身長差





 …階段で3段。
 エスカレーターで2段。
 ワタシとアナタの身長差。








「…蹴ってやりたい」
「…誰を」
「アナタ」
「ダメ」
 目の前をゆったりと歩く姿に無性に腹が立って。
 思わず呟くと聞き咎められた。
 ふん…だ。本気で蹴ろうなんて思ってないもん。ただ、ちょっと、かなりムカつくだけで。…ほんと、腹立つんだから。
「ムカツク」
 相手の足を見てると、ついつい言いたくなってしまう。


 アナタの1歩は、私の1歩半。
 アナタが2歩歩くところを、私は3歩。…実は現実にはもうちょっとズレがあるんだけど。
 互いの身長が随分違うんだから、仕方のないこと。…そう言ってしまえばそれまでなんだけど。
 でも、ムカツクんだよね。
 本当、気に入らない。
 この、身長差。

「…待て」
 追いつかないでしょ。
「待てっつーに」
 あぁ!もうっ!人ごみに紛れたら追いつけないでしょーが!
 なまじ、人より背が高いから、私がアナタを見失うなんて事、ありえないけど、私はあっさりと埋もれちゃうのよ。私自体は平均よりちょっと低いんだからね。…踵高い靴履いたって、たかがしれてるし。
「ねぇ!!」
「…何、大騒ぎしてんだ?何かあった?」
 やっと停まった相手に小走りで近付く。…はぐれるかと思ったでしょ。
「はーやーいー」
「コンパス違うんだから仕方な……ってぇ!」
 反射的に向こう脛を蹴飛ばす。
「解ってんなら、ペース落とせ」
「充分遅かったろーが」
「はーやーい」
「お前さんの足が短…」
「踏むよ」
「今日はヤメテ」
 本日、踵はピンになっております。…なんてね。
 足元を見た相手ににっこり笑いかける。
「じゃ、速度合わせて」
 ほんと、大変なんだもの。追いつくの。
「え」
「何か文句あるの?」
「…トンデモナイ」
 するり…と腕を絡ませたこちらに、一瞬何か言いたそうな表情を浮かべてたけれど。
 顔と態度で黙らせて。


 これぐらい、良いじゃない?
 いつだって背中見てるもの。
 たまには、横に並ぶのも悪くない…筈。
 どうせ、どっちにしたって互いの顔は見えないし。
 向こうは下を向かなきゃ。
 私は上を向かなきゃ。
 視線合わせるなんて出来ないんだから。
 それが物凄く悔しくて。哀しくて。ほんの時々、嬉しくて。
 顔が見れない。歩いてて追いつけない。それは、イヤ。
 でも、ね。
 今みたいに。傍にいる時、目を合わせないでいられるのは、表情、バレないで済むのは、結構良いかもしれない。
 複雑に満足そうな表情、見られなくてすむから。…それに、アナタの表情も伺えないのは助かる…かな。イヤそうな顔、されてたら哀しいからね。
 そう考えたらやっぱり、この身長差ってイヤかも。
 …顔見れないのは淋しい。
 構わないのか、嫌なのか、それとも少しは嬉しいと思ってくれてるのか、全然判らないんだもの。
 そりゃまぁ、一緒にいる位だから嫌って事はないと思ってるんだけれども。
 それでも気になるのは仕方がないよねぇ。
 困ったなぁ…。
 やっぱり踏みたくなってきちゃったよ。
 不安とか。その他諸々の感情をいつもは『ムカツク』という言葉で括ってるけど。
 限界間近、てヤツかなぁ。
 通常で見える世界が違うってのは、結構キツいのかもしれない。
 …やんなっちゃう。


「…お〜い。聞いてる?」
「え?」
 目の前に、顔。不思議そうに覗き込んで。
「メシ。何か希望ある?」
「あ。ないけど。美味しいの」
「…まぁた、妙な注文を…」
「嫌なら嫌って言うし」
「…あ、そ。じゃ、あそこは?」
 指差す先は…少し遠いらしい。視力の問題じゃなく、見えない。視界が低いから、どうしてもね。見える範囲が違う。
「どこ?」
「どこって…あー。見えない?」
「うん」
 顔を真横に持ってきて確認してる。…ね?見えないでしょ?
「…ホントだ。視界狭いなぁ」
「悪かったね」
 好き好んで平均以下の身長な訳じゃないの。
「まぁ、こっちが見えてるから問題ないか。くっついてりゃはぐれないし」
 …あ。
「………うん」








 …階段で3段。
 エスカレーターで2段。
 ワタシとアナタの身長差。


 でもまぁ。
 少しぐらいは。
 我慢しようかな。





 仕方ないし。


END



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