--彼女と押しつけられた仕事--  

 

 ふわり。

 彼女が降り立つ様は背に羽を付けたかのように軽やかだった。
 まだその時の僕は気付いていない。

 凪いでいる、静かな水面の様な僕の心の中に、羽が落ちてきたことを。

 

 

「八戒、洛陽近くの街道って行ったらここらへんだよな」
「そうですね。待ち合わせはここら辺何ですけど…」

 悟浄の言葉に僕は辺りを見渡す。

 洛陽付近の森に続く街道。
 三蔵に押しつけられた三仏神からの依頼の為、ココで人と会う予定になっていた。

 今回の仕事。
 どこぞの仏寺から盗まれた仏像を取り返す事。
 のはずなのに、仕事相手がいる。
 いわゆる、協力者というやつだ。

「どうするよ、面倒だから帰るか?」
「そう言うわけにも行かないでしょう。一応、三蔵から押しつけられたとはいえ、三仏神からの依頼には変わらないんですから」

 相手が来ない事と、それから押しつけられた事に関していらついている悟浄を落ち着いてなだめる。
 悟浄の気持ちも分からないでもないけど。

 はらはらと頭上の木から葉が、数枚落ちてくる。

 風でもあったか?
 そう思った時だった。

 

 人が降りてきたのは。

 

 深栗色の長い髪。
 紺色の瞳にかすかに銀の輝きが見て取れる。

 そして、僕達を見て、ふんわりと微笑んだ。

「猪八戒さんと沙悟浄さんですね?わたし、道教会から今回、お二人に協力するよう言われてきました、道士『』です。よろしくお願いします」

 年の頃は15、6。
 微笑み方が少し大人びているからもう少し上か?
 どっちにしろ、まだ10代のあどけない少女がそこにいた。

「君、な訳?」

 急に悟浄が浮き足立ち出す。

 協力者と言うのだから、どうせうだつの上がらない男なのだろう。

 例えば、僧侶とか。
 生臭で、鬼畜な僧侶とか(こういうと…かなり限定されてますけど)。

 そう、想像して、ともかく、あまり期待をしていなかった僕達(特に悟浄)にとって衝撃だった。

 女の子が来るとは予想もしていなかったのだ。

「えっと…何か問題でも?」
「ぜーんぜん。オレ的にはノープロよ?」
「僕も問題ないですよ。どちらかと言えば、歓迎しているんですから」
「え?」

 僕の言葉に彼女のみならず、悟浄までもが驚く。

「ん?珍しいじゃん。お前がそんなこと言うなんて」
「そうですか?いつも、金髪の破戒僧とか赤ゴキブリエロ河童とか、欠食児童とかの相手してますからねぇ」

 たまには、まともな方の相手もしたいと、常々思っていたりするんですよね。

「……はっ八戒、お前…」

 でもまぁ、恨みになんて思っていないけれど。

「だからね、余計な行動は慎んでくださいね」

 ニッコリと微笑みながら、悟浄に言う。
 女性がいるのだから、悟浄の余計な行動に対して、先手をうっておくのが一番なのだ。

「…了解しました」

 悟浄は落ち込みながら、了承する。

 これで、悟浄は大人しくなる。
 とは、思えないですけどね。

「あ、あのぉ」
「あぁ、スミマセン。話、それちゃいましたね」
「いえ…」

 いつもの調子で掛け合いに応じていた僕は、呆気にとられて見ていた彼女にいつもの調子で謝る。

 本当の僕(と言っても、本当の、なんて僕自身も分かってないんですけど)は、こういう掛け合いをしない。

 悟浄や、あの二人と出会ってからだ。

「それは、突っ込むところだらけだからだろう」

 と言った誰かの言葉に頷くこともあり、正直、僕自身も楽しいと感じているのだから、問題はないのだろう。

「いつも、こうなんですか?」

 呆気にとられていながらも、彼女は僕に問う。

「まぁ、そうですね。言ってみれば、一種のスキンシップみたいなものですよ。からかうと楽しいんですよ?」
「アハハ、ホント、楽しそうですね」

 冗談ともつかない笑顔で、彼女は答える。

 もしかすると、かなり度胸のある人なのかも…。
 そう、思った。

 

 

 

***

 

 

 

「わたし、15じゃないよ。18歳!!」

 食堂での夕飯。
 すっかりうち解けた彼女、に年齢を聞けば、悟空より年上だった。

「…そ、そうだったんですか?」
「まぁね。結構、年齢不詳に見えるでしょ?それが、わたしのいいところ」
「言って見りゃ、ガキだよな」
「ひどーいっ」

 見た感じ、かなりふんわりとしているのに。

 出会った後、見つけた盗賊達をのして、道教協会に連絡し、テキパキと指示を出していた様子は、その年代の人間より年上に見せて、悟浄のからかいに応じる様子は、悟空と同い年か、下に見える。

「子供なんだか、大人なんだか、全く分からないですね」
「ひどい、八戒まで…。まぁ、いいけど、年下に見えた方がいろいろと便利だしねぇ」

 といいながらいたずらっ子のように微笑むと、18歳と言う年齢の女性がだす『それ』に見えて驚く。

 ……どことなく、三蔵に似てる気がした。

 ドコも似ている様子なんて何一つないのに。
 何故か、そう思った。

 陰険とか、鬼畜とかいう意味もなく。
 そう、もっと、本質的なもの。

 そこが似ていると思わせるのかも知れない。

 ある『種』の人間だけがもつ、雰囲気。
 それが、なんだか分からないけれど。

「そろそろ、仕事の話がしたいんだけど」
「そうですね。正直言うと、僕達は何をすればいいのか、全く見当がついていませんから」

 僕の言葉には頷く。

「場所、変えていい?あまり、人に聞かれたくないの。誰も気にしてないかも知れないけれど、誰が聞いてるとも限らないから」
「了解、さすがに食堂で仕事の話って言うのはあれだしな」

 悟浄の言葉に僕も頷く。
 今いる食堂は、にぎやかだが、仕事の話をするのには少し不向きだ。

「ありがとう。悟浄、八戒」

 そう言ってはふんわりと微笑んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 宿屋の一室、の部屋に僕達は集まった。

「二人とも、今回の件について、どう聞いてる?」
「とある仏寺から盗まれた仏像を取り戻すこと。そう聞いていますが」

 の問いに、簡潔に答える。

「犯人については」
「全く。正直言って、僕達は盗まれた仏像と、寺の名前しか聞いてないんですよ」
「…そう」

 僕の言葉にはため息をつく。

 三蔵から聞かされたのは、寺の名前と盗まれた仏像の特徴のみ。
 それ以外の事は、聞いてなかった。

 僕達も、別段聞く必要はないと思っていた。
 仕事相手から詳しい話は聞くだろうと。

「黄忠明って知ってる?」
「いえ」
「俺も、知らねぇなぁ」

 の問いに、僕と悟浄は首を振る。

「数年前に事件を起こして、捕まった奴なんだけれど」
「事件?」
「そう、婦女暴行及び、殺人」

 淡々と言うの言葉に僕と悟浄はため息をつく。

「数年前とはいつのことなんです」

 不意に疑問がわく。
 そんな事件を起こした人物。
 その、人物が野放しになっている状況に。

「事件が起きたのは2年前の話よ」
「2年前ですか?」

 驚く僕にはうなずき、言葉を進める。

「黄に関して、道教界と仏教界は別々に追っていたの。捕らえたのは仏教界の方。道教界としては引き渡しを要求したの」
「何故です?」
「治安維持の面からよ。仏教界は、微妙に危機管理に乏しいから。犯人が逃げて、次の事件が起きたら目も当てられないから」

 そう言って、はため息をつく。

「ところが、要求に応じなかったってわけか」
「そ、『仏教界は殺生は行わない。道教界は殺生するだろう。我々は彼に生きる意味を問いたい』とか大層な理由をくっつけてね。こっちを殺人犯に扱ったあげく、黄忠明は恩赦だかなんだかと言って、解放」
「そしたら、仏像を盗んだと言うわけですか」

 本末転倒というか…何というか…。

「ついでに殺人したらしいわよ」

 呆れて物が言えない状況の僕と悟浄に、は追い打ちをかけるように言葉を紡いだ。

「まじ?」
「大まじ」

 3人そろってため息をつく。

 改心する者もいれば、改心しない者もいる。
 その、現実にため息をつきたくなる。

「……もしかして、その黄忠明も捕らえるんですか?」
「当然でしょう?捕らえて、仏教界に突き出してやるのよっ。あんた達が放ったおかげで、こうなったんだってね」

 …もしかして、彼女は三蔵相手に、やり合うつもりなのだろうか。
 それは、それで面白そうだけど。

「ねぇ、場所知ってる?私、知らないんだけど」
「…場所?寺の場所ですか?」

 僕の言葉には頷く。

「何で知らないんだ?」
「私の目的は黄忠明を捕まえること。仏像云々って言うのは仏教界が泣きついてきたことだもん。本当だったら、この事ぜ〜んぶ仏教界の方で処理してもらいたかったんだけど、こっちでも、殺人犯してる奴を野放しにしておくわけには行かないのよ

 そう言ってはため息をつく。

 余程、仏教界のやり方に関して呆れているらしい。
 時々、あまりの危機管理のなさに、僕もため息をつきたくなる時もある。

 まぁ、三蔵は別として。
 あの人の場合は別の意味でため息つきたくなるんですけどね。

「泉蓮院と言うお寺だそうですよ」
「…それ…本当?」
「えぇ」

 僕の言葉には黙り込む。

、どうした?」
「ん?…何でもない」

 そう言ったきり、はその事に触れようとはしなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 次の日、僕達は当の寺『泉蓮院』に向かうことにした。
 盗まれた状況を詳しく聞く為である。

 は、後部座席で男装している。

 男装と言っても、髪を後ろで一つにまとめて、式服を身にまとっているだけだが。
 もちろん、その男装の理由は、寺と言う場所は女人禁制がほとんどだからだ。

「私のことは、と呼んでね」
?」
と言えば、天道師が李と言いましたね」
「うん。わたしね、実はの代理として動いてるのよ。だから、よろしく」

 名前で、女性とばれることもあるから、念を入れてだそうだ。
 そのは、後部座席で、ずっと黙ったままだった。

「どうした?ちゃん、さっきからずっと黙ったまんまじゃねぇ?」
「…ん…」
「…気分でも悪くなりましたか?…僕の運転、荒いのかもしれませんね」
「…違うの…」
?」

 訳が分からず、僕と悟浄は顔を見合わせる。

「キューーーーーッ」

 ジープが急になく。

「どうしたんですか?ジープ」

 泣き続ける、ジープに声をかける。
 

 

 瞬間、体中が総毛立った。

 

 

「妖気…か?」
「えぇ、でも…何故?」

 泉蓮院の近くに、凶悪な妖怪がいるという話は聞いていない。
 でも、この妖気はただごとじゃない。

「急ごう。急いで、泉蓮院に向かおう」

 黙ったままだったが顔を上げて言う。

「どうしたんですか?」
「何があるんだ?」

 悟浄の言葉には少しだけ目を伏せる。

「二人ともごめん、言おうと思ったんだけど…。まさかココまでになってるとは思わなくって」
「何を言っているんです?」
「泉蓮院と仏像の事」
「どういう意味だよ」

 僕と悟浄の問いに、は俯く。

、どういう事です?」
「このお寺には、2種類の仏像があるの。一つは、一般閲覧用の仏像。一般には公開することの出来ない木彫りの仏像」

 は、そこで言葉を止める。

「はぁ?…おい、八戒。盗まれた仏像が何だか聞いたか?」
「いえ…仏像としか」

 悟浄の問いにそう答えると、はため息をつく。

「最悪」
「どういう意味ですか」
「この妖気は、この地に引かれてやってきた瘴気がたまったもの。恐らく、この地に流れる気脈…龍脈と龍穴の影響ね。この分じゃ盗まれたのは、一般に閲覧されていない、龍脈の流れを正常に戻す為の礎になっている木彫りの仏像みたい」

 山門の所でジープを止める。
 そこからは歩きで寺に向かう。
 寺に近付くにつれて妖気が濃くなっていくのが分かる。

 

 何かが呼んでいるような気がした。

 

「八戒」

 不意に、が僕を呼ぶ。

「っっ…な、何です」

 はじかれた様に振り向いた僕に、は鋭い口調で僕に告げる。

「気をしっかり持って。気を抜いたら、意識、抜かれるわよ。悟浄も油断しない方がいいわよ。強大な力を持つ龍脈は、その力の為に妖怪の血が騒ぐから。プラス、瘴気もあるしね」
「えぇ、わかりました」

 の言葉にそう応える。

 でも、どこかで呼ばれてる気がして。
 意識がもうろうとしてくる。

「結構、きついな。俺でもそうなんだから、お前はもっとだろ?」
「そうですね」

 悟浄の言葉に応えるのが少し辛い。

「八戒、悟浄。二人とも、これ持って」

 ふと立ち止まったが札を取り出す。

「呪符の結界。龍穴の力に影響されないで済む。少しは辛いだろうけどね」

 札を受けとると、意識がはっきりしてくるような気がした。
 あまりにも辛そうな僕と悟浄をが見かねたのだろう。

「龍穴っていうのはすげーな。普通の妖気より半端じゃねぇぞ」
「正しく使えば、正しい方向に向かう。街が繁栄したり。でも、悪用されれば、それはとんでもないことになる」

 大地に流れる龍脈は、諸刃の剣なのだ。
 は、それを知っている。

 何だってそうだ。
 力だって正しく使えば、正しい方向に向かう。

「さしあたって、封印が先ね。事情徴収もあったもんじゃない」
「封印?」
「龍脈の正常化と龍穴の封印。ココまで来たら、仏像を戻しても正常な位置にはならない。だったら、封印するしかない」
「冗談だろう…」

 の話を聞きながらたどり着いた寺を取り巻く瘴気を見てため息をつく。

 

 三蔵は、ココまで大事だと言うことを知っていたのだろうか…。
 封印や結界は三蔵の仕事だろうに。

 

「この分じゃ、仏教界の方には金の方だと思われていた見たいね」

 はそう言いながら辺りを見渡す。
 瘴気に引かれて、妖魔が近付いているのが見える。

「状況を確認するのが先ね」

 そう言って、何故か、唯一瘴気が漂っていない、御堂に向かう。
 本堂から離れた御堂の中には、僧侶が数名集まっていた。

「ココの責任者はドコにいる」

 今までの声より1トーン低い声でが僧侶達に声をかける。

「誰だっ」
「三仏神の命で派遣されてきました者です。えっと、これ証拠です」

 ケンカ腰の相手ににこやかに僕は応対する。

「本当に、お前達が斜陽殿からの使いか?」
「えぇ、そうですよ。盗まれたのは、木造の仏像ですよね」

 僕の言葉に未だ疑っている僧侶は、顔を見合わせ、そして、頷く。
 信じられないのも無理ないのかも知れないですけど。

 ココでいつまでこの人達はやっているつもりなのか聞いてみたくなる。
 龍脈の封印を守る寺ならば、もう少し、臨機応変に対処すればいいものを。

「ココの責任者はドコにいる」

 低い声で、鋭い瞳で、は相手に問い掛ける。

「道士ふぜいが何を言う」
「その道士ふぜいに貴様ら仏教界は泣きついてきたのだぞ?早くしろ。手遅れにしたいのか?龍脈はこの分だと暴走するぞ」
「もうすでに、暴走している」
「甘いな。本来の龍脈の力はまだこんなものではない。街一つを繁栄させ、破壊させるほどのエネルギーを持つものだぞ?本気でこんなものだと思っていたのか?愚かだな」

 そう言っては、あざけるように小さく笑う。

、本当なのですか?この瘴気はまだ大きくなるのですか」

 名前を間違えないように、問い掛ける。

「そうだ、八戒。下手すれば、この寺すら飲み込む瘴気にな。自我が強い弱いに関係なく、妖怪は一気に狂い出すぞ。そうなったら、手遅れだ。龍穴はその場の性質を変えるからな」

 だから、僕は意識が飛びそうになるのか…。

「李か?」

 柱の影から、一人の老僧がでてくる。
 と、僕が呼んだから、『天道師・李』と間違えたのだろう。
 を李と呼ぶ。

「………、蓮道上人。お久しゅう。だが、間違えのないよう、私はだ」
「そうじゃったかな?」

 首を傾げる蓮道上人。

「済まないな、道教界に迷惑をかけて」
「別に構わない。こっちも用事があるんでな。手短に言う。この堂に安置されている、独鈷杵・羯磨・五鈷杵鈴・三鈷杵を出して欲しい」
「………」
「な、何!!」

 の言葉に蓮道上人や僧侶達は驚く。

「って何だ」
「僕も良く分からないんですが、仏具って言うことだけで…」

 悟浄の問い掛けに僕は答える。

「剣はよいのか?」
「構わん。持参している」

 そう言って、剣を出す。

「分かった。今、言ったものを、用意しよう」
「蓮道様、あれは、この御堂を守る結界の役目を果たすものであります。それを持ち出すなど、この御堂をどうするのですか?」
「どちらにしても、この瘴気と龍穴をどうにもせんことには解決にはならなん。こちらの方は大丈夫だ。この桃源郷で最高の呪術者である天道師の命を受けて来られた御方じゃ。そうそう問題なぞない」

 そう言って蓮道上人は奥にさがり、仏具を持ってくる。

「昔、ヴァジラと呼ばれていた武器を、仏具としたものだ。借りていくぞ。それから、ココで、瘴気が広がらぬよう、経を唱えていて欲しい」

 の言葉に、蓮道上人は頷いた。
 御堂からでると、は息を吐いて肩の力を抜く。

?」
、でいいよ。これ、結構疲れるんだよねぇ」

 とは、ふんわりと微笑む。
 さっきまで身にまとっていた鋭敏な気配とは違う、いつものの雰囲気だった。

って何度も名乗ってたりするのか?」

 悟浄がに問い掛ける。
 ふと、思ったのだろう。

 その、として呼ばれる慣れた態度に。

「まぁね」

 それきり、はその事に関して何も言わなかった。

「それより、どうすんだ。これから?封印するんだろ?」
「まぁね。かなり、辛いかも知れないけど、手伝ってくれる?」

 そう言いながらは僕達を見る。

「その為に、僕達はいるんですが」
「ココまで来たら、手伝わない訳には行かないっしょ?」
「じゃあ、よろしくね」

 そうして、僕達は龍脈の中心である龍穴のある場所へと向かった。

 

 

 

***

 

 

 

 とはいえ…、かなり辛い。
 気の流れが強い。
 翻弄されそうになって、一瞬、どこだか分からなくなりそうになる。

 ジープを、山門の外においてきて正解だったようだ。
 さすがに、ジープにはこの瘴気は危険過ぎる。

 ついたのは、寺の中心にある中庭。
 小さな、ほこらが立てられている。
 小さな、30センチぐらいの仏像が入るくらいのほこら。

「ココが龍脈の中心…龍穴ですか?」
「うん」

 そう言って、はほこらを中心に、八卦図を書き、持ってきた仏具を並べる。

「八戒、悟浄やって欲しいことは、1つ。この力に引かれて近付いてくる、妖魔を倒すこと」
「了解、他にはいいのか?」
「大丈夫。気だけはしっかり持ってね」

 の言葉に、僕と悟浄は頷く。

「じゃあ、始めるわよ」

 そう言って、はほこらを壊す。
 小さいから、簡単に壊すことは出来るけれど。

「い、いいのかよっ」
「大丈夫。来るわよ」

 の言葉に、大地の気流が動くのが分かる。

「お、おいっ」
っ?」
「集中して、ここから先は集中してないと、何があってもどうにも出来ないわよっ」

 は剣を持って神咒、真言を唱え始める。

「乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤」
「おいでなすった」
「えぇ」

 悟浄は錫杖を具現化させ、向かってきた妖魔を切り刻む。

「ハァッ」

 僕は気孔を作り出し、妖魔にぶつける。

「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラハリタヤ・ウン」

 の唱える真言により瘴気の渦が消えていく。
 でも、まだ体の具合は悪い。

「さて、ここからが本番ね」

 は大地に剣を突き刺す。
 そして、今度は神咒を唱え始めた。

「天道晴明 地道安寧 人道虚寧 三才一体 混合乾坤 召請帰命 万将随行 陰陽洒育 水火流通 帰根復命 龍虎奔行 必神火帝 連転無定 煉津煉液 一気成真 万魔拱服 百脉調栄 仙伝仙棗 仙化仙丹 伝成仙鼎 温飽仙霊 長生不老 果満飛昇 急々大上老君律令。
それ、晴陽は天となり、濁陰は地となる。陰陽、上昇し下降して物々変化なす。謹製し奉る大上老君、急々たること、律令のごとく」

 大地の気脈が正常になっていく。
 意識がはっきりとしていく。
 妖魔が大人しくなり、ココから去っていく。

「ガテェ・ガテェ・バーラガテエ・バーラサンガテエ・オーディ・スヴァーハ・ーオン・アロリキヤ・ソワカ」

 は、もう一度、真言を唱えて、ゆっくりと息を吐いた。

「終わったんですね」

 辺りは、静寂を取り戻す。
 瘴気の気配がなくなり、先程まで感じていた大地の奔流が今は感じない。

「うん。ありがとう」

 そう僕と悟浄にそう言って、は地においてある仏具を拾い上げる。

「さて、本題はここから。黄忠明がドコにいるか聞かなきゃ」
「そんなこと分かるのか?ココの連中に」

 疑問に持った悟浄の問いには答える。

「ココの連中が、黄忠明を恩赦するようにって言った連中なのよ」

 ため息をつきながら言葉をはき出す様子は、心底、呆れてる様だった。

「オイ、どういう事だよ?」

 驚いた悟浄がに問う。

「忠明は、この寺の者が捕まえたの。正確には保護と言った方が正しいかな。2年ほど前、逃亡に疲れ果てた黄忠明はこの寺に逃げ込んだ。道教界と仏教界は協力はしつつも基本的には相容れない間柄だからね」

 そして、この寺の人間は彼を道教界に引き渡すことなく、そして罪を問う事もなく、この寺においた。

 ところが、彼はこの寺に厳重に保管されている木造の仏像を盗んだあげく、殺人を犯した…と言うところだろう。

「聞くだけ、無駄なんだけどね。事情徴収と、ココまで龍穴を荒らしてくれたお詫びはしてもらわないとね」

 艶やかに、微笑んで、さっきの御堂へと僕達は向かった。

殿、さすがじゃの」

 他の僧侶達は、すでに、その御堂から本堂などに向かっているのだろう。
 出迎えたのは、蓮道上人と数人の僧侶達。

「一つ話を聞きたい」
「…話とは?」
「忠明の事だ」
「黄忠明…」

 の言葉に僧侶達はざわめく。

「貴殿が奴の保証人だったな」

 の言葉に蓮道上人は俯く。

殿、仏像を、っあれを、取り戻して下さいっ」

 年若の僧侶がいきなり、懇願する。

「これ、殿に失礼であろう」
「忠明はどこにいる。あの男の居場所が分かれば自然と仏像も戻って来るであろうな」

 どこか、人ごとの様には言う。

「忠明の故郷がこの近くにある。恐らく、そこかと思われます」

 ふと気がつく、今まで非協力的だった、僧侶達の態度が変わっていることに。

 それも当然だろう。
 あれ程強大に奔流していた龍穴と龍脈を封じたのだから。

殿っ、どうか、あの仏像を」

 必至に懇願してくる僧侶達。

 その態度に、僕と悟浄はどこか、呆れてしまった。
 一人で何もしようとしない、その態度に。
 虫が良すぎるというのは、こう言うことを言うのだろう。

「仏像がなくとも、この封印は解けることがない。これでも、道士だからな。龍脈、龍穴の封じ方は熟知している。安心するがいい。八戒、悟浄。もう、ココには用がない。行くぞ」

 は、淡々と言葉を発して、その場を出る。
 呆気にとられている僧侶達をしり目に、僕達もの後をついた。

 

 

 

***

 

 

 

「相変わらず…って感じ」

 が山門を出てジープに乗ってから、ふと呟く。

「どうしたよ」
「相変わらずな仏教界って事」

 意味が分からなくて、悟浄と顔を見合わせる。

「物事が大きくなるまで、物事が全て終わるまで放っておく。たとえ、それが第二、第三の悲劇を呼んだとしても。いつもそう。その前に手を打つことも出来たはずなのに、それをしないでただ、見続ける。何かをすれば、そうなる前に、解決出来たことも多いのに」

 つまらなそうには言う。

…」
「何か…あったのか?」
「ん?別に。あったと言えば、あったし、なかったと言えば、なかったかも。まぁ、道士だしね。いろんな事に遭遇するわよ。って、こんな事、悟浄や八戒には関係無かったたね。はぁ〜疲れた」

 そう言って背もたれに寄りかかる。

「とりあえず、忠明の所に行くのは、明日にするか?」
「そうですね。ココから、だと、結構距離あるようですし」
「ホントに?」
「えぇ」

 僕が、取り出した地図に、は目を走らせる。

「うわぁっ最悪っ。ドコが、近くよっ!!!かなりあるじゃないっ」
「まぁ、長安や、洛陽よりは近いと思いますけど…」
「まぁ、確かにね」

 僕の言葉には脱力する。

「とりあえず、宿探そうぜ」
「えぇ」

 悟浄の言葉に、僕とは頷く。

 

 

『その前に、手を打てれば…』

 の言葉が頭の中に浮かぶ。

『そうなる前に、何とかしてくれれば…』

 あの時のことが、頭に浮かぶ。

 もし…。
 あの時何とか出来ていたら。
 何とかしてくれていれば。

 呪文の様に浮かんでは心の奥に落ちていく。

 この世に、if何て存在しないのに。
 考えてもしょうがない事が浮かんでは落ちていく。

 分かってるんだ。
 分かっているんですよ。

 この世の中に『if』…『もし』…『たら』…『れば』というのは、存在すらしないことに…。

 

 

 次の日、朝から結構な距離を走って、黄忠明のいると言う街にたどり着いたのは、お昼を過ぎてからだった。

「でも、ココにいるのか?故郷って言うだけだろ?」
「可能性は無いわけではありませんね。かなり大きな街ですし」

 長安や、洛陽とまではもちろん行かないが、それなりに、大きい街。
 殺人を犯した人間が戻ってきても、そうそう噂は広がらない。

「とりあえず、まずは道観に行きましょう。黄忠明の噂でも拾っているはずよ」

 忠明が事件を起こしたのは今から1週間程前。
 そろそろ、この街に来ていてもおかしくない。

 『泉蓮院』の僧侶の言葉が間違っていないのなら。

 僕達は、手掛かりを求めて、この街の道観、雲慶観に向かった。

さん、黄忠明ですが、まだこの街で見かけたという話は聞いていません。それから、例の仏像『泉蓮院』の観音仏がまだ売りに出されたと言う話しもありません」

 雲慶観にたどり着き、この道観の責任者に挨拶もそこそこにそう言われた。
 説明もしていないのに何故と思っていたら、が、詳しい話は先に式神を飛ばして伝えておいた…らしい。

「だろうね…。1週間じゃまだほとぼりも冷めるわけないし。今の状況は?」
「すでに、実家、立ち回りそうな場所にはすでに、見張りをおいてあります」
「後は来るのを待つだけか。この地域で一番大きな街はやっぱりココだけだもんね」
「そうですね」

 仏像を売るにしても小さい街だとすぐに足がついてしまう。
 大きい街なら、闇業者がいることもあるから、なかなか足がつきにくい。
 そして、売る時間が遅ければ、遅いほど、その効果は増す。

「仏像に目印でもありゃ簡単なのにな」
「そうですね」

 悟浄の言葉に頷く。
 力がある仏像だとしてもなかなか見つけるのは難しい。

「まぁ、何とかなるわよ」

 そう、が言った時だった。

「見つけました。黄忠明です。場所は、彼の自宅付近。仏像は、その自宅内部です」

 そう言いながら、道士が入ってくる。

「ご苦労様っ」

 そして、が立ち上がり、部屋から出ていこうとする。

、ドコに行くんです?」
「ドコって、黄忠明の所に決まってるでしょ?」
「って…他の道士が見張ってるんだったら…そんな急がなくたって」
「…基本的に道士は数が少ないの。誰が道士が見張ってるって言った?」
「と、…言うことは、まさか、式神ですか?」
「その通り」

 だったら、急がなくてはならない。
 ぼやぼや、していたら逃げられてしまう。
 僕達は急いで、黄忠明の所に向かった。

 

 

 

***

 

 

 

「……いねぇじゃねぇか」

 黄忠明の自宅へと向かうと、その場はもぬけの殻だった。
 忠明はドコにもいなかった。

「どういう事です?」
「ココには仏像があるのよ。まずは、それの回収。これが売り飛ばされたりでもしたらシャレにならないから」

 その言葉にそれ程広くない家を僕達は二手に分かれて仏像を探す。
 高さ30センチぐらいの木造の仏像。
 ちなみに観音仏。

 部屋を開けて捜していくと一つの気配に気がつく。
『泉蓮院』の龍穴と同じ気配。

「この部屋か」
「そうみたいですね」

 辺りを見渡すと、仏像が無造作に置かれていた。

「これだな」
「えぇ。これで、三仏神の依頼は終了ですね」
「後は、の方か」
「えぇ」

 物音がした。

「お前はっっ!!!」

 何者かの叫び声。
 の声じゃない。

「黄忠明!!」

 声のしたほうに行くと、が倒れていた。

っ」
「無事ですか?」

 僕達の心配をよそに、は立ち上がる。

「大丈夫、突き飛ばされただけ。それより、急いで、黄忠明を追わないとっ。この近くの林に逃げ込んだはずよっ」
「あぁ」

 僕達は挟み撃ち出来るように今度も二手に分かれる。

 林に入り少し後に、忠明の姿を見つける。
 ただし、かなり遠い。

 直線距離で行けば、近いだろう。
 だが、木が邪魔して、それをさせない。 

 そして、先に見つけたのかが一緒だった。

 式神を使ったのだろう。
 それなら、見つけるのは容易だ。

「お前は、李っ」
「私を知っているとは思わなかったぞ黄忠明」

 二人は、何かを話している。
 遠目にもそれが分かった。

 ただ、あまりにも距離があって、その内容までは分からない。

「急ぎましょう」
「あぁっ!っ」

 不意にが黄忠明に倒される。

「------」

 嫌な予感がして、僕達はその場に急いで向かう。
 足場が悪いのか思ったほど、スピードが出せない。

 

「何?」
「離せと言っている。術の餌食になりたくなければ、この体をどかせ」
「かわいい顔して何言ってるんだよ?」
「そうか…。無駄な事をさせてくれる。天道晴明 地道安寧 混合乾坤 水火流通 電灼光華 縛鬼伏邪 烈風招来!!」

 

 聞こえてきたのはが神咒を唱える声。

「な、何?」

 驚いて、黄忠明はから離れる。

「ただ人ごときに触らせる物など何もない。報いは受けてもらおう。動かぬ方がよいぞ。その風は貴公が動くと肌を切り裂くようにしてあるのだからな」

 の何事か呟いた言葉に黄忠明は顔を青くしていく。

!!!」
「大丈夫ですか?

 たどり着いた僕達はを庇うように前に立つ。
 黄忠明は何故か、全身から血を流していた。

「な、何だ?」
の神咒ですよ。大丈夫ですか、

 僕の言葉には不思議そうな顔をする。

「オイッ?どうしたんだ…。?」
「…悟浄…八戒?…どうしてここに?」

 不意にが僕達を認識する。

「大丈夫ですか?」
「うん、術発動してるから…今、解除するから…。…炎」

 いつの間に張り付いていたのか、黄忠明から札が外れ炎に燃えちりとかす。
 今まで起きた事に驚いたのか、黄忠明は後ずさりをし、何かにつまずいたのか尻餅をついた。

「殺すんだったら、さっさとしろ」

 黄忠明がそうわめく。

 その態度に何故か拍子抜けしてしまった。

 何があって、こうなっているんだろうか。
 もうちょっと、狂暴な人間だと思っていたのだが。

「どうします?」
「どうするって…洛陽行きだろ?こいつ」
「わたしが、連れて行くんじゃないけどね」
「そうなんですか?」
「あれ?三蔵に突き出すんじゃなかったのか?」
「…なんか、面倒になった」

 気楽に会話している僕達に、しびれを切らしたのか、黄忠明が叫ぶ。

「だったら、殺せばいいだろう?その方が俺も楽だし、あんた達も面倒な事しなくてすむ、一石二鳥じゃねぇか」
「テメェがしたこと考えると、そうしたいのもやまやまなんだがなっっ」

 そう悟浄が殴りかかろうとした時だった。

「なっ」

 悟浄より先に、黄忠明の眉間にはセミオートマチックの銃を突きつける。

っ」
「オイ」

 八戒と悟浄の叫びを無視しては銃のスライドを動かす。

「……殺せ!!殺すんだったらさっさと殺せ!!!」

 黄忠明が叫ぶ。

 それを聞きながらは鮮やかに微笑む。
 銃を突きつけてるとは思えないほどに美しく微笑む。

「殺さないわ」
「何?」
「殺さないであげる」
「…どういう事だ」

 の口調に黄忠明は驚く。

「生きなさい。簡単には死なさない。
死ぬ事なんて許さない。自殺すらも許さない。
あなたは死んで楽になんてさせてあげない。
死にたくても生かしてあげるわ、このわたしがそうしてあげる。
死んで楽になる?ふざけないで。生きたくてもいきられなかった人に対して失礼だわ。
あなたがしてる事は死んだ人に対しての暴挙よ。だから、生かしてあげる。
生きて、生きて、生き抜きなさい。
死ぬ事で許されるなんて思わないで。
もちろん、生きていて許されるとも思わない事ね。
わたし、死にたいと思っている人間を楽に死なせたいとは思ってもいないから。
罪を認めないで死のうなんて甘いわよ。死ぬ事で逃げようなんて甘いんじゃないの?」
「……」

 の言葉に黄忠明は脱力した。

 

 

 

 感覚が変わる。

  

 

 

 

 聞こえるはずのない、悲鳴や怒号。
 感じるはずのない、どろっとした液体の存在。
 臭うはずのない、さびた鉄の匂い。

 

 

 

 

 今ココに、存在していないはずの記憶の中の感覚。

 

 

 

 

 許されるなんて思ってないけれど。

 たった一人、守る為に冒した罪は取り返しが付かないほど大きくて。
 たった一人すら守れなかった。

「……死んで楽になれるもんじゃないのにね……」

 の声が響く。

  

 …僕は…。
 楽になりたかったのだろうか。
 僕の罪は許されるのだろうか。
 僕はそれを望んでいるのだろうか。

 

 

 彼女が居ないこの世界でその意味はドコにあるのだろうか。

 

 

 僕は許されることを望んでいるのだろうか。
 彼女がいないこの世界で。 

 

 

「……」
「…何?悟浄」
「…罪はいつ許されるんだ?」

 悟浄が抑揚のない声で問い訊ねる。

「…知らない。罪が消える事はない。
けれど、罪は側にいる誰かが許せば許された事になるんじゃない?
本人はそうは思わないだろうけどね…。
その人が生きる価値に値し、その罪すらもその人を存在させる元である事を、誰かがその人を認めれば、その時こそ罪が許されると言う事になるんじゃないの?
万人が許せるものじゃないだろうけどね…。
まずは存在を認める事よ。その罪を持ったその人をね…。……なんてね……」

 そう言っては黄忠明の所に行く。

 僕は、悟浄の家に住まわせてもらっている。
 三仏神と言うか三蔵の依頼のために三蔵や悟空と親しくさせてもらっている。

 

 …彼らは、僕の事をどう思っているのだろう。

 

 彼らに許されているのだろうか。
 認められているのだろうか。

「…俺はお前を認めてるぜ?」
「…ありがとう…ございます」
「知らないんだ。だから、そんな顔するなって」
「……そんなわけないでしょう?知ってますよ、僕が猪悟能だったって…」
「だとしてもだ。そんな顔するなって…」

 そう言って悟浄は僕の肩を叩く。

 

 と、顔を合わせるのが怖かった。
 彼女は、僕の過去『猪悟能』と言うことを知っている。
 僕は、何かを、ひどく恐れていた。

 

「八戒」

 の声が響く。
 伏せていた顔を上げると、が僕のことを見上げていたことに気付く。

 黄忠明の姿はない。
 恐らく、道観から道士が来て、連れて行ったのだろう。

「ありがとう」
「何がですか?」

 突然、言われた礼に、僕は首を傾げる。

「八戒?」
「はい、なんです?」
「私、八戒の事、好きよ」

 唐突に言われた言葉。
 あまりにも唐突で、僕は戸惑う。

「えっえっえっと…」
「今回の仕事、八戒と悟浄のおかげで解決出来たようなモノだから」

 あぁ、そう言う意味か。

「ありがとうございます」

 ほっとしながらもどことなく残念がっている自分がおかしくなる。
 穏やかに微笑み僕を見つめながら、は僕のことを呼ぶ。

「八戒」
「はい」
「私はあなたを認めてるから」

 …その言葉を聞いて確信した。

 

 彼女は知っているんだ。
 僕の過去を。

 

「…やっぱり知ってるんですね」
「何が?」
「僕が猪悟能だったと言うことをです。」
「まあね。…これでも、一応、道協会にいる人間だし。あのことで、助けたい人がいたの。でも、あの時よりもずっと前のことだから、どうなってるかは分からないけれど」
「無事だと良いですね。僕が言うと、なんかすごく偽善的ですけど」

 

 投げやりにはき出した言葉。

 

 あまりにも、投げやり過ぎて、自分でも嫌になってくる。

「八戒」

 が強く、僕のことを呼ぶ。

「はい」
「キツク聞こえるかもしれないけど、あなたには生きる権利とそして生きなくてはならない義務があることを忘れないで」
「…」

 の声が、頭の中に響く。

「そうでなくては、死んだ人に対して失礼だわ」

 自ら死を選ぶこと。
 それは死んだ人、生きられなかった人に対する冒涜。

 彼女は、さっきそう言った。
 だから、彼女はあの男を生かした。

 死ぬ権利すら認められない。

 僕はどうしたいんだろう。
 生きることは、難しすぎる。

「難しいですね」
「そうだね。でも、八戒に生きていて欲しいって思ってる人もいるんだから」
「そうですか?」
「八戒が今居るところはそうじゃないの?誰かがその存在を認めてくれる場所は生きていても良い場所だとおもう。わたしも、八戒には生きていて欲しいって思うわ」
…」
「何?」
「僕の二個下とは思えませんね」
「は、八戒!?何よぉ」
「ありがとうございます」

 

 ひどく、うれしかった。

 の言葉が、ひどく心の中に浸透していった。

 許されたい訳じゃない。
 許して欲しい訳じゃない。
 ただ、僕の存在を認めて欲しかった。

 だから、認めてくれた彼女の言葉がひどく嬉しかった。

「それから、自分でその過去を認めた時点で半分は償われているわ。後は周りにいるものがどう思うかでしょ?少なくともわたしは知ってる。認めてるわ。今八戒が、ここにこうしている事」
「そうですね…、ありがとうございます」

 僕は、罪を償わなくてはならない。

 それで、何かが変わるとは思ってもいないけれど。
 でも、死んだ人の為に、僕は何かをしなくてはならないんだろうな。

 そう、思う。

 

 

 

***

 

 

 

「………早かったな」

 三蔵に仏像を渡した瞬間、そう言う。
 感謝の言葉一つしてない。

「お前なぁっ早かったじゃねぇよっ」
「苦労したんですよ、コレ取り戻すの」

 僕達の抗議にも

「まったく、三仏神も面倒な事を押しつけやがる」

 なんて、三仏神に責任をなすりつける。

「ってソレほとんど俺達に押しつけてんじゃねーか、お前」

 悟浄の言うとおりだ。

「別に、いいですけどね。そうそう、道教界の方、良い人でしたよ」
「かわいい女の子だったよな」

 悟浄の言葉に頷く。

「フン。結局は、女にがっついてたってわけか」
「あ、そう言うこと言ってもいいのか?あったら、絶対惚れるぜ。そうなっても、後で、ほえ面かくなよ」
「ありえんな」
「まぁ、三蔵様は、女に免疫ねぇからなぁ」
「いい加減にしないと、撃たれますよ」
「死ねッ」
「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!」

 忠告も、無駄だったらしい。

 また、僕はに会えるのだろうか。
 ふと、そんなことが心に浮かぶ。
 限りなくゼロに近いような気がするけれど、また逢えたらいいと思っている。

 

 

 

 

 僕は、まだ気付いていない。

 彼女から放たれた小さな羽が僕の心に小さな風を立たせたことを。
 その時の僕は、まだ、気付いていなかった…。

 

 

 

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あとがき

長いです。ついでに、あとがきも長いです。
別名、八戒救済計画。
三蔵に拾われて、ヒロインに救われて、清一色の事件で開き直る?
なので、完璧にしてはいけない。
完全に救ってはいけない八戒さん。
だから、はっきりと彼の今後の指針を言ってはいないんだよね。

八戒の場合は難しいです。
『殺人犯』と言う、レッテル?が存在しているので。
快斗の『泥棒』より、難しい。

昨今の事件を見ているととても『許す』と言うことが出来ないんだけど。
それはあまりにも当然の感情なんだよね。
『許す』というのは誰にも出来ないけれど、『存在を認める』事は出来るかなと思う。
例えば、好きな人が『犯罪者』だったらね。
あまりにも、本当にどうしようもないくらいの感情何だけれど。
『好き』だけれど『許せない』のは当然で『好き』だからこそ『存在を認める』と言うことは出来るのだろうかなと思う。
たとえ、世界中の人が、その人の存在を認めなくても。

八戒のこの話書く上で、思いっきり悩みました。
どうしたら良いんだろうって。
人道的に許せるというレベルの問題じゃないよね。
でも、その八戒が側にいることを認めている三蔵や、悟浄や悟空はどう思ってるんだろう…と。

で、こんな感じ。

この時点で、八戒は完全に立ち直っては居ません。
それからヒロインを好きだとも思ってません。
清一色があって初めて、八戒は自分の為に生きようと思って、それでヒロインと再会するんですから〜。
でも、失恋。

9/21、八戒、BD記念

乱入!!!
八戒:ひどいですね。
長月:(げっ。長いのに、ますます長くしてくれる人が…)は、八戒、どうしたの?
八戒:ひどいんじゃ無いですか?
長月:な、何が。
八戒:僕、失恋決定なんですか?
長月:……………。…い……(^_^;)。
八戒:い?
長月:……逃げても、良いですか?(~_~;)
八戒:駄目ですよ(⌒-⌒)ニコニコ...
長月:逃げたいです(T人T)
八戒:そんなこと、許されると思ってるんですか?(⌒-⌒)ニッコリ...
長月:っっ∫(TOT)∫ムンク

悟浄:だから言ったのに。余計なこと言うのはやめとけって。
八戒:何ですか?悟浄(⌒-⌒)ニッコリ...
悟浄:(OO;)、何でもないって。

次回予告!!!
悟浄:猿と生臭がいないと平和でいいねぇ。
八戒:そうですねぇ。
:後で、何言われても知らないよ。
八戒:大丈夫ですよ。
:…そう…かもね(余計なことは言わないでいよう)えっと、次回予告。
悟浄:場所と理由。須く看ろよな。