忍問答


忍であれ

忍であれ

忍であれ




忍たれ




問う




忍とは何か?










「…ヤな感じ」
「カカシ?」
 吐息と共に呟かれた言葉に、アスマが反応する。見れば、無表情に近いカカシの柳眉が軽く寄せられている。
「…招集。問答かな」
 上空に固定された視線を追うと、見慣れない銀の連絡鳥。それだけで、暗部の方の招集と知れる。困ったように頭をかく仕草で、あまり気乗りしていないのが判る。
 先の任務でアスマはカカシが暗部と兼任なのを知った。それ故か、今のカカシは暗部の招集をアスマに隠さない。信頼か信用か…少なくとも、口が堅いとは評価されているのだろう。それが判るので、敢えて問わず、煙草を揉み消す。
「ちょっと行って来る。アイツら頼むね」
「…おう」
 目の前の、泥塗れになって演習を続けている子供達を託す。偶然とはいえ、合同演習で助かった、という所か。
「…なあ。問答てな何だ?」
 思いついて問う。答えがなくても、さして気にはしない。暗部にした問いは返らなくても仕方がない。それは、木の葉ならずとも忍であればこその不文律。
「…忍問答。暗部用語で追い忍の事だぁよ」
 だから。何の衒いもなく、あっさり返された答えに言葉を無くす。
「忍とは何か?…今度アスマの答え、教えてね」
 くつりと笑うと、その場から姿を消した。




「…三代目」
「上忍のユイガじゃ。西の森に向かっておる。問うて来い。『銀』」
「承知」
 気配なく現れ、そのまま消えるカカシに三代目の傍に控えていたコハルが渋面を作る。
「さても酷じゃの」
「…誰もがナルトの様に明快でカカシの様に優しいと言う訳にはいかん」
 深い溜息に混じるのは、答えのない思い。誰もが、あの黄金の子供のように真っ直ぐで明快ならば…と常に思う。そしてそれが叶わぬ望みなのも…承知している。
「…明日はイルカに休みを取らせる」
「相も変わらず、甘い忍じゃ。三代目は」
「うるさいわい」
 くく、と笑うホムラに憮然と返した。








 はぁ、はぁ、はぁ…。
 ひたり、と追ってくる気配に息が乱れる。
 手にした巻物を握り直し、チャクラを練り上げて速度を上げる。追い着かれる訳にはいかない。
 追っ手の気配が読めるという事は、実力は伯仲しているか、こちらの方が上だという事。
 ただ、速度を上げようと緩めようと、付かず一定の距離を保っているのが気にかかるが、ともかく里から離れ、新しい仲間の元に行かなければならない。
 背を伝う冷や汗に気付かぬフリをしながら、更に速度を上げた。

『答えよ』

 突然脳裏に響いた言葉に足が止まる。
「な…」
「…問う。忍とは何か?」
 振り返る必要もない正面。静かに降り注ぐ問いに、ぎくりと固まる。昼なお暗い森の中、悠然と立つ、その姿に。
「狐面…」
 木の葉に二人といないと言われている、狐面の暗部。その面、その銀の髪で相手が判る。上忍であれば、否。長く忍として生きていれば、一度は必ず耳にした事のある存在。

 木の葉の月。

 暗部の銀。

「今一度問う。忍びとは何か?」
「…何故、銀がここに…」
「答えよ、ユイガ」
 感情の全てが読み取れない、静かな声に知らず足が竦む。すらりと抜き放った、チャクラ刀は樹木の隙間を縫うように落ちた陽をまとわせ、冷涼な光を放つ。
 そこで理解する。
 追う気配が読めた、のではなく、読まされていた、という事実に。
 ぞくりと背筋を冷たいモノが走り、喉の奥がひりついた。
「答えによっては、見逃そう」
 くつり、と笑う音にすら思考が消されていく。上忍になって以来、感じた事のなかった恐怖心が身体を侵食していく。
 これは、それだけの相手。
 じり…と、気圧される様に僅かばかり後退しながら、漸くと言葉を口に乗せる。上手く音声にならず、掠れた声が出るのを、遠くに感じた。
「し…忍、とは。刃の心を持つ…者」
 誘われるままに口を動かしつつ、踵を反す。速さで敵うべくもないと知りながら、それでも足は逃れようとする。見逃すと言う、万に一つの可能性だけが、寄す処。
 樹木を飛び移り、恐怖を叱咤し、とにかく遠くへ。
 それだけを意識する。
 一歩でも、遠くへ。里外へ。
 逃げ切れる筈がないと知りつつも。

「…残念。不正解、だぁよ」
 低く甘い、告死の声が耳元でした刹那、胸元が燃える様に熱くなる。そのまま、黒く朱く染まっていく意識に全てが飲み込まれた。



「『人を思う心を持つ刃』が正解。─────────── …じゃなきゃ忍なんて、ただの兇器でしょ」



 突いた刀を抜き取り、血を払い、軽く懐紙で拭うと手元の刀を消す。そして、取り戻した巻物を片手に、血に塗れた懐紙と共に抜け忍だった残骸を燃やし尽くした。




 偲と言い、忍と言う。
 人を思い、刃に心を持たせるモノ。
 心がなくば、ただの刃。
 ただの武器。




 ─────────── …何の価値も、意味もない。




「…木の葉は、火影は、最高の鞘なのに、ね」
 くつりと笑う。

 鞘に納まってこその名刀。
 火影という、慈悲の心があってこその刃。

 それを知る自分は、なんと幸福なのだろうかと。













問う。

忍とは何か?


…暗いですね。
すみません。

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