--陰と陽--  

 

 気分がすぐれないのは、雨のせい?

 別にそのせいにしたくない。
 ただ、考え込みたい時はとことんまで考えたいから。
 落ち込んだ時はとことんまで落ち込んだ方がいいから。

 

 

 たとえ、側にいてくれてる人たちが心配したとしても。

 

 

 

***

 

  

 陰鬱な雨が降る。

「わたしは部屋に戻るね」

 一人部屋一つと二人部屋が2つ。
 が居るから一人部屋はに渡る。

 このところの雨でもそれは同様になっていた。
 が雨の音を消すからだ。
 だから雨を気にする人間は余計な事に気を回さずにすむ。

 体に感じる雨の湿気まで、さすがになくなりはしないが、それでも音がないだけ、随分変わる。

「大丈夫ですか?」

 扉に手をかけたは後ろからかけられた声にビクッと反応する。

「大丈夫だけど?……平気?」

 質問を質問で返された八戒は苦笑いをしながら笑顔でうなずく。
 同様の問いを向けられた三蔵も

「気にするな」

 とまっすぐに目を向けながら言う。

「それじゃ、お休みなさい」

 はそう声をかけて部屋に戻った。

 

 

***

 

 

  

 扉を開けた瞬間に雨の音が耳に飛び込んでくる。
 結界を張った時よりもそれは強くなっているようで…。

 わたしの心に影を落していく。

 忘れていたのに。
 忘れられていたのに。

 もう大丈夫だと本気で思っていたのに。

「僕ハ覚エテイルヨ。君ノコト。僕ノコト忘レチャッタ?」

 あの声が耳につく。

 この前の街で出会った男。

 闇色の瞳と髪。
 耳につくしゃべり方と嫌みな声。
 どこかで聞いたはずなのに思い出せずに。

 ただ、そのしゃべり方だけは嫌悪感を抱いていた。

 あれから何日も経った。

 悟空の笑顔も。
 悟浄の場を和ませる軽口も。
 八戒の穏やかな空気も。
 三蔵の温かい腕も…。

 それを、その声を忘れさせてはくれない。

 側にいる彼等から与えられる穏やかな感情に、騒がしい日常に、身を任せていればそれを忘れる事が出来るだろうと思っていたのに、わたしの記憶の中からそれは消えてはくれない。

 三蔵や八戒、ほど雨が苦手と言うわけではない。
 出かけるのが面倒とか、言ってみれば人並みに、雨は苦手というぐらいで。
 両親を失った後に道廟(道観と同義。道観より規模が大きいお寺)で行われた葬式はあまりにも豪華で、香の煙が静かに天に昇っていく時、雨が降り始めた。
 父、李聖延は当時最高の天道師と呼ばれ、母親の茗花も、その昔方術を扱わせたら敵う者はいないとまで、言われた人だ。

 その時に降り出した雨は、『二人の死を悲しむ天が降らせた物だ』と誰彼が言ったのを幼かったにも関わらず、わたしはしっかりと覚えていた。

「……雨の音がしたら眠れないと言ったのはどこの誰だ?他人に気ぃばっか使って自分にはかけねぇとはな」
「………」

 声をしたほうに目を向けると、そこには三蔵がいた…。

「どうしたの?」

 雨が嫌いな三蔵は、薄明かりでもはっきり分かるように嫌な顔をしながら、わたしの隣に座る。

「何、落ち込んでる」

 唐突に三蔵が聞いてくる。

「別に落ち込んでる訳じゃないよ。陽の気を高めるには時々、最大限に陰の気を高めた方が良いの」

 これは、陰陽の理。
 陰が高まれば陽に転じ、陽が高まれば陰に転じる。

「そういうのを落ち込んでるって言うんじゃねぇのか」
「そうとも、言うね」

 三蔵の言葉にわたしは苦笑いをして答える。

 落ち込みたければ、とことんまでに落ち込む。
 そうすれば、立ち直る事も出来るから。

「何があった」
「別に、三蔵が思ってるようなことは何もないよ」

 軽い拒絶。

 でも、言ったとおり三蔵が思うような事は何もない。
 ただ、嫌な記憶を思い出させられただけ。

「だったら、いつもの様にしていろ。喜んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、していろ。感情、隠して落ち込んでんじゃねぇよ。お前がそんなんだからあいつ等がうるせぇんだよ」

 三蔵が、心配してるのが何故か手に取るように分かった。

 みんなを理由にかこつけて。
 雨、苦手なくせして、わざわざ雨の音がするこの部屋にいて。

 で、部屋に戻る前に見た皆の顔を思い出す。

 心配そうな顔してたよね。
 はぁ…なんか、情けないなぁ。
 私は天道師なのに。
 三蔵に心配されて。
 隠せないぐらい顔に出てたのかな。

「何笑ってる。落ち込むのはやめたのか?」
「違う、なんか情けないなぁって思って。わたし天道師なのにみんなに気をつかわせて。しかもこんな姿、人に見せられないよ」

 人々を救う(僧侶とは違う意味での)立場にいるわたし。
 本当だったら落ち込んでる場合じゃないのにね。

「バカか?」

 は?

「な、何よ」

 いきなりの三蔵の言葉。
 バカって何よっ。

「ここにいるのは、誰だ?え?天道師李か?お前は天道師としてここにいるのか?」
「…違う」

 違う。
 ココにいるのは、だよ。

「分かってんじゃねぇか。だいたいテメェが天道師と知っているのは、洛陽の竜祥と俺たちだけだろうが。他の奴らなんざ誰もテメェが天道師のくせして落ち込んでるとは考えねぇよ。他人は、こっちの事なんか、自分が思っているほど、考えちゃいない。だから、いつもの様にしていろ。テメェがそんなふうだとこっちが調子狂うだろうが」
「三蔵…。なんだ。なんか私、めったに聞けないものを聞いたような気がする」
「アァ?」
「玄奘三蔵法師様の説法。すっごい貴重だよね」
「フン、そこまで軽口が叩けるようなら平気だな」
「三蔵、ありがとね」
「気にするな」

 そう、三蔵は言ってくれた。

 …?
 そう言えば、何で三蔵いるんだろう。

「…。って言うか、何で三蔵いるの?」

 聞いてみる。

「雨の日は居ろと言っただろうが」
「雨、苦手なのに音のするところにいる必要ないでしょう?」

 雨の日は居ろって別にそれは雨の音する所じゃなくたっていいはずだよねぇ。
 そう思って首傾げてる私に腕がまわってくる。
 次の瞬間にはぬくもりが感じられて。
 って…なんで、

「って…な、な、な、何でわざわざ抱き締めるのよ」

 三蔵に抱きしめられていた。

「うるせぇよ」
「何それ意味わかんない」
「おとなしくしてろ。
「雨、苦手なんでしょう?…居たいの?ここに。わたしここじゃなくてもいいよ。雨嫌いなんでしょ?」
「うるせぇよ少しは、黙ってろ」
「だって」
「いいから、黙れ」

 そう言って、その腕を強める。
 …苦しいんですが…。

「三蔵、くるしいんですけど…」

 っつーか、マジで苦しい。

「おとなしくしてるか?」
「さっきから、してるし、今も、してるから」
「……」

 ため息ついて、少しだけ、腕をゆるめてくれる。

「……本当に、いいの?」
「別にいい。おまえがいれば気が紛れるからな」

 …なんか、三蔵の暇つぶしの相手をさせられてるような気がする。

「それって…喜んでいいの?」
「……好きにしろ」

 どこかあきれてる声が聞こえる。

 あぁ、ホント、訳わかんない。
 時々、三蔵の意図が読めない時があるんだよね。

 でも、気が紛れるって言うのはわたしにも言えるかもしれない。

 三蔵がいてくれるだけで、あの『記憶』はとりあえず、わたしを苛ませない。

「……ありがとう」

 聞こえないぐらいの小さな声で、つぶやく。

「……フン」

 どうやら聞こえたらしい。

「別に貴様のためじゃない」
「うん……分かってる」

 三蔵が、なんて言うのか分かってて、礼を言う。

「………気にするな」

 長い沈黙の後、そう告げられた言葉。

 何に向けての『気にするな』かはあえて聞かないことにして、ただ、うなずくだけにしておく。

 わたしは、いつか、向き合わなくちゃならない時がくる。
 自分の過去と。

 これから先ずっと見ないつもりだった。
 でも、三蔵や、皆がいれば大丈夫かもしれない。

 そう思った。

 ただ、うなずいた後、少しだけ強められた腕があまりにも優しくて、泣き出しそうになった。

 

 

 

Top

あとがき
雨編です。
ヒロインの過去編序章です。
少しだけラブラブを入れつつ、三蔵様の気持ちに鈍感な(?)ヒロインに対してムッと来ている三蔵様の行動編とも言います。

この話は、結構前にできていました。
この壁紙、『原理と譲れないもの:後編』の壁紙と一緒なんですが、最初に使おうと思っていたのはここが最初です。

ヒロインの過去。
暗いものにするつもりはなかったのですが、暗いです。
激悪とまではいきませんが、結構暗いです。
激悪にしようかと思ったのですが、それは余りにも彼女が可哀想かな?と思ったので。

覚悟して下さい。
(そんなに暗い者じゃないじゃんって突っ込み入れられる可能性大)

三蔵:ふん。
長月:あ、三蔵様、おひさしぶりです。
三蔵:随分、長い間、放っておいたな。
長月:……いろいろ、ありまして。
三蔵:どうでもいいがな、いい加減、殺されてぇのか?
長月:そ、それはとの仲が一向に進展しないということでしょうか?
三蔵:分かってるじゃねぇか。
長月:もう少し、お待ちくださいっっ。あと、2話。ちょうど2話目でラブラブになりますっっ。
三蔵:期待、していいんだな。
長月:………一応。
三蔵:一応とはどういう意味だ。
長月:……分割されてしまう可能性もあるので。話的には2話後です。
三蔵:いいだろう。覚悟はできてるようだからな。苦しまないように、殺してやる。
長月:………ギャアアアアアアアア。

次回予告!!!!!!
三蔵:………どういうことだ?
:助けてね?三蔵様。みんなも、よろしくね。
八戒:僕達はどうすれば?
悟浄:そんなこと、平気なのか?
悟空:……おれたちは平気だけど…。
:次回予告、存在と否定。
三蔵:こいつは、きさま等が望んでいる人間じゃないっ。