3話:猫かぶりのエルフ王
「…シェリー、何があった?」金髪の髪、透明感が強く引き込まれてしまうくらいに鮮やかなサファイアブルーの瞳のエルフ。
あたしの魔法の師匠であるクゼル・ライエンは突然、あたし達の目の前に現れ、あたしに問い掛ける。
「盗賊が現れて…それで…あたし達で退治したんです。あ、師匠、紹介しますね。幼なじみのゼン・ウィードです。前、話しましたよね」
「聞いた…。お前が…シェリーの幼なじみと言う男か」
師匠は…ゼンを注意深く観察する。
「…で、ディル、ヒリカ。お前達はどうしてココに居る?」
「えっと…オレたちはさぁ、ちょっと仕事でね。大したことじゃねぇけど」
師匠はゼンを観察しながら、ディルとヒリカに問いかける。
ディルは、師匠の言葉を軽く流す。
…師匠の所までにあたしとゼンの事は伝わっているのかな?
ゴルドバ修行支援の会は魔法協会も協力しているから…。
ディル達の本拠地である商業都市シスアードまで届いているのなら、クシキカの近所のゴルドバには当然届いていてもおかしくないわよね。
あたしは師匠とかについての修行がようやく終わったばかり何だから、魔法の師匠であるクゼル様の所に行くのは予想していてもおかしくないわよね…。
…でも、ディルは「身内に頼まないでオレたちに頼んでくるなんて汚い」なんて言ってたから…クゼル様は魔法の先生だから身内のようなものだし…。
クゼル様があたしの魔法の師匠になったのだって…魔法協会からの依頼みたいだし…。
…ってまずくない。
だとしたら、ディル達に依頼していることクゼル様が知ってたりしたら…、あたしファーレンに強制送還されちゃう!!!
そんなのいやよぉ!!!
クゼル様を見ると…いまだゼンを観察している。
って長くない?
ゼンのことシュウの気配探してるのね?
今まで弱かった『シオドニール・シュバイク』の魔法が突然使えるようになった。
しかも本来の力とはいえないぐらい弱めているけれど、その魔法を使ったのはシオドニール・シュバイク本人であるシュウ。
その気配を察知してクゼル様はココに来たの?
あたしは、不安になってクゼル様に聞いてみることにした。
「師匠、…ゼンがどうかなさったのですか?さっきからずっと…見ているようですけど」
「ん?気にするな。特に、何というわけでもないが」
…クゼル様はゼンから目をあたしに移して言う。
「シオドニール・シュバイクの気配がしたものだからな…。気になってきてみた。ゴルドバにおられる巫女姫も気にしておられるようだし…。シェリー…何か気付いた事はあったか?」
…やっばーい…。
やっぱりそのことだったんだぁ…。
シュウの事…クゼル様にばれたら…どうなっちゃうのかな。
あたし…シュウとゼンと一緒にいられなくなっちゃうのかな?
そんなのダメよ。
「…特にないですよ」
師匠を見て嘘をつく。
騙せるなんて思ってないんだけど…。
「シェリー、嘘はよくないな。残存魔力を探れば誰が放射したのか分かるのだが…それでも黙っているつもりか?」
師匠がじっとあたしを見る。
どうしよぉ。
これ以上、嘘つけないし。
なんであたしって口が達者じゃないんだろう。
ゼン…シュウの方に何て顔を向けたら一発でばれるし…。
ディルとヒリカの方も向けない。
わざとシュウを避けてると思われるかも知れないもん。
「隠さない方がいいぞ」
「…は…い…」
まずい、怒られる。
…って思っても、無理。
やっぱりだめっ。
言えない。
何があったか何て言えないっ。
「シェリー、俺はお前の身の安全を思って、言ってんだ。正直に言わねぇと」
うっ…、怒った。
師匠って、怒ると口調が変わるのよねぇ。
見栄えはいいんだけど…性格もいい加減だし。
ついでに、短気なんだよねぇ。
「なぁ、シェリー、この人がホントに、あの『クゼル・ライエン』なのか?」
ディルが豹変しつつあるクゼル様をみて、不思議そうに聞いてくる。
「……まぁね…」
半分、泣きそうになりながら、ディルの問いに答える。
って言うか、今、その事に、触れないで欲しい。
怒ったクゼル様って滅茶苦茶怖いんだからっ。
「シェリー?」
クゼル様のにらみにすっかりやられてしまったあたしと、そのにらんでくる張本人をディルとヒリカは、ますます不思議そうにしかも、後ずさりをしながら交互に見る。
「シェリー、分かってんだろうなぁ」
ますます、クゼル様は本性を現していく。
そのせいで、口にすら出したくない、恐怖の数々が脳裏に浮かんでくる。
もしも。
もしもよ、ココで『ゼン・ウィード』=『シオドニール・シュバイク』ってばれて、しかも、シュウはクゼル様を知ってるみたいで、しかも苦手みたいだからっ。
全面対決(ハート)(なんてハートつけてる場合じゃないっっ)。
みたいになっちゃったら……。
駄目。
だめぇっっっ!!!!
『魔王』のシュウと『エルフの王様(って言ってる)』クゼル様が戦ったら、この森なくなっちゃう…って言うか、それどころじゃ済まなくなる。
あんな感じだけど、クゼル様ってば魔法に関しては天才的なのよぉっ。
「フゥ…。全く、あなたは変わりありませんね。クゼル・ライエン」
「…お…お前…?」
クゼル様のあまりの態度に業を煮やしたのか、シュウはクゼル様に話しかける。
案の定、クゼル様は驚いて、シュウ(ゼン)を見ている。
……って言うか、火に油を注がないでよぉっっ。
これ以上、クゼル様が切れたら…。
…ってシュウ、クゼル様に言って大丈夫なの?
クゼル様は、まだ、頭の中が整理出来ていないらしく、驚いている。
もちろん、ディルとヒリカも。
ばれても、いいの?
「200年経っても、変わらずじまいとは…あなた、本当にエルフ神族の長ですか?」
「……その声は、シオドニール・シュバイク…か」
そう言って、クゼル様は、腰に下げている剣を抜く。
「…あれ、エルヴィンロード…」
「ディル、感動している場合じゃないでしょ?」
お宝好きのディルの目が輝く。
『聖剣エルヴィンロード』
エルフ神族の王だけが持つ聖剣。
クゼル様(本当に、エルフの王様、しかもエルフ神族だったのね)は、それをシュウに向ける。
「相変わらず、剣に訴える癖も治っていないとは…。やれやれですね」
「お前も人の事言えるのか?相変わらず、その人を食ったようなしゃべり方、変わってねぇな」
ケンカを売る、シュウにそれを買う勢いのクゼル様。
「それは、あなたも同様でしょう?そうそう、その粗野な所も変わっていませんね」
そう言って、シュウはアルタロトリーを抜く。
「あなたみたいないい加減な人に、シェリーが魔法を教わったと思うと…。やはり、私が師事するべきだったと、後悔していますよ」
「貴様に、シェリーを教えられるものか」
「あなたよりはマシですよ。タロットを使った事までは、ほめて差し上げてもいいですけどね」
「フン、よく言う。今まで寝ていた人間に、何が出来るでもないだろう」
シュウとクゼル様の言い合いは終わりそうにない。
…なんだか、不安になってきた。
大丈夫…よね。
あたし、シュウ(ゼン)と一緒に、これからもいられるよね。
スゴく不安で、思わず、叫んでいた。
「シュウ、こんな人でも、一応、あたしの師匠なの。役立つんだか役立たないんだかよく分からない事いろいろ教えてもらったけど、やっぱり、感謝とか一杯してるの、それから、クゼル様、シュウは、大事な人なんです。大切なあたしの幼なじみなんですっ。ずっと、小さい頃から一緒にいたんです。シュウは、クゼル様が思っているような人じゃないんですっ。だから、二人とも、やめて下さい」
「分かりました…、あなたがそう言うのであれば、仕方ないでしょう」
そう言って、シュウは剣を鞘にしまう。
クゼル様は分かってくれただろうか。
ディルと、ヒリカは分かってくれた。
クゼル様は、頭の固い方じゃない。
大丈夫だよね。
「……シェリー、お前までもがそう言うとは…な」
え?
何気なく、呟いたクゼル様の言葉を聞き逃す。
今、なんて言ったの?
あまりにも何気ないクゼル様の言葉。
「ココはシェリー、お前に免じて剣を引いてやろう。それにしても、大変な幼なじみを持ったものだな」
「クゼル様?」
ため息をつきながら、クゼル様は『エルヴィンロード』をしまう。
「どういう意味ですか?大変な幼なじみをもったものだ…って」
ん〜やっぱり、魔王って事かな?
「お前のピアス。あのバカが施した呪の結界だ。誰もお前に魔力をかける事が出来ない。それはかなり守護力のあるものだ。そのせいで、お前に正規の魔法を教える事が出来ない上にカードまで作る羽目になった」
うそぉ。
クゼル様が言っているのは、両耳につけている紫の石がはまっているピアス。
それは、あたしが修行行く前に、シュウからもらったもの。
でも、そんな話、初めて知った。
「当然だ。お前のピアスに、シオドニールの気配を感じたんだ、驚きもする。それに、言えるわけがないだろう。『シオドニール・シュバイク』は死んだはず。それなのに、ピアスから気配を感じる。正直、戸惑ったんだぞ」
クゼル様は本当に困った様に言う。
でも、魔法の契約が出来ない事と、それとは…。
そっか。
魔法の契約は、その力を覚え、身に纏う事。
その力以上の『力』を持っている場合、その力を受け入れない可能性がある。
そう言う事か…。
「参ったぞ…。ありとあらゆる『力』をことごとく拒否してくれるんだからな」
「当然でしょう、シェリーには下手な力を身につけては欲しくなかったですからね」
恨めしそうににらむクゼル様に対してシュウはさらりと答える。
さっきから、全然うち解けていないけど…。
クゼル様は、分かってくれたんだよね。
シュウは…一応『あたしの師匠』って事で、事を荒立てようとは思ってないみたいだけど…。
クゼル様は分かんないよぉ。
「シェリー、これからどこに行くんだ?」
不意に、クゼル様が聞いてくる。
そ、そう言えば。
行き先、まだ決めてない。
「特に用がないのなら、ゴルドバに来ないか?」
そう、クゼル様が言ってくる。
「ゴルドバですか?」
「ゴルドバ!!!!」
「お断りします」
「行く!!!!」
クゼル様の言葉に、4人の声が重なる。
聞いたのは、あたし。
ゴルドバって叫んだのは、ディル。
行くって言ったのは、ヒリカ。
で、断ったのが…シュウ。
「断るってなんで?」
「そうだぜ、ゴルドバは資料の宝庫。世界中の伝承や、伝説が書かれた本が集まる。『光と闇の七ツ石』の手掛かりを捜すにはもってこいの場所だと思うぜ?」
「魔法ギルド、トレジャーギルド等に行けば、簡単に手に入る情報だとは思いますが?それに、私は、無駄な時間を過ごしたくありませんね」
詰め寄ったディルとヒリカにシュウは冷たく言い放ち、黙り込む。
「……ゼン?」
「…あ?」
あたしの呼びかけにゼンは答えてくれる。
機嫌が悪いの、シュウだけみたい。
「ゼンは、どうする?ゴルドバ行きたい?」
「…ん〜、オレとしちゃ、行った事無い場所だしなぁ。試しに行ってみるのも悪くはねぇよな」
フム。
ゼンが、行きたいって言うのなら、行くのもいいよね。
「とりあえず、ゴルドバ行きだな」
ゼンの言葉にあたしはうなずき、ディルとヒリカも嬉しそうに頷く。
「やっぱ、確実な情報も必要だけどさぁ、こういう伝説や、伝承を調べるのも、トレジャーハントには必要なんだよな」
「シュウの奴も分かってるって。もっともらしい理由くっつけて、『ゴルドバ』に行きたくないだけなんだよ、こいつは」
そう、ゼンは言う。
「………ゼン・ウィード……か」
「…え、あ…、初めまして。さっきは、悪かった。シュウの代わりに謝るよ。別に、悪気があってあぁ言う態度を取ったわけじゃねぇーしよ」
「フン、別に気にしちゃいない。昔からあいつはあぁ言う性格だからな」
そうクゼル様はおっしゃった。
ゴルドバ。
昔から、魔法の研究等が盛んな地域。
その為、ココで魔法の修行を、という人が後を絶たない。
かく言うあたしも、その中の一人。
二年ほど前にココにやってきた。
外敵から街を守るために、周囲を城壁が立てられ、その街の中央には神殿が建っている城塞都市。
神殿にいるのは巫女と、その周りを固めている二人の従騎士。
彼等のみ。(正確に言えば、表宮と奥宮に別れていて、その奥宮に巫女と従騎士はいる)。
彼等は世界中で3人しかいない、神属。
巫女とその従騎士は太古の神々より神託を降ろし、人々に伝え、そして、この世界を守る、役目にある。
永遠の命を持ち、気の遠くなるほどの長い年月の中で、この街を、この地を、この世界を見守ってきた。
そして、神託を得ようと、遠来よりわざわざ訪れる人も多いという。
その為、ゴルドバは魔法都市であると同時に、宗教都市でもあるのだ。
で、街に入ってから、シュウは全く声を発しない。
「ゼン、シュウはどうしたの?」
「ん〜、オレにもよく分かんねーんだけど。『話しかけるな』ってさっきからず〜っと苛立ってやがる」
ゼンはそう言う。
「…面白いな」
あたしとゼンの会話を聞いていたのか、クゼル様は話しに割り込んできた。
「どういう意味ですか?」
「ゼン・ウィード。お前の中には、『シオドニール・シュバイク』がいるのだろう?」
クゼル様の問いに、ゼンは頷く。
「そうだけど」
「よく、意識を乗っ取られないものだ。通常、一つの肉体の中に、多数の人格…この場合魂だな…が存在する場合、一つ、一つが希薄である事が多い。その為、主人格という物が存在するんだが…。お前達のように、はっきりと出ている人格はまれだ」
「……シュウは、生まれた時から、オレの中にいるから。別に乗っ取るとかなんて、関係無いけど」
「…だから、珍しいと言っているんだ。普通は、乗っ取られてもおかしくないからな。お互いに会話をする、その様子は他人からでも見る事が出来るのだな」
なるほど、面白い。
そう呟いて、一人納得する。
「…あの人、エルフの王なんだよなぁ」
あぁだ、こうだ考えているクゼル様をゼンは、不思議そうに見つめる。
「うん…自分でもそう言ってる……し。シュウ、そう〜なんだよね」
「………」
そろそろ、平気かなって思ったんだけど。
応答ない。
「ダメ?」
「……ダメ。…それにしても、エルフ王には見えないよな」
「うん、あたしもそう思う。師匠って、基本的に変な人なのよ」
「そ〜だよなぁ」
あたしとゼンの会話を聞いていたのか、あたし達の後ろを歩いていた、ディルとヒリカも頷く。
「そこの四人、聞こえているぞ」
前を歩いていたクゼル様が、振り向かずに言う。
「…し、師匠。聞こえてらしたんですか?」
「シェリー、お前、自分の声がよく通る事、理解していないな」
そうなの?
ゼンを見ると、はっきりと頷く。
ディルと、ヒリカも、頷く。
今まで、気付かなかったけど。
話、変えよう。
「そ、そんな事よりも、師匠、師匠はこれからどこへ?」
「言わなかったか?『シオドニール・シュバイク』の気配を巫女姫も感じて心配になられていると。今から、行くのは巫女のおられる、中央の神殿だ。失礼の無いようにな」
クゼル様はそう言ってあたし達を神殿へと連れていく。
神殿の正式名称はパルマ聖殿。
この星の名前がついた唯一の神殿らしい。
他の神殿にもパルマってついてもおかしくないとは思うんだけど…。
そういえば、パルマって…青い星って意味だった気がするけど忘れちゃった。
なんて言ったら、クゼル様に
「教えたはずだ」
と怒られるのは必至だから気をつけないとなぁ…。
そうこうしているうちに、荘厳な神殿にたどり着いたのでした。