彼は喜んでくれるかな?
少しでも気を紛らわせてくれれば良いんだけど。
「アーサー、デートしない?」
突然の申し出に彼は目を丸くした。
7月4日、天気、曇り。
菊ちゃんはあたしよりも早く出かけたらしく(あたしも結構早めに起きてるんだけど)アーサーしか居なかった。
「おはよう、アーサー」
「あ、起きたのか?」
今まで以上に元気のないアーサーがそこにいた。
「朝ご飯食べた?」
「あぁ……菊が作ったのを……」
「そっか」
台所に行けばテーブルの上にあたしのもキチンとあった。
菊ちゃんありがと。
感謝してあたしはさっさと食べる。
顔を洗って身だしなみ整えて着替えてアーサーが居る居間に戻ってくる。
「どうしたんだ?そんなカッコして」
「うん、アーサー。映画見に行こう」
「は?映画?なんでオレがそんなところに」
「あたしみたい映画があるの、アーサーに付き合ってもらおうと思って」
ホントは菊ちゃんと行くはずだった映画だ。
アーサーと先に見に行ったって文句は言われないはず。
「菊と行けばいいだろう」
「昨日公開なの。もうすぐにでも見に行きたいの。アーサー、行こ」
絶対、連れ出さなきゃ。
映画だってコメディなんだからアーサーだって楽しめるはず。
「ハリウッド映画か?」
「まさか、見に行くのは邦画だよ。今年最大のヒット映画っていう呼び声の高い超娯楽映画。涙あり笑いありアクションありちょっとラブありのエンターテイメント映画!……行きたくない?」
ここで断られたらヘコむなぁ。
家の中でごろごろするよりは外に行く方がぜったい良いと思うんだ。
「…………分かった。別にお前が言ったからじゃないからな。オレが暇だから行くんだからな」
相変わらずのイギリスクォリティーのツンデレぶりを発してるアーサー。
「うん、アーサーとデートだね」
「デート…っていうなばかぁ」
うわぁ、なんか可愛いなぁ。
「じゃあ、アーサー早く準備してね、あたしは準備終わったから」
「す、すぐに用意する」
アーサーはそう言って荷物のある二つ隣の部屋に向かう。
デートなんて言っちゃったけど…ま、いっか。
とりあえず、日劇行って、新橋からゆりかもめでいいかな?
「待たせたな」
すぐに戻ってきたアーサーと共にあたしは家を出た。
*****
映画館に着くと次の上映まで充分にあって、買ってあった前売りで中に入る。
パンフレットなんかも先に購入してのんびり待つ。
気に入ってくれるといいけどな。
なんて不安に思ってた事は杞憂で、アーサーはずいぶん楽しんでくれたみたいだ。
こっそり盗み見たら、笑って欲しいところで笑って泣きそうな場面で泣きそうだった。
あたしと反応が一緒で嬉しかった。
「アーサー、どうだった?」
映画の感想をアーサーに聞いてみる。
「え?あ、まぁ、悪くないんじゃないのか?アルフレッドの所みたいに荒唐無稽な映画じゃ無かったし」
「…アーサー、前危ないよ」
「へ?、あ、」
「だから読みながらじゃ危ないって」
「いや、面白くて」
と、アーサーはパンフレットを読み続ける。
「電車にのるんだから、その時に読めばいいでしょ?」
「か、帰るんじゃないのか?」
「まだ帰らないよ。お昼はそっちで食べよう」
「あ、あぁ」
あたしの言葉にようやくアーサーはパンフレットを閉じる。
ちなみに、そのパンフレットは、あたしが見る前に買ったものじゃない。
見終わった後アーサーが買い求めた物だ。
「リンクっていうのはやっぱり前の作品見ないとわからないのか?」
いきなりそう質問されたときはビックリした。
「まぁ、だから続き物なんだと思うけど…」
「そうか、じゃあ、前の作品も見て見たいな」
買ってすぐにパンフレットを広げてるアーサーはそう言う。
もしかして、はまった?
感想聞いてみればツンデレな感想。
でも、熱心にパンフレットを読む様は…説得力ないよね。
じゃあ、予定通りにお台場へ!
新橋駅からゆりかもめに乗ってお台場へ向かい、お台場公園駅で降りる。
本当は、テレポート駅が良かったんだけど……まいっか。
隣を歩くアーサーは目を輝かしてるし。
そう言えば来るのは初めてなのかな?
でも映画見終わりの後のロケ地巡りだから感動は違うわけで。
あたしも楽しかったりする。
「ん……」
不意にアーサーが立ち止まる。
「どうしたの?」
「……あれはここになくても別にいいんじゃないのか?」
アーサーの視線の先には自由の女神像。
確か、フランスから貰ったやつ。
「菊ちゃんが貰ったんでしょ?詳しくは知らないけど」
いつ貰ったか知らないけどもう違和感なくここにある。
「別にもらうのが悪い訳じゃない。ただなくてもいいんじゃないかってことだ。フランシスからの奴なんて」
別にいいと思うんだけどなぁ。
もしかすると、『自由の女神』って言うのが気にくわないのかな。
……ニューヨークにあるし…独立記念の象徴だし……。
「アーサー、行こう、まだまだ行くところいっぱいあるんだから」
不機嫌なアーサーの手をつかみ、アクアシティを通りフ○テレビ本社まで。
「お昼はココで食べよう」
「……ここは確かテレビ局何じゃ」
「いいからいいから」
テレビ局は今映画の大宣伝中。
「へ?!!」
アーサーの驚いた顔が楽しい!!
「元はあの映画はテレビドラマだったんだよ。それが映画になったの」
特設セットが組まれているイベント会場に行く前にアンテナカフェでお昼。
「ちょっと、遅くなっちゃったけど、お昼にしよう」
一番混む時間帯からは抜けたのかすんなりと席に座れた。
で、席についてすぐにパンフレットあけるのはどうなのかな。
まぁいっか。
他にも広げてる人たくさんだ。
ちょうどその時だ、携帯が鳴ったのは。
菊ちゃんのはアニソンだ(菊ちゃん選曲)。
「誰だ?」
「菊ちゃん」
電話に出る。
「何?」
『ー元気かい?みんなのHERO、フレディだぞ!』
最初にこの大声は驚く。
って言うか死ぬ。
イヤホン付けておいて良かった(あたしの耳的にはまずいけど)、外してもアーサーにAKYだってばれない。
「うん、大丈夫だよ」
アーサーにAKYってばれたくない。
『、なんで君はオレの誕生日を祝ってくれないんだい?オレがアーサーから独立した偉大なるアメリカの独立記念日なんだぞ。フランクと菊は祝ってくれてるんだ。も祝ってくれなきゃダメじゃないか!』
「ごめんねぇ、今それどころじゃないんだ。ねぇ、お願いがあるんだけど」
『なんだい?それおいしいのかい?』
「マジで持ち主に替われ」
アーサーに聞こえないぐらいの小声で、アルに言ってみる。
『じゃないみたいなんだぞ〜〜〜わー、菊、大変だ、が悪におそわれてる。助けに行かなきゃ!HEROは悪をやっつけないと行けないんだ!』
悪って何だよ。
『、すみません。アルフレッドさんがどうしても話したいと申されまして。今大丈夫ですか?』
「大丈夫って言うほど大丈夫じゃない。今居るのは一応お台場のテレビ局」
『やっぱり先に行ってしまったんですね。ひどいじゃないですか一緒に行くって約束したじゃないですか』
うん、そうなんだけどね。
「どうせ何回も行くんだからいいじゃない」
『今回だけですよ。アーサーさんは楽しんでらっしゃいますか?』
「もう、楽しみすぎだろうってツッコミ入れたくなるくらいに」
『何?アーティ、ちゃんと一緒なの?』
『えぇ。アーサーさんのお相手をが買って出てくださいましたので』
菊ちゃんの背後でフランシスさんの声がする。
『ちょっと貸して。やあ、ちゃん。ドイツぶり』
「………菊ちゃんには言ってないですよ。ドイツでお逢いした事」
『え?』
フランシスさんはあたしが菊ちゃんに言ってるものだと思っていたらしい。
あたしに被害がかかるの嫌だし、それでなくてもベルギーに行ったときにギルとルートさんに何が起きるか分からないから不安だから言ってないんだよね。
あの時の菊ちゃんの事を話すギルとルートさんの様子はもう尋常じゃなかった。
『えっと、菊?いや、あのさぁ』
『アルフレッドさん、フランシスさんがマックに行きたいそうです』
『そうなのかい?じゃあ、メガマック食べよう!!』
『ちょっと、お兄さん、マックじゃなくてせめてモスがいいよ』
『反論は認めないんだぞ』
『ちょ、菊とめ……いやああああああ』
何があったのか目に浮かぶようだ……。
『まぁ、こちらは大丈夫ですので、そちらはそちらで楽しんでくださいね』
そう言って菊ちゃんは電話を切る。
「………ずいぶん……長くなかったか?」
アーサーは何故か涙目であたしを見てる。
「どうしたの?アーサー」
「別にいい」
「そ、じゃあお昼食べたら特設のセット見に行こうね」
「あ……あぁ。べ、別にお前のために行くんじゃないんだからな。オレが行きたいからいくんだからな」
はいはい、分かったってば。
「これ、おいしいな」
あぁ、もうなんでそんなにおいしそうに食べるかなぁ。
まぁ確かにおいしいけれどね。
遅くなったお昼を食べた後、特設の会場でセットや使用された衣装を見る。
「おおお」
うん、アーサーのテンションが高いです。
この人こんな人なのかな?
意外です。
ひとしきり回った後はプロムナード行ってみたり、デックスに行ってみたり。
ジョイポリスでゲームしてみたり。
ホントにデートっぽい。
あたしは楽しいんだけど、アーサーはどうなんだろう。
「ねぇ、アーサー、楽しい?」
「え?」
「あたしは楽しいんだけどさ、アーサーはどうなのかなぁって。楽しんでるって言うのは分かるんだけどね。どうなのかなぁって」
「別に…楽しくなかったら来てないぞ。映画だってまぁ、アルフレッドの所の映画よりは面白かったぞ。日本の警察ってああいう感じなのか?だとしたらずいぶん大変だな」
一応あれは映画だから。
「荒唐無稽な話よりはましだな」
そう言ってアーサーはあたしの手をとり自分の手とつなぐ。
「あ、アーサー?」
「デートなんだろ?別に、お前が言ったからじゃないからな。オレだってそう思ったから……」
「うん」
アーサーの言葉にあたしは頷いた。
彼と手をつなぎながら夕方の海浜公園を歩く。
ゆったりと流れる時間がなんだか穏やかに過ぎていく。
「アーサー、ありがとう」
「?はぁ?なんで礼なんて」
「一緒に来てくれて」
アーサーのためのはずだったんだけど…、あたしの方が楽しんだ気がする。
「………礼を言うのはこっちの方だ。オレが……日本に来てる理由を聞いただろう?」
アーサーはあたしが朝、映画に行こうと誘った理由に気がついていたらしい。
それも当然か。
アーサーは今日という日が(たとえそれが日本時間だとしても)どういう日なのか分かってる。
分かってるって言う言い方はおかしいけど。
「うん……」
「気を遣わせて済まなかったな」
「それこそ、気にしなくていいよ。あたしが勝手にやったことだから。アーサーが元気ないの…心配だったし」
日に日にふさぎ込んでいくアーサーは見ていてなんだか悲しくなったのは事実だ。
どうしてか悩んでいたらそう言う事だったわけで。
「……っ…」
名前を呼ばれたかと思うと、あたしはアーサーに抱き寄せられていた。
「あ、アーサーここ、外!!!」
誰か見てるっていうかっっ。
「いいから」
良いからじゃないっ。
良くないってばぁ。
恥ずかしいってばぁ。
「恥ずかしいっていうな。…………礼ぐらい言わせろ」
礼って他人を抱き寄せて言うものじゃないと思います。
「…」
アーサーの声が…もしかして泣いてる?
……泣く事ないじゃない……。
って思わなくもないけれど……。
思わず背に手を回してしまった。
きっとそれはこの人の中の孤独を見つけてしまったからかもしれない。
なんて文学的表現だけど。
「…あ…あのさ、…」
落ちていく日に呼応するようにレインボーブリッジが点灯する。
あぁ、もうそんな時間なんだ。
「アーサー、夕飯どっかで食べて帰ろう。菊ちゃん、多分まだ帰ってこないと思うし、今日は絶対菊ちゃんのご飯期待できないよ」
アルとフランシスさんが一緒だからね。
オタク談義に花咲かせていると思うしね。
「……あ。あぁ」
アーサーから離れてあたしは先に歩く。
「な、なんで先に行くんだよ」
「アーサー、道分かる?」
「ココに来るときに来た道だろう?分からない方がおかしい」
そう偉そうに言ってアーサーはあたしより半歩だけ先に歩く。
「ではレディ、どうぞ手を」
いきなり紳士モードですか。
「暗いから…手をつなぐんだからな」
そのツンデレな言い回しにあたしは吹き出しそうになる。
暗いって言ったって、周囲は街頭とか建物の明かりで明るいのにね。
笑ってるあたしに
「何で笑うんだよ」
アーサーはそう言って手をつないだのだった。