その都市はいつも陰鬱で雲に覆われていて、霧の都と呼ばれる。
太陽のような金色の髪に鮮やかな強い意志のある瞳はエメラルドグリーン。
だが彼が身に纏う空気は彼の国の首都と同じ様に陰鬱な空気だった。
「、買い物、行ってきてください」
「何買ってくるの?」
「紅茶をお願いします」
ドイツから帰ってきて2日後。
時差ボケがまだ残るあたしに菊ちゃんはそう言う。
指定銘柄は『Harros』。
「三越に売ってますのでよろしくお願いしますね」
そう言って菊ちゃんにお金を渡される。
「何を買ってくればいいの?」
「アールグレイとアッサムをお願いします」
2種類かよ。
「量り売りしてますので50gずつ。日本橋と銀座なら私の名前が効きますよ。出来れば銀座でもどうですか?」
どんだけ常連。
というわけで、菊ちゃんが向かわせたがってる銀座(日本橋より銀座の方が遠い)に向かう。
久しぶりに帰ってきた日本はジメッとしている。
そりゃそうだ、梅雨真っ盛りだもん。
日本の梅雨ってこんなにじめじめってしてたかな?
ドイツにいる間に梅雨入りを向かえたわけで、この爽やかな五月からじめじめな6月、梅雨にという経過をたどってないから、余計にそう思うのかもしれない。
紅茶を買って、地元の駅まで戻ってコンビニでアイス食べながら家路につく。
食べ終わったぐらいで家について玄関あけたら見知らぬ靴があった。
結構上物の靴だなって思ったら案の定バーバリーのタグついてる。
「お帰りなさい」
「ただいま菊ちゃん」
買ってきた物を菊ちゃんに渡しながらサンダルを脱ぐ。
菊ちゃんの後を歩きながら素朴な疑問を問いかける。
「誰か来てるの?」
その誰かに聞かれないように小声で話しかける。
「えぇ、いらっしゃってますよ」
台所に着いて菊ちゃんは居間に目を向ける。
綺麗に正座した金髪の人。
スーツ姿で今、こっちについたばかりと思わせるような人だった。
「アーサーさん」
菊ちゃんが彼を呼ぶ。
「ん?なんだ、菊」
そう言って彼はこちらを向く。
眉毛が特徴ある……イギリスだ。
「、ウィーンで挨拶しましたよね。イギリスのアーサー・カークランドさんです」
菊ちゃんが紹介すると彼は立ち上がりあたしの目の前に立つ。
ギルやルートさんも背が高いけど、彼も高い。
「アーサー・カークランドだ、世話になる」
そう言って彼は手を出す。
条件反射的に握手だと悟りあたしも手をだす。
って言うか世話って?
アーサーさんと握手しながら菊ちゃんの方を見れば
「7月5日まで、アーサーさんは滞在なされます」
と爆弾発言。
「え?1週間?」
「そうなりますね」
「…す…済まない」
アーサーさんの方を見れば申し訳なさそうにちょっとだけ泣きそうな感じでうつむく。
「構わないですよね」
「構う、構わないって言う問題じゃないんじゃ……」
だって1週間居るのは決定なんでしょ?
「えっと、よろしくお願いします」
「いいのか?」
「えぇ…でも何で日本に?」
「休暇ですよ」
はやっ。
あたしの問いに間髪入れず菊ちゃんが答える。
「アーサーさんはいつもこの時期に日本にいらっしゃるんですよ」
「迷惑…だよな……」
菊ちゃんの言葉にアーサーさんはうつむきながら言う。
「別に迷惑だなんて思ってませんよ。一人でしたし、アーサーさんが来ていただくこの時期は…とても楽しいですよ」
「そ、そうか。お、俺は別に来たくはなかったんだけどな。特にこの期間は、予定はないからな。ただ、それだけだ」
これって眉ツンデレ?
ちょっと楽しい。
「では、アーサーさんにお願いしましょうか」
菊ちゃんは冷たい麦茶をそそいだコップを三つのせたお盆をあたしに手渡しながら言う。
「何を?」
それを座卓に置いて一口。
冷たくておいしい。
「アーサーさんもどうぞ」
あたしの目の前に座ったアーサーさんに勧める。
そこだとテレビが見れません、アーサーさん。
と今は言わない。
うーん、冷たくっておいしい。
「そうそう、アーサーさんもベルギーで行われるお茶会にご出席されます」
「そっか、イギリスだもんね」
「正確にはグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国だ」
「うん、知ったとき覚えたよ」
「そうなんですか」
「うん、その時からかなイギリスに興味持ったの。行ってみたいなぁって思う国の一つだもんね」
「そう言えばそうですね」
「来たいんだったら案内してやってもいいぞ。お前のために案内する訳じゃないんだからね。オレが暇だからなんだからな」
うわぁ、イギリスツンデレだ。
「それでですね。のダンスレッスン見てもらって良いですか」
話戻った〜〜〜。
「って、菊ちゃん、アーサーさんに?ダンス見てもらうの」
「そうです。ローデリヒさんにも言われた事忘れましたか?あなたはまだ初心者なんですから練習することに越した事はないんですよ。ちょうどアーサーさんがいらっしゃる時期でよかった」
「踊れなかったのか?」
アーサーさんが驚いたようにあたしを見る。
しょうがないじゃない、一般現代日本人は踊れないのが基本。
「えぇ、なのでドイツで学んでいただきました」
「オレが教えてやらない事もなかったんだぞ」
「えぇ、アーサーさんに教えていただこうかとも思ったのですが……お忙しいでしょうし、隣にフランシスさんがいるのは大問題です。仲がお悪いはずなのによくご一緒に行動しているところを拝見していますし…。なんかの拍子に彼がに近づく事があってはと思い……。一応ガードしてくださる方が二人いるドイツの方が安全かと思いまして」
菊ちゃんの顔がどんどん険しくなってくる。
「……それについては反論できないな。フランシスの野郎は突然来るからなオレも止められない」
とドーバーの片割れのアーサーさんもいう。
フランシスさんてそんなに危険なんだ……。
きっとあれは表に出せますフィルターがかかってちょっとだけ変態(ちょっとだけか?)なのが存在してたんだよ。
確かにドイツでもルートさんとギルにさんざん言われた。
『フランツに近づくな』って。
……ドイツで、フランシスさんに逢ったって言う話はしない方がいいよね。
言ったらきっと国際問題に発展しかねないし。
「で教えたのはルイスか?ドイツより、ウィーンでロデリクの方が……」
「いえ、ギルベルトさんです」
「はぁ?ギルバートが?」
「えぇ、彼の踊りは正統ですからね。問題はないかと」
「まぁ……そうかもしれないが……」
「なので、よろしくお願いしますね」
菊ちゃんは麦茶を一口飲んでアーサーさんに言う。
「べ、別に暇だから練習相手になってもいいが」
「はい。も、お願いしてください」
え、いきなり振られるとは思わなかったけど。
「アーサーさん、お願いします」
「アーサーで良い」
そう言ってアーサーさん……もといアーサーは綺麗にほほえんだ。
ホントに綺麗に微笑むから思わず照れてしまったけれど。
*****
アーサーが家に来てから1週間が経とうとしている。
ダンスを踊ったり、まったり過ごしたり。
梅雨のじめじめした空気はアーサーはそれほど苦にならないらしい。
これがギルとかロヴィーノだったら文句言ってるだろうな。
フェリシアーノはヴェ〜って泣いてるかも。
なんて遠い所にいる彼らの言動を考える。
あたしの元の世界に帰りたい病(いわゆるホームシック)はギルに話を聞いてもらったおかげで落ち着いた。
時々不安になるけど……そう言うときに限って電話かけてくるんだよね。
メールの時もあるけど。
ドイツ語だったらどうしようって本気で困ったけど、日本語だからホッと一安心したのはココだけの秘密。
アーサーとの会話は結構楽しい。
あたしの『英国』好きフィルターがかかってるせいかな、会話の内容は知的だ。
アーサーが料理したいって言うときもあるんだけど、そんなときは菊ちゃんが全力で止めてる。
刀まで出してる。
本当に食料兵器つくりだすんだとちょっとだけぞっとした。
菊ちゃんに頼まれて買ってきた紅茶は当然アーサーの為の紅茶で、アーサーが入れてくれる紅茶はやっぱりおいしかった。
想像以上に。
実は、あたしは紅茶があんまり好きじゃないわけで。
やっぱり本場の人が入れてくれる紅茶は絶品で、これを飲むためだけでもイギリス行ってもいいかななんて言ったら菊ちゃんは泣きそうな顔してアーサーは嬉しそうな顔してたっけ。
菊ちゃんとアーサーの会話聞いてるだけでも楽しい。
そうやって過ごした1週間だった訳なんだけど………。
あたしはアーサーがなんで日本に来たのか知らなかったんだ……その時までは。
「、明日予定がありますので、お願いしますね」
菊ちゃんはアーサーに聞こえないようにそう言う。
居間でごろごろしているアーサーは紳士然としてなくて、うん普通の(見かけ)年相応の男の人だ。
読んでる本は菊ちゃんの部屋から持ってきた…難しい本らしいけど。
何読んでるのって聞いても教えてくれなかったんだけど(実はエロ本だったらどうしよう。官能小説とか。ありえすぎて笑える)。
「予定ってなに?」
「えぇ、ちょっと秋葉原に」
明日は7月4日。
何か発売日だっけ?
「だったら、あたしも行く」
「にはアーサーさんの相手をしていただきたいのですが。私はアルフレッドさんとフランシスさんと行かなくてはならなくって」
菊ちゃんがアルとフランシスさんの相手であたしがアーサーの相手?
菊ちゃんの言葉に首を傾げる。
「ねぇ、菊ちゃんアーサーはホントに休暇だけにここに来たの?」
最初の疑問。
何かがあたしの中で引っかかってるんだ。
「7月4日に生まれてという映画をご存じですか?」
7月4日に生まれて?
そう言えば、前にテレビでやってたなぁ……確かベトナム戦争の話だったよね……。
アメリカの独立記念日に生まれた人がベトナム戦争に行って…………。
あ。
「独立記念日」
そうか、アメリカの独立記念日だ。
倉庫掃除だ!!!
「菊ちゃん、一つ聞いて良い?」
「どうぞ」
にっこり笑って答える菊ちゃんはあたしが聞きたい事を分かってるのかもしれない。
一つ深呼吸をして聞く。
「やっぱりそう言う影響って受けるの?独立記念日とか……。…………終戦祈年日とか……」
「そうですね……。もう何年も昔の話なのに、記憶は浅くないんですよ…永遠と残り続ける。国として生きてきた私たちの宿命でしょうか」
淡々に言う菊ちゃんの言葉に泣きそうになった。
時々アーサーがつらそうな顔をするのはそのせいなのかな。
だから、アーサーは日本に来るのかな。
イギリスはアメリカに近すぎる。
日本の隣にアメリカはあるけれど、太平洋って言う広い海を挟む。
だから思っている以上に、日本とアメリカの間は遠い。
「菊ちゃん、明日アーサーと出かけて良い?」
「…お願いしてもいいですか?」
「うん。任せて」
予定、立てて、アーサーを連れ出すよ。