豊かな髪を一つに縛り、その人はあたしに手を差し出す。
「、踊って」
あたしの恭しく手を取り、優雅に甲に口づけを落とす。
「どうぞ、東国の姫君。西国の馬の乗り方しか知らぬものではありますが、どうぞ我が手をお取り下さい」
上目遣いのマラカイトグリーンの瞳に思わず息をのんでしまった。
「菊ちゃん、お茶おいしいね」
「喜んでもらえて良かったです」
うん、うん。
何でだろう、日本を離れるととっても日本の物が恋しくなるよ(特に食べ物)。
普段食べなくても食べたくなるって言うか。
ウィーンの地で急須と湯飲み茶碗とで日本茶を味わい中。
「はぁ、まったりする」
「ダンスの練習はいかがでしたか?」
「うん、だいぶ踊れるようになったよ」
「何度か確認させていただきましたが、飲み込みが早いようで安心しました。教える私も楽しかったですよ」
「教えたのはテメェじゃなくって俺様だ」
「監修は私です」
何故か、言い合うギルとローデリヒさん。
まぁ、ローデリヒさんの方は軽く交わしてるけど。
「では、どれだけ踊れるようになったか見せていただけませんか?」
「いきなり、何で」
踊るの?今ココで?
「大体、私はあなたがどのくらい踊れるようになったか知りませんし……。日本に戻ってからも練習するんですから、ここで最後の点検と言う意味でローデリヒさんに見ていただく必要はあるかと」
う……踊るの恥ずかしいよ。
ドイツの家にいるときはギルとルートさんだけだった。
たまに、ローデリヒさんとか。
フェリシアーノ達が来たときは遊んでた(だからルートさんが練習にならないから来るなと怒った)。
菊ちゃんの前で、踊るのは恥ずかしいよ。
「だから言ってんじゃねえか、恥ずかしがってる場合じゃねえぞ。本番はもっと人多いんだって」
「それはそうだけど……」
「俺様が教えたんだから大丈夫だって」
ギルがあたしの頭を撫でながら言う。
「な?」
しかも、満面の笑顔。
「……ルートヴィヒさん、なんなんですかあれは……」
「俺に、聞かないでくれっ」
菊ちゃんとルートさんがあたしの方を見ながら言う。
そう言えば、
「ローデリヒさん、エリザは?」
さっきから、エリザの姿が見えない。
お茶会が始まったときには居たはずなんだけど。
「少し席を立つと言ってましたが…戻ってこないところを見ると何かあったのかもしれませんね」
「別にあいつは居なくたって構わねえよ。っつーか戻って来んな」
「兄さん、そんな事言うとまた痛い目見る事になるんじゃないのか?」
「けっ。俺様が勝つに決まってるじゃねえか」
ギルとエリザっていまいち…仲が悪いんだか、良いんだか、悪いふりしてるんだか…よく分かんないんだよね。
うーん、ホントはどっちなんだろう。
悩む。
「大体エリザベータのヤツ、俺を見ればすぐに殴りかかって来やがってよー」
この人は子供か……。
「それは兄さんが余計な事をするからだろう」
「あなたがおとなしくしていればリザは何もしませんよ」
「おとなしくって何だよ。別に何もしてねーじゃねえかよ」
「また、ローデリヒさんに何をするつもりだったんだ?ギルベルト」
ワントーン低い声が背後から聞こえる。
「っ。てめー、いつっ?は?」
振り返れば、白いシャツにジーンズをはいた………エリザ?
たっぷりとした金茶の髪を後ろに一つに縛っている。
あの、豊富なお胸が見あたらないんですが。
「何をしているんですか、エリザベータ」
「何って男装ですよ。ローデリヒさん」
男装!!
あの豊富なお胸は押さえてるのか……。
それにしても、エリザの格好はシンプルなのにこの中のメンツで一番格好良く見えるのは何故だ!!
さすが、ヘタ一男らしい人!!
他のメンツ全員泣きそうだしなぁ。
「エリザ、かっこいいね」
「ホント?じゃあ、、私と踊ってくれない?」
へ?
「、私と踊って」
そう言ってエリザはあたしに手を差し出す。
「エリザと?」
「そうよ。だってとは本番で踊れないじゃない。あたしはと踊りたいの。だから、今踊ってくれる?」
エリザは可憐にほほえむ。
なんか、すっごくときめいた。
「菊ちゃん……オスカル様が居るよっ」
男装の麗人と言えばやっぱりベルばらのオスカルだよね。
ここはマリーの生まれた国だし。
「ベルばらですね。やはり、エリザベータさんにはオスカルのコスプレをしていただきたいですっ」
「コスプレ……そこまで考えてなかったです。済みません菊さん。と踊らなきゃって言う事しか頭になくって」
って、いや謝る所じゃないから。
気にしなくても大丈夫だから。
「ね、」
「いいよ、エリザ」
そう言ってあたしは席を立つ。
「、そこは、良いよ、と軽く言うものではありません。お受けいたしますとお答えなさい」
「、正解はローデリヒさんですが、今ココでは「構わなくてよ」ですよ」
「了解っ、菊ちゃん」
妙なノリ(いわゆるオタクノリ。さながらあたしはマリーよね。柄じゃないけど)な状況になってるあたしと菊ちゃんをため息をつきながら見るローデリヒさん達。
そんな事はこの際どうでもいい。
「エリザ、構わなくてよ」
「では、私の事は、エリザではなく、オスカーとお呼びください。東国の姫」
ワントーン低い声でエリザは言う。
「、オスカーはドイツ語でのオスカルですよ」
きゃー、本格的にベルばら?
「どうぞ、東国の姫君。西国の馬の乗り方しか知らぬものではありますが、どうぞ我が手をお取り下さい」
「よろしくてよ、オスカー」
エリザが差し出した手に自分の手を重ねれば、エリザは静かに手に口づけをおとす。
「光栄に存じます」
上目遣いのマラカイトグリーンの瞳に思わず息をのんでしまった。
って言うか、やばいこれはときめける。
「エリザ、惚れそうなんだけど」
「惚れても良いわよ」
いや〜ん。
本気で惚れそうでちょっとやばいかも、かも?
って言うか、この上目遣いのちょっとドキってするなぁ。
「なんか、態度ちがくね?」
「女子校ノリですね」
「なんだか、見ててどうしたら良いんだか分からないんだが」
「楽しんで見ていてください。ルートヴィヒさん」
「二人とも、遊んでないで曲をかけますよ」
ローデリヒさんがCDデッキを持って言う。
「はーい」
「ローデリヒさん、よろしくお願いします」
あたしとエリザの言葉にローデリヒさんはため息付ながら再生ボタンを押す。
流れるワルツ。
エリザのリードであたしとエリザは踊る。
「緊張しないで」
エリザの言葉に頷く。
「笑顔で踊らなきゃだめよ」
笑顔、笑顔。
エリザのリードが上手いのか、あたしが踊れるようになったのかよく分からないけれど、早いウィンナワルツの曲だってそれなりに踊れてるかな。
それにしても、エリザがかっこいい。
って言うよりもなんか可愛い感じがする。
かわカッコいい、カッコ可愛い?
かわカッコいいかも。
可愛いのにカッコいい。
うん、なんか王子様みたい。
エリザの場合、可愛いって言うより綺麗の方が大きいけど。
曲が終わる。
「、綺麗に踊れてたわ」
ホント?
「少し心配だったのよ」
エリザがローデリヒさんの隣に座りながら言う。
そうなの?
「だって、この男が教える訳でしょう?へんな癖ついてたらどうしようって」
そうだったのか。
「この完璧な俺様に癖なんてあるわけねえだろ?何言ってんだよ」
「誰でも癖はあります。ギルベルトあなたにだってちゃんとあります。自覚なさい。たとえ移ったとしても、修正することは可能ですけれども」
とローデリヒさんは言う。
「、ちゃんと踊れるようになりましたね。爺はうれしいです。これでと踊れますね、エスコートしたり、いろんなパーティに出てみたり、連れて歩けるようになるので楽しみですよっ」
どんな楽しみ方だよ、菊ちゃん。
「それより、エリザさんと踊ってみていかがでしたか?」
「うん、オスカル様より違う感じ。王子様って感じ?男装の麗人な王子様って居たっけ?」
「そうですね…やはりリボンの騎士のサファイア王子でしょうか」
えっと…それ…わかんない…かも?。
「あぁ、偉大なる手塚治虫のリボンの騎士を知らないとは、嘆かわしいです。、日本に帰ったら読みなさい!日本人にとって手塚治虫は読むべき必須本の一つですよっ」
うわぁ〜ん、さっきまで楽しく遊んでた菊ちゃんに違うスイッチが入った〜〜。
日本に帰ったら、大量に読ませられそう。
絶対そんな予感する。
*****
ウィーン国際空港
ドイツ兄弟と一緒にウィーン国際空港に来る。
ようやく日本に帰るんだなぁと思うとちょっと寂しかったり。
「ルートヴィヒさん、ギルベルト、1ヶ月、お世話になりました」
見送りというか、同じくウィーン国際空港からベルリンに戻るドイツ兄弟にお礼を言う。
「寂しくなるな」
ルートさんの言葉に頷く。
「何泣きそうな顔してんだよ。もう二度と会えねえ訳じゃねえんだぞ」
「分かってるよっ」
感傷的になってるだけのあたしにギルはあたしが泣くのかと思ったのか、もうこれは癖だな、あたしの髪の毛をぐしゃぐしゃにするぐらいに撫でる。
「だから、ぐしゃぐしゃになるってばぁ」
「だから、こうやって綺麗にしてやってんじゃねえか」
そう言いながらギルはあたしの髪の毛を綺麗になでつける。
すっごく楽しそうにそれをやるのよね。
「もう、ルートさんも見てないで止めてよ」
「いや……どうやって止めて良いのか分からないのでな」
それこそ力尽くでお願いします。
「なんだよ、日本じゃ髪の毛触っちゃダメなのかよ」
「そ、そう言う事ないけど……」
撫でられてると…なんか子供扱いみたいだなって思うだけで……。
別に、嫌じゃないんだよ。
「じゃあ、良いじゃねえか」
満面の笑顔でギルは結局あたしの髪の毛をなで続ける。
なんだよぉ〜〜。
「お待たせしました。ギルベルトさん、に教えてくださってありがとうございました。ルートヴィヒさんも」
「いや、気にすんなよ。俺も楽しかったしな」
「ちょっと失礼。電話のようです」
菊ちゃんが、ケータイに出る。
「はい……いつこちらに来られますか?何をおっしゃいますか。毎年いらっしゃってるではありませんか。今年もお待ちしております……。楽しみにしてますよ。……はい……では」
そして電源を切る。
「誰だったの?」
「禁則事項です」
某みくるちゃんみたいに言う菊ちゃんはなんだか似合って嫌だ。
「今度は、ドイツに遊びに来るね」
「あぁ、結局ベルリンしか案内ができなかったからな」
「行きたいとこ考えとけよ」
「大丈夫、ロマンティック街道は決定だから!!」
ドイツでの本命『ロマンティック街道』行きたかったのに行けなかったんだよね。
「ノイシュバンシュタイン城とか見たかったんだよねぇホントは」
「秋がいいそうですよ」
マジデカ〜。
「じゃあ、秋に」
「仕事がなければですね」
うっっ。
「まぁ、いつでも来いよ。案内してやるから」
「うん。じゃあ、ありがとう。待たね」
「次は、ベルギーで」
こうしてあたしと菊ちゃんは日本への帰途につく事になりました。