと思ったらワンちゃんだーっ!」と言います。
口々に「可愛い、可愛い!」と誉めてくれました。ランランは満足そうでした。
首をめぐらして、見えないのに川を眺め、耳をそばだて、クンクンと臭いを
かいで確認しているようでした。
2001/10/15

3月27日(日)ここ数日、大好きなトリのささみも食べないし、水も飲まない
ので、スポイトで蜂蜜水を口に入れてやりました。午前中はゴクンと飲みま
した。午後になると、飲み込めずに、口からたらたらと流れて落ちました。
首に全く力が無く、声も出ません。 「そろそろ今夜あたりかなー。」と思い
ました。 3月28日(月)1:00a.m.呼吸が浅くなりました。 3:30a.m.呼吸
が不規則になりました。一眠りして降りてきましたら、もう終わりでした。
6:30a.m.亡くなっておりました。
癌などの病気ではなく老衰であったろうと思いました。お父さんが居なくなり
ミューミューが居なくなった事も、辛い出来事だったのではないでしょうか。
2004/1/30

4月7日(木) 今日はあちこちの幼稚園や小、中、高校の入園式、入学式
がありました。子ども達に囲まれるのが大好きなランランでした。子どもの声は
ランランを連想させます。
何よりも部屋の中が無機質になってしまいました。話しかけるときちんと視線
を合わせて、私の話を聴いてくれました。その視線はありません。ランランの
声も無く、体温も無く、においもありません。寂しい部屋です。今更ながら
ランランは貴重な伴侶だったと思います。気持ちが回復するまでには時間が
かかりそうです。
でも明日からは気を取り直して、ランランなしで独りで散歩を再開しましょう。

毎年3月は クリニックにいらっしゃるお子さん達が、ご両親の転勤にともなっ
て宮古を去っていきます。この春も何通か紹介状を書きました。お子さん達と
のわかれと、ランランとのわかれが重なりました。  つらい春です。
2005/2/13