甘い科白と甘い雰囲気。 絵に描いたような、ロマンティックな恋人像。 女の子には、永遠の夢、なんてモノもある。 「…だからぁ。もう、全然女の子の事なんてわかってないのよ」 「仕方ないわよ。うちだってそういうタイプじゃないわ。クリスさんは?どう?違う?」 「う〜ん…。バーニィもザクの事ばかりねぇ」 女子更衣室。年頃の女の子が集まれば、話題が彼氏や好きな男の子の事に集中するのは当たり前で。しかも、このロンドベル隊っていうのは恋愛事情も妙に多種多様で、カップルも多ければ、片思いも多いから。 ついつい、不満の零し合い…というか、愚痴になってしまうらしい。 特に、うちの隊の男性陣ってのは雰囲気ないし、オンナゴコロを理解しない輩ばかりなので。 「あ〜ぁ。アイナちゃんは良いなぁ」 「え?えぇ?」 「あー。それ言える〜。うちじゃ唯一、ムード作れる彼氏!」 …確かに。いつでもどこでも二人の世界作れるものねぇ。誰かさんにも見習って欲しいものねぇ。 「ムード…ってだけならクワトロ大尉とか良くない?」 「いい!…でも、ちょっと大人過ぎるかなぁ。確か艦長と年、変わらないでしょ?」 あぁ。女性の扱い、心得てそうよね。…立派なたらしタイプ。10代の女の子にはまず、無理な相手よね。もっとも、向こうにとっても守備範囲外、なんでしょうけど。 でも、いい気分にはさせてくれそう。 「…何、他人のフリしてるの?」 「…沙羅ちゃんこそ」 小声で突付いてくる沙羅ちゃんにやっぱり同じ小声で返して。 聞いてる分には微笑ましい話題に苦笑し合う。いつもなら参加する会話も、今回ばかりはね。…だって、聞いてて可愛いんだもの。相手を見て考えた方が良さそうな要望が山程出てて。…ま、夢には違いないわね。 「…で、エクセレンさんとこはどうなんだい?」 「今のネタ?」 「そう」 彼氏がオンナゴコロを解して、更にムードを作れるか。…て、そういう事? う〜ん…。 いきなり振られて、どう答えようか悩んでるうち、皆が会話を中断して集中してきてるのが判ってしまう。 …皆、耳良いわねぇ。 「………あのね」 さも、重大な事を言うかのように重々しく口を開く。質問者以外の周囲が興味しんしんで身を乗り出すのをさり気なく確認して。 「キョウスケとオンナゴコロと甘い雰囲気には、暗くて広くて深ぁい銀河が流れてるのよん♪」 当然のように軽く、リズムまでつけて言ってみる。周囲が、力を入れていた分コケるのが激しいけど、それは仕方のない事ね。だって、事実だもの。 「…だからね。聞いてる?」 「聞いてるが…」 キョウスケの部屋に強襲して、更衣室での顛末を話す。床に図面を広げて唸りながらの返事だから、どこまで耳に入ってるかは判断し辛いわね。それにしても、まだアルトを改造する気なのかしら。 「たまには甘い科白の一つや二つ言っても良いと思うのよねぇ?」 「無理言うな」 …判ってたけど。判ってたんだけど。 でも、即答はないでしょうが!もぉっ。照れ屋なんだから。毎日言えって言ってる訳じゃないでしょうに。 「釣った魚には餌くらいあげた方がいいのよぉ?」 「どこに魚がいるんだ?」 「いるでしょ。こ・こ・に!美人で気立てのいいのが!」 ム、として図面に向きっぱなしのキョウスケの顔を強引に自分の方へと向ける。相手の目の中には微妙に不服そうな自分の顔。 「…自分で言うか?普通」 「自分で言わなきゃ、誰も言ってくれないかもしれないでしょ。…あなたが言ってくれるなら良いけど?」 嘘よ。あなたに言われなきゃ意味ないのよ。 自分で言うのは単なるノリ、なんだから。 「…言えるか」 「………けち」 視線を逸らして、図面に向き直りながらの答え。もぉ。恋人はちゃんと褒めた方が良いのよぉ?じゃないと、浮気しちゃうんだから。 なんて、ね。 そんな事出来やしないのなんて自分が一番よく知ってるわ。…ほんと、ヤな感じよねぇ。全然他に目が行かないってのは。 「…ねぇ」 でも、少しくらい困らせてみても良いかしらね。 …困らなかったりして。 それはそれで悔しいわねぇ。 「…浮気してみても良い?」 一応、過去の実績から鑑みても、相手には事欠かないんだけど。…いや、ロンドベルの内部ではしないわよ?いくら年下OK(キョウスケが既に年下だし?)とは言っても限度、てのがあるし。 それに、他の女の子たち泣かせる気にはならないしね。 「…誰と」 あら?脈あり? 「誰にしようかしら?…気になる?」 「…相手が気の毒でな」 …どういう意味よ。 「キョ・オ・ス・ケぇ?」 事と次第によっては許さないんだからね。言っておきますけど、他人にはそれ程迷惑かけた事ないんだから。 …いや、ちょっと洗脳されたりしたけども。 でも、それって不可抗力だし!…そう、キョウスケが言ったし…。 と・に・か・く。 相手が気の毒ってのはどういう意味よぉ。 「キョウスケ!ちゃんと説明しなさい!」 説明するまで邪魔するからね! ぐい、とキョウスケの両頬を押さえてもう一度向き直させる。目を合わせる度、映るのが不機嫌そうな自分の顔って言うのはいただけないわねぇ。 でも、原因が目の前にいる以上、仕方ないけど。 その原因さんは原因さんで深い溜息なんかついてるし。…もう! 「エクセレン」 「なによぉ」 拗ねきった私を見て、諦めきったような表情でもう一度溜息を吐くと、手を伸ばしてくる。 え? 「ちょ、ちょっとキョウスケ?」 「後、30分程で終わる。それまで大人しくしていろ」 焦りまくる私に、吐息と共に紡がれる言葉。…で、でも、この場所って、ちょっと…。 「…不満か?」 不満か、てそんな。だって、膝の上なんて。 脈絡もなく腕を伸ばされて、状況把握する前に抱きかかえられたら、普通は焦るものよぉ。 「キョウスケぇ…?」 困ってしまって上目遣いに相手を見ると、何やら意味ありげな表情を浮かべる。…珍しい事は珍しい表情なんだけど、その分気になっちゃうわ。何、企んでるのかしら。 「何だ?」 「…えっと…。…その…。……重くない?」 …返ってくる答が微妙に怖くて聞けない。結局言えたのは他愛もないこと。 「それ程は」 うむむ…。ちょおっと引っかかる物言いねぇ。『重い』って断言されるよりはマシだけど。 「邪魔じゃない?」 先刻まで邪魔する気満々だったんだけど…。こんな事されちゃうと逆に困っちゃうわ。…だって、力ずくで私の邪魔を封じ込めた訳でしょ? 「別に」 別に…ってねぇ…。子供抱っこしてる訳じゃないんだから、それなりに邪魔になると思うわよ。や、やっぱり降りた方が…。 「いいから。大人しくしていろ」 がっちり抱えられてるのをどうにかして解こうと身動ぎすると、余計に固定されてしまう。 「だって…」 やっぱり、邪魔でしょ? そう続けようとしたのに、何故か視線で黙らされるし。しかも抱え直されちゃって、これじゃ、身動き一つ取れないわ。顔を見ようにも、これだけ密着してたら見えないし。その前に動けないからどうしようもないんだけど。 素直に大人しくしてるしかないかしらねぇ…。 「…エクセレン」 「なぁに?」 呼ばれたって、返事がなんとか、て感じね。…ん、でも、今の声好きだわ。低くて、なんとなく優しくて。いつもこういう声で話し掛けてくれたら良いのにねぇ。 まぁ、無理よね。機嫌の悪そうな声聞いてる方が多いかも。 「 」 …う。 ふ、不意打ち! …やるわね、キョウスケ。…じゃなくって! これは反則よぉ…。あんな、耳元で、低く、甘く…なんて。…いや、内容はそんなに甘くないんだけど。っていうか、全然甘くないし、どちらかって言うとデリカシーとかムードとか皆無な科白なんだけど。でも、それでも。 「…それ、反則…」 「そうか。…で、大人しくしてるか?」 「シテマス…」 …もお。白旗あげちゃうわ。 甘い科白と甘い雰囲気。 絵に描いたような、ロマンティックな恋人像。 女の子には、永遠の夢、なんてモノもあって。 それが、自分の好きな人に当てハマるかどうかは大問題。 淡い期待は、大抵は裏切られる結果にあるモノなんだけど。 でも、でもね? 好きな人の科白なら、なんでも甘く響いちゃうモノなのかもしれない。 だって、ね? たった一言でこんなに蕩けそうになっちゃうから。 |