甘い台詞を口に出来るほど器用じゃない。 絵に描いたような、ロマンチックな恋人達の像なんて考えた事もない。 だが、時がそれを必要としている事くらい、理解はしている。 「なあ、キョウスケ。お前彼女と旨くいってんのか?」 突然大介に問いかけられて、持っていたペンをポロリと落としてしまう。 「……どうした?」 「…あ、いえ。そう見えますか?」 端からどう見えるかは知らないが、自分は充分旨くいっていると思っていたのは事実。 「だって、今さっき女子更衣室の前を通ったらな……」 『…だからぁ。もう、全然女の子の事なんてわかってないのよ』 『仕方ないわよ。うちだってそういうタイプじゃないわ。クリスさんは?どう?違う?』 『う〜ん…。バーニィもザクの事ばかりねぇ』 『あ〜ぁ。アイナちゃんは良いなぁ』 『え?えぇ?』 『あー。それ言える〜。うちじゃ唯一、ムード作れる彼氏!』 『ムード…ってだけならクワトロ大尉とか良くない?』 『いい!…でも、ちょっと大人過ぎるかなぁ。確か艦長と年、変わらないでしょ?』 『…何、他人のフリしてるの?』 『…沙羅ちゃんこそ』 『…で、エクセレンさんとこはどうなんだい?』 『今のネタ?』 『そう』 『………あのね』 『キョウスケとオンナゴコロと甘い雰囲気には、暗くて広くて深ぁい銀河が流れてるのよん♪』 「……と、言っていたのを偶然聞いてしまったんで」 大真面目な表情で言う。 ある意味それは覗きに等しい行為と言わないだろうか。 「だから、旨くいっていないのなら戦いがない今のうちに修復させておいた方が良いぞ」 「…はあ。そうします…」 とは言ったものの、自分では旨くいっていると思っているのだ。 「…だからね。聞いてる?」 「聞いてるが…」 アルトの配線が巧く行っていない。床一杯に図面の気になる箇所に赤ペンでチェックを入れながら言う。 「たまには甘い科白の一つや二つ言っても良いと思うのよねぇ?」 「無理言うな」 顔を見なくても、多分膨れているのだろう。声の拍子で判る。 「釣った魚には餌くらいあげた方がいいのよぉ?」 「どこに魚がいるんだ?」 「いるでしょ。こ・こ・に!美人で気立てのいいのが!」 声と同時に思い切り顔を引っ張られる。ああ、やはり膨れた表情を浮かべている。 「…自分で言うか?普通」 …違うだろう。俺は、そんな風に思っている訳ではない。 「自分で言わなきゃ、誰も言ってくれないかもしれないでしょ。…あなたが言ってくれるなら良いけど?」 膨れた表情から、少しだけ悲しげな表情に変わる。 「…言えるか」 …違うだろう。どうして、言葉が出てこない。 「………けち」 それ以上表情を見ていられずに、図面に戻してしまう。どうしてだろう。どうして素直に言葉がでてこないのだろう。 「…ねぇ」 「…浮気してみても良い?」 唐突な台詞に図面へのチェックを一瞬間違えてしまう。 今、何て言った?浮気…? 「…誰と」 誰を相手にすると言うのだろう。この艦の中で探そうとでも言うのだろうか。 「誰にしようかしら?…気になる?」 「…相手が気の毒でな」 相手ができる奴が居るって言うのか?俺以外に? 動揺しているせいか、図面に集中できない。 「キョ・オ・ス・ケぇ?」 ああ、また怒っている。今度は、膨れているのを通り越して、確実に拗ねてしまっている。 「キョウスケ!ちゃんと説明しなさい!」 再度顔を引っ張られる。眼に映るのは、膨れた表情を通り越して、完全に拗ねてしまっている顔。 「エクセレン」 深くため息を吐く。 「なによぉ」 構えてみせる仕草が可愛いと、言葉に出せるのなら苦労は無いのかも知れない。 言葉が足らない。言おうとしている言葉が素直に言葉として出てこない。 「ちょ、ちょっとキョウスケ?」 「後、30分程で終わる。それまで大人しくしていろ」 ひょいっと、抱き上げてそのまま膝の上に落として片手で抱え込む。 「…不満か?」 「キョウスケぇ…?」 言葉では旨く伝える事が出来なくても、これが一番の策。 「何だ?」 「…えっと…。…その…。……重くない?」 先ほどの威勢とは異なる程の消え入りそうな小さな声。 「それ程は」 この程度の返って心地好い。 「邪魔じゃない?」 「別に」 この方が落ち着く。 「いいから。大人しくしていろ」 落ち着くというよりも、むしろ心地好い。 「だって…」 この重さは、心地好い。 「…エクセレン」 「なぁに?」 「 」 最高の台詞。俺だって、いえるじゃないか。 「…それ、反則…」 珍しく真っ赤な表情をしている。 「そうか。…で、大人しくしてるか?」 「シテマス…」 |