「…あ…」 あれ…いいな。 通りすがりの宝石店で見かけた、小さなピアス。 あの、紅い石、なんとも綺麗。…え…と、ファイアオパール?道理で綺麗。でも、こんな真紅って珍しいわよぉ?小さいは小さいけど、それでも…ねぇ。もう1つの方は普通にオレンジだし。 うん。ガーネットの深紅も好きだけど、これはまた別よぉ。この鮮やかな紅と複雑な光彩(遊色効果って言うんだっけ?)が堪らない。 んー。どうしようかなぁ?…金額は、妥当よね。別に高価、て程じゃないし、なんと言うか、手頃。 でも、ピアス持ってるしなぁ…。オパールは持ってないけど。管理難しそうだし。…水分が要るんだったっけ。おまけに脆いのよねぇ。 でも、ちょおっと、欲しいかなぁ…。 あー、でもなぁ。今月、コート買っちゃったのよね。それも紳士物。…だから、諦めた方が良いのよね。解ってはいるんだけどぉ…。 「うぅっ。オパールじゃなきゃ諦めつくのにぃ」 ついでに、手が出ないほど高ければ、何の葛藤もないのにぃ。…この値段の手頃さが問題よぉ。 「…レン、エクセレン!」 「…え?あ、キョウスケ」 「ついて来ないと思ったら、こんな所で何してる」 あはははは。 一緒に歩いていた筈なのに、いつのまにか視界から消えていた私を探してくれたんだろう。少し怒り気味のキョウスケが立っていた。 「ピアス見てたの」 「…山程持ってるくせにまだ欲しいのか」 失礼ね。山程なんか持ってないわよ。…そりゃ、それなりの数はあるけどね。でも、そんなに呆れられる程じゃないもの。 「こういうのはいくつ有っても良いの。TPOと気分で使い分けるんだから」 「…そうか」 …昨日とは違うピアスをしてる、なんて事に全く気付かないような男相手に何を言っても無駄なのは解ってるんだけどね。…張り合いないったら。どっかの誰かさんみたいにマメになれ、て言ってるんじゃないのよ?ただね、もう少ぉしだけ自分の恋人の事くらい観察してもいいんじゃないか、て思うのよ。 …ま、良いんだけどね。無理なの知ってるし。それに、もし気付いてたとしても、リアクションがないから同じだしね。 それはともかく。 タイミング良かったのは事実だから。来てくれなかったら、もう少し粘ってたかもしれないし。 何にせよ、ここを離れる良い機会。 「ごめんね」 「いいのか?」 言外に『買わないのか』と聞いてくれてるのが解って、口元に笑みが浮かぶ。さりげに、優しいのよね。こういうトコ。 「うん。…余分なお金持って来てないし?今日は別に買うものがあるのよん」 そうよ!今日はドラッグストアで買い込まなくちゃならないモノがあるのよ! ピアスの所為でうっかり忘れるところだったけど。 アレばっかりは軍の支給品じゃ、ちょっと気に入らないしねぇ。他の女の子たちにも頼まれちゃってるから、ちゃんと買っていかなくちゃね。…殆ど買い占め状態になったらどうしようかしら。 「…おい…」 「キョウスケ!私、あそこのドラッグストアに行って来るから!!」 「あぁ」 いきなり熱血かかり気味の私に気圧されたらしいキョウスケに宣言すると、怪訝そうな顔をしながらも頷いてくれる。 結構、素直なのよね。 「…でね?出来たら20分後位に迎えに来て欲しいんだけど…?」 …流石にキョウスケの前で買い占めをやる気にはなれないわねぇ…。 「解った。20分後だな?」 我侭極まりないようなお願いを苦笑とともに受け入れて貰って。 ドラッグストアに飛び込んでいった。 あ〜。凄いわ、この量。重さはさほどでもないんだけど、かさばるもんだから両手に一杯。 …ま、持ってくれるでしょ。 「きょ・お・す・け」 「終わったのか?」 「ん。ほら見て、これ。凄いでしょ?」 両手一杯のビニールを掲げると、呆れた視線が落ちてくる。 「…何買ったんだ」 「んー、大事なものよぉ。でも、私の分だけって訳じゃないし」 「そうか」 それ以上詮索しない貴方が好きよ。…て、事と次第にもよるけど。 何も言わずに、奪うように荷物を持ってくれて、そのまま歩き出す。荷物の大きさと重さのアンバランスに微妙に首をひねってたけど。 ふふ。こういう瞬間が一番好きかも。 ただ、一緒にいるだけなんだけど、何かくすぐったくて。 「ねぇ、腕組んで良い?」 言いながら、返答を待たずに腕を絡ませると、ものすっごぉく不本意そうな顔したものの、黙ってされるままになっていてくれる。 「…少しだけ、だぞ」 「はぁい」 さて…と。 「持ってくれてありがと。皆に配ってくるわね」 「あぁ」 基地の入口で御礼を言って持たせていた荷物を貰う。 よいしょ。 …やっぱり量が多いわ。ちょっと持ち直そう。 床に置いて、荷物の組み合わせを考える。 「えっと…。これは右でこっちは…ちょっと大きいわねぇ。これとこれは同じ袋に入れて…」 モノがモノだし、絶対にコケてばら撒きたくなんかないもの。慎重にいかなきゃ。でも、どう持てば良いのやら。 頼まないで自力で持って帰って来れば良かったかしら。 …きっと、有無を言わせず持ってくんれちゃうんだろうけど。とにかく、重さは気にならないけど、このかさばり具合が問題よぉ。 「…エクセレン」 「…なぁにぃ?…キョウスケ?別に付き合って待っててくれなくても大丈夫よぉ?」 多少、四苦八苦してるけどね。 「…持ってってやる」 「え?でも…」 「お前の部屋までで良いんだろう?」 あんまり大変そうにしてるので業を煮やしたらしい。軽々と(だって、他にも荷物山ほど持ってるのよ)荷物を持ち直すとさっさと行ってしまう。 「ま、待ってよぉ」 「あ、キョウスケ。買ってきてくれた?」 荷物に埋もれたキョウスケを見つけて、期待に満ち満ちた瞳をした甲児くんが寄って来る。…甲児くんが注文してたのって…。…あぁ、アレね。 オトコノコってああいう本、好きよねぇ…。さやかちゃんにバレないと良いけど。 「ああ。もちろん買ってきたぞ。後で渡してやるよ。確か、『淫欲感染』だったよな」 「うわっ!馬鹿!キョウスケ!!」 さらりと書名を言うキョウスケに甲児くんが慌てて口を塞ごうとする。…荷物が邪魔して目的は果たせなかったけど。 「甲児君!!!!!!!」 後ろに居たらしい(キョウスケの立ち位置からはちょうど見えない角度。ついでに私もキョウスケの背中で見えなかった)さやかちゃんの怒声に一瞬肩を竦ませて、謝りながら甲児くんが逃げていく。 …まぁ、勝てないわね。捕まってこっぴどく叱られる、てトコかしら。 気付いてたら止めてあげたんだけどねぇ…。ごめんねぇ、甲児くん。でも、あんなものをキョウスケに頼む方が悪いのよ? …デリカシーのなさじゃ藤原くんと張るんだから、キョウスケは。 「ありがとう。テーブルの足元においてくれて構わないから」 「ここだな」 結局部屋まで届けてもらって、指定位置に置いてもらう。皆が来るのは夕食後だから、焦る必要もないし。私的にはお茶でも出してあげたいところだけど、両手一杯の荷物を見ちゃうとね。 引き取り手が首を長くして待ってるんでしょうに。 「じゃあ、俺は残りの荷物を置いてくる」 「うん」 背中を向けるキョウスケの後ろに立つ。一応、お見送りよ、お見送り。別に、ついて行こう、なんて気はちょっとしかないんだから。 「エクセレン」 ドアの所まで行ったキョウスケがふ不意に立ち止まった。…どしたのかしら? 右手に持っていた本を脇に挟み、ポケットの中を探って何やら掴むと振り向きもしないでこっちに投げてくる。 「な、なになになに?」 咄嗟に受け取って、目を落とすと小さな包み。可愛いリボンまでついてる。…もう。近かったから良かったけど、落としてたらどうするのよ。 …ん?でもこれって、この包みってあのジュエリーショップの…。 まさかね。 「やる。じゃあな」 問い質そうとするこっちの焦りを知ってか知らずか(知ってると思うけど)、背を向けたままの状態で事務用件か何かのようにあっさり告げて出て行ってしまう。 「ちょっ、ちょっときょうすけぇ?」 慌てて声をかけてももう遅い。目の前でドアは閉まっちゃうし、このまま追いかけてもきっと埒があかない。 そういう、人だから。 「…もう!もうちょっと言い様があるんじゃなぁい?」 軽くぼやいて、視線を手の中の包みに戻す。唐突なプレゼントにかなりな驚きと微妙な期待。 「…開けてみなきゃ」 ベッドの上に座り込んでいそいそと包みを開ける。何かしら?ジュエリーショップのなんだから、十中八九アクセサリーだとは思うけど。…と言うより、それ以外だったら変よ。 「…あ…」 小さなジュエリーボックスの中に、小さなピアス。あの、心惹かれた紅い宝石。 「やぁだ、いつから見てたのよぉ」 見られてたの、全然気付かなかったわ。 苦笑と共に呟いて。でも、その呟きがひどく甘くなっちゃうのは、もぉ、しょうがない事よねぇ。 私が、ドラッグストアに居た時に買ったのね。 きっと、あんまり必死に見てたから。だから、知らず口にしていただろう言葉をヒントに探してくれたんだわ。 どんな表情で買ってくれたのかしらね。やっぱり無表情?それとも照れ臭そうに?…多分、無表情ね。お店の人、怖がらなかったかしら。 「着けてみましょ」 今日着けていたピアスを外して着け替える。外した方をなくさないように元のボックスに入れて、確認の為に鏡を覗く。 うん。やっぱり綺麗。ファイアオパールでも、こんな色滅多にないわ。まぁ、ファイアオパールってオレンジが多いし。…似合ってると良いけど。 「もぉ。なんて顔してるのよぉ」 我ながら、凄くにやけちゃってるわ。きっと、気を入れてないと不気味に笑い崩れちゃいそうな程。 そりゃ、ね。そりゃ、当たり前なんだけど。 だって、キョウスケがくれたのよ?何でもない顔してたけど、それでもわざわざ買ってくれたんだもの。 嬉しくない訳、ないじゃない?筆舌に尽くし難いほど嬉しいのよ? 着けた姿見せたら、どんな表情するかしら。少しくらい、驚いたりしてくれるかしら。…きっと、どんなに動揺してたって無表情なのよね。 でも、一応見てはくれる筈だから。 どんなにおしゃれしてみせたって、何の反応もしてくれないような張り合いのない人だけど。 でも、気にしてない訳じゃない筈よね。じゃなかったらこんなプレゼント、してくれる訳ないもの。だから、いつも無駄に頑張っちゃうんだけどね。 「あ。リムーバーどこに置いたかしら」 少しはがれかけたマニキュア、直さなきゃ。折角キョウスケがプレゼントくれたんだもの。一番最初に、一番綺麗な状態で着けてるところを見せなくちゃ。 夕食までまだ、時間あるわよね。 ちらりと時計を見て、ピアスを外し、すぐ使うアクセサリーを置いてる小皿に乗せる。…シャワー浴びて、お化粧直して、それから行かなきゃ。 さりげない風を装って、それでも一応耳元を確認するだろうキョウスケの表情を少しでも崩したいから。 「覚悟、してなさいよぉ」 貴方が焦るくらいの、とびっきりの笑顔、プレゼントしてあげるわ。 |