赤い跡





「…あれ?」
「何?」
 友人が話してる真っ最中に何かに気付く。そして、そのまま指を伸ばされる。
「うん。…ここ…。って、あ!ご、ごめん!」
 耳の後ろ辺りに触って、ほんの少し顔を近づけると、慌てて謝る。
 …なんで?
「後でさ、トイレに行った時にでも見た方が良いよ」
「?ん、うん」
 苦笑する友人相手に首を捻りながらも頷いた。




 …で、どこだって?
 友人と別れた後、トイレで顔を覗き込む。確か、指で触られたのはこの辺り…って、やだ、見難いな。ファンデの鏡と合わせ鏡にしないと見えない。


 ……


 ………


 ………………あ…あのやろぉぉぉぉぉぉ!



 耳の根元の辺りに、赤い欝血痕。この原因は、嫌になることに一つしか思い浮かばない。あぁ、もう。どう見たって虫刺されとか、打ち身には見えないし。しかも、場所、最悪。

 あんなに

 あんなに

 あんっなに

 見える所に痕残すな!って、言ったのに!
 あー、でも、文句言っても、のらりくらりと誤魔化されそうな気がするし。いや、それより『逆襲』されたら目も当てられないし。そういうトコばっか、頭が回るんだ、あの男は。
 気付かなかった方が悪い、とか平気で言うぞ。絶対。
 そんなの、大抵気付いた時には遅いし。…気配なんか解る状況じゃないし。処置なしだよ。もぉ。
 にしても…暫く消えそうにないなぁ、これ。
 どう誤魔化そうかなぁ。
 耳の根元って、普通、襟じゃ隠し切れないしな。髪、別に短くはないけど、今回、降ろしてる状態で気付かれちゃったし。
 …って事は、それなりに目立つって事で。
 …消えるまで大学休むって訳には…いかないよね、やっぱり。となると…。


 一。ファンデで巧妙に誤魔化す。


 二。スカーフを巻く…だけじゃ隠れない。


 三。包帯を念入りに巻く。


 どれも自信ないよ。ったく…。困った。
 取り合えず、会ったら文句だけは言ってみよう。…無駄な気がするけど。凄く無駄な気がするんだけど。











「へぇ…。結構赤い」
「アンタね…」
 論点はそこじゃないと思うんだけど。
「お前、結構色白だったんだなぁ。綺麗に赤い」
 …いやだから、論点はそこじゃないって。
「あのね」
「…何?痛い?」
「痛くないけど」
 恥ずかしながら、指摘されるまで気付かなかったよ。情けない。
「じゃ、問題ない問題ない」
「問題あるでしょーが」
「どこに?」
 どこに、とか言うか!この男はっ!問題大有りに決まってるじゃない!誰がキスマークなんか晒して出歩きたいものか!
「…付けるなって言ったのに」
「そうだったっけ?」
 予想通りに惚けるなよ。もぉ。
「言いました」
「気付かなかったんだから、仕方ないねぇ」
 仕方ない言うか。…しかも笑ってるし。
「目の前に美味しそうなのがあったら、普通食うだろぉ?」
 柔らかそうで美味そうだったし
 そんな風に続けて。
 誤魔化そうったってそうはいかないんだから。
「食べない」
「そうかぁ?」
「そうなの」
 にやにや。
 睨んだこっちに対して、そんな擬音がくっきりはっきり聞こえそうな、意地の悪い笑顔。
 腹立つ事に、この顔、嫌いじゃないんだよねぇ…て、誤魔化されてる場合じゃない。ないないない。…ないんだったら!
「なぁ」
「何?」
「それ、指摘されたって言ったっけ」
「うん」
 その場じゃ何事か解らなくて、トイレで確認して初めて気付いた。全く、イヤんなるよね。本人が全然気付いてなかったんだから。
 その後、気になって気になってしょうがないの。…なんたって、バツが悪いでしょう。ソンナモン付けて歩き回ってたなんて。
 おまけに、言われるまで気付かなかったと来た日にゃ!
 穴があったら入りたかったよ。本当に。
「誰に言われたって?」
「友だち」
「男?女?」
「………男、だよ。会った事、あるでしょ?割といつも一緒の、彼」
 変な話、女友達に指摘されたなら、こんなバツの悪い思いしてないかも。
「そりゃ、何より」
 にんまり。
 そうとしか言えない嫌ぁな笑顔。何がそんなに愉しいんだよ。もぉ。
「ちょっとオニイサン?」
「見え見えだったからな〜。これで身の程を弁えるだろうし?」
 何を一人で頷いてるんだろ?…ご満悦、てな表情で。こっちには何が何だか解らないってのに。…って言うか、苦情を言ってた筈なんだけど。
「お前さんが天然なのは今更だし?今回は特に警戒心沸かないタイプだったし?まぁ、そこは構わないんだけどな?」
「?うん」
 目の前に迫って来てのイキナリの説明口調。…意味解んないけど。
「相手には解るから。…それが所有印だって」
「へ」
 所有印?
 何で、わざわざ。
「ま、気にすんな」
「気になる」
「…取り合えず、消えた頃にまた付けるから」
 げ!
「やだ!」
 思わず即答したけど。でも、あの含み笑いに勝てた事、ないんだよね。
「ダメ。…お前さん、天然無自覚で人、煽るから」
「何それ」
 意味、解んないよ。
「ま、いーから。それより、腹減った」
「あ。うん。何食べる?作るよ」
「…。きんぴらごぼう、タマネギとジャガイモの味噌汁、ご飯、鶏のトマト煮、それから…」
 一回、目を見開いて、くくっと笑うとメニューを羅列する。…何か、変な事言ったかな?それにしても、なんつうラインナップだ。
「…材料、あったっけ?」
「探せ。…なかったら、買出し付き合ってやるから」
「はいはい」
 ん〜?なんだか、何かを誤魔化されたような気が…。でも、お腹空いたって言うしなぁ…。



 ま、良いか。




「あ。そうそう、美味かったら鎖骨な。不味かったら…ドコにするかな…」
「何の話だっ!」
 こんな奴なんて、こんな奴なんて…。


 知らない!!


END



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