貴方の声が好き。
 低くて、凄く綺麗。
 いつもはとても冷たく感じるその声が、時々、とても優しく響く。
 私を呼ぶ、その時だけ甘くなるのも知ってる。
 だから、ついつい望んでしまう。






「…ねぇ、雅」
「…あ?」
 目の前で読書中の相手の膝に頭を乗せる。本の下から上目に見上げると、視線だけ落として気のない返事。
 まぁ、いつもの事だけど。
 もうちょっと愛想良くても良いんじゃない?
 もっとも、こんな声にすらうっとりしかける私って大概だと思うけど。
「名前、呼んで?」
「なんで?」
 だって、呼んで欲しいんだもの。別に深い意味なんてない。
「…暇なのか?」
「雅」
「退屈になったとか?」
 …いやまぁ、否定しないけど。
 でも。
 そうじゃなくて。
 …普通に呼んでくれれば良いだけなのに。
「ねぇ」
 それって、やっぱり我侭?
 人前では滅多に名前呼んでくれないし。話す時も(内容も)割と事務的だから。
 一緒に居るのは当たり前。…でも、今みたいに、こんな風にはしてられないから。それが淋しい…なんて、口が裂けても言えないから。
 今くらい、良いでしょう?
 強請るような上目遣い。こんな事でオチるとは思ってないけど、一応、弱いのよね?私のこういう視線。
 だって、視線に入れないようにしてるの、判るもの。
 本に意識を戻したフリして、幽かに窺ってる。幽かにってのが気に入らないけど、無関心よりマシだし。

 ねぇ。雅。
 名前、呼んで。
 その声で。
 私、貴方の声が好きなの。
 私を呼ぶ、貴方の声がとても好きなの。
 ねぇ、呼んで?

 視線だけでの懇願。
 それでも多分、雅には解ってる。
 だって。長い付き合いだもの。それこそ、物心ついた頃には傍にいたから。

 ね。雅。
「……悠野」
「うん」
 少し、諦めたような声音。観念した、とでも言えそうな。
「悠野」
 柔らかく響く音。微かに笑みが含まれて。
「悠野」
 低くて、甘い声。優しくて、心地良い。
「雅。…大好き」
「…俺も。悠野」




 貴方の声が好き。
 私だけに向けられる、その、声が。
 だから。
 ずぅっと呼んでいてね。


END



戻る