38.6度





「38.6度」
「…」
「ある」
『そんなにあるか』と、無言で見返す相手にぴしゃりと告げる。
 目、潤ませて。
 顔、真っ赤で。
 これで熱がなかったら何だと言うのだろうか。
 取りあえず、額に冷却シートを貼り、水枕を滑り込ませる。もう少し高熱なら解熱剤を飲ませるところだが、ここは放っておく。熱を出しきった方が、回復も早い。
「食える物作ってやるから、しばらく寝てろ。寝るのは得意だろう?」
「…」
 不服そうに見るのを無視して立ち上がる。手の届く範囲にスポーツドリンクを置いたが、まず、飲まないだろう。
 ストローを挿しても吸う力がない。
 かといって、ペットボトルを持ち上げる力もない。
 蓋を開けるなんて、もっての外だ。
「…適当に水分は取らせてやるから。とにかく寝てろ」
 食欲もなさそうな相手を観察しながら、食べさせる物を算段する。
 …離乳食もどきでも作ろうか。
 喉も腫れてるし、味も判らないに違いない。
「…」
「ん?」
 口が名を紡ぐのを見て、顔を寄せる。
 長年の付き合いのお蔭で、目さえ見れば、話は通じるものだ。どうせ、風邪をひこうがひいてなかろうが、この相手が音声を出すことは滅多にないのだから。
 無口と言えば聞こえは良いが、ただ、話すのが面倒、そんな理由で。
「…気にするな。外で喫えば良い。それも嫌なら、禁煙くらいしてやる」
 情けない顔に、声が知らず柔らかくなる。…甘やかすのは、今更。
「イイコだから寝てな。…傍に居てやるから」
 発熱した時くらい、素直に甘えていれば良いのに。
 健康な時の方が余程我侭な相手に苦笑する。
「気になるなら、熱、早く下げろよ。…こら。泣くと熱が上がる」
 発熱以外の理由で潤み出す瞳に内心、諸手を上げて。咄嗟にそっと唇を寄せて涙を吸い取る。驚いて瞬きするのに、声を出して笑う。
「寝ないんなら、子守唄でも歌うか?」
「…」
 軽口の所為で、漸く和らぐ表情に安堵した。
「寝な。傍に居るから」
 遠慮がちに指を掴んできた相手の手を、自分の手ごと布団に戻す。空いた手で、安心させるように髪を梳く。




「…次に目が覚めたときには、熱、下がってるから」


END



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