「足下には気をつけてくださいね。暗いですから」
「大丈夫よ、天蓬。あなたが支えてくれるのでしょう?私はあなたを信用してるわ。だから大丈夫」

 そう言いながらニッコリと微笑むを見てガラにもなく照れる。
 いつもの調子を出す事が難しいのは、この月の光と淡く光る沙羅双樹のせい。

 

 

 

 

百花繚乱〜沙羅双樹の下で〜

 

 

 


「いかがですか?」

  に腰掛けさせ僕は声をかける。
  は僕の声が聞こえていないのか、ただ、月が輝く空を見上げていた。

 魅了されているのだろう。
 月の光に反射して淡く輝く沙羅双樹の花に。

 僕の存在なんて気にしないでは空を見続けている。
 が外にでたのは…しかも共もつけないで。
 僕と……男と外にでた事なんて今まで無かった事だろう。

「綺麗ね…。私、この景色を見られるとは思っても見なかったわ」
「そう言ってもらえると、僕としても光栄です。あなたを連れてきたかいがありますね」
「そうね、天蓬のおかげね」

 そこで初めて、は僕を見る。

 深栗色の柔らかな髪は、陽の下で見ると濃い色であるにもかかわらず、月の光の下で見ると何故か輝いて見える。
 夜色の瞳には銀の虹彩がしっかりと輝き、彼女の瞳の中にもう一つの夜を月を見る気分がする。

 この目を間近で見ているのは僕以外にいないと思うと、少しだけ優越感を覚える。
 思えば、を外に連れ出そうとしたのは、このもう一つの夜を見たい為だったのかと思い静かに苦笑する。

 は天界最高の予言者である星見。
 一日中、部屋の中にいて外を知る事がない、知る事が出来ない予言者。

 見る事でしか外を知る事が出来ない彼女を僕は連れ出そうとした。

 初めて星見の宮殿『九曜殿』に入ったのは、彼女の母親である春艶がまだ生きている時ではあったけれど、それも遠い昔の事で、宮殿に入ってから僕が単独で『九曜殿』に向かう事はなかった。

 予言なんて信じられる物ではなかったし。
 天界最高の予言者に興味すらわかなかった。

 だから、近くに寄った時、何となく気まぐれで『九曜殿』に入ったのだ。

 そしたら、は奥の間でお茶の準備をしていた。
 誰か来るのか?と訊ねたら、僕を待っていたと…。

 

 来るのが分かっている天界の星見に先回りをしようと思った僕は完璧に負けたのだ。

 

 初めて見た彼女は、羽のような雰囲気を持っていた。
 柔らかく、温かい。

 僕の『うさんくさい予言者』と言うイメージを一掃してくれたのだ。

 それからだ、僕は彼女を外に連れ出そうと計画をし出したのを。

 彼女は…どことなく観音殿にいる友人に似ているような気がした。
 最も、実際の彼女と彼は似ても似つかない性格を持っているけれど。

 でも、何故かそう思えたのだ。

「本当?天蓬」

 不意に二日前にそう聞き返された事を思いだした。
 計画をしっかりと練ってどこにも手落ちがないぐらい完璧な計画を立てて、偶然を装った風に

「外に行きましょうか」

 と、訊ねた時だ。

 嬉しそうに本当に花が咲くようにと言うのは彼女の笑顔の事を指すのではないのかと後から思うほど、はぱぁっと表情を変えて、嬉しそうに僕の言葉に聞き返したのだ。

 その時僕は、本当の彼女の笑顔を見たような気がした。

 あまりにも嬉しそうな笑顔。
 華やかでも艶やかでもなく、本当に嬉しそうに、花が咲くように表情を変える。

 

 その笑顔を見る為なら何でもしそうな気分になる。

 

「天蓬」

 の涼やかな声が耳に沈み込んでくる。

「さっきから何を考えてるの?私が声をかけてるの気付いていない?」

 が僕の顔をのぞき込んでいた。
 気付かなかったと言ったら、嘘になるかも知れないけれど。
 彼女の顔を見ていたかった。

「スミマセン、ついあなたの顔に見惚れてしまって」

 何ていったらどんな態度を取るんだろう。
 顔を真っ赤にするのだろうか。

 けれど、僕の予想は外れていた。

「天蓬?……お世辞言っても何も出てこないわよ」
「…ハ、ハハハ…」

 本気にすら取ってもらえなかったのでしょうか。
 なんだか、スゴく悲しいんですけど…。

「天蓬」

 が僕を呼ぶ。

「はい」
「ありがとう、本当にありがとう。天蓬のおかげね。本当の外を知ることが出来た。やっぱり、家の中に閉じこもってるだけでは駄目ね。何も見えなくなってしまう。全てが分からなくなってしまう。変化が見えなくなってしまう」

 まっすぐに僕を見て、そして月に顔を向けてゆっくりとその瞳を閉じる。

 静かに月の光を浴びる彼女に僕は一つ、問い掛ける。

、あなたは変化を恐れないのですか?」
「変わらない物なんてあると思う?天蓬、人は、変わっていくものよ。でもこの世界は違う。変化を恐れる。恐れなければ、先が見える星見なんて存在しないでしょう」

 少しだけ寂しそうには言う。

 先が見えること。
 それがどれだけ、辛いのか、苦しいのか僕には想像がつかなかった。

「…先が見えることは、辛いでしょうね…」

 けれど、そんな言葉で片付けられるほどの物でないのは分かっている。

「……そうね。それでも、私は星を見続けるのよ。 たとえ、桜が散ろうとも、星が堕ちようとも、光が闇に飲み込まれようとも、大地に暗い影が落されようとしても。私は、星を見続けるわ。それが…運命なのだから。星宿は一変の狂いもなく回り続ける。今までも、これから先も……」
「……」

 が何かを指して言っているのだけは分かった。

 けれど、僕にはその何かは分からない。

「天蓬」

 が沈んだ声ではなく、いつもの調子で僕を呼ぶ。

「何ですか?」
「お願いしたいことがあるの」

 僕を見てはニッコリと微笑む。

「僕で良ければ」

 その笑顔があまりにも楽しそうな笑顔で、…可愛らしいって言うんでしょうね。
 だから、何でも願い事なんて聞きたくなってしまう。

「また、私に外を見せて欲しいの。いろいろ、あなたが見たもの、あなたが見てるもの、私に見せて欲しいの」
「僕のなんかでいいんですか?」
「いいの。私、あなた以外に、こんなお願い出来る人なんていないんですもの。観世音には遊ばれそうだし」

 困ったように彼女は微笑む。

「あの人、私をからかうことしかしないのよ。そんなことでいいのかしら?菩薩なのに」

 の言葉から想像する。
 僕もあの人にはいろいろと困らせられてますし。
 あの、甥にも。

「だから、お願いね、天蓬」
「いいですよ。僕が見たことあるもの、あなたにお見せします。また、こんな風に抜け出出すのもいいでしょう。今度は月の下ではなく、陽の光の下とかね」
「…ホント?」
「もちろん、僕が、ばれないようにして差し上げますよ。
「ありがとう」

 僕の言葉には本当に嬉しそうに微笑んだ。

 花が咲いたように。
 そして、瞳にはもう一つの月。

 

 陽の下ではどんな風になるんだろう。

 

 穏やかな月光の下で、そんなことを思っていた。  

 

 

 

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あとがき

天ちゃんとデートの話。
桃源郷版でヒロインが八戒と見た風景がこれ。
そして、メロメロ天ちゃんのできあがりになってました。

最初、3人称で書いてた時はそれ程メロメロではなかったのですが(最も最初の方だけで)1人称になったらメロメロ天ちゃんができあがってました…。
か・な・り・メロメロです。

フフフ。
実はわたし、天ちゃん好きなんです!!!
あの策略家っぷり+直情型?
もう、ツボでツボで。
八戒は策略家って言う程、策略家ではではないんですよね。黒いけど。

「人は変わっていくものよ」
と言うセリフを言わせた途端ヒロインの声は潘恵子さんにしたくなりましたよ…。
「刻(とき)が見えるわ」
も言わせたかったな。

私は天ちゃん好きですが、このドリーム最終的には金蝉に向かいます。
天ちゃん片思いって言うのがまたツボでさぁ。

壁紙…沙羅双樹ってなかなかないね。
夏椿とも言うんだそうで。
結構苦肉の策の壁紙だったりします。

次回は天ちゃんに邪魔されるケン兄ちゃんの話。
桜全開!!!

&実は、八戒さん誕生日おめでとうって事のドリーム!。
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