--場所と理由--

 

 西への最短距離は、山越えのみ。
 さほど険しくない山道であるため、山越えには1日2日もあれば越えることなどたやすい道のり。

 余程のことでもない限り、問題ない。

 ただ、もっと簡単なのは、川を越えることであり、川にかかる橋を渡れば2時間とかからない。
 川を越えその山を迂回していくのと、山越えをするのとでは、時間的にあまり差が変わらない。

 問題は、その橋が壊れており川を渡すことの出来る人間は所用で出かけており数日は帰らない。

 気の短い人物が彼等一行を率いている時点で、彼等が山越えを選択したのは決して誤りでは無かった。

 橋が落ちていることも、川を渡す事の出来る人間が今いないのも、問題ではなかった。

 

 それが、全て罠だという以外は…。

 

 彼等を抹殺するための仕組まれた罠だと言うことを、三蔵一行は、この時点で気付いてもいなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 ……殺気が減らない。

 辺りを取り巻く殺気が、さっきから減らない。
 気配を察知して、振り向きざまに銃弾を撃ち込む。

「火炎招来」

 ついでに、神咒も使っておく。
 これで一度に3体ぐらいは倒せる。

 それでも、減らない。

 森での襲撃。
 妖怪の群れに襲われること何てざらだから、気にもとめてなかった。

 妖怪の動きが妙だと言うことを。

 …気付いていたのかも知れない。

 それでも、特に問題ないと高をくくっていた。

 それが、間違いだったんだ。
 断続的に襲ってくる妖怪に、いつの間にか、わたし達は分断されていた。

 そして、減らない殺気。

 …理由はだいたい想像がついている。
 恐らく、かなり下らない理由。

 無駄だって言うことを分かっていないんだ。

 仕方が…ないか。
 無理もないな…。

「九天応元雷声普化天尊!!」

 ため息ついて、神咒を唱えて、近寄ってきた妖怪を蹴散らす。

 そう言えば…、皆は無事だよね…。

 

 

 

***

 

 

 

「……とりあえず、と言うところでしょうか…」
「あぁ」

 八戒がこの場にいるメンバーの顔を見て、言う。

「どーすんだよっ」
「焦っても無駄だろ?」
「なんで、そんな冷静なんだよっ」
「しっかし、見事に分断されましたねぇ」
「ふん、面倒かけさせやがる」

 そう言うった俺に、八戒がどことなく楽しそうに見る。
 なんだという風に目を向けると、何気に鼻で笑いやがった。

 山の中で、突然の襲来。
 ちりぢりになって応戦やらしていたら、すっかり一人だけいない。

「どーすんだよっ。俺、がいなくなるのやだかんなっ」

 悟空がさっきから、がいないことに対してわめいている。

「っつーか、問題ねぇだろ?」
「なんでだよ」
「あいつ、強いし。それは、お前だって分かってんだろ?」
「けどさぁ」

 なだめるように言った悟浄の言葉にも悟空は納得がいかないようだ。

「大丈夫ですよ」
「だな」

 八戒の言葉に俺は頷く。

「なんでだよ」
「あいつは天道師だ」
「それは、分かってるよっ」

 そこまで言っても分かってないらしい。

「だから、なんだよっ」
「天道師って言うのはなんだか分かってますね?」
「仏教での三蔵みたいな奴だろ?」
「まぁ、そうですね。天道師というのは以前(出会いと再会です)にも話しましたが、この桃源郷において、呪術界の権威であり、方術なら天道師に敵う者はいないと言いましたね」

 八戒の言葉に悟空は頷く。

「つまり、天道師であるには、方術において敵う人間はこの桃源郷にはいないと言うことです」
「でも、でもさぁっ」

 それでも、悟空はどこか納得がいかないようだ。

「李…歴代の天道師の中で最高の呪術者だという」
「だそうです」
「…マジ?」

 俺の言った言葉に悟浄が驚く。
 …こいつ、と一緒に仕事していてそう言う話を聞かなかったのか?

「知らなかったのか?」
「僕は知ってましたよ」

 八戒がニッコリと微笑む。

「知らなかったよ、俺」
「猿は知らなくて当然だな」
「悟浄だって知らなかったくせに、このエロ河童っ」
「なんだと」
「うるせーっ」

 始まったケンカに、一発発砲する。
 それでも、くすぶったままでいるケンカを放っておく。

 一つ、気になることがあるからだ。

「八戒」
「えぇ、術の数ですよね」

 俺が言いたいことが、八戒には分かったらしい。

「あいつの咒力のキャパはどのくらいある。仕事を何度かしているんだお前の方が詳しいだろう」
「…とは言っても、だいたい知っている内容は、三蔵とさほど変わりはありませんよ。とりあえず、大技として考えるのなら、連続して4回。この場合、短縮の呪文です。フルで使うと3回が限度だそうです。通常の技として考えるのなら、そうそう無くなりはしないでしょうが」
「山の中に入って、発動した術は俺が確認しただけで、4回はある。最も、大技ではない通常の術だがな」
「状況としては、劣悪なんでしょう」
「だろうな」

 大技が使えない状況にある。
 それだけ、妖怪にかこまれているのだ。

 の術は基本的に間合いが必要だ。

 銃は俺と同じで通常に使うもの。
 間合いがとれたら、術を発動させる事が出来る。

 そして、悟空や悟浄、八戒の様に前衛をつとめられる者がいるのならば、大技を使うことが出来る。

 魔戒天浄の場合は、発動にはそうそう危険は伴わない(術発動と共に経文の結界が作動するので、攻撃を仕掛けることは難しい)が、の場合、完全に無防備になる。

 急いでも、僅かな隙が出来る。

 この隙に攻撃される可能性があるため、大技は前衛がつとめられる人間がいる時のみに使用される。
 結界が張られるそうだが、魔戒天浄の経文結界ほどの強力なものではない。

 その、術を使うことが出来ないと言うのは、かなりの妖怪の数だと言うことだ。
 事実、大量の妖気が移動しているのが感じられるし、ますます、その数が増えていくようにも感じた。

「行くぞ」
「え?」

 俺が言った言葉に、悟空が呑気な顔を見せる。

「何呆けてやがる。この妖気に気付いてねぇのか」
「……気付いてるけど」
「恐らく、その中心にがいるんですよ」
「な、なんでだよっ」
「もしかして、俺達に対する人質ってやつ?」
「恐らくな」
「…最悪」
「無駄なことじゃねぇの?」
「だが、が術を使えてない」
「……ってやっぱやばいんじゃんっっ」
「だから、行くぞ」
「おぉっ」

 そうして、俺達は、その妖気のある方向へと向かう。
 無事だと、分かっていながらも、ふくれあがる妖気に、どこかで不安を抱えながら。

 

 

 

***

 

 

 

 逃げても、妖怪が待ち受けていたりして、その方面に向かえないことがわかって、相手の思うつぼだなって思いながら山道を走る。

 大量に現れる妖怪を、一々殲滅していくぐらいでやっていっても良いけど、ちょっと、先が見えないから、それは出来なかった。

 どれだけ、妖怪がいるのか、把握すら出来てないから。
 だから、この際だから、相手の策に乗った方がいいと考えた。
 危険だけれど、その方がまだ咒力も温存出来るからだ。

 逃げ回ってるから体力が減っていくのが嫌だっていうのが本音なんだけどね。

 妖気と殺気だけを察知しながら、その殺気が感じられない方に向かう。
 相手の策略だって分かっていながら逃げ回るのは結構骨だと言うことを改めて気付く。

 くわえて、この山道がくせ者。
 結構、険しかったりする。

 そうして、へとへとになりながらたどり着いたのは木々が晴れた景色のいい場所。
 下の方から轟音をならす川と滝。
 相手はよく策を練っていたらしく、すぐ側は、足場の無い崖だった。

「ようやく、追いつめたぞ」

 後ろを振り向くと、妖怪の男がいた。
 その後ろには、大挙して現れた妖怪。

「………」

 息を整える。

「安心しろ、俺は、お前を殺すために追いつめたわけではない」
「………」
「訳が分からない。と言ったような顔だな」

 勘違いをしている、その男には悪いが、こっちは理由が分かっている。
 ただ、考えたくないだけ。

「では、教えてやろう。お前を、三蔵一行の人質とするためだ。三蔵一行に真っ向から勝負を挑んでも無駄。一行と共にいる『女』であるお前を人質とし、奴らが反撃出来ぬようにするためだっ」

 と、意気揚々に言う男。

 あぁ〜〜〜〜やっぱり。
 考えたくなかった事が、目の前に突きつけられる。

 人質か…。
 わたしが、女だからそう思われるんだろうな。

「女、名前は何て言う」
「……なんで、言わなくちゃならないのよ」
「道士…か。三蔵一行と共にいるのならば、そこそこの力を持つのだろう。だが、この俺に敵うと思うなよ。この俺は、彼の天道師『李』と互角に戦った男なんだからな」
「…ほう…」

 男が言った言葉に、思わず、笑ってしまう。
 この私が、見たことも無いこの男が、この私と互角に戦ったという。

「お前、名は何と言うんだ?」
「何?」

 妖怪が私の問い掛けに驚く。

「残念だが、私はお前のことなぞ覚えてはいない。名を言ってみろ。そうすれば、思い出すかもしれん」
「なんだと」
「お前は、『李』と互角に戦ったと言っていたな?では、この私が『李』だったらどうする。方術を使うのだろう?その力を私に見せたらどうだ?お前が互角に戦ったと言うこの『李』に」

 男は、『李』として解放している力に驚愕し始める。

「まさか…この私を、人質にしようとはな…。思いもしなかった」

 そうして、呪符を回りに展開する。

「やれるものなら、やればいい。私の血を見る事が出来るのならほめてやろう。これでも私は天道師だからな…。」

 そう言って展開させていた呪符で攻撃を始める。

「お前がっ『李』だったとはな」
「…ほぅ、まだ、叫ぶだけの気力はあったか。 互角に戦ったと暴言を吐いたのは見せかけでは無いようだな」
!!!!」

 大量の妖怪群の向こう側に三蔵の姿を認める。
 叫んだのは恐らく悟空。

「女は我らの手の内だぞ!!この女の後ろは断崖絶壁。女の命が惜しくば大人しく経文を渡せ!!!」

 そう言って妖怪の親玉は叫ぶ。
 三蔵達が来たことで、勝機が見えたと思ったらしい。

 状況は、あまり良くない。

 一人だけなら突破すると言うことも可能だろう。
 全方位の神咒を使えば問題ない。
 咒力を大幅に消耗するが、ココまで、ほとんど使ってない為で、山を越えるのには支障はきたさない。

 一つの問題は、妖怪の向こう側にいる、三蔵一行。
 間違いなく、巻き込む。

 出来れば、それはしたくない。
 短い時間とはいえ、ココまで旅を共にしてきた者達だ。

「せいな〜無事か〜」

 …気の抜ける悟浄の声がする。

「問題ないっっ」

 李のまま受け答えする。

「もしかして、李モードってやつ?」
「よく分かったな、悟浄」
「口調が違いすぎ」

 確かに、言われてみればそうだ。
 である本来の自分と、天道師である李である部分をわけるために、口調も変え、身にまとう気配さえも変えた。

っ大丈夫か?」
「心配するな、悟空。私のことは、八戒や悟浄から聞いたのであろう?三蔵も知っているな。あまり、心配することの程でも無い。このぐらいの妖怪、物の数ではない」
「ですが、無理は禁物ですよ」
「八戒か…。…分かっている」

 大量の妖怪をはさんで、会話をしている私達に妖怪はいきり立つ。

「女、お前自分の状況が分かっているのか?神咒を唱える隙があると思うのか。お前が神咒を唱えている間に、俺の指揮で、妖怪はお前を崖下に落すぞ」
「確かに、お前の言うとおりだが神咒の為の隙は、結界を張れば問題はないな。すでに、その為の準備は回りに展開させている呪符で終了している」
「ムムムムムムムムッ」

 怒り始める妖怪達。

「どうして欲しい?」
「何?」

 

「先程も言ったが、この私を人質に取るなぞ思いもしなかったぞ?」

 

 がそう言いながら艶やかに微笑む。

「三蔵、の様子がおかしい」
「…わかってる。八戒、悟浄、悟空。俺が合図をしたら、一気につっこめ。いいな」
「どうするつもりですか」
「……こいつを使う」

 妖怪がに気取られている隙をついて経文を取る。

「了解っ」

 三人が頷く。

「何が、言いたい」
「今、ココでお前の相手をしてもいいが、この状況は少し分が悪い。だから、状況をこちらで変えさせてもらう」

 そう言っては一歩、後ろにさがる。

っ、何をするつもりだっ」

 が何をしようとしているのか、見えてこない。
 あいつの切り札。
 それがなんなのかが分からない。

「悟空、悟浄、八戒」

 が一人一人に声をかける。
 今、いる方向に正確に顔を向けて。

 その声は、李の低い声ではなく、いつものの声。

 三人は、少しずつばらけている。
 もちろん妖怪達に気取られないように。

「…それから、三蔵。先に謝っておく。ごめんね。それから、大丈夫だから、絶対に」
「何、言ってんだよっっ」
、何するつもりなんですか?」
っ?」
「だからね、大丈夫だから。心配しないでね」

 そう言ってふんわりと微笑んで、踏み切って飛び降りた。

「…?っっ行け」
「っっうぉおおおおおおっ」

 合図をかけて、3人を大量の妖怪群の中に突っ込ませる。

「……観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色……」

 経文の結界が作動していく。

「悟空、悟浄っ発動しますっ」
「分かったっ」

 悟空、悟浄、八戒がどく。

 向かってくる、大量の妖怪。
 そんなの、関係ねぇっ。

「羯諦羯諦波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経……オン マニ ハツ メイ ウン……魔戒天浄っっ!!!」

 魔戒天浄が発動する。
 そして、大量の妖怪が消滅していく。

 ついでに、叫んでいた妖怪も消えたようだ。

っっ」

 俺達は崖の方に向かう。

「……うそ…だろ…」

 悟空が崖下を見ながら呆然と呟く。

「…冗談、きついぜ」
「…大丈夫だからって言ってたんですよ?」
「………」

 崖を覗くと、何も見あたらなかった。
 川が轟音をたて流れるのが見えるだけだった。

「……あのバカッ」

 そう、悪態ついた時だった。
 頭上に影がかかる。

「ナウマクサンマンダボダナンマカキャロヤソワカ」

 真言が聞こえる。
 そして、ふわふわと、その影をかけた者が降りてくる。

「ハハハハハ…、ごめんね」
「せ、っ無事だったのかよっ」
「だから、大丈夫だからって言ったじゃない」

 俺達の心配をよそに、ふんわりと微笑む。

「羽」
「うん、生やしてみた」
「生えるかっっ」
「特殊真言だもん。生えるんだよ」

 そう言って、は地上に降り立つ。

「皆、心配かけてごめんね」

 そう言って何事も無かったように言う。

「……この、バカ娘がっ」

 頭に来て、ハリセンでぶち叩く。

「いっ、痛〜〜〜いっ。何すんのよっ」
「何すんだじゃねぇっ。何やったか分かってんのかっ」
「飛び降りただけ。で特殊真言使って、飛んでみたの」
「飛んでみたのじゃねぇっっ」

 あまりにも脳天気に言う様に頭が痛くなってくる。
 こいつは何考えてやがんだっ。

「あの状況で、全方位の神咒使ったら三蔵達まで巻き添えにする。人質なんて言ってる奴にはわたしが自由に動けること知らしめる必要があったのよ。あの時はあれがベストだったもの」
「だからって飛び降りる真似をする必要があるかっ」
「三蔵が魔戒天浄使うタイミングを作れたじゃないのよっ」

 

「そう言う問題じゃねぇっ」

 

 三蔵がハリセンを持ったまま怒鳴っている。
 うぅ〜、いたいよぉ。

、三蔵がどうしてあんなに怒っているのか分かってますか?」

 八戒がわたしの目の前に来る。

「心配したんですよ。三蔵だけじゃありません。僕だって、悟浄や悟空だってそうです。どうしてあんな無茶をしたんです。特殊真言は成功率が低いって聞いたことがあります。だって分かってるでしょう?今回は成功したから良かったものの…。次、失敗してそれこそ、取り返しのつかない事になったらどうするつもりだったんですか?」

 …なんか、ひどく怒ってる。
 でも、あれは、あの場合はしょうがないじゃない。

「何とかするしかないじゃない。第一、わたしを人質にしようなんていうのがどだい無理な話だって言うことを向こうは分かってなかったのよっ」
「だからって飛び降りるなんて事必要だったんですか?」
「あぁやって隙をつくって、神咒使うことだって出来たんだもん。問題ない」
っ」

 八戒が、声を上げる。
 彼が、声を上げて怒鳴るなんて言うの初めて聞いた。

「心配したって言うこと、分かってないんですか?第一あなたは、無茶をしすぎです。あなたが無茶をするたびに心配になるんですよ」

 本当に怒っているって言うのが、分かった。
 三蔵が怒ってる。
 八戒が怒ってる。
 二人だけじゃない、悟空も悟浄も怒ってる。
 …そりゃ、無茶なことしたって分かってる。
 それは、自分で大丈夫だって分かってるから、わたしは無茶なことだとは思ってない。

「あのな、。お前の気持ちはわかんなくもないけどさ」

 悟浄が八戒をなだめてからわたしに言う。

「お前がさ、女の子だから心配もするわけよ」
「…女の子扱いしなくても平気だし」

 されるの嫌いだし。
 そうやって、特別扱いされたくない。
 女の子だからって事で今回だって人質扱いされてるのよ。

「って言うなって。だからな、俺が言いたいのは、そう無理する必要ないって事。女の子だから守られて良いんだって事。なんつーか情けないじゃん。お前はさ一人でも平気って言うけど傍から見てるとちょーっと心配になるわけよ。少しは、甘えて欲しいの。特権フルに使っていいんだぜ?野郎、心配するより女の子心配してた方が楽しい訳。わかる?」
「でも」
「でも、なんてなしっ。いいんだって言ってんじゃん。な?」

 そう言って悟浄が頭を撫でてくる。
 なんだか、それが心地良い。
 気持ちいい。
 なんだか、泣けてくる。


「何、悟空」
「俺、が好きだよ。が怪我したりするの見るのやだよ。だから、すっげー心配なんだ。って無茶するだろ?一人で旅してたのだってそうじゃん。俺達仲間じゃん。せっかく一緒にいるのに、だけが苦しんだりするの見るの、俺やだよ」

 

 何かに、気付いた。

 

「心配、して、くれてるの?」
「当たり前じゃん。今まで、皆して言ってんじゃん」

 悟空がそう言う。
 八戒を見ると、頷く。
 悟浄も、そう。
 三蔵を見ると、フンと鼻を鳴らして目線を逸らす。
 何も言ってこない所を見ると肯定している事。

「……ふぇ」

 突然に涙が出てくる。
 なんだか、スゴく泣けてきた。

「お、おいっ
「俺何かした?」
「どうしたんですか?。痛いところでもあるんですか」
「ちがっ、違うの」

 泣いてるせいで、上手く言葉が出せない。

「心配されること、今まで無かったから。スゴく、嬉しいの」

 天道師だけど、女という状況でわたしはあまり道教界には歓迎されていなかった。
 心配してはいても、それは表面上のことで、その裏では、わたしをはめようと言う者達がたくさんいた。
 本当に心配してくれる人なんていなかった。

「嬉しいって。当然だろうが」
「でも、嬉しいの。ありがとう、皆。悟空、ありがとう」

 そう言って、悟空に抱きついてみる。

「えっ、わぁ、…っ」
「お礼のつもりっ。ありがとう、悟空、すっごく嬉しかった」

 そう言って、悟空から離れる。

「ありがとうって、ホントの事だからっ。俺、ホントに、のこと好きだからっ」
「うんっ、わたしも悟空のこと、好きだよ。次は、悟浄ね」
「へっ?」

 急な言葉に、悟浄が驚く。

「ありがとう、悟浄。悟浄の言葉嬉しかった。甘えても良いって頼ってもいいって言うこと、すっごく嬉しかった」
「全然、こっちは問題なしだぜ?これから、いっぱい甘えろよ」

 そう言いながら、背に回っている手が、ぽんぽんと叩かれる。

「そうさせて、いただきます。あぁ、なんか、悟浄ってお兄ちゃんって感じ」
「…お兄ちゃんかよ」

 なんか、落胆してしまった悟浄から離れる。

「悟浄?どうしたの?」
「お前ねぇ…そう聞くなよ」

 落胆してる理由は、分かんないから放っておこう。

「八戒も、ありがとう」

 そう言って、八戒に抱きついてみる。

「なんだか、照れますね」
「そう?」
「あんまり気にしないんですか?」
「うん。まぁね」

 そう言ったわたしの言葉に八戒は苦笑する。

「八戒、ごめんね。ありがとう。あんな風に八戒に怒られるなんて思っても見なかったから、スゴく驚いた」
「僕が心配したって言うことが分かりましたか?」
「うん、分かった」

 そう言ったら、回っていた腕の力が少しだけ強まった。

「八戒?」
「ホントに、心配したんですよ」
「うん、ごめんなさい」
「これからは無茶しませんね」
「……う……」

 言葉が、詰まる。
 無茶しないって事、出来るかしら。

 1トーン低い八戒の声が、聞こえてくる。

「…ぜ、善処します…」
「まぁ、良いでしょう。ホントに無茶はやめてくださいよ」

 そう言って、八戒は回していた腕を放す。
 そして、また、怒られないうちに、八戒から離れる。

 もう一人お礼を言わなくちゃいけない人を捜す。
 すぐには視線の中に入ってこなかった。

「悟空、三蔵は?」
「三蔵だったら、そこ」

 悟空の代わりに、何故か元気の無い、悟浄が教えてくれた。
 三蔵は、少し離れた所で、たばこを吸っていた。

「三蔵にも言うんでしょう」
「……うん。お礼、言ってくる」

 三蔵の方に向かう。

 手を伸ばせば届く距離まで近付いて、そこから一歩が踏み出せない。
 なんか、一つの線を引かれたような気がする。
 ココで、気にしている訳にはいかないので、声をかける。

「ありがとう」
「別に、礼を言われるようなことをしちゃいない」
「それでも、嬉しかったの」

 そう言いながら、後ろから抱きつく。

「嬉しかったんだよ。心配してくれたこと。心配なんてされたこと無いから。ホントに嬉しかったんだ。それから、ごめんなさい。心配かけたこと」
「フン」
「怒ってるの?」
「そうだな」

 …簡潔に三蔵は言う。

「ごめんなさい」

 もう一度、謝る。

「ホントに分かってんのか?」
「分かってるよ。無茶したこと怒ってるんでしょ?」
「分かってねぇじゃねぇか」

 は?
 分かってないって…どういう事?

 分からないわたしに三蔵のため息が聞こえる。

「どういう事よ」

 そう言ったわたしの腕を引き、自分の目の前に出す。

「三蔵?」
「ココにいろと言ったはずだ」
「?」
「ドコにも行くな。俺の側にいろと言ったはずだ。それを忘れてんじゃねぇよ」

 淡々と紡がれる言葉に、頭の中が真っ白になっていく。

 そんなこと、三蔵に言われたっけ?
 覚えてないよぉっ。

「忘れてんのか?」
「いつ、言った?」
「言ったんだっ。忘れてんじゃねぇっ」
「だから、いつ言ったのよ」
「今も言ったじゃねぇか」
「その前だって言ってるじゃないのよっっ」

 その言葉に三蔵は不敵に笑う。

「思い出させてやるよ」

 たばこを持った片手は背に回され、もう片手であごをすくい上げられる。

「三蔵」
「いつ、言ったか、思い出させてやる」

 そう言って、三蔵はわたしの口唇をふさぐ。
 三蔵が送り込む甘やかな感覚に、無理矢理封じ込めた記憶が呼び覚まされる。

 ってつい最近だよぉっっ。
 三蔵にキスされたのぉっっ。

 って言うか、みんなの前でキスされなきゃならないのよぉっっ。

「…さ、さんぞぉ〜〜〜」
「何、してやがるてめぇっっ」
「三蔵、何してるんですかっ」

 声が、三蔵の後方で上がる。

「この前の雨の時といい、許さねぇぞ」

 悟浄が声を上げる。
 っていうか…苦しいっ。

「っっっ」

 息が出来なくって苦しんでいた、わたしに気付いたのか、ようやく三蔵は口唇を離してくれる。
 ただし、背に回った腕はそのままで。

 苦しさと、いろいろとが混ざったわたしを抱き留めたままでいる。

「思いだしたか?」

 無言で頷くわたしに三蔵は嬉しそうに口角を上げる。

「三蔵」
「うるせー」

 いつの間にか銃を取り出していたのか、3人に発砲する。

「こいつは、俺の物だ。手を出したら、許さねぇからな」
「いつ決まったんだよっ」
「今だ」
「勝手に決めてんじゃねぇよっ」
「そうだよっ、俺だっての事好きなんだからなっ」
「俺だってそうだぜ」
「っていうか、悟浄は、お兄ちゃんって呼ばれましたよね」
「…八戒、それは言わないでくれ」
「そう言うわけには行きません。ライバルは蹴落とすものって決まってますから」
「…八戒?」
「ねぇ、悟空?」
「う…うん」
「フン、テメェ等がどういおうと、勝手だ。だが、こいつは俺の物と決めたんだ」
「それは、あなたが決めたことでしょう?ようやく自覚したと思えば、ココまで直接的な行動に出るとは思っても見ませんでしたよ。三蔵?」
「フン、貴様に言われる筋合いはないな。ただ、黙って見守ってるつもりだったのか?」
「さぁ?自分の手の内を相手に見せるほど、僕はバカじゃありませんよ?」
「どうだかな」

 ……………なに?
 これ?
 どういう事?

「って言うか、わたしの事、無視して話を進めるなぁっっっ!!」

 なんか、もう、訳分かんないっ!!!
 放っておこう。
 それが、いい。
 そうしよう。

 

 

 

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あとがき
魔天経文の中身はどうやら般若心経の模様。
途中、これは八戒ドリか???とドキドキしながら書いてましたが、全体的には三蔵なのよぉっって思いながら、書いてました。

メインは説教以降。
説教前は流し読みしてください。
と、いいつつも、八戒の説教と悟浄の説得?が上手い具合に行かず…なんだかショック。
この二つは前々から暖めていたからスゴくショックなんですが…。

ついでに、思っていたより長くなってしまったビックリ。

乱入!!!
聖樹:どうも、読者の皆さん初めまして。オリジナル小説主人公坂崎(龍ヶ崎)聖樹、桃源郷名は龍聖樹です。
長月:初ですね、オリキャラがココに出てくるのは。でも、どうしても、必要だったので。
聖樹:……。
長月:どうしたの?
聖樹:…三蔵に、2回キスされた。
長月:ごめん、基本的に恋愛って苦手なんだよね。
聖樹:うん。人前で、泣いた。
長月:…初めてだっけ?
聖樹:多分。
長月:ごめん、本当は泣きたくないんだよね。
聖樹:分かってるなら、泣かさないでよ。
長月:ごめん。まぁ、いろいろあるけど、頑張って。
聖樹:先、思いやられるの気のせい?
長月:気のせい…じゃないと思う。
聖樹:はぁ、頑張るよ。

次回予告!!!!
紅孩児:三蔵一行!!、ココにようやく見つけたぞっ。
悟空:げっ紅孩児っっっっっ。
八百鼡:聖樹さん、お久しぶりです。
聖樹:ヒサシブリ、八百鼡ちゃん。
八戒:知り合いだったんですか?
聖樹:まあね。
李厘:次回予告は、おいらがするもんね。
悟空:李厘っっ!!!
李厘:再開と過去。わぁ、何すんだよッ。
悟空:最後は俺が言うんだっっ。次回も須く看よっっ!!うしっ。