挨拶


「…カカシ先生?」
 歩調を合わせ、かなりゆったりと歩くカカシを見上げる。何が楽しいのか、ずっと笑っているのだ。
「ん〜。店まで短いけどデートだなぁ…とか思って」
──────── …バカ」
 言われた科白に頬が染まる。
「滅多に出来ないかーらね」
「…手も繋げないのはデートとは言いません」
 楽しそうに顔を覗き込むのにそっぽを向く。
「繋ぎたいの?」
「…全然」
「赤い顔で言っても説得力なーいよ。…あー、でも、今回はアンコに感謝だねぇ。いくら食われても文句言えない」
「…どうかしたの?」
 意地を張ってみたものの、真正直に赤く色付いたままの顔について言及されるかと構えていたが、ふと話を変えられる。
「んー。サクラといのがね、今日はアンコに釣られておやつ食べてくれたから」
「おやつ?いつもは食べないの?」
「ん〜。合同になってからあの二人、食欲がないみたいで。昼も殆ど食べないし、間食一切しないし」
「…それは」
「サスケの手前、少食に見せたいのも判るけど、まだ子供なんだからちゃんと食べないと。ダイエットなんかする必要もないし」
 ちゃんと充分にカロリー消費させてるんだから。
 真剣にそう言う姿に柔らかく笑みがこぼれる。お年頃の女の子の胸中は、どうも難解で理解できないらしい。
「…サスケの所為だけじゃないと思うなぁ」
 ぽそ、と呟く。
 イルカの記憶では、件の二人はサスケの前でもそれなりに食べているのだ。何せ、アカデミーの頃から一緒なのだから。今更な部分もある。
「え?やっぱり俺の指導がマズいのかな。いつか倒れるんじゃないかと心配で」
「そんなに心配?」
「そりゃ…。それより、どこが悪いのか教えて」
 心底心配そうな視線にふわりとした暖かい気持ちと、ほんの少し、針で突付いたような痛みを感じる。その痛みについ、苦笑してしまった。
「…指導は問題ないと思います。…でも、カカシさんの所為かも」
「え、どこ」
「…ナイショ」
「イルカっ」
 くす、と笑って口元に指を立てると、珍しくカカシが慌てる。
 格好良い先生を前にした女の子の見栄なんて、説明しても理解出来る訳がないのだ。だから、後で二人にはこっそり注意をしておいて、目の前の青年には説明しないのが良い。
「自覚ない人に言ってもしょうがないもの。今日は食べるくの一の代表が二人も居るから、きっと食べてくれるんじゃない?」
「あー。それはね。ガリガリの女には魅力ないっての、早く気付くと良いんだけど」
「そう…」
「…あらら」
 頷きかけた所に、鋭い鳥の鳴き声が響く。その声に、視線を巡らすとカカシが肩を竦める。そのまま約束の焼肉店の近くまで来た所で、カカシの許に一羽の白い鳥が舞い下りた。店の前で待っていた子供達が二人を見付けて嬉しそうに駆け寄ってきたが、その鳥を見て困ったように足を止める。
「…イールカ先生」
「…はい」
「これ、俺の財布です。申し訳ありませんが、アイツらに腹一杯食わせてやって。なるべく早く戻るようにするけど、念の為ね」
 苦笑しながらポケットから財布を取り出し、イルカの手に乗せる。
「ナルト、サスケ、サクラ。他の皆も、店中の食材食べ尽くしていーぞ。それまでに戻ってくるから」
「カカシ先生ぇ…」
「ま、すぐだぁよ。ほらほら。行った行った」
 泣きそうな顔で見上げる子供達を優しく店内に追い遣り、他の大人たちにも目配せをする。容易く『戻る』とは言ったが、それが叶うかは判らない。誤魔化して貰わねばならないのだ。
「…カカシ先生」
「はい」
 なんとか店内に押し込んだカカシにイルカが声をかける。
「行ってらっしゃい」
「…行ってきます」
 心配そうな、それでいて穏やかな言葉に応えると、音も立てずに姿を消した。


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