現在治療中 (2001年2月〜)


 3回目の発作が終息して以来、以前にもました生活改善への決意とともに、私の治療生活が始まった。
 個人的な目標をあえて掲げると、「摂食量の抑制」をメインテーマに、「酒・美食はほどほどに」及び「適度な運動の励行」をサブテーマに指定することとしたい。
 どうも明確なストイシズムに欠けているとの批判もありそうだが、「できもしない目標はむしろ有害である」を裏テーマとして、先の長い治療生活を続けていきたい。


2001年2月7日

 実は、おおむね発作痛が無くなった先週あたりから、家で酒を飲み始めた。食事時にビール350缶を1本、食後にウイスキー水割りを1杯といったところである。
 職場の飲み仲間とも最近はご無沙汰だったので、先週末に飲みに行き、ビール小を1杯、焼酎水割りを3杯飲んだ。
 休日には友人の新居を訪れ、お祝いムードの中で、ウイスキーを痛飲した。一人だけ素面という訳にはいくまい(・・・と言い訳)。量は・・・、ボトル2/3程度!!?
 週明けになったら、少しは禁酒日を設けようと思った。が、懐かしいお客が来たりで、月・水と仕事帰りに飲んだ。ビール小1杯に、焼酎水割り3〜4杯といったところ。
 その中日の火曜にも、特に禁酒はせず、家でいつもどおり、ビール350缶1本、ウイスキー水割り1杯を飲んだ。いや、妻と色々と話し込むことがあって、実はウイスキーを1杯余計に・・・。

 とかなんとか、案の定、酒に関する生活改善は、アッという間に骨抜きになってしまった。自分でこうやって呑気に書いているのだから、本当に世話はない。食事の方は、比較的コントロールできているのだが・・・。


2001年2月8日

 薬が無くなったので、2週間ぶりの通院
 今回も予約をとったのに、今度は長々と待たされる。やっと診察室に入ったら、「どう?痛みはとれましたか?」、「ええ」、「そうですか、じゃあ薬を出しますね。それと今日採血していって下さい。2週間後に結果をもって診察します」・・・というだけの話であった。もちろん、患部など見もしない。
 何時間も待たせてこれは、あんまりでないかい? もちろん、医者の先生も忙しいのは判るのだが・・・。少なくとも、採血は別の日にそれだけで行ってはどうか。実質的な診察は何もなく、採血の「指示を受ける」ためだけに何時間も待つのは、本当にナンセンスだと思う。
 それと、痛風に対する診察が全て口頭で、さらに「生活を改善してね」などという一般論的コメントだけしか出ないのでは、通院する気が失せるというものだ。
 よく、「痛風患者の自覚が持続しない」といった問題提起がなされているが、これでは、病院・医者がそうした傾向をかえって助長しているようなものだ。医療の現場の大変さは理解しているつもりだが、だからといって、それで仕方がないのだと胸を張る訳にはいくまい。


2001年2月9〜12日

 土曜日の9日は、友人と会う約束になっていて、外で飲む。・・・とはいえ、一応少しは気をつけて、きのこ料理中心の越後料理にした。日本酒を3〜4合飲む。
 日曜日の夜は、ビデオで借りてきた寅さんの映画を見ながら一杯。映画を見るときは、手元と口元が寂しいもので、ウイスキーは欠かせない。2杯でやめようかと思ったが、その時点で映画があと30分以上残っていたことを口実に、さらにもう一杯。
 3連休の終わりというのは心寂しいもので、月曜日(祝日振替)は、テレビを眺めながらウイスキーを2杯。
 要するに、何だかんだ言って、以前とほとんど同じ飲み方になっている。しかし、食べ物は少し減らしているのだ。日曜日は、ラム肉のスパイス焼きとキャベツ・ピーマンの炒め物(たっぷり)。月曜日は、厚揚げとブリ照り焼きと長崎ちゃんぽん(野菜たっぷり)・・・。


2001年2月13日

 朝、通勤の途上。少し右足親指が痛い気がした。
 昼、駅の階段を下りる。明らかに右足親指がシクッと痛んだ。
 夜、仕事上の宴会。何とか自制心を発揮し、全く酒に口を付けず。しかしその甲斐もなく、右足親指はシクシクッと痛む。
 さて明朝はどうなっているか。不安の一夜である。さすがに今晩は禁酒だ。


2001年2月14日

 足の状態は、昨夜と平行線である。日中は、特に何事もなく・・・
 夜は、またしても仕事の宴会。しかも、今日はホストである。さすがに全く飲まない訳にもいかず、焼酎とウイスキーを飲む。根が好きなので、少し調子に乗る。
 仕事終了後、愚痴を家に持って帰っては健康に悪いので、身内で軽く反省会。一旦飲んでしまえばもう一緒だとばかりに、日本酒を熱燗で3合ばかり飲む。そういえば、宴会では久しぶりに肉をガツガツと食べた。


2001年2月15日

 朝起きると、足に激痛。痛い、痛い、痛いのだぁ。やってしまったぁ。
 患部は右足の中指から甲、表裏である。幸いに、全く歩けない程ではない。ほとんど「発作」といっても良いぐらいのものだが、これはまだ発作というまでには至ってない!4回目の発作ではないのだぁ!!と無理やり決めつけ、久しぶりのサンダル姿で、遅れて会社に出勤した。
 そんな足をして、午後から新宿に出張した。改めて思うが、新宿という町は、痛風サンダル男の行くような場所ではない。駅の雑踏では、行き交う人々の圧倒的パワーに怯えつつ、むき出しのサンダル足を踏まれるといった致命的状態に陥らないよう気を使い、短時間の間でもひどく疲れる。
 無事帰宅して本当にホッとした。ひょっとすると明朝には回復しているかもしれない、と一縷の希望を捨てきれない私である。


2001年2月16日

 あいにく、今朝になっても足は痛かった。それどころか、かなり痛い。(でも発作ではない!)
 しかし、少し節制して痛みが去ったと思っても、少し飲み食いするとアッという間に発症する。これでは堪らない。人間、おひたしとお吸い物だけでは生きていくことができないのだ。
 考えるに、ここ数ヶ月間、つねに私の血中尿酸値は、もう溢れる直前ギリギリの前後で推移しているのではなかろうか。つまり、生成阻害薬などを飲んでも、短期的な効果は期待できない。コップの口まできている水を、減らしてやらなければならないのだ。すなわち、排出促進薬の併用が必要?なのである。(あのウラリットという薬は不味いんだよなぁ・・・)
 今私がかかっている医者は、排出促進薬は処方してくれない。また、きっとそんなことを患者側から言ってみても、聞く耳を持たないであろう。というわけで、今日から自分でできる努力を行うこととした。
 出勤する前に、コンビニでウーロン茶の2リットル・ペットボトルを購入。職場の机にデンッ!と置いて、何かにつけて湯飲みに注いでゴクゴクと飲むのである。夕方前までにボトルは空になった。まさに正統派排出促進策である。
 しかし、ウーロン茶を2リットル飲むのは、結構楽ではない。腹がダブダブになって、「ウィック・・・」などと言いながら、湯飲みをあおる。何だか、時代劇に出てくる、昼から湯飲みで酒をくらっている荒んだ浪人風情になった気もする。ビールなら、2リットルくらい軽いんだけどなぁ・・・。
 今晩は、仕事仲間との飲み会であったが、やむなくお断りを入れる。また、明日は実家の両親と誕生祝いの食事会をする予定であったが、これも延期を申し入れる。人間関係に影響が及ぶのは困りものだが、まあ仕方がなかろう。


2001年2月17日

 今日になって、ずいぶん腫れと痛みが引いた。何とか道を引き返すことができたらしい。
 これも、3日間続けている禁酒と節食、さらには水分多量摂取、そしてかなりの面では、昨日から薬をアロシトール(尿酸生成阻害薬)からインテバン(消炎鎮痛薬)に切り替えた効果であろう。以前には、部位を移動しながら続発していたのだから、上々の成果である。
 しかし、これでまたガードが弛んで元通り、というのを懲りずに繰り返してはいけない。しばらくは自重・・・である。


2001年2月19日

 だいぶ楽になってきた。もう、歩くときに微かな痛みを右足甲に感じるだけである。
 昨日から、薬をまたアロシトールに戻した。そう簡単に、完全に痛みが消えることのないことは、すでに折り込み済みだ。
 さて本日、ついに!というか、5日ぶりに酒を飲んだ。職場のお疲れで、焼酎水割りを3杯。今日まで禁酒をしてきて、身体的にアルコールが欲しくてたまらないということもなく、極めて心地よい節制生活であった。食事量を落としたこともあり、ほんの5日間で、てきめんにウエストが楽になったような気がする。う〜ん、こんなに効くものかと、少し新鮮な気分になっていた。
 とはいえ、このまま社会と接触を断ってしまう訳にもいかない。飲酒については、程度のコントロールに止め、完全に禁酒するつもりは元よりなかった。ただ、どういうタイミングで最初の1杯を飲もうか・・・と考えていたところ、あっさりと解禁となってしまったのである。
 まあ、それはそれで良し。あとは、このまま雪崩をうたずに、飲酒・食事をコントロールし続けることである。コントロールということは、ゼロではないということである。だから、難しいのだ。
 前回の教訓をどこまで活かせるか。これからが、リベンジ・マッチの始まりである。


2001年2月22日

 飲酒量は激減。ただし、頻度としては完全休肝日が週1回ペース。
 食事量は相当減。体重計測の習慣がなかったので明確ではないが、概ね5kg弱は減っていると思う。
 投薬。アロシトールを確実に日2度。
 日中のウーロン茶2リットル作戦。いまだ継続中
 足の痛み。右足を踏み込んだ時に鈍痛なお残るも、日常行動には支障無し
 週末の両親との食事会。念のため、豆腐料理店をチョイス。くぅ〜っっっ(嗚咽)


2001年2月26日

 ここしばらく、ごく普通の生活をしている。
 ただ、まだ右足中指から甲にかけて、ジワッとした痛みがある。こんなに引かないものかなぁと、少し不安である。これまでは、発症もアッという間だったが、症状が引くのもアッという間だったのである。
 そういう訳で、不安は残るが、ごく普通に暮らせる有り難さを噛みしめている今日この頃である。

 さて、今日は月に2度の診察日。半休をとって病院へ行く。このままでは、それこそアッという間に、今年の有給を使い切ってしまう。
 診察は、例によって紋切り型。10日前の「発作の危機」を乗り切った説明をしても、やはり何の反応もない。ついには、「痛み止めの薬を追加して出しておきましょうかね?」などとぬかすので、「まだあるから要りません!」と答えた。
 2月8日の血液検査の結果がやっと出る。これも随分のんびりした話だ。結果、その時点では尿酸値が5.4に低下していたことが判明したのである。・・・ということは、その8日から発作の危機に瀕した15日までの行動に、発作につながる原因があるということになるのでは・・・。
 そこでさっそく、その時の痛風日記を読み返してみる。・・・う〜む、やはり酒が良くないのであろうか?。さらに、やはり寅さんが悪かったのであろうか?。う〜む、う〜む、と唸ることしきり。
 この日も採血をして帰る。また2週間後の検査結果で、投薬治療の適否が判明するという訳である。まだまだ自重が必要・・・ということね。


2001年2月28日

 右足に凝ったような痛みが残っているが、いつまでも腫れ物に触るよう(文字どおり!)ではどうかと思い、独自の決断でリハビリを始めた。
 参考資料は、職場の人が親切にもってきてくれた雑誌の記事。タイトルはズバリ!「痛風に効くヨーガ」!?
 要するに、心臓から遠い足先では鬱血しやすいことに着目して、十分に足先まで血液を循環させよう、という狙いらしい。言っていることは随分シンプルだけど、まあ間違ってはいない気がする。
 具体的には、座った状態で伸ばした足を頭に向かって持ち上げる「鷺のポーズ」とやらで、膝の後ろを伸ばす。
 加えて、足首の運動。立った状態で、@足指の付け根でつま先立ち、A足指の爪側(?!)でつま先立ち、Bつま先を上げてかかと立ち、C足側部立ち(小指側)、D足側部立ち(親指側)を、慎重にゆっくりと繰り返すとのこと。
 早い話、ストレッチで血行を向上しようという訳ですな。さすがに少し怖かったので、仕事中に靴を脱いでイスに座りながら、少しずつ足首の運動をした。
 なんとなく、苦痛を克服しようとするときに生じる、マゾヒスティックな高揚感を覚えたが、それ以上に、何だかどうにも、自分がえらく情けない姿を晒しているような気もした。
 さて、効果はあるでしょうか・・・。乞うご期待。


2001年3月5日

 だんだん痛みが薄くなっている。ヨーガが効いているのだろうか??
 最近また少し飲んでいる。かつ、食べている。
 う〜ん、高尿酸血症としてはともかく、痛風としてはもう少しで発症期を脱しつつあるのだろうか。


2001年3月8〜10日

 かねてから予定していた伊豆旅行へ。
 城ヶ崎海岸のピクニカルコースを、河津七滝めぐりを、その他もろもろひたすら歩き、さらに温泉でじっくりとその疲れを癒す。
 これも痛風リハビリである。足は微かに痛いが、予想よりずっと歩けたので、自信がついた。
 旅には美味がつきものである。せっかく出かけたのだから、少し無理をしてでも土地のものを食べるべきだ。
 これも痛風リハビリである(?)。初日は、手長エビ料理やウニのグラタンなどのフレンチにワインを1本半。次の日は、伊勢海老やアワビを含む絶品の刺身やアワビ肝を使ったリゾットなど和洋混淆。そして日本酒。そういえば、2日とも昼に1本ビールを飲んでいる。だって、歩いて温泉つかって、風呂上がりに冷たいビールを飲まない訳にはいかない。
 ・・・と、勢いで思いっきり楽しんでしまったのだが、冷静になって考えてみると、要注意の食べ物ばかり選んだかのようなメニューである。じわりと頭をもたげる不安を振り払い、これも一種の痛風リハビリさ!?とうそぶく。さらには、これで大丈夫なら一安心というものさ!?などと暴論を展開する。
 夜半、旅館の部屋で目が覚めた。むむっ、少し足が痛い。むむっ。
 結果、この日記を書いている夜まで、鈍い痛みが持続して感じられるが、それ以上悪化するような雰囲気でもない(と思う)。これは、かなり歩いたことによる局部疲労痛(ってある???)というようなものではないか、とも思ったりする。
 さて、これはあまりにも無謀な旅であったのだろうか? でもとても楽しかった。このまま痛みが出なければ、まあ、許容範囲を量るためのひとつの実例となるのではないか。・・・と思ったりしたりしているのであったりする。


2001年3月13日

 恐れていた痛みもすぐに消え、どうも本当に、許容範囲がかなり広がっていることが確認できた。結果論とはいえ、自信になった。
 昨日は、病院の診察日であった。2月26日の血液検査の結果も出ており、尿酸値は5.6であった。要するに、投薬も生活態度も、いちおう順調だということである。(少しためらいがちに、)よっしゃ!
 思いきって、診察のために平日休暇をとるのは困難な旨を伝え、紹介状を書いてもらった。
 というわけで、次回からは近場の地域医院へコンバート!ということになった。う〜む、いよいよ本当に治癒モードだなぁ。(と思ってから何度痛い目にあったことか)
 しかし、どうも最近、この日記への書き込みに、臨場感というか迫力がないなぁ・・・。やっぱり、苦痛と絶望というバネがないからなぁ・・・。嬉しいけど複雑。


2001年3月15日

 上のような不謹慎なことを書くと、天罰てきめん
 その日の晩から、左足首の前内側が痛くなった。ここのところ、生活的には安定していたはずなので意外、というかショックであった。やはり、伊豆でのご乱行により、またコップの縁近くまで溢れてきてしまったのだろうか。
 幸い、それ以上痛みが亢進する様子もないが、今でもまだ結構痛んでいる。油断大敵とは、何度聞いた言葉であろうか。反省しきり、といいながら、反省だけならサルでもできると思い浮く。


2001年3月22日

 幸い、15日の痛みはすぐに引き、また安定した生活が戻ってきた。ありがたや。
 さて、昨日わけあって、荒木町の焼鳥屋で一杯飲んだ。昔から好きな店で、何といっても美味しいのである。
 あまりに美味しくて、調子に乗ってしまったのも致し方ないとは言えないだろうか?
 ・・・というわけで、
 レバーを食べてしまいました! (美味しかったぁ!)
 ハツスナギモも食べてしまいました!! (美味しかったぁぁ!!)
 あまつさえ、ちょうちんなる、産み出される前の卵がぶら下がった卵管まで食べてしまいました!!!
                                              (とっても、美味しかったぁぁぁ!!!)
 さらに、ウイスキーをボトル半分空けてしまいましたぁ。
 家に帰ったら酔っぱらってゴロ寝。女房呆れ顔。
 しかし、今のところ痛みは出ていない。ほとんど確信犯であるが、さて・・・


2001年3月24日

 やっぱりジワリと少し痛い。だが、なんとか持ちこたえそうだ。
 危ない橋を渡るのは、当分これぐらいにしよう。(当分!である)

 さて、今日は病院である。以前の大病院から紹介状を書いてもらい、地域の診療所に行くのだ。
 目星を付けていた診療所に、9時の開院と同時に入るが、高齢の方を中心に待ち客多し。
 でも、結果としては、40分待ちで順番が来た。以前は4時間待ちだったのだから、上等である。
 これで土曜日に通院できる。助かった。
 しかし問題は、痛風に対する先生の姿勢である。
 近場の診療所で、内科と整形外科を兼ね備えているところは、ほとんど選択肢がなかったので、
 良くなかったからといってどうしようもない。やや不安である。

 結果。なんと先生も痛風持ちで、すでに5回ほど発作を経験している。
 普段それほど薬を飲み続けている訳でもなく、ジワリと兆候を感じたら薬を飲んでいる。
 ・・・とのこと。
 なんだか、安心していいのか、逆に不安に感じた方がいいのか、よく分からない話である。(笑)
 でも、第一印象としては、何だか安心した・・・というのが正直なところだ。
 しかしまさか、このホームページ、見てないだろうなぁ?


2001年4月3日

 すっかり日記の間隔が開いてきた。要するに経過良好である。
 年度末から年度始めにかけて、人事異動等もあり酒を飲む機会が多かった。しかし、何ごともなく無事にクリア。食事も、気をつけてはいるが自由に食べている。ラーメンもまた食べている。ありがたや。
 今度の診療所では、扱う薬メーカーが違うので、アロシトールではなく、ザイロリックが処方されている。ものは全く同じだそうだ。
 ちゃんとインフォームド・コンセントが行われたから、何の心配もないのだが、何も言わない病院も中にはあるのではなかろうか。そもそも、薬の「商品名」がメーカーによって異なるという事実は、ほとんどの一般市民にとっては不思議に感じられるのではないだろうか。
 語呂イメージとか、ブランドネームとか、そういうものがあるんでしょうかねぇ??


2001年4月13日

 年度替わりで飲み会が多い。
 昨日も痛飲して帰宅し、そのまま蒲団にバタンキュー。
 今日も飲み会で、なんと、痛風持ちの仇敵とされるカニ・エビ・ウニなどの軍団をまとめて面倒みてしまった。寿司屋での宴会だから、食べなければはじまらない。目の前に並ぶと、どうしても手が出てしまうところが意地汚い。
 明日は慶事があって昼酒だ。めでたい時には飲まなければいけない。
 さて、この週末を無事に抜けることができるであろうか。


2001年4月18日

 度重なる飲み会を、何とか乗り切った
 昨日も出張先の懇親会で飲み過ぎてしまい、ちょっとかなり悪酔い。
 今日になって一瞬、じわりと疼くような違和感を覚えたが、なんとか治まった。
 これで明日からは通常モード。
 それなりに節制して、それなりに楽しんで生活を続けようと思う。
 我が人生において実は最も意義に乏しい仕事絡みの飲み会のために、危ない橋を渡っているというこの不条理。
 宮仕えは辛いよ。(←でもこれも言い訳)


2001年4月21日

 1か月ぶりの診療所
 何となく雑談をしながら、血液検査は3か月に1度の割で行うことに談合された。
 したがって、今回も薬をもらうだけ。
 待ち時間も含めて、今回の所要時間は約5分。診療所扱いになって劇的な改善である。
 考えてみれば、大病院の診察だって、出す結論には大差ないしね。良かった良かった。


2001年4月27日

 GW直前の週末。今週は1日を除いて毎日飲み会であった。
 「つきあいだから仕方ないのだ」とうそぶきながら、ならば軽く切り上げれば良いものを、毎日昏倒するまで飲んでいたりするのであった。
 いくら焼酎といっても、それでは痛風に良いわけがない。
 それにしても、何だか最近とみに酔いが激しく亢進するように思うのは、気のせいであろうか。
 以前に比べれば、飲み会の数は減っているし、何故だろう。無意識に「覚悟をきめて」飲んでしまい、妙に気が入っていたりするのであろうか・・・。
 さすがに、今日になって、足指に不気味な蠢動を感じる。
 GW中は極力(!)自重しよう。


2001年5月7日

 ゴールデンウィーク中の一進一退。

 28日。霞ヶ浦で車を運転しながら、右足親指が痛む。ただし、いつもの付け根ではなく、人差し指側の爪際。
 前日深爪をして、爪が肉に潜り込んでいるところを半ば強引にブチッと引きちぎってしまった。それが腫れて痛いのかなぁと考える。しかし、かつての教訓を顧みて、油断は禁物と思う。

 翌29日。油断は禁物などと言いながら、前夜はアジの丸揚げをバリバリと食べて、二日酔いになるほど酒を飲んでしまった。
 しかし、右足の痛みは消えている。なぁんだ、やはり深爪だったのかと一安心。でも、深爪だったら何故また急に痛くなくなったのか?という疑問も意識下に漂う。

 3日。寅さんの故郷、葛飾柴又を歩きながら、右足親指が痛む。例の爪際である。
 飛び石勤務の2日間は、連続して飲み会であったので、やはり痛風だったのかという気になる。江戸川沿いから水元公園まで歩き、やや足を引きずり始める。しかし、深爪で腫れた足でこれだけ歩いたとしても、痛くて足を引きずるようになるに違いない。
 なんだかんだ、昼食は鰻と鯉で、ビールまで飲んだ。

 翌4日。無料開放の多摩動物公園を歩きながら、まだ少し足が痛む
 しかし、急峻な多摩丘陵を延々と歩けば、足指の一つも痛くなるというものだ。
 折しも、こどもの日の多摩動物公園はパニック状態。ヒト幼獣の金切り声が場内に響き渡り、その幼獣を収納するベビーカーを押したヒト成獣が、怒声とも嘆声ともつかぬ呻きをあげながら、ドロドロと坂道をアップダウンしている。
 そんな場内を2時間も歩けば、もうへとへとに疲れてしまう。足全体が疲れ切って痛むときには、指の痛みなど気にならないものである。
 夕方には、疲れた喉を潤しながら、沢ガニを丸ごとバリバリと食べて、いいですねぇ日本の夏(?)などと上機嫌であった。

 翌々5日。痛みはほとんど感じられない
 なぁんだ、やっぱり痛風ではなかったのだと思う。最初からそう思っていたんだ、などとうそぶいたりする。しかし、正直にいうと、なんとなくジワッとした感覚もまだ残っていて、そのまま本日に至る。

 それにしても、例えば、モツ焼きをグイッと食べて、ビールをグイッと飲んだ場合、その効果はどのくらいのタイムラグをもって発生するのだろうか。一進一退する兆候を的確に判断するためには、結局、そこに問題が行き着くのである。
 尿酸値の全時間監視データというものはないのだろうか。


2001年5月20日

 現在治療中といいながら、すでに3か月程度。次第にネタも単調になっていく。逆に言えば、日々を何とか無事にクリアしている証拠である。
 しかし、最近ではすっかりガードも下がり、足がジワリどころか、ズキッと痛むときもある。少し節制すると元に戻るのだが、反省なき一進一退の日々が続いている。
 ここで、最近の生活態度をじっくりと振り返ると、以下のことを指摘することができる。

 やはりラーメンと痛風は因果関係がある。(ただし、間接的かもしれないし、それをいったら何だって因果関係がある。)
 次に紹介するデータは、昨年の発作前後からの、私の月別ラーメン杯数である。

8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 5月
杯 数 14 31 23 20 22 15 14 12 14 20
対前月比 +17 -8 -3 +2 -7 -1 -2 +2 +6
増減率 +121.4 -25.8 -13.0 +10.0 -31.8 -6.7 -14.3 +16.7 +42.9
備 考 発作2 発作3 推計

 この統計(?)を見て、「全く関係がない」と言い切れる人も少なかろう。
 3月あたりには、かなり痩身感をもっていた私が、今の5月現在になってそれを全く失うとともに、足も蠢動を開始している。
 1〜3月期には、ずいぶん蕎麦・うどんにシフトしており、痛風の経過も良好であった。
 おそらく、この統計の語るところは、ことの是非ではなく、単純に「ラーメンはカロリーオーバーの要因たり得る」という事実であろう。
 う〜む。今や1億ラーメンブームの時代と言われる。年間数百杯食べると公言する輩もいる。膨大な数の若者が、意図せずに痛風への道を踏み出しているのだ。
 とはいえ、まあ、ある意味で痛快な話だし、このHPの読者も増えるから良いか・・・などと無責任に思ったりもするのだが、根が博愛家たる私だけに、心に憂うことしきりなのである。


2001年5月25日

 ゴールデンウィークから未決着であった、右足親指痛の件。
 痛風説と深爪説の争いであったのだが、このたび目出度く決着に至った。
 昨日フト足指の爪際を見ると、赤紫に出血が浮いてきていた。今日には、もう固まりが取れてしまったのだが、これはつまり、当該箇所の痛みは痛風ではなく、外科的苦痛であったということである。ワハハワハハ、それみたことかぁ。ばんざぁ〜い!

 欣喜雀躍して勝ち誇っていると、右足甲裏がジワッと痛んだ。
 「外科的苦痛が存在した」という事実と、「痛風が悪くなってはいない」という結論との間には、実は、何も関係が認められないのであった。
 愚かなり痛風持ち。でもやっぱり一応はホッとしたのも事実だ。


2001年6月18日

 本っっっ当に久しぶりの更新である。
 ・・・って、いま入力ミスして変換したら、「皮下脂ブリの亢進」と出てしまった。笑いたいけど笑えない。そのままやんけ。
 本っっっ当に前回の更新から本日まで、飲んで飲んで飲んで飲んで・・・。
 すっかり健康低調で、痛風発作が出ないのは、ひとえにザイロリックのおかげと、ラーメンを控えていることによる・・・のだろうか?
 先月行った血液検査の結果が出ているはずだが、まだ聞きに行っていない。
 その時、先生(痛風発作歴5回以上)に、「時折痛むときもあるんですけれど・・・」と話したら、
 「そうそう、判るんだよなぁ!少し節制すればしのげるだろッ!!そういうもんだよなァ」・・・と妙に嬉しそうに言われた。
 共感度は極めて高いのだけれど、やはり不安な面も・・・。(笑)←実は余裕?!


2001年6月23日

 血液検査の結果が出た。
 尿酸値は6.7である。・・・う〜ん、絶望的に高い訳でもないが、決して低くはない。微妙な数値だ。
 それよりも驚いたのは、γ-GTPの値である。なんと、350超!?
 さすがの10数年連続3ケタ男の私でも、サササ300・・・(ゼェゼェ)という数値は初めてである。驚いたのなんのって。確かに最近異常に飲みすぎているしなぁ・・・。
 と、ここでさらに仰天!
 よく考えると、この数値は1ヶ月前のモノではないか。すると、それからさらに極度の飲酒生活に入っていた「今の私」は・・・?!。
 考えたくない考えたくない考えたくない考えたく・・・(以下百回続く)。
 と、いってみたところで事実は変えようがない。「中性脂肪も高いねぇ。典型的な脂肪肝だね。原因は間違いなく飲酒です!」と痛風先生は力強く言い切った。
 いや、分かってはいたんですけどね・・・。
 酒の飲みすぎは肝臓での尿酸生成を促す効果があり、もちろん痛風にも悪い。焼酎なら良いわけではないのだ。
 食べちゃダメ、飲んじゃダメ。あ〜ぁ・・・、俺ゃ明日から何を楽しみに生きてけばいいんでぃ。
 まずはともあれ、休肝日を週2回に設定変更。


2001年7月22日

 日々ものすごい酷暑。痛風持ちにとっては危険な季節だ。
 1ヶ月前に休肝日週2回に変更と豪語したものの、相変わらず快調に飲んでいて、やはりどうしてもビール摂取量がジワジワと伸びている今日この頃である。

 先日は北陸へ旅行してきて、鮎(もちろんハラワタが美味い)、梅貝の肝作り、アワビステーキ、白海老など、一般的に痛風に悪いといわれる美味類を片っ端から食べてきた。別に狙った訳ではないのだけれど、普通に美味しいものを食べたら、そうなってしまったのだ。
 しかし今のところ全く兆候なし。快調である。もっとも、経験上、痛風というのは発症する瞬間まで「兆候なし」であるのだけれど・・・。

 最近の生活の特徴は、水分を非常に多く採っていること。特に、野菜ジュースを1日に3〜5本は飲んでいる。大体1リットル程度と考えれば良い。
 もちろん無糖・無塩だが、味に飽きるのを避けるため、緑系・赤系の素材や配合が異なるタイプ約3種類を、常時冷蔵庫に入れている。これだけ飲めば、栄養的にも考慮できる量になっているのではないか・・・。
 しかし、治療だと思って飲んでいる訳ではない。何といっても美味しいからである。
 飲んで帰宅してから、シャワーで汗を流して、風呂上りに野菜ジュースをグビッ、グビッ・・・、最高!!である。


2001年8月13日

 先週から、どことなく右足甲部に鈍痛がしていた。
 一昨日11日になると、甲から足底に抜けるような感覚の鋭痛に変わってきた。これはマズイ!
 歩く時に少し足を引きずるようになったが、折りしもお盆シーズン。帰省してきた友人たちと旧交を温めながら、ここ2日間は無事に過ごしてきた。
 ・・・が、先ほど、食い入るような痛み!!
 瞬間風速だったようで、今は落ち着いているが、不安なことおびただしい。
 しかも、今日はビデオ屋で寅さんの映画を借りてきてしまった!これは飲まない訳にいかない!!!
 寅さんにはとんだ濡れ衣である。申し訳ない。(といって水割りをつくる・・・)


2001年8月18日

 ありがたいことに、発作は来なかった。
 しかし、鈍痛ときどき鋭痛という状態が継続しており、どうも高尿酸血症はかなり嵩じてきている模様だ。
 あとはキッカケ次第ということだろうか。深酒、食べ過ぎ、ストレス・・・。
 どれも「過度の」という形容詞付きなので、今晩もビールで乾杯して普通に食事を取るつもりだ。


2001年8月31日

 先週末に診療所で血液検査を行った結果が判明。
 尿酸値・・・、5.4。 アレッ?
 3か月前は、6.7だったのに・・・。 ナンで???
 まるで前回までの記述は、日記を盛り上げるためのウソだったみたいではないか。
 もちろん、そんなことはアリマセン。
 う〜ん、発作は尿酸値の絶対値ではなく、変動値により生じるとは聞いているが・・・。
 1.3の落差が、何らかの症状を呼んだのであろうか。
 つくづく、痛風というのは、ムズカシイ病気である。
 しかしまあ、結果オーライ!万歳、バンザ〜イ!

 痛風本論とは違うのだが、注目のγ−GTP。
 今回は237であった。
 前回よりも100以上落ちている!万歳、バ・・・
 って、普通の人の数値はそもそも2ケタなのである。
 それを3ケタも落としてどうする!(涙)

 しかし、人間ものごとを何でも良い方に捉えた方が、きっと健康に生きていけるのだ。
 高脂血症関係の数値も幾分改善されていたし、引き続き、よりマトモな生活を目指していくのみ。
 一回の尿酸値がどうのではなく、私の場合、もうトータル勝負なのである。


2001年9月22日

 ここ半月ばかり、右足甲の中心部に、垂直に貫通する鈍痛を感じている。ジワリと痺れるような重さもあり、不気味である。
 しかし、前回の血液検査が良かったことにも勇気を得て、相変わらずの不摂生。先週は、横浜中華街で食道楽をしてしまった。
 秋涼の季節で食べ物も美味しく、つい色気が出てしまう。昨年も、晩秋に発作を起こしているので、くれぐれも油断は禁物である。(・・・といいつつ、口元は笑っている。)


2001年11月17日

 便りの無いのは無事の証拠・・・。実に久しぶりの更新である。
 ごく最近まで約1か月半、べらぼうに仕事が忙しくて、土日もない状態だったのである。しかも、かなり不毛な状況であったため、ストレスが異常にたまった。
 よく、痛風発作は「プリン体の過剰摂取、過度の飲酒、運動や怪我、さらにはストレスなどにより誘発される」と言われる。私の最近の食生活は不規則で、飲酒もいつもどおり。といった状態であったが、ストレスだけは、ここ数年では稀に見る過剰状態であった。
 その影響は・・・?
 それがあったのである。発作までは行かなかったが、明らかに数日間続けて右足が痛かった。私が意識しているからそう感じるだけかもしれないが、「う〜ん、やはりストレスも関係あるんだなぁ・・・」と思ったこの頃であった。

 それはそれとして、昨年11月の第2回発作から1周年を迎えた。最近少し図に乗っているので、もっと長い時間が経過したように感じる。人間、辛い思い出は長続きしないものである。
 天高く馬肥ゆる秋、それだけ危険なシーズンということだ。改めて自戒を、ひとつ、なんとか。


2001年12月19日

 師走もいよいよ押し詰まり、忘年会のシーズンである。そんな中私は、痛風発症の気配は微塵もなく、前例のない長期安定状態にある。結構好きに飲み食いしているのに、何故やろ?
 嬉しいけれど、物足りない(?)。痛風持ちも商売上がったり(?)である。まあ、こんなこと言っているうちが幸せですな。

 最新の血液検査の結果が出た。尿酸値は6.3。う〜ん、悪くないのでは?平幕安定確保状態・・・といったところですかね。
 相変わらず脂肪肝の数値はレッドゾーン。γ-GTPは163(これでも随分改善)、総コレステロールは290(標準オーバー)、中性脂肪は477(標準上限値の倍以上)といったところ。
 しかし、今回気になったのは別の数値である。γ-GTPなどは、悪いなりに以前から安定的に悪かった(?)のだが、今回急に幾つかの数値が激しく上昇したのである。すなわち、ALPやLDHといった数値である。分類項目を見ると、「腫瘍」!!!!
 ガ〜ン・・・って、そんなので判明していたら世の中苦労ないので、必要以上に気にすることはやめるけれど、やはり、こういう注意シグナルは真剣に受け止めなければと思う。
 確かに、最近ウイスキーが往時の倍ぐらい濃くなっていた。どうも、痛風になってから、ビールの代わりに濃い酒をそれほど変わらない杯数飲んでいるので、単純にアルコール摂取量で比べるとかなり増加しているのだと思う。
 さっそく今日からウイスキーを薄めにする。理論上、濃さを半分にするだけで、アルコール量を半減させることができるのだ。決して止めると言わないところが真剣味に欠けているところだが、休肝日もちゃんと取ろうと改めて決意する。
 改めて・・・ということは、やっぱり今までちゃんと取っていなかったんだ!などと言わないように。この日記も、いよいよ「痛風日記」から「肝疾患日記」に変えるようかしらん。(?)


2002年1月13日

 遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
 なんだかんだと、昨年後半は発作もなく、それなりに安定した日々であった。これも、毎日朝晩しっかりとザイロリックを服用していたおかげである。
 よく、面倒くさくないかと聞かれることがあるが、実は、発作の兆候におびえて対症療法を繰り返すよりも、ルーチン的に服薬する方が面倒でなくてはるかに楽である。根本的な解決には何もならないのだが、これも不精者の一つのタイプであろう。

 年明けから何通もメールをいただき、どれも年末年始の飲酒等を通じて発作に至ったというものであった。新年早々に発作というのも、たまらない話である。
 実は私も、年末年始から本日に至るまで、過剰飲酒状態が続いている。肝疾患も心配であるが、数日前には右足甲裏がズキッと痛んで、少々ヒヤっとした。まあ、それでも発作には至らないあたり、まめな服薬の成果なのであろう。
 さて、今年はどこかで服薬中止することを目指してみようかと思う。もちろん、医者と慎重に相談のうえだが・・・。乞うご期待。


2002年2月24日

 1か月以上のブランク。ほとんど「月刊・痛風日記」と化している。
 あいも変わらず飲み放題、食べ放題の生活。最近少し背中が痛い気がするのだが、肝疾患の方は大丈夫だろうか。(←口だけ)
 来週が定期診察と血液検査なのだが、前回書いた服薬中止などと、とてもではないが言い出せるような生活態度ではない。まあいいや、薬さえ飲んでいれば・・・と、最近安直に思考が流れがち。こういうのを、怠惰生活を支える精神的薬物依存症とでも言うのだろうか・・・。

 依然としてコンスタントに発症メールを頂いている。今この瞬間も、日本のどこかで激痛に悲鳴を上げている人がいるのだろう。そう思うと不思議な感じさえ抱く。
 よく、医学関係サイトなどでは、脱水傾向にある夏場が痛風発症の危険性が大きい・・・とされているが、私も含めて周囲を眺めてみると、どうも冬場に発症している話が多いような気がする。
 寒いので、つい頻繁な水分補給を怠りがちになるという面もあるだろうが、公平かつ客観的に思料すると、やはり食べ物・酒に関連があるのかなぁ・・・という気もする。
 食べ物が美味しい冬のうちに、あれも、これも食べておきたい・・・などと常に考えている人は、発症確率が高いということである。自戒。


2002年3月13日

 な〜んも節制せずに、ただ薬だけを飲んでいて発作がおきない。漠然と安心しつつも、このまま何も努力しなくて良いのだろうか・・・などと殊勝な疑念も抱いてきたのだが、ひょんなところで目からウロコの知識を得た。
 その内容については、最新のコラム「思わぬところで目からウロコ」を参照されたい。

 詳しいことはここでは省略しつつ結論をいうと、要するに、やはり酒が悪いらしい。う〜む・・・、この件に関してだけは、あまり説得力のある説明を聞きたくはなかった・・・。
 話を戻すと、だからこそ、薬の効果が一番確かということになる。ザイロリックがどのように尿酸生成を阻害するのかは具に承知していないが、それは生体内由来のプリン体を含めた全体に効果を及ぼすに違いない。僅かばかりの食事制限とは異なり、プリン体世界のグローバルパワーなのである。そうか・・・、そうだったのか。ザイロリック、偉大なり。

 さて、目からウロコが落ちたところで、それでは酒をやめるか・・・というと、問題はそう簡単なものではない。簡単にはしたくない!
 要するに、薬を飲んでいればある程度、総量ベースでの制御が可能だということだ!  と、何故かものすごい位置に無理やり着地をきめると、また水割りを作りに走ったりしている。
 こういう確信犯は、目から何枚ウロコが落ちたとしても、何ら行動に反映されることのない、知識無用の「懲りない人間」と言われても仕方がない。
 ・・・自分で言ってりゃ世話がないのだ。


2002年4月14日

 お久しぶりです。ほぼ1か月ぶりの登板(?)である。
 いったい何をしていたのか・・・。それが、この4月から勤務地が変更になり、別れの宴、歓迎の宴など、地獄の飲酒ロードを邁進していたのであった。
 新しく出会った人に対しては、何もこちらから積極的に「痛風」のことを話す必要もないと思い、勧められるままにグイグイとビールをがぶ飲み。いやぁ、ハードな日々であった。前回日記の内容はいったい何だったのだろうか。

 考えてみれば、私が耳にする限り、3〜4月に発作を起こす人はかなり多いのではないか。
 そう、歓送迎会など、自他ともに「仕方ない」と納得せざるを得ない飲酒機会の増大が、痛風発作のキッカケとなっているのだ。もちろん、環境の変化による心理的ストレスの増大もあるだろう(?)。
 まあ、浮世に生きる人間として、義理人情を無視する訳にはいかない。痛風持ちにとって、年度末から年度始めにかけては、決死の思いで大酒くらって、決死の思いでヘベレケ状態で屋台ラーメンを啜り、決死の思いで終電を乗り越して・・・という「決死」シーズンなのである。
 そう、決して喜んでしていることではないのだ。(しかし妻の視線は冷たい。)

 なお、3月上旬の定期検査の結果では尿酸値6.5
 完全にコントロールできている・・・のだが、ご賢察のとおり、これはもはや何の参考にもならないのだ。


2002年8月3日

 長らくご無沙汰いたしました。
 この間、更新はまだ?というお問い合わせや、発作中で更新どころではないのでは?というご心配など、多くの励ましメールをいただき、本当にありがたいと感謝しております。

 実際のところ、どうだったのかといえば・・・
 酷暑が続くなか、日々ビールをウグウグ、プハーッ!とやっていたのである。しかも、ここまで暑いととても1杯ではおさまらない。2杯、3杯とプハーッッ!とやっていたのである。(心配してくれた方、申し訳ありません。)
 そして、夏といえば鮎。旅行へ行って、ホロホロと苦い鮎のハラワタまで頬張りながら、さらにビールをプハーッッッ!!とやっていたのである。(重ね重ね、心配してくれた方、申し訳ありません。)
 さらに、暑さのために食が細り、夏バテに陥ることを防止するため、モツ焼きや大豆料理など滋養に富んだものを積極的に摂取し、さらにビールをプハーッッッッ!!!とやっていたのである。(なんとも言葉もございません。)

 ある意味で、もう薬を飲んでいれば何をやっても良いのだ!という心境に達しつつあるこの頃である。幸い発作の気配もなく、平穏ながらも物足りない(←罰あたり!)日々を送っている。
 いいですねぇ日本の夏。


2002年9月1日

 実は、この夏の間、ずっと右足がジンジンと微かに痛むような気がしていた。無理もない、酒浸りの日々である。プリン体が多いの少ないの、核酸の量がどうのこうの・・・といった次元の話ではない!
 しかし、先日、職場の定期健診の血液検査の結果が出た。尿酸値は5.8であった。う〜む、完璧である。
 改めて、ザイロリックの偉大さに感じ入るところである。飲めばコントロールできるのである。飲まずに「やる気」でなんとか治す・・・というのも、ある意味で乱暴な話なのだ。
 が、ザイロリックですら副作用に悩む人がいるという(詳しいことは知らないんですけどね、素人だから)。そう思うと、平気で「薬を飲んでさえいれば、それで良いのだ」などと言っている私は、やはり幸せな方なのであろう。
 ところで、最近メールを頂いた方々にお詫びを申し上げます。なかなか返事を出すことができず・・・。これは正真正銘「やる気」でなんとかなることなので、言い訳の余地がないのだ。
 近頃、家に帰ると酒をくらって酔っ払ってバタリ!ということが多いのである。痛風に良くないと知りつつグイッと飲み干すビールは、胃の腑に染みて、深く酔う気のする今年の酷暑であった。
 もう秋も間近である。


2002年10月5日

 ついに、このホームページのアクセスが20万件を突破した。ご愛読(?)いただいている痛風持ち及びご家族の方々には感謝しきりである。ろくに更新もしていない我が身を叱咤することなおしきりである。<(_ _)>

 それにしても、改めて思うのは、痛風(高尿酸血症)というのはムズカシイ病気だなぁ・・・ということである。
 習慣的に薬を飲むことには慣れていくが、節制した生活に慣れていくことは困難である。私はすでにビールを3缶飲む日々となっている。完全に確信犯なのではあるが・・・。一切の例外を設けずに規則的生活を送る場合以外は、人間どうしても低きに流れるもので、自然と当初は例外的であった事柄が日常化していく。
 あの発作時の痛み、苦しみ、情けなさを維持することはできない。生活習慣病の治療とは、時間による風化との闘いである。そして、時間には勝てない!というのも、これはどうしようもない真実ではなかろうか。
 でも、何も考えずにいるよりも、確信犯の方がナンボかマシである。頭のどこかで常に痛風を意識しつつも、程度さえ守っていれば、ゆったりと構えた方が健康には良いような気もするのだが・・・。
 とかなんとか言い訳をひねりつつ、今日もグイッとビールを飲み干すのであった。(そしてさらに低きへと流れ落ちて行くのであった。)


2002年11月3日

 ここのところ仕事が忙しくて、なかなか診療所に行けなかった。そうこうするうちに、ザイロリックが切れてしまった
 1年半もの間、習慣的に毎日飲んでいた薬がない・・・というのは、なんとも不安なもので、体内の成分(?)バランスが崩れていくような気さえする。
 急にピタリと服用を止めると、今まで抑え込んできたものが一気にホトバシリ出る(!)ような気がして、最後の5日ほどは、朝晩2回の薬を1日1回にして、細々とつないでみた。そして、ついには薬箱がカラに・・・。
 そこでせめて生活には気をつけようなどと思わないところが問題で、秋だけに濃厚な肉料理だの、寒くなったから鶏の水炊きだのと、いかにも的なものを食べまくった。もちろん酒はグビグビと飲む。足がジーンと痺れるような気がしたのは、何時であったか。足裏の指付根に鈍痛が走ったように感じたのは、何時のことであっただろうか。
 スリルとサスペンスの、そして多分に不安な数日を過ごした後、やっと診療所で1か月分のザイロリックを貰ったときの気持ち。安堵感というか、ザイロリックが薬箱に納まっている姿が妙に誇らしく、「よしよし」と声などかけたりしたのは、やはり異常であろうか。
 こういうの、やっぱり一種の薬物依存症というのかしらん。


2002年12月15日

 本格的な発作が訪れなくなって、すでに1年半以上が経過した。あの痛みの記憶も、すっかり主観的なリアリティを失ってきた。
 そんな中、12月初旬に、再び発作に最接近してしまった。なんて言うのでしょうね・・・あの感覚。不思議にどこか懐かしいような不穏な気配。右足親指、足首、足甲・・・かつての発作が辿ってきた経路をそんな気配がソロソロとなぞっていく。明らかに痛みかけているのだが、はっきりとした痛みになる一歩手前で、その感覚は鈍く拡散していく。
 最近の暴飲暴食には自覚があっただけに、正直不安だった。3年前にもらって死蔵していた鎮痛薬の在りかを確認したりした。
 診療所へ行った時に、久しぶりに血液検査をお願いしようかと、「最近足が痛むんですが・・・」と言ったところ、痛風先生「わははは、焼酎を飲めよ、ビールはダメだよ」と笑っている。こりゃダメだと薬だけもらった。改めて考えてみると、痛風発作を繰り返す先生に痛風の治療を受けるというのも、本当に妙な話である。(なかなか気に入っているのだが。)
 そこで、いよいよ休肝日を敢行した。日々アルコール消毒を旨としている私としては、前回の発作ニアピン時以来の休肝日である。しかも、2日連続だ!。スゴイ!!
 2日間も酒を抜くと、本当に体調が良くなる。なんだか全身が清澄になったようで、スッキリとした心持ちになる。そして、足の鈍痛もあっさりと治まった。効果テキメンである。あまり清澄になり過ぎるのも怖いので、休肝日は2日間で止めたが、年末に向けて良い休養になった。そして戦局バランスは、再び膠着状態へと戻っていくのであった。


2003年1月18日

 まことに遅ればせながら、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
 昨年は、結局1年間発作がなかった(←当社比)という、幸せな年であった。今年もどうかその調子で行ってほしいものである。
 実際のところ、全く危険がなかった訳ではないのだが、ちょっと芽の出る兆候がみられては、すぐ引っ込んでうやむやに霧消してしまう。そんな日本の景気回復への足取りのような動向であった。
 最近はすっかり痛風「月」記の状態となっているが、それはそれで良いのだ。口さがない友人は、しょせん発作にならないとこのホームページは盛り上がらない・・・などと憎まれ口を叩くが、ええぃ黙れ黙れ、傍観者め!平和こそ大事なのだ。
 本年も、鯨飲馬食と痛風との共存という、書くだけでも違和感を禁じえない壮大な目標を達成すべく、頑張っていきたい。


2003年2月19日

 まったく相変わらずの生活をしているのだが、昨年末から少しアブナイ兆候を感じたりする。「節制」という言葉が脳裏を去って久しいので、無理もないところではある。
 そこで先週、約半年ぶりに血液検査を敢行(?)した。結果・・・、尿酸値は6.7であった。
 なお、治療期間に入ってからの尿酸値の推移は下表のとおりである。今回の結果は、「まだ正常値」と評するのか、それとも「漸増傾向」とすべきなのか、はたまた「最高値タイ記録」ということであるのか。う〜ん、微妙だ

年月 2001
2月
3月 6月 8月 12月 2002
3月
9月 2003
2月
尿 酸 値 5.4 5.6 6.7 5.4 6.3 6.3 5.8 6.7

 ともあれ、3月には九州旅行へ出かける予定である。そう、4年前の同じ3月、同じ九州で、私は初めて痛風発作を起こしたのであった。
 何だかイヤな予感がする・・・とか言って冗談めかして笑っているのだが、本当は心のスミでは少し不安だったりもする。何の根拠もないナンセンスなのだが、まあ心理的には仕方のないところだろう。さてさて・・・


2003年3月30日

 九州旅行はおかげさまで無事であった。猪鍋やら何やら食い放題。とんこつラーメン食べ放題といったところで、不安な心理もヘッタクレもあったものではない。
 さて、厚生労働省から気になるニュースが出た。痛風治療薬のアロプリノールの副作用により、ここ6年間で17人が死亡しているというのだ。ショッキングなニュースである。私が毎日飲んでいるザイロリックも、同薬の異名製品であり、全国で約170万人がアロプリノールを服用しているという。
 しかし、よくよく読むと、副作用の多くは腎臓障害のある人に起きており、そうした場合には慎重に服用すべきとの注意書きもあったそうだ。アピールの多少に議論はあるだろうが、これでは医者の怠慢としか言いようがない。薬処方の必要条件となっている「診療」も、これでは余計な手間をかけて、余計な報酬を取ることだけが目的みたいになってしまう。痛風治療は医者を選んで・・・ということが一層クローズアップされそうだ。
 一方、痛風を患う身としては、心理的には無理もないところではあるが、このニュースによってやみくもに服薬治療を忌避することのないようにしたい。副作用は風邪薬にもある。イメージにまかせて服薬を止め、再度発作を起こしたり、腎臓疾患に陥ったりすれば、それこそ深刻な健康障害につながりかねない。
 慎重かつポジティプ。う〜ん、矛盾した表現かしらん。しかし、こうした難しい態度が求められているのだ。自戒。


2003年5月3日

 この春は仕事の勤務変更等もあり、なかなか更新ができなかった。
 しかし、やるべきこと(?)はしっかりとやっている。先週には三重県へ出没し、伊勢海老・アワビをグイグイと食べ、前後不覚になるまで酒を飲んでいた。
 う〜む・・・。環境変化や暴飲暴食(しかも海老!)など、いかにも発作の起きそうなシチュエーションが重なっていたのだが、なんとか無事に過ごせたようである。薬を飲んでいるとはいえ、かなりのキャパが出来ているようだ。
 それにしても、この生活を「ただいま治療中」とか、闘病生活だとか表現することには、少しばかり気がひける今日この頃である。

 ところで、インターネットの世界には、愉快がってウィルスだのを撒き散らして喜んでいる輩もいるが、どうやら、このホームページ絡みでもウィルス・トラブルが発生しそうになった。
 私自身は経緯もあって、ちゃんとウィルス対策をしているつもりだ。しかし、このホームページを見てくださった方のパソコンが某ウィルスに感染すると、キャッシュ・ファイルに書き込まれているメールアドレスに、片っ端からウィルス・メールを送るという事態も生じるらしい。
 まあ、それはどんなホームページでも、インターネット上に展開している以上、みな同じことだとも言える。しかし、どのような技術が使われているかは知らないが、そのウィルス・メールの差出人に、私のメールアドレスが書かれているとなっては、もはや看過できない話である。いわゆる「なりすまし」というやつだ。
 いずれにせよ、誰かの悪意により、体験談を投稿して下さった方々が被害をこうむることだけは避けたいので、以下のとおり対策を講じることとした。

【対策】 体験談コーナーにおける投稿者のメールアドレス記載を全て削除する。

 こうすれば、当ホームページ上に、私自身のアドレス以外の記載はなくなるので、まずはひと安心である。
 せっかく多くの方にご覧いただいているホームページなので、今後とも安心してお立ち寄りいただきたいと思う。なお、どうしてもメールアドレスを記載したい(笑)と思う方は、その旨仰ってください。
 ネット利用も痛風と同じで、あまり防御的になりすぎてネガティプになってはいけないが、不断の注意と目配りが必要である・・・といったところであろうか。うまくオチもついたところで、今後ともよろしくお願いいたします。


2003年5月25日

 この痛風ホームページのカウンターも、ついに30万アクセスを突破した。まったくもって呆れた話である・・・、いやいや、もとい、感謝の極みである。
 おかげさまで、私自身はすっかり発作から遠ざかっているのだが、「薬を止めてみよう」という気にはなかなかならない。止めてみた結果は、発作が起きるか、起きないかで判定される・・・なんてのはイヤだ。といって、1週間ごとに血液検査をする訳にもいかない。
 本当に、血中尿酸値を即席に、リアルタイムに計測できるような仕組みが発明されないものだろうか。最終的に、痛風という病気の難しさは、そこのところに起因しているのである。

 話は変わるが、健康に関する基準というものは、それはいい加減なような気がする。つい最近、アメリカだったか日本だったか、高血圧症の基準が引き下げられて、これまでは問題なしとされていた人間が、今後は高血圧症患者として扱われるらしい・・・という記事を読んだ。
 厚生労働省あたりが、より確実な線で・・・などと考えるのも理解できるが、これにより、例えば生命保険の条件に大きな変化が出てしまう人などは、憤懣やる方ないのではあるまいか。医療行政なり、医療産業なりは、基本的に「供給ベース」で考えられており、国民の健康度がアップしたからといって、良かった良かったと安心して仕事を減らしたりはしない。一定の供給量に見合うまで(「より確実に健康を確保する」という名目で)、基準をより厳しく改定するだけである。
 そんな政策的な数値に振り回されて、健康という概念に振り回されて、生きているのも情けない話だ。そもそも、「健康増進法」というのはナンだ! 法律で健康を「増進する」というのは、どういう意味なのだ?! 素朴に疑問に思うのだが、いかがであろうか。
 ・・・とはいいつつ、医療や健康の大切さを否定するものではない。しかし、健康というものは、「になる」ものではなく「である」ものだ。「行為」ではなく「状態」を表すものだ。「対症対処」ではなく「自己管理」の問題なのだ。
 もう長い間「健康」ではない私が、ヒジキを肴に酒を飲みながら、つらつらと考えたのであった。お粗末。


2003年6月22日

 あ、暑い〜っっっ!!!。梅雨というか、もうすっかり夏本番の今日この頃である。
 夏は痛風持ちにとって最もツライ季節なのだ。それはなぜか。
 暑い中1日汗をかいて仕事をして、渇き切った喉に冷たいビールをグイッと流し込む。一息ついたところで、さらに冷たいビールをグイッグイッと注ぎ込む。プハーッ!!たまらん!!!
 これが出来ないのである・・・。

 とまあ、一応は一般論を記載してみた。正直に書けば、私の生活実態は、まさに↑そのものだったりする。
 だって、暑い夏に冷えたビールをグイッと飲めないというのは、あまりにもヒドイ、ムゴイ、非人間的な仕打ちである。そんなことを許すわけにいかない。人間の自由と尊厳にかけて(←逆上気味)、誰がナニを言おうと、夏には冷たいビールを飲むのであ〜る!!!
 ・・・という訳で、我家のビール消費量はうなぎ上りに増加中。毒を食らわば皿までとばかりに(用法が違うかしらん)、休日には昼間から缶ビールをプシュッ!としていたりする。

 と、勢い良く書いてはみたものの、本当に発作が起きてしまえば、自由も尊厳も失った状態(?)に陥ってしまうのであるからして、やはり多少の不安は否めないところだ。
 要するに加減が大事ということである。その点こそまさに、長年の経験と勘が生かされるところだ。もっとも、私は寡聞にして痛風持ちの経験と勘が生かされたという話は聞いたことがない。(黙)
 今年もまた長い夏がやってきた・・・。


2003年7月27日

 先日、北海道旅行から帰ってきた。更新もメール返信も出来ず、まことに申し訳ありません。
 旅先では天気が悪くて観光は全滅だったが、その分、食道楽と温泉趣味だけはしっかりと堪能してきた。もう、旬の花咲蟹から毛蟹・ズワイ蟹、生から茹でまで、蟹のオンパレードという痛風持ちにあるまじき日々を送っていた。そして、ゆったり温泉に浸かって、風呂あがりにビールをグビッ!・・・という毎日だったのである。

 さて、行った先には痛風に効能のある温泉が幾つかあった。思わず、日がな毎日温泉に浸かり放題、のんびり湯治して痛風が治りました・・・といった都合の良いシナリオが頭に浮かぶが、一介のサラリーマンにそんな夢のような治療が出来るわけがない。結局、1日だけ温泉に浸かって少しは良くなった気分になる・・・といった程度の効能にしか手が届かないのである。
 一般に、痛風に効能があるとされる温泉は、炭酸水素塩泉、硫酸塩泉、硫黄泉及び放射能泉といったところ。浸かって良いし、飲んでも良い。どうやら尿酸排出の促進効果があるらしい。一方、私が日々愛用(?)しているザイロリックは、体内での尿酸生成を抑制する働きを持つので、ということは排出促進効果の温泉では代替できない。
 かえって、@産生抑制薬と排出促進薬とを同時服用することにならないだろうか。Aそうすると急激に尿酸値が低下して、蓄積された尿酸結晶が遊離しやすくなり、下手をすると発作につながるのではないか。・・・等々と思い悩んでしまい、結局温泉の飲用は止めておいた。気が小さいなぁ。
 もっとも、温泉で身体が暖まり血行が良くなるだけでも痛風に効能があると言って良いのではあるまいか。そう思えば、温泉あがりのビールもますます美味しく感じられる。精神的な効能はそれがイチバン!である。


2003年8月18日

 最近発売された「栄養と料理」という雑誌の9月号に、痛風の特集が組んであった。
 極めて真面目な雑誌なので、某テレビ番組のように抽象的な健康意識を賑々しく煽り立てる内容ではない。非常に分かりやすく、的確な内容であったので、思わず購入してじっくりと読んでしまった。
 ずいぶん以前に、痛風について書かれた簡易な読本が見当たらない・・・と記したことがあるが、最近では次第に痛風に関する書籍も出てきたらしく、雑誌や新聞の広告欄でも見かけるようになった。しかし、情報量が増えるということは、的確な知識が広まることを必ずしも意味せず、歪められた知識もそれだけ大きな確率で混入するようになる。情報の選別が重要性を増してくるのである。
 そうした意味で、このような真面目かつ的確な特集記事というのは、実にありがたいものである。健康や栄養などに関する情報を、コマーシャル雑誌やゴシップ雑誌から入手するというのは、やはりどうも・・・と思う。

 さて、その記事を読んでいると、少なからず耳の痛い内容がいくつかあった。
 まずは、何よりも食事量を減らすこと。痛風患者は大食漢が多い。プリン体含有量がどうの、ビールがどうのというよりも、まずは総摂取エネルギーを減らすことが第一であるというのである。減量はもちろん必要であるが、運動によってではなく食事を減らすことによって行うべきなのだ。
 ぐぐっ・・・、薬は飲み続けているが、あいも変わらず鯨飲馬食の私にとっては、本当に耳が痛い話である。しかも、実に単純かつ明快な論理なので、とても抵抗することはできない。
 次に、薬を飲んでいることで良しとしてはいけない。薬により尿酸値は抑えられても、原因たる生活態度を続ける限り、併行する高脂血症などの症状は抑えることができない。自覚のないうちに、ますます進行していくことになるのだ。
 これも、常々薬を飲んでいれば何をしても良いのだ・・・と言わんばかりの私にとっては、実に耳が痛い。事実、健診データでは私の高脂血症は依然として進行中なのである。

 そうしたことは、以前から知識としては分かっていたつもりであったのだが・・・(汗)。何よりもまず、正しく的確な知識を得ることが大切であるが、そのうえで、その知識を生活にしっかり反映させることもまた重要である。実行なくしては、まさに宝の持ち腐れ、馬の耳に念仏というものであろう。
 より多くの情報が流通することにより、結果として、自戒する機会が増えるのは良いことだと思う。耳が痛いことも、足が痛いのに比べたらナンボかマシなのである。


2003年9月9日

 忙しくてなかなか更新ができない。誠に申し訳ないのだが、今回は本題とは関係ない業務連絡(?)なのだ。
 今月2日頃から、添付ファイル付きのSobig・Fウィルスメールが大量に送られて来ている。なんと、1日に100通近いオーダーである(!)。私のアナログ・ダイヤルアップ回線では時間がかかること・・・(涙)。
 受信した時間帯をみると、朝9時前後から1〜2時間、夜9時前後から4〜5時間程度の範囲の間で、ほぼ10分おきにランダムな差出人アドレスで送られて来ている。また、プロバイダー各社からも、私のアドレスから送信された同様のウィルス・メールについて、受信拒否通知メールが届いている。
 私のPCは常にパターンファイル更新を怠らず、改めて確認してもウィルス感染はしていないようである。つまり、このHPを読んでキャッシュにためている何処かのPCがSobig・Fに感染し、パソコンを起動してネットに常時接続している時間ずっと、同じくキャッシュから拾ったアドレスにウィルスメールを出しまくっていると考えられる。
 このHPからリンクしている「両国東口クリニック」のGMLでも、管理者が同様の書き込みをしていたので、まず痛風関連サイトをご愛覧(?)になっている方なのだと推察される。ほぼ1週間経過しても状況は変わらないので、ご本人はまったく気付く様子もないようだ。
 私は、プロバイダーのウィルスメール排除サービス(300円!)を利用して自衛することにしたが、どうぞ皆さん、インターネットを楽しく利用するためにも、ウィルス対策はしっかり行いたいものです。
 今回このページをご覧になった方は、どうぞ自分は関係ないと思わず、改めて最新バージョンでウィルスチェックをするか、またはトレンドマイクロなりノートンなりのHPで、「Sobig・F」についてよく参照してみて下さい。本当によろしくお願いします。m(_ _)m
 それと、このHPの私のアドレスから添付ファイル付きメールが送られて来ても、それは詐称メールなので、絶対に開かずに削除してしまって下さい。ええ、もう遠慮容赦なく!!!
 どうぞ、痛風と同様、ネット利用にあたってもたゆまぬ自己管理を!
 この日記始まって以来の真面目一本ヤリの記載に、どうも勝手が違い困惑気味のHIDEPARKでした。お粗末!


2003年9月15日

 おかげさまで、ウィルス・メールは停止した模様。感謝申し上げます。m(_ _)m

 さて、異常といっても良いほどの残暑が続く今日この頃。
 そんな中、とうとう妻からの圧力に屈して、六本木ヒルズへ出かけることとなった。正直いって、何でまたそんなところに行きたいのか、まったく理解できないところだ。
 出かけてすぐに、大気も歪む熱射の中で半死半生の状態に陥った。これはタマランと、昼食に入った麻布十番の定食屋で生ビールをグイッ!生き返る心地である。
 気力を回復したところで、決然と定食屋を後にし、六本木ヒルズまで歩く。途中、アスファルト道路から発する輻射熱で茹でられつつ、やっとの思いで六本木ヒルズへ到着。この時点で、すでに打ちのめされた状態であった。
 しばらくの間、嬉々として飛び回る妻の後ろを幽鬼の如く漂う。疲労とイライラが昂じて眼がつり上がってきたところで、私の様子を察した妻も六本木ヒルズからの撤退に同意。逃げるように飛び出して、広尾まで再度の灼熱徒行と相成った。
 私のシャツは汗でぐっしょり。その気持ち悪さに耐えきれず、電車で恵比寿へ移動して、駅デパートでシャツを購入して着替える。そこで時間をみると、予約を取ってある夕食まで3時間もある。仕方がないので、恵比寿ガーデンプレイスのビア・ステーションで休憩する。
 店が店なので、当然ながらエビス生ビールをジョッキでグイッ!!時間をつぶさなければならないので、ザワークラウトをあてに立て続け3杯ほどグイッ!!!束の間幸せを取り戻した。
 薄暮れの夕刻、再び歩いてレストランに辿りついた時には、やはり汗まみれであった。そこで冷たいシャンパンをグビッ!!!!ほとんど風呂上がりのノリだ。さらに、内臓を使った料理を食べながら、ワインをじっくりと飲む。
 帰宅後、熱いシャワーを浴びてすっきりと汗を流してから、冷たい缶ビールをプシュッ!!!!!

 プリン体含有物を間断なく摂取して、多大なエネルギーを消費し、強度の精神的ストレスに晒され、大量の発汗により体液を濃縮する。まさに尿酸生成マシーンと化した、痛風持ちの王道を行く1日であった。
 頼むから誰か、この残暑をなんとかしてくれ! 


2003年10月8日

 最近多忙につき、なかなか更新する暇がない。
 ところで、痛風持ちにありがちな(?)例として、私もほとんど肝機能障害に近い状態にある。こちらの方も少し対策を考えなければならない。
 そこで・・・という訳ではないのだが、ここ数か月、ほぼ毎日納豆を1パックずつ食べている。それで肝機能が回復するのか、と問い詰められれば張りのある返答はできない。しかし、なんでも大豆が良いらしいと耳にしたのだ。
 そこで気になるのは、大豆=納豆は代表的な高プリン体食材のひとつであること。こういうことで、あちらを立てればこちらが立たず・・・といった状況に陥っている方も多いだろう。
 私はといえば、もう割り切って1日1パックの納豆は容認している。他にもいろいろと食べているので、結果として、痛風持ちにしては高プリン体食になっているかもしれない。しかし肝臓も大事なのだ。こういったアンビバレンスは切ないですなぁ・・・。
 来月には血液検査の結果も出る予定。乞うご期待!?


2003年11月3日

 健康診断の血液検査の結果が出た。
 尿酸値は6.1である。(^_^)v
 コメント欄をみると「現在治療中痛風については、充分な治療を継続してください」と書いてある。「充分な治療」というのが何をさすのか不明ではあるが、趣旨は了解しました!
 しかし相変わらずγ-GTPは3桁だし、高脂血症に加えて今回は低HDL-C血症なる注意書きも加わった。残念ながら、納豆の効果は成果に表れなかった。う〜む・・・、こう色々と信号が点くと不安にもなる。要するに、高脂血症は酒飲みのためだと思ってきたが、本当は肝臓の脂質代謝異常だったということだろうか。
 尿酸過剰生成の現場も肝臓だし、やっぱり肝臓がすべての根源か!
 しかしまあ、私の知る限り、世の中には(少なくとも私の周囲には)γ-GTPが3桁で高脂血症のオジサンなど山ほどいる。糖尿が無いだけ立派なものだ。・・・などと妙に胸を張りつつも、やはり少しは控えようかと思うこの頃である。
 まずは酒でも飲みながらゆっくり考えるか。


2003年12月11日

 いやあ、痛風日記で書くネタが無いというのは、実にヨロコバシイ限りである。
 あいも変わらず鯨飲馬食の日々
 寒くなってきたことだし・・・などと呟きつつ、肝たっぷりのあんこう鍋を突付き、酒をグビッ。
 ただ年末であることを全ての口実として、友人と落ち合い穴子の煮肝だのカワハギの肝だのに舌鼓を打ち、酒をグビッ。
 外食ばかりでは良くないなどと言いつつ、休日にはたっぷり時間をかけて肉の煮込み料理を作り、ワインをグビッ。
 全国の痛風持ちの皆さま、まことに申し訳ない。m(_ _)m
 今発作中の人が読んだら怒り心頭だろうなぁ・・・などと思いつつ、それでも今この時の幸せをかみしめている。
 もっとも、足指が少し痛かったり、ヒザあたりが重かったり、ということは結構ある。しかし、寝相ひとつで下敷きになった箇所が痛くなったりもする。それをいちいち痛風に結びつけていたらキリがないのだ。
 最後の発作からそろそろ3年。総摂取エネルギー過多による高脂血症を頭のスミに置きつつも、今はただやみくもに前向きなモードに入っているこの年末であった。


2004年1月18日

 大変遅ればせながら、謹賀新年。今年もよろしくお願いいたします。
 この正月は旅行に出かけていたのだが、この時期の旅館で出てくる食事というのは、まあ、エビ・カニ・魚卵・肝・白子といったところのオンパレード。もちろん、敵前逃亡は許されず、ガチンコ勝負をしてきた。(と、なぜか胸を張る。)
 よく、「古来日本人に痛風は少なく、食生活の洋風化に伴い患者が増加してきた」と言われるが、そう考えると少しおかしい。数の子なんぞをボリボリ食べていたら、いかにも危なそうではないか。やはり、必ずしも広く庶民の口にそういうものは入らなかった・・・ということであろうか。
 つまり、食生活の洋風化が原因なのではなく、食生活総体における栄養の向上、又は過剰ということが原因なのであろう。やっぱり豊かな時代なのかしらん。

 さて、昨年は「薬を中断する」という目標を立てて、達成することが出来なかった。いや、正直なところ達成しようという気持ちにもならなかった。そもそも、それに至る具体的な方策を問題にせず、結果である「薬の中断」を直接目標に立てることは適当でなかった。
 そういうことで、今年は無理な注文はやめにする。今年の目標。「食べる量を減らす。飲む量を減らす。」 以上
 今年もまた、ストイックさのかけらもない立ち上がりとなった。例によってこの日記(?)も、のんびりとやっていきます。


2004年2月21日

 この「現在治療中」を開始してから3年が経過した。
 この間、たまに怪しげな状況もあったが、おおむね発作もなく過ごせたことは、実にありがたいことである。
 今となっては、完全に好きなものを好きなだけ・・・という状態になっている。昨日も某所で飲んできたのだが、その店はオニオンスライスなど僅かな例外を除いて、メニューには煮込みしかない(!)。そして煮込みには野菜など一切入ってない。ただ串に刺して煮込んだモツ肉を食べる。う〜む、これは痛風持ちが行ってはいけない店だろうか・・・とも思ったが、とても抵抗できない美味しさであった。
 しかし、メニューに煮込みしかないということは、逆にそれだけで腹一杯食べるということはない。サクサクッと食べてビールを飲んで出る。そう思えば、いろいろメニューのある居酒屋であれこれ食べて、沢山飲むのとどちらがリスキーだろうか。
 この3年間で得心したことは、要するに万事がそういうことだ・・・ということである。モツ煮込みを食べたらいけない訳ではないのだ。

 と、ここまで書いて、我ながらどうも言い訳がましいなぁ・・・と思った。いちいち自分に理屈を言いきかせる必要はないのだ!!ドンッ(と机を叩く)
 そう、煮込みの店のあと、2軒目の居酒屋で酒と肴を堪能し、3軒目の鶏料理屋であぶり焼きで焼酎を飲み、あまつさえ親子丼を食べようと未遂し、売り切れだと知ると4軒目のとんこつラーメン屋で替え玉までして、そして帰宅したら喉が渇いたといってビールをプシュッ・・・としました。
 そう、何をしてもいいのだ。大人なんだから、自己責任なのだ。え〜い、何とでも言え!!ズシンッ(と胡坐をかく)
 これが、3年たった成れの果てである。懲りないご亭主をコントロールしようと苦労している奥方様は、ご亭主がこのページを閲覧するのを禁止した方が良いでしょう(?)。


2004年3月28日

 すっかり暖かくなり、今日は桜も満開である。
 実は、この3月という季節は、痛風発症の危険度が高い時期ではないかと思う。職場が変わったり、仕事が変わったりで、宴席が多くなるからである。歓送迎会と謳われてしまうと、飲まない訳にはいかない。感傷が酒に混じると、無理強いもまかり通るようになる。
 最近、大勢で酒を飲むのが好きではない。ワイワイ騒ぐのが楽しい・・・などとは微塵も感じない。酒の旨さという点では、自宅で飲む酒の10分の1も美味しく感じない。それでもやはり、社会と完全に絶縁して生きる訳にはいかないので、まあ時には宴会に参加しているのだ。

 痛風は、人間を内向的にする
 その苦痛は、単純かつ激甚であるがゆえに、他者と共有できない性質のものだ。発作中における自己と他者のシンパシーの欠如、彼我のギャップは時として滑稽ですらある。
 公平にみれば、周囲の心配は誠心誠意のこもったものである。しかし、発作中の当人にとっては、それが何ら具体的な効果を生む訳でないだけに、どこか突き放されているように感じられる。結局、ひとりで耐えるしかない。まことに自分勝手な話だが、他者は根本的に別の次元に存在しているような気がするのだ。

 そんなことで、社会に対して、人間に対して後ろ向きになってはいけないと思う。
 しかし、元々そんな傾向のあった私は、以前にも増して、自分の考えと都合を優先することとし、社会生活上の理不尽やナンセンスを受忍する気がなくなった。それによる損失は確かにあるが、それで生きていくのが困難になるほどのことではない。エゴや協調性の欠如と受け止める向きもあるだろうが、自分としてはよりニュートラルで自然に近い姿勢だと思っている。
 一時的に社会とのギャップが生じた機会に、自分の絶対値的な立ち位置に思いを致す。そして、社会の中での相対値的な立ち位置を少しだけずらす。あの痛みだけは勘弁してほしいが、痛風は私にそんな影響をもたらしたのである。


2004年4月17日

 かつてこんな夢をみた。
 痛風発作が起きて、足がものすごく痛い。しかし、その痛みに耐えながら、半ば悲鳴を上げながらもグイグイと歩いていく。それがある瞬間、突然ふっと焦点が定まったような心持ちになる。相変わらずすごい苦痛なのだが、それに抗うことに妙な充実感がわいてくる。そして、苦痛で汗まみれになりながら、眼をクワッと見開き、異様に覚醒した精神状態で突き進んでいく・・・
 といった夢であった。起きたときには、心臓がドキドキしていた。

 こうした、ある種マゾヒスティックな高揚感は、厳しいスポーツを経験した人であれば思い当たるだろう。
 人間は、大きな苦痛に晒されると、β-エンドルフィンという麻薬様の脳内物質を放出し、強力な鎮痛作用を発現させる。これは至福感や陶酔感にもつながり、その快感のためにあえて自ら苦痛を求めるケースもあるそうだ。
 といって、決してアブノーマルな話でも何でもなく、ごく当たり前に存在する話なのである。毎日走らずにはいられないマラソン中毒、体を苛め抜かずにはいられないジム中毒も、そうした一種ではないか。

 つまり、何が言いたいのかというと、痛風はどうなのだろうか。あの苦痛では、まさにβ-エンドルフィン出っ放し(!)ではなかろうか。またそう考えると、再発を繰り返す発症パターンも、実は無意識に苦痛を求めている(?)のではあるまいか・・・。
 などとオソロシイ空想を弄ぶのも、平穏無事な日々だからこそ。感謝しつつも少々物足りない今日この頃である。おーコワ。


2004年5月23日

 ここのところ多忙につき、なかなかパソコンも出来ない。メールを頂いた方々へも返事が書けず、この場を借りて御礼とお詫びを申し上げます。
 さて、相変わらず薬を飲みつつ、好きなように飲み食いしているのだが、最近少し足が不穏である。
 なんて書くと、また「狼少年」ではないか・・・とも思われるだろうが、いや、まじめに少し変なのである。

 日中もときおり鈍痛を感じる。場所は、足指・足甲・足首。しかしそれは、しばらくするとどこかへ消えてしまう。それだけならば、気のせいかと思うところだ。
 ところが、特にはっきりと痛みを感じる時間帯がある。それは、深夜又は明け方
 最近、暑くなったため薄い毛布で寝ているのだが、夜半になると寒くなって目が醒めることが多い。そんなとき、足指が痛かったり、足首が痛かったりするのだ。
 夢うつつの状態で、この感覚は本物であろうか・・・と思いつつ、闇の中でじっと横になっているのだが、意識が醒めてくるにしたがって、痛みがはっきりとしてくる。痺れるような痛みだ。
 が、次第にまた眠気が襲ってきて、次に目覚めた朝には全く痛みが無くなっているのである。

 う〜む、これはどう解釈したら良いのだろうか。気持ち悪いこと夥しい。
 次回の診療所では、久しぶりに血液検査を行う予定である。


2004年6月20日

 過日、久しぶりの血液検査を行った。その結果・・・
 尿酸値7.0。治療期間においては、過去最高を更新してしまった。気になるγ−GTPも再び300超まで上昇。中性脂肪はもう爆発状態?であった。

 痛風先生と電話で話したのだが、
 「尿酸値上がってますね。大丈夫でしょうか・・・」という私に対して、痛風先生、
 「ん?薬飲んでいるからね。許容範囲内だから、まあギリギリだけど。あはははは」とあっけらかんとしている。
 「それよりも、ガンマが悪いねぇ。コレステロールも、中性脂肪もかなり高い。これは脂肪肝です!」 (これは何度も聞いた!)
 「要するに、酒の飲みすぎですな!!」 (これも何度も聞いた!!)
 「う〜ん、酒を減らすこと!!! ははははは」・・・

 とどのつまり、診断「酒の飲みすぎ」、治療方法「酒を減らすこと」・・・というのが結論。
 痛風先生の妙な軽さは別問題として、確かに、それしか言いようがないのだろうなぁ・・・と思うと、反省しきりのダメ患者であった。
 しかしそれにしてもどうする?!! 酒こそ我が生活の泉。「減らす」というところの加減が難しい。
 次回、飲酒生活に変化がおきているや否や。刮目して待て!?


2004年7月25日

 そうは言ってもねぇ・・・。
 こう暑くては、ままなりません。
 39.5℃ですよ、東京ももう完全に亜熱帯ですねぇ。

 ここのところ、土日はほぼ毎日、昼間から缶ビールを飲んでいる。
 汗をかいたところで、熱いシャワーをさっと浴びて、クーラーを効かせた部屋へ戻って、冷え切った缶ビールをプシュッ!!
 これが幸せなのだ・・・というより、もはやこれが無くては元気に過ごしていけない。
 そして、夜は夜で、冷えたシャンパンか白ワインを飲む。
 ・・・

 痛風持ちの皆さん、酷暑の中、いかがお過ごしでしょうか。
 私はといえば、上記のとおり、ほぼ居直り気味のこの頃である。
 ありがたや 喉にしみいる冷たさに ビールが飲めるただ今に感謝


2004年8月6日

 「ただいま治療中」を始めて、ちょうど3年半が経過した。
 このホームページも60万アクセスに近づき、まこともって感謝感激である。

 そもそも、このページを始めたのは、
@ 痛風発作の辛さと情けなさを公開することにより、同じく痛風発作に至った人たちの気休めになれば良いと思った。また、普段から自分の健康について意識することの大切さを伝えたかった。
A 一方で、痛風に関する情報が乏しいために、発作に至った原因を正しく理解することができず、過剰な自己批判や治療法・健康法に陥ることのないよう、あくまで科学的に考えることの重要性を伝えたかった。具体的には、
(a)「肉を食べなければ良い」「モツを食べなければ良い」「ビールを飲まなければ良い」といった単純な因果では解決できないこと。
(b)薬を飲むことをやみくもに忌避せずに、医者と相談しながら適切な服薬治療をすべきであること。
(c)実現困難な節制を自らに課すよりも、科学的に考えた範囲の中で、ほどほど・マイペースに治療するのが良いと思うこと。
といった考えからであった。
 もっとも、最近では痛風患者の増加について新聞で書かれ、テレビの健康情報番組で痛風が取り上げられ、プリン体カット飲料が市場に出回っている。一見して「痛風」の認知は進んだように見えるが、逆に、尿酸値が高くもないのに痛風の心配をし、足の親指が痛くなったら他の原因を考えてみようともせずに「痛風では?」と思い込む。これでは、とても科学的な態度とは言いがたい。

 この日記も、「治療中」といいながら、最近では「飲んでしまいました・・・」のパターンが続いている。(事実なんですが・・・)
 服薬治療などにより、尿酸塩の蓄積を一度解消すれば、そうそう好きに飲んで食べたぐらいでは発作は起きない・・・という意味で書いていたのだが、最近では発作から遠ざかったこともあり、どうしても記載内容がそれぱかりに偏ってしまい、バランスを欠いてしまった面もある。これでは、まるで無責任かつ野放図な生活態度を奨励しているみたいである。まるで「楽しい痛風サークル」みたいである。
 残念ながら、それは私の本意ではない。

 そういうことで、劇的な状況変化(!!?)があるまでは、当ホームページの更新を一時休止することにします。
 要するに、更新されない限りは、私は相変わらず美味しくビールを飲んでいる・・・と考えていただき結構です。(笑)
 引き続き感謝をこめて、皆さんお大事にお過ごしください!

m(_ _)m


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