まだこの世界の真実を知らないで居る。
世界は普遍的でありながら、それでも一つではないのだ。
膝にかかっていたジャケットを抱えながら、本田さんのちょい斜め後ろを歩く。
周囲が背が高いから、日本人からしたら一般的な身長の本田さんが小さく見える。
そしてその本田さんより小さいあたしは、周囲の身長のせいで埋もれてる感じ。
それでも平均身長よりはあるんだけどな(160cm)
「そんなの、捨てて置いてきても大丈夫だったのよ」
と黄土色のふわふわの長い髪にマラカイトグリーンの瞳の女の人『エリザベータ・ヘーデルヴァーリ』さんが言う。
ハンガリーの人なんだって。
確かに声が彼女だ……。
「でも…せっかく掛けてくれたから…お礼言わないと…」
このジャケットを掛けてくれたのは『ギルベルト』さんらしい。
どの人か分らないけど。
「礼なんて必要ないのよ?あんなバカ」
エリザベータさんの『バカ』の迫力に思わずあっけにとられてしまっていると
「いつもこんな感じなので大丈夫ですよ。一種のコミュニケーションの一つだと思ってください」
そう言った本田さんの言葉に頷いた。
ホントにそのままでちょっと所じゃなく戸惑う。
「菊、待つあるよ~~~」
後ろから声を上げて走ってくる人。
振り向けば長い髪の男の人……声は中国だと思うんだけど………。
「中国の王耀さんです」
本田さんの説明。
「何で行くあるか!!話させてくれるって言ったのは菊じゃねーあるか!」
「申し訳ありません、耀さん。あの場だと収拾つかなくなるのは目に見えていたので」
「っていうか、もうあの時点で収拾ついてなかったあるよ。で、お前ある」
そう言って王さんはあたしを見る。
「お前、名前なんて言うあるか?我は王耀ある」
「え、名前ですか?」
「そうある」
「月島樋乃です」
「そう…あるか」
そう言って王さんは視線をあたしの高さまで下げる。
「樋乃、いうあるか」
そう言って王さんはあたしの頭をなでる。
何処か、泣きそうな王さん。
「あの、どうしたんですか?」
あたしの言葉に我に返ったらしく王さんは苦笑いを見せる。
「国に帰ったら逢いに行くあるよ。構わねーあるな。菊」
「はい、お待ちしてます」
本田さんが頷いたのを見て王さんは今来た道を戻っていった。
「樋乃さん、どうしましたか?」
「な、何でもないです」
王さんの泣きそうな顔につられて泣きそうになったとは言えなかった。
なんであんなに泣きそうだったんだろう。
あたしには分らなかった。
「まだここにいたのか」
と声を掛けたのはオールバックの金髪にシアンブルーの瞳に見ただけでムキムキと分る人がいた。
「耀さんに声を掛けられたので少々立ち話を。樋乃さん、まだ紹介してませんでしたね。ルートヴィヒさんとそのお兄さんのギルベルト・バイルシュミットさんですよ」
と本田さんが紹介してくれる。
「ルートヴィヒ・バイルシュミットだ」
とオールバックの人が言う。
声がもろにドイツだ!!!
「あ、ルーイ、遅かったじゃんか~どうしたんだよ~」
「あぁ、兄さんがフランツとアントンに捕まっててな」
「へぇ。もしかして樋乃ちゃんの事聞かれたの?ジルベルト」
「それ以上だぜ、俺も連れてけーとか行ってよぉ。抜け出すのが精一杯だったぜ」
「ずっと捕まってれば良かったのに」
「あのなぁ!」
エリザベータさんと口論している人。
銀髪紅眼の人!!
じゃあ、この人がギルベルト・バイルシュミットさんか。
…………凄く、声がプーです。
それどころじゃなかった。
「あ、あの」
「ん?」
「これ、ありがとうございました」
ジャケットを手渡す。
よし、これで任務完了。
ふぅ、外国の人と話すの疲れる(それだけじゃないけど)……ってなんであたし普通にしゃべってるんだろう?
「あぁ、別に気にすんな、そのままじゃ寝てんの寒いだろうなって思っただけだからよ」
改めて自分の格好を自覚させられましたよ、この人に!!
「は、はぁ。ともかく、ありがとうございました」
もう一度礼を言って本田さんの隣を歩く。
はぁ、なんかもう疲れた。
寝たいかも。
建物から外に出れば、当たりは予想以上に暗くなっていた。
そして、予想以上に寒い。
「あ、あの本田さん。一つ質問が」
「はい」
「今、何月なんですか?」
あぁもーなんか変な聞き方してる~~。
小声で聞いたから周囲の人には聞こえないはずだけど。
「明後日からはゴールデンウィークですね」
………こっちと元の場所は月は変わらない。
「ちなみに20XX年です」
時間軸も変わらない。
「くっしゅん」
あ、寒さのあまりくしゃみが出た。
「これでも着てろ」
と肩に掛かるジャケット。
えっとこれ。
振り向けば返したはずのジャケットを羽織ってないギルベルトさん。
「い、良いんですか?」
「お前の方はすっげー寒そうだけど、別に俺様は寒くないからな」
見た目に反していい人そうだ。
俺様はどうかと思うけどっ。
「ウィーンの気候は北海道に近いと聞きますよ」
「へ?」
今、本田さんなんて言った?
「どうかしましたか」
「ウィーンって言いませんでした?」
「はい。ここはオーストリアの首都、ウィーンです」
マジでかー。
えぇ~~あたしウィーンにまで飛んだの。
って言うか、ウィーン、オーストリアっあたしが来たかった国の一つ。
ちょっと嬉しいかも。
「嬉しそうですね」
「ハイ、一度来てみたかった街なんです」
まさか、こんな形で来るとは思ってみませんでしたがね。
で、やってきたおうち。
うち……とは言えない。
お城だ。
お城がそこにある。
「ウィーンに来るときにはお世話になるローデリヒさんの家ですよ」
「大きいですよ。お城ですよ」
「ですね」
「それほどでもないですよ」
と事も無げに言う、栗色の髪に前髪のくるんなアホ毛にアメジストの瞳な眼鏡のローデリヒさん(思わず、グゥレイトっって言いたくなりそうな気になるけど気にしない方向で)
これ以上、大きい家があるというのか?
ヨーロピアンな城をローデリヒさんの案内で巡り(部屋に向かうだけなんだけど)
「あなたは、ここを使ってください。こっちはエリザの部屋なので、何か困ったことがあったときはエリザに言ってください」
とローデリヒさんが扉を開けた部屋。
さすが、豪華だ!
お城の部屋ゲストルーム。
やばい、凄すぎてあっけにとられてなんかテンションが上がるんだけど。
「樋乃さん、とりあえず中に」
本田さんが何処か笑いこらえてる。
笑いたいの分るけど(あたしのテンションの上がりっぷりはひどすぎる)でも、笑うなんてひどいから。
「少し話しをしましょう」
案内してくれたローデリヒさんとエリザベータさんに挨拶をして本田さんはあたしを部屋の中に促す。
「あぁ、これですね、フェリシアーノ君達が用意したのは」
テーブルの上に置いてある紙袋に本田さんは目を向ける。
…PRADAとかGUCCIとか書いてあるのはあたしの気のせいじゃないとおもうんだけど…。
なんであるんだろう。
それを見ていたあたしに気づいたのか少しだけ苦笑いを浮かべて本田さんはその紙袋群を床におろす。
「どうぞ、座ってください」
テーブルに備わっている椅子を引いてあたしを座るように促す。
その言葉に素直に頷いて、あたしは椅子に座った。
窓から見える景色は…この屋敷(城)が木々に囲まれているせいか、外の様子を見ることが出来ない。
もっとも夜だから見えないだけで、もっと明るい日の光の下だともっと違うのかもしれないけど。
「樋乃さん、具合はどうですか?気分とか悪くないですか?」
本田さんのその低い声は本当に耳に優しくって素直に頷いてしまう。
「はい、大丈夫です」
「良かった。では、状況を整理しましょう。どうしてここに来たのか、何故ここなのかと言うことなど、それから今後の事ですね」
「お願いします」
「では、気がついたらの前、あなたはどこにいたのかって言うところからですね」
「自分の部屋で、本を読んでました」
へたりあだけど、ごまかそう。
「なんの?」
へ?
「なんの漫画ですか。こう見えても漫画には詳しいんです」
残念な美形がそこにいました、どうもありがとうry。
考えたくない、事がまた復活したよ。
「普通の漫画ですよ。少女漫画です」
違うけどっっ。
「タイトルは?」
それもですか?
えっと、何がある?
そうだ、へたりあ読む前に平安モノ読んでたからそれで。
「へ、平安モノです。平安モノ」
……うん。一応、読んでたから間違いないよね。
「なるほど。そうですか……漫画を読んでいたら、その世界にトリップしてしまった…なんてあったら面白いと思ったんですが……。残念です」
「そ、そんなバカな話があるはずないじゃないですか。それこそ漫画ですよ」
……ホントだよ。
これこそ、漫画だよ。
言えない、絶対に言えない。
一生黙って生きていこう。
墓場まで持って行こう。
なんか聞かれたら笑ってごまかせ!!
あたしは日本人だ!
「えぇ、そうですね。でも、キャトられる人がいたり、妖精が見えたりする人がいたりするので、あり得るかと思ったのですが」
疑われてるかもしれん。
「で、でも。なんでそう思ったんですか」
「順応しすぎなんですよ、あなたは」
へ?
いや、うんちょっと楽しんでるところがあるかもしれない。
へたりあの世界に来たから。
うん、まさかでも、へたりあの世界じゃないわよね。
最後の最後までちょっとあがいてみたり。
「ど、どういう意味ですか?」
「言葉が……通じることを不思議に思いませんか?他の方々と」
「そ…そう言えば…そうですね」
どうしよう、いや、うん。
「だから、どこからかトリップしてきたと考えて見たんです」
「どこからって言うのは?」
「世界はそれを知るものからすれば一つではない。とある魔女さんが言ってる言葉です」
本田さんが言ってるのってあれかなぁ?
もう、この際、スルーしよう(微妙にきらきら目輝かしてるし、この人)。
「話は変わりますが、何故、私がトリップだと思った理由を教えましょうか?」
「あ、はい」
「世界を創造する人は、あるときとてもリアルにその世界を創造します。小説家であり漫画家であり。その世界を創造しただけだと本当におもいますか?ネタがふってくるなんて言葉聞いたことありませんか?つまり、彼らは別のその世界とコンタクトをしているのです。それを創造という形でこちらに伝えてくる。彼らが創造したものは何処かの世界に存在しているかもしれないモノなんですよ。だからトリップしてもおかしくない。神隠しもその一つなのかもしれません」
……神隠しか……。
あたしは、ずばりその状況にあるんだと思うわ。
「だから、あなたは読んでいた漫画の世界にトリップしてしまったと思っているんですよ、私は」
……この世界にもへたりあはあるんですか?本田さん。
いやいや、だから最後まであがかせて。
「目、泳いでますよ」
「はは、えへ」
「まぁ、詳しい追求はやめましょう。では、ここから本題です。言葉が通じる理由、あなたがここにいる理由、これからの事」
「あたしがここにいる理由って、トリップしただけなんでしょう?」
へたりあの世界にトリップした理由なんてあるの?
「あるんですよ、この世界はそう言う世界です。特にあなたが現れた場所が悪かった。そうでなかったら、特別な理由もなかったでしょう……」
え?
いきなり超展開!
まって、まって、いやいやいや、そんなバカな。
これ以上は口に出せないってばよ~。
「あそこは単なる会議場なんでしょう?」
否定した方がまだ気楽だ。
嫌って言う否定じゃなくって信じらんないって言う方が強い。
「あの場所は特殊な場所です。あそこに集まっていたのは普通の人じゃない。他の世界には存在しない、存在。つまり、あそこに集まっていたのは国です。国を擬人化したものと言った方がわかりやすいかもしれません」
へたりあ決定!
最後の牙城崩れたよぉ。
結局、あたしは読んでた漫画の世界にトリップしたって事だ。
「国々は母国の言葉も使いますが、特殊な言語も使うのです。あなたも意識して話せば使えますよ。そして話せてもいました。母国語と同じ様に。だから、あなたはあの時他の方々の会話が理解できたはずです」
おっしゃるとおりです。
理解してました。
「じゃあ、本田さんは日本なんですか?」
「そうです。あと誰がいたか、分りますか?」
この人全部分ってるかもしれない。
あたしが、聞こえてくる声だけである程度理解してることを……。
見せる笑顔がなんか物語ってる。
「イギリスとフランスと、イタリア=ヴェネチアーノと…」
この際だから、言うことで白状しておこう。
「イタリア=ロマーノと、アメリカ、中国、プロイセンに、ハンガリーちゃん(おっと思わずちゃん付けしちゃったぜ。もういい開き直りだ)、オーストリアさんと、ドイツと…目さましたときに居たのって台湾ちゃんですか?あとフィンランド」
「はい、当たりです。トリップ決定ですね。読んでいたんでしょう?」
本田さんの言葉に渋々頷く。
あぁ、もう、墓場まで持って行こうと思ってたのに。
多分、祖国には逆らえないよ。
「でも、しゃべられた理由ってなんですか?」
あたしもまさか国なんて事は?
「樋乃さんは国ではありませんよ。あなたは間違いなく日本の方です。でも、あなたの概念の中にある人というモノではない。あなたは国には必ず存在するモノです。そう思っています。おそらく間違いないでしょう」
国に存在するモノ?
「その国の中心と言うべき所でしょうか……」
……東京!?
あたし、東京なの?
「正確に言えば、首都ですよ。行方不明になってしまった首都なんです」
東京…はあるよ?
「そうですね、言葉を間違っていました。私が言っているのは国の中心地、都とはまた違う、政の中心地と言うべきでしょうか。もちろん、現在の東京もそうですが……。過去を思い浮かべてください。首都は、どうなっていたか」
政治の中心って言ってたから……幕府とかも?
「奈良から京都、京都から鎌倉って言う感じで?」
「そうです。だから、私はうまくその存在を説明出来ない。だから首都という言葉を使ったんです。東京都ではなく。ですがあるときその存在は消えてしまった。日本の首都が東京から動かないことを気がついたからかもしれません。事実、この国の政治経済の中心地は1603年の江戸幕府開府から400年以上経ちましたが変わっていません。おそらく、この先も変わらないでしょう」
そう言われても…あたしはじゃあ、どうしたらいいのか。
「でも、気にしないでください。あなたはあなたらしく居てくれればいい。たとえ元の世界に戻ったとしても、この先この世界に居ても、樋乃さんが樋乃さんらしく居てくれれば私はそれで良いのですよ」
あたしがあたしらしく……。
「本田さん……あたしは、どうしたらいいですか?」
あたしらしくって言われても分らないよ……。
「そうですね……、その件はゆっくりと考えていくと言うことで、まずは私の家で共に暮らしましょう。そして、今後は私の秘書なんてどうですか?」
本田さんの提案に頷く。
秘書か……首都だっていうんだし…悪くはないよね別に。
「はい、よろしくお願いします。本田さん」
「樋乃さん、私は、あなたの兄なんですから。お兄さんと呼んでくれればそれで本望です」
い、今までシリアスになってたのに、いきなりそれ?
どっから、兄なんて概念出てきたのよ~~。
「台無しです、日本さん」
「突然それですか、できれば名前で呼んでいただけると。お兄ちゃんなんて付けてもらえたらもっと幸せです」
だから、台無しだってばぁ。
はぁ。
「菊さんでいいですか、とりあえず」
「まぁ、おいおい慣れていただきましょう。改めて、よろしくお願いしますね、樋乃さん」
「こ、こちらこそお願いします、菊さん」