堕天


待っている。




あの、皓い魂が堕ちて来るのを。
闇に染まるのを。
この手の中に自ら委ねて来るのを。




ただ、待っている。




清廉で貞淑なあの存在に。
切欠を与えたのはただ一度。
目の前で女に深く口付けて見せた、あの時だけ。
陥落させている最中に。
態と視線を投げつけ、意識を固定させた。




後は。
追い詰めればいい。
言葉を与えず、視線を投げて。




同じ艶を。
淫蘯の熱を。




行き逢う度に。
すれ違う毎に。

日を追う毎に余裕を奪い、
夜が明く度に退路を断つ。
震える顔に歓喜し、
惑う姿に愉悦する。




そして。
時が満ちた、いつかの晩。
臥待の月を従える。




「イルカ先生」
もう、充分逃がしてあげたでしょう?




「イルカ先生」
そろそろ狩りも終わりにしましょう?




「イルカ先生」


さあ。


手を伸べて。
待っていてあげる。






「おいで」






この腕の中に。
この俺の許に。




堕ちておいで。




ふらりと動き出す身体を、手を伸べて待つ。


そう。
早くおいで。
ここまで。


「イイコだね」
堕ちて来た存在を受け止めて密やかに笑う。




天から堕ちて来た愛しい魂。




「熱い、です」
なんて。
甘い呟き。
天上の声。




「ご褒美に、もっとアツクしてあげますよ」
耳許に甘く甘く囁いてあげる。





己が存在総てを懸けて。




愛してあげる。



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