私はそれに気づきさえもしなかった。
「妹して二人作りし我が山齊(しま)は………木高く茂くなりにけるかも(詠み人:大伴旅人:万葉集第3巻)」
そんな短歌がふと口から出てくる。
「どうした?」
ふと口に出た言葉に隣を歩いている彼が不思議そうに私を見つめていた。
「いえ、別に」
詠の意味に気づかれない…いや、聞かれないだろう。
そう高をくくっていたが相手は思ってた以上に我が国の文化を理解していたらしい。
「妹なんていたか?」
最初の言葉【妹して[イモトシテ]】を【妹として[イモウトトシテ]】と聞いたらしい。
「いえ、おりませんよ」
「じゃあ、今のはなんだ?」
「ただ浮かんだ短歌ですよ」
「だから。なんでそんな詩が浮かんだんだって事が知りたいんだ」
「そうですね」
「お前なぁ」
意味を答えるのも面倒なので曖昧に返事していたらどうもしびれを切らしたらしい。
「私も不思議なのですよ。不意に浮かんだ短歌に」
「不意に?」
「えぇ、不意に」
それで引いてくれるだろうと思っていたが。
「で、どういう意味なんだ。その詩は」
「詩ではありません。短歌です。歌ですよ」
「同じ様なモノだろう。で、意味は」
浮かんだ短歌の理由を知りたいのか。
それとも、彼の真意が分からず、私は渋々答えることにした。
「………この短歌の妹は現在で言う妹…英語で言うところのsisterという意味ではありません。妻という意味です」
「お、お前結婚してたのか!?」
だから何でそうなるんですか。
彼の曲解に思わず頭を抱えたくなった。
短歌が浮かんだだけだというのに。
彼が叫んだせいで周囲を歩いていた面々が騒ぎ出す。
無駄に広い廊下で私たちが居る一角はある意味騒然とし始めた。
「お兄さん、初耳だよ?」
私も初耳です。
「俺に黙ってひどいじゃないか」
だから、誤解です。
というか、たとえしていたとしても話す理由がありません。
と、思っていることは口に出さずに。
「今呟いた短歌の意味を答えていただけですよ」
「でも何でそんな短歌が?」
隣に居る彼と同じぐらいに我が国の文化に造詣の深い私達の後ろを歩いていた彼が言う。
「さぁ、偶然でしょう。あぁ、前を歩いているお二人を見てそう思ったのかもしれません」
そう答える私の言葉に
「昔の話ですよ」
と彼は嬉しそうにさらりと流す。
「懐かしい思い出ですけど」
彼女の言葉に彼らは見つめ合う。
「本当に偶然か?」
納得しない隣を歩いていた彼。
「えぇ」
偶然は存在しない。
「あるのは必然だけだ」
思っていた言葉の続きを彼に言われ驚く。
「あなたに、それを言われるとは思いませんでしたが……。それは事象を統計的に見ているわけではなく、それすらも推量に過ぎないのだとおもいますよ」
「つまり、話す必要は無いという訳か」
「確定しないことは言うべきではないと言うことです」
言葉の応酬はきらいではない。
包み隠さず話し合うのは苦手ですが。
「ヴェ〜。二人とも何言ってるか分からないよ〜〜」
「良いんですよ、分からなくても」
斜め前を歩いていた困った顔を見せる親しい友人に私はそう答えた。
はぐらかすためだけにくどくどと付け加えただけに過ぎないのですから。
「あ、おった、おったー」
陽気な言葉尻が関西の方の言葉に似ている青年が近づいてくる。
「何だ」
「あぁ、さっきの件やけどな。今確認したら、ちーっとばっかし難しい話やってなってもうてなぁ。立候補したはええけど……」
「何も単独でとは勧めていないはずなんだが…」
「あ、そうなん?せやったらこいつと一緒でもかまわへん?」
「お、おい勝手に決めんなバカっ」
背後で交わされる会話の内容のおかげか周囲の興味もそちらに向かう。
「はぁ?何言ってんだよ」
隣の彼が突然妙な声を上げた。
「ど、どうかなさったのですか?」
「また、君の妖精かい?」
私と、彼の元弟らしい(今は独立してる)人物の言葉に彼は何でもないと首を振る。
「なんでもないんだ」
「急に声を上げられたので驚きました」
「すまないな、本当になんでもないんだ」
彼は本当に申し訳なさそうに謝る。
こちらとしてはあまり気にしては居ないのですけど。
ようやく話がずれた事に安堵するべきなのでしょう。
「あ、ちょっと良いあるか?この前の件で話があるね」
隣に住む彼が私に話しかけてくる。
「何ですか?」
「うん、我の所とお前の所で共同でやるプロジェクトの事あるよ」
「はい。その件でしたら」
会議が中断しても外で行われる会話は会議やお互いの案に対する応対だったりすることが多い。
「了解ある。データはこっちの用意しておけばいいあるか?」
「それでお願いします」
「じゃあ、僕の方もちょっといいかな」
突然割り込んでくる、人物。
彼も隣……というべきか……に住む、広大な土地を持つ。
千客万来と言うべきか、この場がそう言う場所だと言うべきか……。
『イギリス。フラグが立つよ』
ふと、声が聞こえる。
「え?フラグ?」
声のした方を向けば彼が唖然としていた。
「聞こえたのか?」
「聞こえたと言いますか……」
『フラグ、フラグ!!彼が来たらゲートが開くから』
「だから、フラグってなんだ」
「ゲートとは……」
「聞こえたのか?」
「いや、聞こえたと言いますか」
再び同じ会話を交わす。
今のは彼の言う『妖精さん』の声でしょうか(ずいぶんかわいらしかったですね。声優さんで言えば……いやいや、今はそれどころじゃありません)。
「フラグが立つって」
「なんのフラグでしょうか」
「なんでそんな事言われて納得出来るんだよ」
「フラグというのはとある重要イベントを起こすために必須のイベントです。まぁ……誰かが来ることで何かが起きるというのでしょう」
「そういうのは大体偶然だろう?」
「先ほどおっしゃっていたではないですか。あるのは必然だけだ…と」
「ごまかしたじゃねえか」
「それは……」
その時だった。
「おーい、ヴェスト、忘れ物持ってきてやったぞ。資料を机の上に忘れるなんざ珍しいじゃねえか」
遠くから、傍目にも目立つ銀色の髪の青年がこちらに声をかける。
「あぁ、兄さん。わざわざ済まない」
「あ?別に気にすんな。この後どうせこっちに来なきゃなんねぇんだしな」
兄弟の会話が続く。
『フラグ……』
「フラグ?」
「おい、それで消えるなっ」
彼の言う『妖精さん』は姿を隠してしまったらしい。
「ヴェ、ヴェー!!大変、日本、上」
上?
言われた上の方を見る。
古い欧州の城で行われているこの会議は無駄に廊下が広く、そして天井も高い。
その高い天井には天井画が描かれている。
……そこに、何か光があった。
光としか言えない。
発光しているというような。
「な、なんなんですか?」
「なんだい、イギリスそれは」
「お前、何で俺に言うんだ!!!」
光るそれは中に誰かがいるようなそんな感じを受けさせる。
「女の子がいる」
「ヴェー、ホントだ、兄ちゃん、女の子がいる」
「同じこと言うな」
兄弟が言うように確かに中には女の子というか女性と言うべきか……一人いた。
そして光は消えて彼女の姿がはっきりとする。
黒い髪に部屋着。
肌の色は……欧米の人を象徴するその色ではなく間違いなく我が国周辺の人間。
「……我の子あるか?……」
彼女は眠っている姿のまま私の目の前に言葉通り降りてきた。
「眠っているあるな」
「日本の娘?」
心配そうに兄弟の弟が彼女を見つめる。
「まだ、分かりませんよ」
「……っ。菊、この娘はあの子アルか?」
「違います。彼女ではありません」
問いかけられた言葉に即答する。
彼女ではない。
が………。
「眠ってるだけみたいだな」
騒ぎを聞きつけたのか銀色の青年が彼女の脈を診る。
あぁ、彼は医学に長けていたんでしたね。
突然起った事態に周囲が騒がしい。
彼女の脈を診た彼はすでにフライパンで遠くに追いやられている。
「ん……」
ゆっくりと彼女の目が開く。
黒い……茶が混じった瞳。
『気がつきましたか?』
意識して言葉を換える。
普段、彼らと話すときとは違う。
『あの?ここ……どこ?』
言葉が通じたのか周囲を見渡して彼女は不思議そうにもう一度私を見る。
自分の殺気とフライパンを持つ彼女と、ムキムキと称される青年に頼んで周囲から人を払ってもらった。
おそらく私の腕で横たわる彼女の視線には私と心配そうにのぞき込んでいる黒髪の彼女の姿と周囲の装飾しか目に入らないはずだ。
『ここはとあるお城です。あなたは驚かれるかもしれませんが、突然この場に現れたのですよ』
『現れた……?』
『えぇ。でも心配する必要はありません。あなたは私が守ります』
『あ、あの……』
混乱しているのだろう。
困惑もしているのだろう。
目を覚ましたら、見知らぬ風景と見知らぬ人物。
『申し遅れました、私は日本の本田菊と申します。こちらであなたを心配そうに覗いてらっしゃる方は台湾の李梅花さんです』
私の言葉に梅花はにっこりとほほえむ。
『安心して、あなたを傷つける人はいないから』
梅花さんの言葉に彼女は安心したらしい。
『?あ、……ありがとうございます』
あぁ、そうだ肝心なことを聞いていませんでした。
『あなたのお名前は?』
『あ…………です』
『さんですか。綺麗なお名前ですね』
『そんな……こと…ないです……』
さんの声が、静かに落ちていく。
『まだ、眠いですか?眠いのなら、眠ってもいいですよ』
『……は……い……』
私の言葉に安心したのか彼女は再び眠りに落ちていく。
「眠ってしまったようですね」
「えぇ、はい。梅花、ありがとうございます。あなたがいて助かりました」
「そんなこと…菊さんのお役に立てて良かったです」
いつも行われている会議とはまた別の会議だからだろうか、彼女が居て幸運だった。
「ねぇ、また眠っちゃったの?」
くるん兄弟の弟がさんの顔をのぞき込みながら言う。
「えぇ、突然の事態に驚いたと言うべきでしょうか。脳がはっきりと事態を把握出来ていなかったから、眠ると言うことで事態からにげたのかと…」
「だから、分かりづらいよ。日本」
「すいません、イタリア君」
ともかく今は彼女を何処かに寝かせるのが先決です。
「何処かに運びましょう」
よっこいしょ、と声をあげて立ち上がる。
確か、休憩出来る場所があったはずです。
起きている間は軽くてもさすがに眠っている女性を持ち上げるのには苦労します。
いえ、ここは日本男児として我が国の女性を抱え上げなくてはなりません。
「日本、大丈夫?」
「大丈夫ですよ、イタリア君」
とりあえず、休憩室へと連れて行く。
ようやく彼女をソファに寝かせふうっと息を吐く。
さすがに、老体には眠っている方は厳しいですよ……。
「そろそろ会議が再開するんだが……どうする、日本」
「そうですね……」
兄弟の弟…イタリア・ヴェネチアーノ君…にムキムキと称されるドイツさんが声をかける。
会議とはいえ、彼女をここに一人にするわけには行きません。
が……会議をすっぽかすわけにもいかない。
何のために来たのか理由がなくなってしまう。
「じゃあ、兄さんが適任じゃないか?」
とドイツさんについてきた彼の兄に目をやる。
「別にいいぜ。どうせこの後はいつものヤツだろ?菊、俺様に任せておけ」
一抹の不安を覚えなくもありませんが、プロイセンさんに頼む以外ありません……。
「では、ギルベルトさんお願いします」
さんを彼に頼んでしぶしぶ会議室に戻ることになった。