ファルダーガー

  第5章 ・2部 ルトマルク公国  

 ウィラン。
 地図を見れば、ドイツの北部。
 多分、ベルリンあたり。
 リグリア王国。
 正式名称はリグリア連合王国。
 小さな小国が合わさって一つの王国を作っている。
 首都はイタリアのローマあたりにあるラミーア。
 ルトマルク公国首都であるウィランについて早々ひとりぼっちになったあたしは、手頃なカフェに入り一人旅を満喫しようと思っていたんだけど…。
 夢、敗れてなんとやら……な、気分だよ……。
「何言ってるの。最初からミラノちゃん一人では危なくってそんなことさせられないって言ってるんだよ」
 と早々に捕まえてくれたラテスは言う。
 大体、「すぐに心細くなってオレやワール・ワーズのこと呼ぶかななんて思ってたんだけど」なんて、どんだけ子供扱いよ。
「まぁ、まぁ、そう怒らない。いろいろ話したいんだ。この件は本当はミラノの手を借りずに済ませたかったんだけどね」
 隣を歩くラテスは少しだけうつむいて言う。
「……何かあったの?」
「……あったというか……、何というか……。人の、国の闇……があるというか…」
 人の…国の闇?
「と言うより、世界の闇……に近いかな?昔ね…」
 少し悲しげにラテスは言って言葉を濁す。
「ラテス……『歴史というモノは少なからず目を背けたい事実が存在する。だが、ソレすらも歴史の一部であることを忘れてはならない。なぜならば、現在が現在であることのゆえんなのだから。過去を学ばずして未来は作ることは出来ない。過去を現在に、未来に生かす、ソレは歴史を学ぶモノだけでなく、歴史を知るものの義務である』…だよ」
 何回も聞かされた言葉。
 ソレをラテスに伝える。
「ミラノ?」
「お父さんの受け売り。あたしのお父さんは歴史の先生。お父さんの持論なんだよ」
 大学で歴史を研究しているお父さんは、あたしが歴史を学ぶ学年になったとき最初にそう言った。
 まぁ、こんな風に難しくは言わなかったけれど。
 学年があがる度に、世界で歴史が作られる度に。
 目を背けたい事実が現われる度にお父さんはそう何度も言った。
 何度も言われてるからはっきり言って耳たこなんだけどね。
「現在たる……ゆえんか。ソレは、『運命』に似たようなモノがあるね。ソレがなければ、なかったら…か……。目を背けず、未来につなげる…か。その通りだね。オレが教えられるとは思いもよらなかった。いや、そう考えさえもしなかったな……」
 どこか、自嘲気味にラテスは言う。
「ミラノ、場所を変えて話そう。この国リグリアの、リグリアだけの問題ではない暗部の話を」
 ラテスは表情を険しくして、あたしに言った。
 今までで一番険しいラテスの表情。
 こんな顔してるラテスは、初めてだ。
 ここで起こっていることは、あたしが今まで見てきたことよりも一番最悪なことなのかも知れない。
 そんな気がした。

「何から話そうかな。知らないミラノちゃんに話すには多分長くなると思うんだよね……」
 大きな屋敷の応接室でラテスは口を開く。
 この大きな屋敷で出迎えてくれた人はロマーニャで公爵やってるマリーナさんのお父さん、トロワ・コルデ・カプリ公爵。
 トロワさんはロマーニャをマリーナさんに任せ、ここルトマルク公国(正式にはルトマルク地方)を治めている。
 リグリア王国を構成している小国の領主は昔は世襲制だったんだけど、今はリグリア中央政府から派遣された人が領主としてその国(正式には地方)を治めているんだって。
 なんか、平安時代の国司みたいだよね。
 まぁ、大体はその地出身の人が多いみたいなんだけど、トロワさんみたいに他の場所を治めていた(ロマーニャはリゼール地方)人が移転して別の地方を治める場合もあるんだって(転勤みたい)。
 でも、そう考えると国を転々としていた平安時代の国司みたいよね。
 ちなみに、トロワさんはカバネルのスウェル(魔法使い)でもあるんだって。
 カバネル聖共和国のシステムってあんまりよく分ってないんだけど……、基本的にカバネルを守るんじゃなくって世界を守ってるっていう感じなのかなぁ?
 そう言えば、調停者とかって言ってたよね。
 ラプテフの時スリーナイトが介入って言ってたから……。
「カバネルは本国自体を守る組織と、世界を守る組織とで分かれているんですよ。スウェル系やファラス(聖魔士)系は世界と関わる部隊ですね。各国の要人にはカバネルの称号を持っている者が多いんですよ」
 とトロワさんは教えてくれる。
 やっぱり、あんまり分らないのって問題かなぁ。
「そんなことないよ。ミラノがカバネルのシステムに組み込まれる必要はないんだから、詳しく知ることはない。まぁ、概略だけ知ってればいいと思うよ。この世界の知識としてね」
 そ、そうだよね。
 あたし、勇者様だもん(一人旅してみたかった……)。
「さて、何から話そうか」
 人払いをしてラテスは口を開く。
 部屋の中にはあたしとラテスとトロワさんだけになった。
 人払いまでして、聞かれたくない話をラテスはなかなかしようとしない。
『国の暗部』って言ってた。
 ラテスが言う暗部って何だろう。
 目を背けたくなるような事実って言うけれど。
 ソレを想像するのが難しい。
「エルフって、知ってるね。ファイザの所でも何度か会ってるだろうし」
 ラテスの言葉に頷く。
 太陽神ファイザ様の所には二人のエルフが居た。
 セフィルとフィアの兄妹。
 それから、ラテスの神官のシェラ。
 月の女神ミディア様の神官でワール・ワーズと一緒にいるカーラ。
「エルフって言うのは、学術的に言えば、ルトマリス、古代語で森の人という意味を持つ少数民族のことなんだ。特徴は長くとがった耳と、輝く金色の髪。魔術に長けて性格は比較的おとなしい。長命種であることも特徴かな。カーラは良い見本だね。彼女は80年生きているから。ちなみにシェラはクォート。人とエルフの混血。1/4だけ、エルフの血が混ざっている。彼らは月の女神ミディアへの信仰心が厚くミディア自身もエルフの守護者を務めている。輝く月の光のような金色の髪はミディアからの贈り物と言われているね」
 シェラがクォーターでカーラが80歳なんて……。
 カーラの80歳って言うのが驚き。
 あたしの驚きをよそにトロワさんは一つの像を箱の中から取り出す。
 テーブルの上に置いてあった木箱。
 ……何が入ってるんだろうって気にはなってたんだけど。
「森の守護者、古代月の女神ミディアの像です。この大樹は月の木というルナリア。彼女に寄り添っているのは聖獣でもある獅子。彼女の化身でもあると言われています」
「わざわざありがとう。ミラノに見せられないのかと思った」
「はい、カバネルの方に協力してもらって、何とかご用意出来ました」
 トロワさんとラテスの会話の中身が見えない。
「この国で、ミディア像は禁忌なのですよ」
 トロワさんがそう教えてくれても当然ながら分らない。
 ……ルトマルクで何かがあったって事?
「稀少民族保護政策」
 考えていたあたしにラテスは唐突に言い出す。
「何?」
 稀少民族って…少数民族って事?
 それの保護政策って何?
 それとミディア像がどう関係するの?
「ミディアがエルフの守護者って言うのは今言ったね。だから見せておきたかったんだ、これから話すことに関してさして重要な意味を持つわけではないけれど、頭の片隅にでも置いてくれるといいな」
 うん。
 でも、ソレとこの保護政策がどう関わり合うのかが分らない。
「制定されたのは数年前。…5年ぐらい前だったかな?カバネルの国際会議場で可決された法案で、生まれつき所持している能力または特殊な民族を保護する法案の事だ。主な対象は長命種のエルフ族、他、ドワーフ族。など」
「ドワーフは今はトリポリタニア合衆国の一部にしか住んではいませんが工芸に長けた一族です。彼らが作る物はとてもすばらしい出来映えで高額で取引される物が多数なんですよ」
 ラテスの足らない説明をトロワさんが加えて教えてくれる。
「この条約の本命はエルフ族だ。ドワーフ族はトリポリタニアから出てこないから人とあまり交流がないんでね。今現在、エルフ族の大多数はミディアの居るトマスビル大陸に住んでいる。元々はこのリグリアに住んでいたのに」
 移住したって事だよね……。
「彼らは長命種だと言ったね。ドワーフも長命なんだけど、せいぜい200年程度」
 200年でも長いと思うけど……。
「人はどのくらい生きると思う?」
 えっと…平均寿命が日本人で80歳…ぐらいだよね……。
 聞いた話だけど……、60年で暦が一回りして、ソレを2周した120歳が、人間の寿命って聞いたことがある。
 60歳でお祝いするのって暦の一回りおめでとうって事なんだよね。
「まぁ、そんなもんだね。ソレはミラノのが住んでる国の平均寿命かな?」
 問い掛けてくるラテスの言葉にあたしは頷く。
「まぁ、地域によって開きがあるから一概には言えないけれど、ラプテフに限ってはそうかな?リグリアもそのくらいだったはず。だが……エルフは違う。平均は人の4倍という。彼らは長いこと年を取らない。…さて、ミラノちゃん、一つ質問だよ。近所に住んでいる親しくつきあいをしている人。その人が昔と変わらぬ姿を保っていたら君はどう思う」
 それなりに年を取ったって言うあとがないって事だよね。
 ………きもちわるい……?
 ぶきみ……かな?
「そう思うね。そうやってエルフは、人に迫害されていった。最初は森に住み、人と生きる場を分けていた彼ら。でもとても好奇心の強い彼らは、人に近づいていく。彼らは見目にも美しい。輝く月の光のような髪、淡い乳白色の月のような肌。真昼の月が鮮やかに浮かぶ透き通った青い瞳。彼らの美しさは最初はもてはやされていたけれど。…長命種…、いつまでも変わらない容姿に恐怖を抱いた。その上、生まれながらに魔術に長け、精霊とコンタクトする彼らは、そんなことが出来ない人々からすれば、羨みやがて、彼らは変わらぬ姿に恐怖を憎悪に発展させる。永遠の命と永遠の若さは人類の夢なんだもんね」
 美しさ、若さと長い命か……。
 ずっと綺麗なままでいたいっていう気持ちは分るけど、それが憎悪に発展するのかな…。
「そうだね、それは憧れに近い憎悪といった方がただしいかもね…。そして、このリグリアに住む人々はエルフを迫害するだけでなく虐待し奴隷のように扱った。特にこのルトマルク地方がひどかったようだね」
「そうですね、エルフ発祥の地でもありましたから。エルフが奴隷だけでなく、惨殺されていた時期もありました。一時期、世界中で謎の…当時としてはですけれど、伝染病がはやったことがありまして、その原因とされたのがエルフだったのです。彼らが公式での最初の発症者と言うことも拍車を掛けたのでしょう。親しくしていたものも殺害され、ただ街で話した者だけでなくエルフが住んでいた、ただそれだけの理由で焼き討ちにあった村もあったという聞きます」
 とトロワさんが静かに語る。
 な、なんか、魔女裁判と一緒だ。
「その騒動もしばらくしては落ち着いた。でも、エルフの迫害だけは止まらなかった。奴隷、虐待等。今まで、各国の政策として保護を進める政策はあったけれど、どれも決定打にまでは至らなかった。リグリアはこの調子だし、他の国家もリグリアほどではないけれど、エルフという存在に寛容じゃなかった。ラプテフとトリポリタニア、マルマラ、イオニアは比較的寛容と言えるかな?元々エルフが存在しなかった地域でもあるし」
 リグリアと地続きかそうじゃないかっていう差?
「そんなもんだね。もちろん、その中でも地域格差はある。一番ひどいのはリグリアだけれども、ルトマルク地方とエンブルグ地方じゃ開きはあるよね」
「そうですね、エンブルグはリグリアの中でも一番エルフに寛容だと言われています。ルトマルクから遠いし、ラプテフ同様島であることがルトマルク等の影響を受けていない理由と言えるかもしれませんね」
 エンブルグ……地図を見たら、イギリスでした。
「事態を重く見た三聖人(現三聖人)はエルフの保護を第一目的とした稀少民族保護条約を打ち出したんだ。それが5年前」
 言葉をラテスは止める。
 ソレを今話すっていうことは、
「うまくいかなかったの?」
 聞いてみればラテスはため息をつきながら話を続ける。
「行ったよ。リグリア以外は。……リグリアは小国の反対を理由に調印しなかったんだ。だが、保護をしないわけにはいかなかった。なぜならば、エルフは古代神ミディアの守護を受け、現代神の神官を務めているからだ」
 ミディア様の守護っていうのはとりあえず置いといて、現代神の神官がエルフって言うことは有名な話なの?
「もちろん、神殿に行けば神々との繋ぎ役にエルフが出てくるからね。ただ、リグリアには現代神の神殿が皆無に等しいから…それがエルフ虐待に拍車を掛けているのかも知れない」
 ちょ、ちょっと待って!!!!
 戦いの神ナイル様の神殿ってリグリアにあるんだよね。
 ナイル様の出身地ってリグリアだったよね。
 間違ってないよね。
 それでないっていうのはなんか違うんじゃ……。
「ナイルの神殿が出来たのはロマとの戦いの後だ。彼の偉業を讃えてリベール地方を望むエフェソス山脈にナイルの神殿を造った。その一帯は神域となった。でもナイル自身は居ない。他の現代神のようにナイルの神殿はナイルのいる場所じゃないんだ。だから、神々と人々を繋ぐエルフはいない。リグリアのほとんどの人間は現代神の神殿にエルフが神官としていることを知らない。だからエルフを虐待することもいとわない。彼らが月の女神ミディアの守護を受けていても、逆に疑問に思うばかり。一番ひどかったのがルトマルク一帯だった。3年前、その領主を捕らえ、エルフを解放することでリグリアはようやく調印した」
「ハイ、当時はマリーナも迷惑を掛けました」
「そんなことないよ」
 トロワさんの言葉にラテスは3年前の当時を思い出したのかクスリと笑う。
 そのエルフを解放するための時にマリーナさんはラテスに会って、あのマリーナさんのテンションが出来たかと思うとなんか面白いかも。
 マリーナさんってラテスのこと好きになったのよね。
「何があったの?」
 ちょっと詳しく知りたくなったので聞いてみる。
「そうだね。当時、リグリア王国は表だってはその調印をすることを拒んだ。内部事情という盾でね。でもそうはいかない、下手すれば国際社会から孤立する。その為に、カバネル政府はワール・ワーズに解放を依頼したんだ。そして、カバネルからの責任者って事でサガや他数名を派遣してエルフを解放することになったんだよ」
 ワール・ワーズに依頼って。
「彼らは火の女神タクラに認められたソングマスターなんだけど、他の吟遊詩人とは違う側面がある。彼らは古代神の神官である事とオレの代理を兼ねて貰っているんだ」
 ワール・ワーズがラテスの代理?
「そ、だって、オレはワール・ワーズのスポンサーだもん」
 はぁ?
 そんな話知らなかったっていうか、初めて聞いた!!!
「ラプテフ国内じゃあ有名な話だもん」
 だもんって……。
 知らなかった……。
「ともかく、その時解放出来て、リグリアは無事調印することが出来た。が……、全て解決する訳じゃなかったんだ。確かに、解放はされた、でも…………。今回の目的はソレをつぶすことなんだよ」
 ………話は聞いた。
 深く根付いている問題っていうのも聞いた。
 ……じゃあ、あたしに何が出来るっていうのよ。
 魔法なんてそんな使えないし、実戦だって大してやってないんだよ?
「大丈夫。前回と違ってリグリア政府に協力を頼めるし、ワール・ワーズも、トーニックも連れてきてるし、地の利があるカーラもいるし、そうそう、カーラはミディアの神官でもあるしエルフの女王様なんだよ」
 いや、だからってあたしはどうすればいいの〜〜?
「まぁ、詳しくは全員集まってからで。ワール・ワーズは明日ココに来るし、トーニックはすでに調査行動に入ってるからね。心配しないで良いよ」
 なんてラテスは軽く言う。
 ………今までの重たい空気はどこに行ったの。
 重たい空気のままでもつらいけどさ……。
 変わりすぎだよ。
 って言うか、あたしに『何か』『何が』出来るんだ〜〜。
 そっちの方が問題な気がする。

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