桔梗1
−ダイジェスト版−


 ハァ、ハァ、ハァ…。
 街灯も疎らな道路を横切り、鬱蒼と生い茂る森に足を踏み入れる。木々を渡る風とは別の、生暖かい空気を睨みながら、足元の状況すら確認せずに進む。夜目が利くのか、足取りには躊躇がない。
「逃げられた!」
 夕方から追った気配が唐突に途切れ、足を止めると晴明が苦々しく吐き出す。
 時刻は午前二時過ぎ。俗に言う丑三つ時である。灯り一つもない、真っ暗な森の中、疲れた顔で近くにあった樹の根元に座り込む。
「…これで五日目…。また、同じ場所か…」
 舌打ちし、空を振り仰ぐ。高い樹々に遮られ、枝葉以外、何も見えない。深く息を吐くと頭を振った。
 彼が追って来たのは、妖。
 厳密にはそれに近しい気配を持つモノ。
 ただ存在するだけなら見ぬ振りも出来たのだが、晴明の追ってきたソレからは、害意と死臭がした。正義なんぞ任じる気は毛頭ないが、古より身についた職業意識はそれを無視出来なかった。
 …とはいえ、追い初めて五日。
 目ぼしい成果はなく、相手に完璧に逃げられていては意味がない。それも、逃がす場所は、時刻と共にいつも同じ。
 悔しさにバリバリと頭を掻く。
『ゴ主人。気配ナイナイ』
『逃ゲタ逃ゲタ』
『マダ捜ス?捜ス?』
「ん〜。判った。仕方ない。帰ろうか。腹も減ったし、これ以上捜しても今夜は見つからないだろ」
 空間を切るように、ふわりと現れた異形の生き物数体に疲れた笑みを向けると立ち上がる。
 丸みを帯びた、どこか愛嬌のある姿のそれらは、歩き出す晴明にまとわりつくように浮遊していた。
「…今日こそ捕まえられると思ったんだがなぁ」
『ゴ主人ヘボ。ゴ主人ヘボ』
『ヘタレヘタレ』
『無能、無能』
──────── お前等…。千年来の主人に対してエライ言い種だな」
 異形達の楽しげで容赦のない物言いに苦笑する。内容自体はさておき、音を楽しむような、悪意のない口調には笑うしかない。
「どこでそんな言葉を覚えた?」
『『『『いんたーねっと』』』』
「…式神が主人のいない所でネットなんかしてるんじゃない…」
 声を揃えた答えに、がくりと頭が落ちた。


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