はじめに とちの木は、多分私が生まれるずっと前からそこに存在していた、 と思われます。 100年前からでしょうか、200年前からでしょうか。 我が家を出て徒歩3分ほどの、山口川にそった大きなお宅のお庭に あります。 2000年4月夫が出家をして宮古を去ってから、 愛犬ランランの散歩は私の役目になりました。とちの木は散歩道に ありました。5月、素晴らしい花穂を形作る白い花に気づきました。 かすかに甘い香りもします。とちの木に魅力を感じて、生まれて 初めてカメラを手にしたのでした。 ヤマセが早くに訪れると花が良く育ちません。又花が素晴らしくて も、その後に低温が続くと、実がつきません。それから、実がつい ても大きな台風がやってくると、熟す前に落果してしまいます。 なかなか一生をまっとうする事は難しいようです。お日様のご機嫌 がよく、私が寝坊をしなければ、デジタルカメラと一緒の散歩は、 何よりの楽しみとなりました。 2006年春とちの木が切られそうになった事をきっかけに、今まで の写真の中から何枚か選んで、まとめてみました。 とちの木は、 枝が5本切られましたが無事に残りました。 これからも何事も無かったように生きていくのではないでしょうか。 内田 瑛子
3月 枝は切られても 芽吹きの準備はできました
あとがき 珠音(じゅね)へ あなたが亡くなって20年が過ぎました。 若くエネルギーに溢れていた頃には全く気がつかなかったのに、 年を取った今はじめて気づく美しいものがあります。とちの木は、 私がこの地に住んだ時に既にあったのに、全く気づきませんでした。 白い花の地味な美しさ、あるか無きかのかすかな香り、これは今の 私にとって、代えがたい宝物です。この美しさをあなたと共有でき なかったことは悲しいことです。朝の散歩の楽しさをあなたと分か ち合えなかったことを許してください。私の心にまったく余裕が 無かった事を、心からおわびします。とちの木のお宅のおじさんと いつの間にか話をするようになりました。このおじさんは、あなた と一緒に見た、TVの日本昔話に出てくるようなおじさんです。 たいてい、ゆっくりと庭掃除をしていて、こちらも昔話の世界に 居るような錯覚におちいります。 若かった頃よりも今のほうが、クリニックの小さなお客様たちの 言葉がよく聞こえ、理解できるようにになりました。あなたが小さい 時キャッキャッと笑ったように、待合室からも、楽しげな声が聞こ えてきます。子どもたちの声の中に、あなたの声が聞こえます。 小児科は私にぴったりの仕事だったと思います。 許されるなら、この仕事はもう少し続けたいと思っています。