ひみつの瞬間

 
     2003/11/7 new



ほんの一瞬、お母様が何かに気をとられていて、看護師さんもその場を離れて
いて、「私と○○チャンだけ」という不思議なときがあるものです。まわりはざわざわ
しているのに、「私と○○チャンだけ」に訪れたシーンとした不思議な瞬間です。
何にも言葉を発していないのに、何かが二人の間に通じるのです。
それは小児科医として、幸福を感じるひとときです。



  
  タックンは3才です。どちらかというと、動かずに、静かに絵本を見ている方が
好きです。待合室でも、よその子が動き回ったり、泣いたり騒いだりしていても、
じっと絵本の世界に浸っています。
  その日はお母様も具合が悪かったので、診察の準備をしていました。看護師さん
は何か用事があって、席を外しました。その時でした。タックンが私のほうを見つめ
ました。「何かな?」と思った瞬間、タックンが右手を軽くおわんのようにして口元に
運びました。そして口をすぼめてフーッと吹きました。「そうか。タックンは風船を私
に飛ばしてくれたのだ。」と気づきました。だから私も両手をお椀のようにして、見え
ない風船を受け取りました。それから、私も見えない風船をそうっと静かに、タックン
に返しました。そうしたらタックンも両手をお椀のようにして、受け取る仕草をしました。
たったそれだけの事でした。タックンと私の秘密です。お母様も看護師さんも知らな
い秘密です。何だかとってもあったかな気持ちになりました。
  その日一日じゅう楽しい気持ちでいっぱいでした。 




































  アッチャンは小学一年です。
 今日は水痘にかかっていたので、診療の後は感染症の人の為の裏玄関から帰る
ことになりました。裏玄関はレントゲン室に行く廊下から見えます。よその赤ちゃん
のレントゲン写真を撮りおわって、廊下に出ると、アッチャンが首だけこちらに向けて
います。何か忘れ物かなと思いながら、5分くらいして、又用事があって廊下に出ま
した。するとアッチャンがまだこちらを覗いていました。  不思議なので、ついに私
は「アッチャンどうしたの?」と声をかけました。 アッチャンはだまって二つの手を
お椀のようにして、私に見せてくれました。 「きれいな虫がいたの。」と言いました。
私に見せたい為に、私がアッチャンに気づくのをじっと待っていたのでした。
まあるい虫は、青や紫やピンクに輝いていました。そのままブローチにしたいぐらい
でした。。   
  アッチャンの心も、青や紫やピンクに輝いている、と思いました。