ハウスセンゴク
第一章 いざ、ハウスセンゴクへ!

 あぁ、ハウスセンゴク。戦国時代をテーマとした最新のアミューズメントパークよ!
 僕たちはここで闘うことを、どれだけ待ち焦がれただろうか…。

 初夏の陽射しを受けて、僕は草むらに立ち、手に持つ槍の柄を、念と気力を込めながら
何度もしごいた。『しごく』と言っても、現代人でしかも武道にだって何の縁もなく生き
てきた僕である。この仕草を他人がみれば、ただ棒切れを拝むように手のひらで磨いてい
る、目をらんらんとさせた、狂人のように映るかもしれない。でも、僕は真剣なんだ。
「おおい、高牙君。そんなところで槍の鞘をとってはならんぞ! 光線槍は危険なものじゃ。
ハウスセンゴクの外で光線武器の刃を出すのは、アミューズメントパークに関する特別法
で禁止されておるのは知っておろう!」
 ハウスセンゴクの入り口で係員と話をしていた武神教授が、僕を見咎めて、手を振りな
がら注意をした。僕は、手にしていた槍を頭の上にかかげて、槍の穂、つまり光線で形成
される刃、を出していないことを証明してみせた。僕は良識のある人間であるつもりだ。
そのような軽はずみなことをする訳がないじゃないかと思ったが、また、ひょとするとか
なりはしゃいでいたのかも知れないとも感じ、少し恥ずかしくなった。
 僕の持つ光線槍の先には鞘がついている。本物の槍ならば、この鞘の下には穂が収めら
れているのだが、光線槍の鞘の下はすっからかんの空間である。その代わりに、鞘は光線
で穂を形成するためのスイッチ兼ストッパーになっているのだ。
「鞘をはずすだけで、ストッパーが外れてスイッチが入り、光線の刃がぐぐっと伸びるな
んて、たまらないよな。なぁ、高牙も我慢できないだろ。教授が見てない内にちょっと出
してみないか」
 教授はまた、係員との交渉に戻っている。そして、興奮しながら僕に声をかけたのは山
吹先輩だ。しきりと太刀の鍔のあたりをいじって、鞘をはずす誘惑に耐えようとしている
のだ。
「やっぱり、男なら時代劇のように太刀を振り回してみたいじゃないか。槍なんて、小回
りがきかなくて、穂の部分も太刀より短いし、ちまちましていて、俺は嫌だね」
 かくなる理由で、山吹先輩は、日本の戦国時代の最もメジャーな武器とは言えないが、
太刀を持っている。僕たちの人数だけでは集団戦法は無理なので、槍ぶすまをつくること
はできないから、武器は槍に限らず、好きなものを用いて良し、と教授からのお墨付きも
貰ったそうだ。
 でも、法律は守らなければいけないと思う。僕は、山吹先輩の行動が心配になって、注
意をした。先輩の抑制力のないわがままが、過去にもいろいろと事件を引き起こしている
と、他の先輩から聞いている。
 抑えてください、山吹先輩。まだ一般公開前のハウスセンゴクに今日、僕たちが体験入
場できるのは、サークルの顧問の武神教授が、ハウスセンゴクを運営している戦国村株式
会社にコネをもっていたお陰じゃないですか。刀を抜いたら教授に迷惑がかかりますよ。
「松の廊下みたいなことを言うなよ、高牙。俺が時代物が大好きで、しかも新撰組ファン
なのは知っているだろう。太刀を振り回したくて、もう体中、尻の穴のあたりまでもが、
むずむずしてしかたがないんだ」
 僕だって、楽しみで筋肉が震え続けているさ。最新のアミューズメントパークを、一足
早く体験できるというのだ。よほど生真面目な人でない限り、狂喜しないほうがおかしい
と思う。
 僕は、今年大学に入ったばかりの十八歳。そして選んだサークルが、アミューズメント
パーク研究会、略してアパ研。その使命は、日本全国に次々とオープンしている遊園地や
ゲームセンター、最近はおしゃれにアミューズメントパークと称している、を制覇し研究
することだ。
「もう、辛抱できん。武神教授は入り口で手間取っているし、ちょとトイレで鞘を抜いて
くるわ!」
 叫ぶやいなや山吹先輩は、ハウスセンゴクを取り巻いて聳え立っている壁に沿って、入
場門の横に作られている便所小屋に向かって駆けて行ってしまった。まるで子供のような
行動だ。あの中で光線太刀に見とれ、それを振り回す先輩の姿が想像できる。トイレの利
用者には、迷惑なことだ。
「ガキね、山吹は。私たちはアミューズメントパークの研究と評価にきているのよ。研究
者はもっとクールでなきゃね。そうでしょ、高牙君?」
 気が付くと、風船ガムを膨らませながら、内侍さんがにやにやしてこの光景を見ていた。
内侍さんは山吹先輩と同学年の三回生だ。ジーパンのポケットに手を突っ込んでいる彼女
の流れる黒髪は、陽光を浴びて輝いていて、その手には紫色に塗った光線薙刀の柄が握ら
れ、肩からはノートやスケッチブックが詰まったカバンが提がっている。
「内侍さん、決まっていますね。映画に出てくる冒険学者みたいですよ」
 内侍さんは僕の方を向き、照れ隠しにガムをくにゃくにゃ噛みながら、にやりと笑う。
「スーツやスカートより、私はこういう格好のほうが似合うのよねぇ。だから、この変人
揃いのサークルでやっていけるんでしょうけどね」
 内侍さんはアパ研の紅一点だ。まぁ、男も教授を入れて四人しかいないけど。テニスも
スキーもせずに、日夜アミューズメントパークやゲームセンターで遊んでいる変なサーク
ルなので、人気はあまりないのだ。
「でも、褒めてくれてアリガトね、ちょっと嬉しいよっ」
 素直に感謝の言葉を投げ返されて、今度は僕のほうが赤くなってしまった。いいね、サー
クルで一番頼りになる人だと思う。ちょっと美人だし…。
 へへっ、今日は頑張りましょうね、サークルの名誉のためにも!僕はもう一度、きりり
と槍をしごいてみせた。

 梅雨が明けた青空が広がるのんびりとした田舎町、目の前には完成目前のハウスセンゴ
クが見渡す限り広がっている。だが、まだ一般公開前であり、人はほとんどおらず、静か
なものだ。来月おこなわれる国会議員選挙の宣伝カーの絶叫も、ここではのどかに霞んで
しまう。
 ハウスセンゴクの入り口では、まだ武神教授が係員と、さらには責任者らしき人物も巻
き込んで、なにやらもめている。どうやら入場を拒否されているようだ。
 僕が不安げに教授を待っている間に、貸し切りバスが連なって五台ほど到着した。おそ
らく、僕たちと同じように特別なコネで体験入場する人たちだろう。また、テレビ中継車
らしい報道局の車もバスに続いてやってきて、慌ただしくアナウンサーやカメラマンたち
を吐き出した。
 バスは入場門の前のバスターミナルで停まると、中年以上の男女の一団を降ろした。立
派なスーツ姿の彼らは、ひとしきり騒いで、入場門を背景として記念写真などを撮り終え
ると、きょろきょろとしながらハウスセンゴクの中へと、あっさり入っていった。報道陣
も、カメラを回したりマイクを突きだしたりしながら、その後に付いて行く。
「よほど大切なお客様のようね。ハウスセンゴクの受付責任者ったら、うちの教授を放っ
たらかして、ペコペコしながらあの一行を案内していっちゃったわよ」
 内侍さんは、同情と可笑しさの混じった表情を浮かべて、教授に向けて手を振って呼び
かけた。教授はそれに対して、ひょいと肩をすくめて応えてみせながら、僕たちの方へ歩
んできた。
「まったく話にならんわい。ちゃんと予約は取っていたのに、急な事情のため御入場でき
ません、お引きとり下さいの一点張りじゃ。なんでさっきの一行は良くて、わしらはだめ
なんじゃい…」
 教授は、さきほどまでの交渉で精力を使い切ったのか、諦め顔である。
 そのとき、僕の一つ先輩の馬耳さんが、すたっと突然現れた。驚いたことに、羽織り袴
を着ていて、まるで時代劇のような格好をしている。
「それは、当然でござるよ。さきほどの一行がスーツに金バッジを付けていたのに、おの
おの方は気付かれなかったかな?」
 馬耳さんは、いきなり変な言葉で得意気に話すと、ぐるっと僕たちを見回した。
 金バッジ? というと、国会議員の一行だったのか。道理で偉そうに取り巻きに囲まれ、
報道陣を引き連れていた訳だ。
「正確には、財界の大物や芸能人も含めた、与党主催の大視察団でござる。選挙前の人気
取りの一環だと思われまする…」
「金バッジはどうでもいいとして、何なのよ、そのサムライ言葉は!」
 内侍さんが呆れ顔で、馬耳さんの説明を遮った。
「これは、ハウスセンゴクを心ゆくまで楽しむために、戦国時代の気分になりきろうと、
一月前から特訓した成果でござるよ。そうであろう、高牙殿?」
 その通りである。この一月余りの間、馬耳さんとの会話は、無理やりサムライ言葉を強
制されたのだった。教室でも、食堂でも、はては電車の中でも、ござるござると言い続け
なければならなかったことが、どれだけ恥ずかしかったか。思い出したくもない。
「どうでござる。われらは研究熱心でござろう?」
「戦国時代というよりは、どう聞いても、江戸の町で奉行が使うような、テレビの劇の言
葉ね…」
 内侍さんは、馬耳さんの高言を聞き流すと、武神教授に向き直った。
「ハウスセンゴクの虎威学芸顧問にお願いしてはいかがですか。たしか虎威先生とは、教
授が専攻されている歴史学の学会でお知り合いでしょう?」
 内侍さんが、励ますようにやさしく声をかけたが、教授は虎威先生の名を聞くと、ます
ますしょげたように見えた。
「それが、わしは先月、ハウスセンゴク企画会議にゲストで招かれたんじゃが、このとき
に虎威先生と口論をしてしまってな。どうも顔を合わしづらい…」
「口論、ですか?」
「うむ。実はな、虎威先生が特殊な薬品を開発したんじゃよ。それは『ドリームドラッグ』
と名付けられた」
 教授は、顔をあげて内侍さんと僕をじっと見詰めた。
「それを吸ったものは、現実とは別の世界、例えば小説や映画の世界、に自分が存在して
いると、信じ込んでしまうのじゃ」
 僕が怪訝な顔をすると、教授は一息ついてから解説をしてくれた。
「わかりやすく言えば、夢じゃよ。夢の中では、眠っている本人はその夢の状況設定、場
所や登場人物などを、それがどんなに不条理なものであれ、ごく自然に既知の常識として
受け入れているじゃろう?」
 僕は、以前に見た夢を思い出しながら、こくこくと頷く。背後から、いかにもいかにも、
という、馬耳さんの声がする。
「『ドリームドラッグ』は、このように夢を見させる薬なのじゃ。しかも空気中に散布で
きる」
「どのような夢を見ることになるのですか?楽しい夢とか、恐ろしい夢とか…」
「いい質問じゃ、内侍君。夢の内容は、『ドリームドラッグ』を吸う直前まで視聴覚して
いたものに影響される。つまり、冒険小説を読んでいればその主人公になりきってしまう
し、ホラームービーを観ていれば自分もその恐ろしい世界にいると思い込んでしまう」
 僕には、教授の言おうとしていることが、直感で分かった。急に心臓の鼓動が早くなり、
どもりながらも、思ったことを口に出してみた。
 で、では、ハウスセンゴクに『ドリームドラッグ』を撒いたら…。入場者は全員、戦国
時代にタイムトリップ、い、いや、マインドトリップしてしまうのではないですか、と。
「その通りじゃよ!」
 教授は、手を打って、感心したように僕を見た。
「それを虎威先生は、提案したんじゃ。ハウスセンゴクの経営者も半分以上が大賛成をし
たさ。リアルなアミューズメントパークとしてマスコミに大きく取り上げられるじゃろう
し、そうなれば客も大勢やってくるであろうからのう」
「それは、まさしく楽しみでござるよ」
 教授は、馬耳さんを、きっと睨んた。
「じゃが、わしは反対をした。現実世界で、数万人が一斉に白昼夢を見ることが、どれほ
ど危険なことか、想像できるじゃろう!」
「そうね。しかも戦国時代と聞けば、ほとんどの人が合戦を想像するわ。そうすると、刀
を抜いての客同士の斬り合いが、あちこちで始まるでしょうね」
 内侍さんは、腕を組んで考え込んだ。
 しばらく沈黙が続いた後、僕は教授に、会議の結果を教えてくれるように促した。
「わしの説得によって『ノー・ドラッグ』に決まったよ。経営者のほうでも、ハウスセン
ゴクの安全運営が第一に肝心なことじゃからのう」
 教授は、満面に笑みを浮かべて、答えてくれた。この結果に僕は安心したが、馬耳さん
はがっかりしていた。そして内侍さんはと見ると、無表情でいる。クールだ。
 山吹先輩と同じく好戦派の馬耳さんは、まだあきらめきれないようだ。背中に掛けてい
た弓を下ろして、手にとって眺めている。
「では、事前に買い求めたこのハウスセンゴク専用の光線武器はいったい何に使うのでご
ざるか」
「それは、中に入ればわかるわい。まぁ、さすがに戦国が売り物じゃからな。リアルな合
戦を体験できる施設があるし、またときたま広場に盗賊ロボットが現れたりして、それは
客が斬ってもいいことになっておる」
 教授が楽しそうにアトラクションの紹介をすると、馬耳さんも、内侍さんも笑顔になっ
た。
 なんだか物騒だな、と僕が不安な表情をすると、内侍さんがポンポンを背中を軽く叩い
てくれた。
「怖いのかい、高牙君? これでびびってたら、夏のアパ研名物、お化け屋敷巡りなんか
できないわよ」
 僕は、あこがれの内侍さんにからかわれて、恥じた。
 いいや、怖くなんかないさ。そうだ、僕はアミューズメントパーク研究会の新人だ。こ
のサークルが好きで選んだんじゃないか!
 僕は、槍を強くねじるように握り締め、心の誓い、アミューズメントパーク制覇を自分
の胸に叩き込んだ。

 昼が近づき、眼前に聳えるハウスセンゴクの壁には、それに沿って繁っている樹の影が
くっきりと映っている。
「ところで結局、ハウスセンゴクには入れないのでしょうか?」
 内侍さんが、話を元に戻してくれたおかげで、僕も我に返った。その通りではないか。
僕のアパ研メンバーとしての第一歩は、ハウスセンゴクから始まるのに、入場拒否されて
は、情けなく引き返すしかないじゃないか。絶対に嫌だ、と僕の感情が震える。
「しかし、どうして突然こんなことになったのだろうな。企画段階からいろいろ協力した
このわしをないがしろにするとは」
 武神教授も訝しげで、腕を組んで考えこんでしまった。教授はアパ研の顧問をしている
だけあって、歴史学の他に、アミューズメントーパークについてもちょっとした権威であ
る。
「とにかく仕方ないわ。トイレで遊んでいる山吹を連れ戻して、宿に帰りましょう」
 内侍さんは、諦めきれない男三人をなだめると、早足で便所小屋を目指して歩いて行く。
「山吹君は便所でいったい何をやっとるんだ、サークルの顧問が真剣に悩んどる時に」
 内侍さんの後を急ぎ足で追いながら、教授が僕に尋ねた。僕は、実のところ一人で呑気
に遊んでいる山吹先輩のことを考えるとやや腹が立ってきていたので、八つ当たりではな
いかとも思ったが、口止めされたのを忘れたふりをして、教授に全てを白状してしまった。
「たわけ者か、あやつは! しかし光線武器は、使う者によっては危険で社会に迷惑なも
のになるのだがなぁ」
 教授は心配になったのか、あきれ顔をしながらも小走りに駆けだした。
 どうして遊戯用の武器が危険なのか、と質問を返すまでに、僕たちは藁葺き屋根の便所
小屋に着いていた。男子用の前で、内侍さんが僕たちを待っていて、右手の親指で背後の
入り口を差している。
 分かりました、僕が掴まえてきます。と、言って男子便所に入ったところで、僕は巨大
な物体に行く手を遮られた!
 それは、胴回りが僕の二から三倍はありそうな、茶色いパーマ髪をして青い清掃服を着
たおばさんだった。どう見ても男のような面をしているが、厚く化粧をしているので、お
じさんではないのだろう。
 そのおばさんが、僕に話しかけてきた。
「有料トイレでござる。百円払えば、通してやらんでもないぞ」
 僕は、心臓が瞬間冷凍にあったように、驚いた。いや、むしろ悪夢に追われている時の
恐怖だろう。馬耳さんとのつらいサムライ語会話の日々が、脳裏に思い出された。
「うーむ、NPCをこんなところで流用するとはなぁ、まったくセンスがないものだ」
 僕は、背後でにやにやしている教授に、即座にしがみついていた。助かった、という安
心で涙が幾すじか流れた。
「だらしないのぅ。こんなものを相手になにを怖がっているのだ」
 教授は、まとわりついている僕を払いのけて、奇怪なおばさんに近づき、ひょいとパー
マ髪を掴んだ。なんと、髪はおばさんの頭皮から簡単に浮いた。安物のかつらだったのだ。
そして、その下から現れたのは、非常識にもちょんまげであった。
「無礼であろう、推参者め…」
 騒ぎたてるちょんまげおばさんを無視して、かつらを投げ捨てると、教授は逃げ出そう
とする僕を押し止め、解説を始めた。
「良く見てみよ、これはロボットじゃ。ハウスセンゴクの戦国世界の登場人物用として開
発されたものでな。さきほど言った広場に出る盗賊もこれじゃよ。そのほかにも各所で行
われるアトラクションで活躍して、客を楽しませてくれることになっておる」
 正しくはナチュラル・プレイイング・キャラクター、略してNPCと呼ぶ。入力された
行動パターンに従って、戦国時代の人々を自然に演じてくれるからそう名がついた、とも
教えてくれた。
「大丈夫よ、高牙君。このおばさんロボットは鎖で動けないように縛られているから」
 僕の悲鳴を聞きつけて、内侍さんも来てしまった。腰を抜かしていた僕の手を引っ張っ
て、起こしてくれる。
 僕の心は、情けない姿を見られた恥辱で満ち、教授とも内侍さんとも目を合わせたくな
かったので、怒りを混ぜた視線をちょんまげおばさんロボットに向けた。
「無礼者め、ていゃ! ていゃ! …」
 ロボットは、清掃用のモップを槍のように突き出そうと、懸命にもがいていた。
「これは下っ端の槍兵NPCじゃな。おそらく余ったのか、あるいは不良品であったかの
どちらかだろうが、それをいたずら者がここに置いたんじゃろうよ」
「すると私たちはハウスセンゴクのアトラクションで、こういうのを相手に闘うのですか。
かなり頑丈そうですけど…」
 内侍さんは、化粧をされて怪貌となっている槍兵NPCを、熱心に観察している。よく
考えれば、僕たちの一行で、公開前のハウスセンゴクについて知っているのは、企画に参
加した武神教授のみ。つまり教授以外のアパ研のメンバーにとっては、ハウスセンゴクは
未知の世界なのだ。
「誰も参加者に、ロボットをぶち壊せ、とは言っておらんよ。NPCは君たちが持ってお
るハウスセンゴク用の特製武器から発せられる光線を受けると、ちゃんと痛手を負うよう
になっておるのじゃ。そのダメージの累積が、あらかじめ設定してある耐久力値を越える
と、NPCは倒れて動かなくなるから安心せい」
 平常心にようやく戻った僕が、ここで口をはさんだ。NPCは、僕たちを襲ってはこな
いのでしょうか、と。それならば、大変ありがたいのだけど。
「無論、盗賊や敵兵が光線武器で斬りかかってくることもあるとも。それでなくては面白
くなかろうに」
 教授は、楽しそうに僕の反応を見ている。すっかり臆病と思われたらしい。
「それは重畳! それがしもこの一ヶ月間、時代劇の殺陣を研究した甲斐があるというも
のでござる」
 ゆったりと羽織りを靡かせながら、馬耳さんもやってきた。
「ところで、NPCも光線武器を使うとなれば、斬られた人間はどうなるのでござろうか」
「良いところに気が付いたな、馬耳君。私がさっき危険と言ったのはこのことだ。特製武
器が放つ光線は、人間にも影響を及ぼすのじゃ」
「では、対人殺傷能力があると…」
 内侍さんが驚いた顔をしている。
「それは、無い。肉体的にはな。だがただでは済まさん。衝撃は精神に及ぶのじゃ。つま
り、痛み、意識朦朧、失神などの形をとってな。よくできておるものじゃろ。まぁ実際に
合戦に参加した戦国の武士の恐怖を感じるのも、ハウスセンゴクの楽しみじゃよ」
 悦に入って説明をする教授、聞き入るアパ研のメンバー。気のせいか教授の頬は、長年
かけて企画をしてきたアミューズメントパークをついに紹介できる感激からか、紅潮して
いるようだ。
 いや、よく見ると、紅ではない。ぼうっと黄色く輝いている、間近を走る光線に照らさ
れて…。
「武神教授! 解説はそれくらいにして、まずは早くハウスセンゴクに入りましょうよ!」
 山吹先輩だ!
 先輩は手に光線太刀の柄を握り、それを高く掲げている。その鞘を抜いて放たれた太刀
の刃が、黄色を帯びた透明な光線で、宙にゆるい曲線を描いている。
「おっとと。山吹君、危ないから太刀を鞘に収めなさい」
 教授は、反射的に太刀の光から退こうとしたが、足がからまり二、三歩ステップを踏ん
で、僕にもたれかかった。このため、山吹先輩の眼前には、今まで教授の後ろにあったた
め半ば隠れていた、ちょんまげおばさんロボットが出現した。
 猛獣に餌、という形容が僕の頭をかすめた。
「うぉおおっ! なんだこの奇っ怪な…、こいつは!」
 さすがに一瞬ひるむ山吹先輩。
「ハウスセンゴクのNPCの兵隊、つまり、やられメカよ」
 なんと内侍さんが、教授と僕が制止しようとするのを待たずに、期待を込めた声で教え
た、けしかけた!
「そうかっ、では一番槍ぃいっ! どりゃ!」
「無礼者、無礼ぃ…、ぎゃっ、ぎゃっ…」
 天高く振り上げられた太刀は、黄金の残彩を引いて、地へと叩き下ろされた。哀れなちょ
んまげおばさんは、袈裟がけに両断された、と現実ならばなるであろう凄まじさである。
 だが、相手はNPCロボット。やられた演技をしつつ、動かなくなる。電気がショート
したような、青白い火花に包まれて…。
 呆然と見守るうちに、その火花はおばさんロボットの全身に広がる。教授の顔が、みる
みる蒼白になった。
「いかん、やはり不良品ロボットじゃった、爆発するぞ! 逃げろ!」
 教授が叫ぶ前にすでに全員、本能的に異常を感じて、死に者狂いでトイレから脱出しよ
うと先を争っていた。
 そして、背後で爆発音! 熱風と破片と汚物を空に撒いて、戦国風に藁葺きでつくられ
た便所小屋は、轟沈した!

「ははっ、便所小屋の裏を見て下さいよ。爆発の破壊力で、ハウスセンゴクの壁に穴が開
いてますよ、武神教授っ!」
「せっかくだから、はいりましょうよ。ねっ、高牙君も早くっ!」
「兵は拙速を尊ぶ、でござるぞ。いざ、参らん!」
 僕は、入場を待たずしてすでに失神しかかっている教授の、呆然をそのまま体現したよ
うな背に続いて、ついにハウスセンゴクに突入した!
 もちろん、壁の穴をくぐる前に、活躍してくれよなって、槍をしごいてやるのを、忘れ
てはいないさ。